GBNがあるからって誰もが英雄になれるわけじゃない 作:320番紙ヤスリ
「……もう、この子に乗ることもないと思ってたんだけどなあ」
チサトさんが受けてしまったフリーバトルに応じるため、必要となってしまったガンプラを見上げて、ぽつりと呟く。
本当はもっとこう、平和にディメンション探索とか、VR空間でのウィンドウショッピングとかデートとか、楽しむ予定だったんだけどなぁ。
チサトさんが私とのデートを楽しんでくれるかはわからないけど。
でも、文句を言っていたって仕方ない。
なるようになる。
今回のフリーバトルだって、負けて失うものがあるわけじゃないんだから。
自分に強く言い聞かせて、私はコックピットへと乗り込んだ。
懐かしの操縦桿が、出迎えてくれる。
きみに──ジーライン・ドミナンスに乗り込むのもサービス初期以来だね。
心の中で呟いて、私はチサトさんとの通信回線を開く。
「聞こえてますか、チサトさん?」
「ん、聞こえた。大丈夫だよ、ヒカリ」
「よかったぁ……ガンプラの動かし方とか、大丈夫ですか?」
「キャラコンのこと? 似たようなゲームはやったことがあるから、ある程度は大丈夫だと思う」
そうだったんだ。
似たようなゲームっていうのがなんなのかはわからないけど、少なくともチサトさんは全くの初心者というわけじゃなさそうだった。
もっとも、そうじゃなければ即座に投げつけられたフリーバトル申請に応じるなんて、しないだろうけど。
「それじゃ、出撃しますよ!」
「うん、任せて」
機体がカタパルトに乗せられて、信号が青に変わるのを待つまでのわずかな間。
数秒にも満たない時間が、私を高揚させる。
捨てたつもりでも、捨て切れずに燻っていたものに火がつき、そして。
「──ヒカリ、行きますっ!」
溜め込んだ鬱憤を解放してこいとばかりに、信号が赤から青へと変化して、私を戦場へと射出する。
アドレナリンとドーパミンを解放してこいとばかりに、ゲートを抜けた瞬間にヒリついた戦場の空気が肌を刺す。
ぶるり、と、思わず武者震いをしてしまった。
「ステージは……映画版の、ククルス・ドアンの島……!」
絶壁に打ちつける白波が砕ける音と、どんよりと広がる曇天が、戦いの予感を運んでくる。
隣にワープアウトしてきたチサトさんのインパルスガンダム──を改造した、まだ名前のないガンプラは、飛行スキルでふよふよと滞空しつつ、接敵を警戒しながら動く私の一歩後ろをついてきていた。
なるほど、これは確かに初心者の動きじゃない。
初心者はなにも考えずに相手に突っ込んでいくことが多い。
自分の腕を過信している──と、いうよりは、とりあえず弾を当てることに意識を向けすぎて、周りが見えていないからだ。
一対一の格闘ゲームならともかく、複数の人間が絡む対戦では、弾を当てることよりも、位置取りの方が重要だったりすることもある。
「チサトさん、海に落ちないように注意してくださいね!」
「落ちるとどうなるの?」
「このステージではギミックで、落ちたら撃墜扱いになってるんですよぅ!」
「なるほど。わかった」
わかっているのかわかっていないのか、微妙に不安になる返事をして、チサトさんは小さく頷いた。
とりあえず、無理に突っ込まないのとリングアウトに注意すること、の前提条件はクリアできた。
次の問題は、いつ接敵するかだ。
ドアン島はそこまで広いステージじゃないし、遮蔽物も少ないから、相手も待ちの展開は避けるはずだろう。
──なら。
私が予想したのと全く同じタイミングで、ロックオンアラートが鳴り響いた。
「ファンネル……! でも、数が少ない!」
「そうだね、敵が近いみたい」
牽制として飛ばしてきただけなのか、わずか三基のファンネルをバルカン砲で撃ち落とすと、チサトさんが呟いた通り、一気に敵が動き出した。
『真正面から来てくれるとはありがたいなぁ! おい新人、早く味方の援護に回れ!』
『……わかってる』
敵の内訳は先行して突撃してきた陸戦高機動型ザクが二機と、それに僅かに遅れてフォローに入ったファンネル装備の陸戦高機動型ザクが一機。
そして、リーダーと思しき、私たちにフリーバトルを持ちかけてきた人の陸戦高機動型ザクが一機と、その隣で対艦ライフルショーティーを構えている陸戦高機動型ザクが一機の、合計五機。
五対二って……完全に数ですり潰す気満々じゃん! 確実に
「……ふーん」
「チサトさん?」
「キャラコンは大体わかった、フォローお願い」
「チサトさん!?」
先行してきた陸戦高機動型ザクのマシンガンをすり抜けるように回避しつつ、ウイングユニットを展開したチサトさんのインパルスガンダムが、二丁のビームピストルを、それぞれ左右に展開した陸戦高機動型ザクのコックピットに向けて撃ち放った。
確実なエイムで撃ち放たれたビームが敵のコックピットを貫いて、爆炎が立ち上る。
──す、すごい。チサトさん、本当に初心者?
『初心者相手に瞬殺とか……フォローするこっちの身にもなってよね』
『クソッ、計画が崩れるけど仕方ない、俺も前に出てやるよ!』
ファンネル装備の陸戦高機動型ザクと、敵のリーダーが操る、ブレードアンテナ付きの陸戦高機動型ザクが前に出てくる。
チサトさんのインパルスが持っていたビームピストルをファンネルとマシンガンで破壊すると、挟撃に入るためか、二機がそれぞれファンネルと、ヒートサーベルを展開した。
流石に危なすぎる。私もブーストを噴かして、ファンネル装備の陸戦高機動型ザクへと狙いを定めて、トリガーを引き絞る。
『……っ、偏差射撃でファンネルコンテナを……!』
「ヘビーライフルは伊達じゃないですよ! ついでに……これも!」
『危ねえ、下がってろ!』
バックパックの左部分に装備したショルダー・キャノンが火を噴く。
放たれた弾はカバーに入った隊長機のシールドに直撃し、爆散させた。
でも、致命傷には至っていない。
「ありがとう、ヒカリ」
「チサトさん……?」
「これで私も暴れられる」
インパルスガンダムの肘部分に増設した折りたたみ式のブレードを展開すると、即座にチサトさんは隊長機へと機体を加速させて、コックピット部分にブレードを突き立てた。
『お、おい! 援護入れよスナイパー! このままじゃ俺がやられ──』
「させません!」
ようやく呼びかけに応じて対艦ライフルショーティーを構えた陸戦高機動型ザクに向けて、射線が通ったヘビー・ライフルを撃ち放つ。
こっちも元々は狙撃用の装備なのだ、相手にできて私のジーラインにできない道理はない。
爆散した陸戦高機動型ザクを呆然と見つめていたのが、通信ウィンドウに映る相手のリーダーの最後だった。
チサトさんのインパルスにコックピットを引き裂かれた隊長機も爆発四散して、残るはファンネル持ちだった一機だけだ。
『……降参だよ降参。この状況で勝てるわけないでしょ』
だけど、ファンネルコンテナを破壊された陸戦高機動型ザクのダイバーは、抵抗するかと思いきや、武器を捨てて両手を挙げた。
フリーバトルだから、確かにサレンダーの権限は今、相手にあるだろうけど。
でも、幕引きとしてはあまりにも呆気なさすぎる。
『あんたたち、強いね。そう睨まないでよ。お遊びでやってることなんだからさ』
「……お遊び?」
『誰も彼も、こんな異常なゲームに情熱持ってのめり込んでるわけじゃないのさ。あたしだって、仕事のストレスが発散できればそれでいいし』
「そう。だから
チサトさんと、初心者狩りの女の人は互いに言葉こそ交わしていたけど、なんだか意思疎通に齟齬が生じているような違和感があった。
お遊び。
こんな異常なゲームに誰も彼もが情熱を持ってのめり込んでいるわけじゃない──女の人が呟いた諦念は、私にもどこか突き刺さるところがあって、口出しはできなかったけど。
『そういうこと。このグループは微妙だったから抜けるけどね。それじゃあ、あんたたちものめり込まないように──』
「せっかく──イケそうだったのに、水差さないでよ」
女の人が、サレンダーを決定しようとした瞬間に、チサトさんは、小さく口元を歪め、インパルスの胸部バルカンで女性ごと陸戦高機動型ザクを撃ち抜いた。
『Battle Ended!』
「お遊びでもなんでも、こんな感覚……久しぶりだったのに」
「チサト、さん……?」
私は、ただ呆然としたまま、チサトさんの憎々しげな呟きと、システムが告げるアナウンスを聞くことしかできなかった。
そこの初心者狩り! 一方的に以下略