GBNがあるからって誰もが英雄になれるわけじゃない 作:320番紙ヤスリ
「え、えっと、チサトさん……」
GBNからログアウトした私は、座卓にダイバーギアと家庭用コントローラーを置いてプレイしていたチサトさんに、恐る恐る声をかけた。
「……ごめん、変なことして」
「それは……大丈夫です、って言えないかもしれませんけど。どうして、あんな」
サレンダーの申請が受理されていない以上、あの場でダイバーを撃ったとしてもPKには当たらない。
だから、チサトさんが受けるべきペナルティはルール上特にないけど、納得できるかどうかは別の話だ。
……私も、正直あの初心者狩りの人が言っていたことにムッとしなかったわけじゃないけど。
でも、言い返せなかった。
だから、やり返したチサトさんのことも強く責められない。
だとしても、知りたかった。あの虚無を煮詰めたような瞳は、今のチサトさんに繋がっている気がするから。
「……私は、ヒカリが憧れてるほど格好いい女じゃないよ」
「それは」
「知っている? ヒカリが、私のことを?」
チサトさんの瞳から、光が消えていく。
このまま手を離せば、ふらふらとどこかに消えてしまいそうで、だけど肯定することもできなくて。
お別れ、なのかな。
何度も繰り返してきたことのはずなのに、胸が締め付けられるようで、慣れることはない予感が私を苛む。
「……知らないです。チサトさんのこと。だから、教えてください。どうしてなにか重たいものを背負い込んでいるのか、どうして、影を帯びているのかも、どうして、そんなに美人なのかも! どうしておっぱい大っきいのにお尻は小っちゃいのかも!」
どうせ別れてしまうなら、という一心で、私は思っていることを全てぶちまけた。
後半は自分でもドン引きするぐらい欲望まみれだったけど、仕方ない。
だって、私は女の子をそういう目で見ている。というか、女の子しかそういう目で見られないのだ。
そのせいで散々苦労もしてきたけど、結局のところ、どこまで行っても自分は自分でしかなくて。
なにを言いたいのか、私自身もよくわかってないけど、とにかく、お別れするなら、去り際に全てを教えてほしかった。
好きな人のことをなにも知らないまま別れるって、知ってから別れるよりも遥かに残酷なことだから。
「……ヒカリは知りたがりなんだね。知っても、ろくなことがないと思うけど」
「それでも! 好きな人のこと、知りたいです! 一目惚れでも! 顔が好きってだけでも! そこから知っていくことって、できるんじゃないですか!?」
真っ直ぐにチサトさんの瞳を見据えて、私は全ての勇気を振り絞り、言い放った。
そうだ。
私はチサトさんの顔が好きで、一目惚れして。だから、家にいてほしいし、あれこれいろんなことを考えちゃうし、心配にもなっちゃうんだ。
「じゃあ、教えてあげる。本当の私を、空っぽで、なんにもない私を」
涙を堪えて固く結んでいた唇を引き剥がすように、チサトさんのそれが重なり合って、舌が入ってくる。
きっと何度も繰り返してきたんだろうな、ってくらいに手慣れた仕草で、私のファーストキスは、容易く奪われてしまった。
歯茎の裏まで慰撫するような舌遣いに蕩けた心は、熔鉄のようにどろどろと溶けていく。
閉じていた目を開いて覗き込んだチサトさんの瞳は、相変わらず虚無を宿していたけれど。
それでも、構わなかった。
私がチサトさんにとって何人目の相手でも、手慣れた行為を繰り返す対象だとしても、私自身に刻まれた、初めてという傷痕は消えないから──応えるように、拙い舌を絡め合う。
するり、と衣擦れの音がする。
私が、チサトさんが纏っているものがずり落ちて、剥き出しになっていく。
摩擦熱で夜に溶け合うように、私たちは身体を重ねた。
それで、チサトさんの寂しさが埋まるわけではないけれど。
私が、全部を知れたわけじゃないけれど。
寝物語のようにチサトさんの過去を聞きながら、私は嬌声を上げて、気持ちいいからなのか悲しいからなのかわからない涙を、こぼし続けていた。
†
私──アカザキ・チサトは本質的に空っぽな人間だ。
表面的な世渡りの才能と、容姿に恵まれていたから今の今までなんとか命を繋いでこられただけで、いつ死んでもおかしくないとは、妹の言葉だった。
そうかもしれない。生まれた実感もなく、ただテクスチャで構成されてここにいるような感覚の持ち主は、神様の気まぐれで消されてもおかしくない。
この世界におけるバグかなにかなんじゃないかと深刻に疑いたくなるほど、私は他の人やモノに興味を持てなかった。
そんな私を両親はひどく気味悪がっていたし、素直な妹にばかり愛情を注ぐのも、無理はない話だろう。
それでも、表面的には色々なことをこなせてしまうから、なまじ物事の才能だけは持ち合わせていたから、妹からもひどく疎まれるようになったのは覚えている。
──楽しく、なりたかった。
妹はいつも私の結果ばかりを羨んでくるけれど、私にとっては妹が踏んできた過程の方が、よっぽど眩しくて。
だから、空っぽだった。
どんな賞を取っても、どんな結果を残しても、ただ一つの物事に、それこそ命をかけてまでのめり込むことなんて、なかったから。
だから、私は家を出た。
そして、ありとあらゆる快楽に手を染めた。
それでも、空白が埋まることはなかった。
「──ん、朝……」
シングルベッドには、あられもない姿で寝息を立てているヒカリの姿がある。
ヒカリも、私のことを聞けば、知れば、気味悪いと感じることだろうと思い立って、身体を重ね合わせたのだけど。
……結果は、初めて私の予想と異なっていた。
ヒカリは、私のために泣いてくれた。
拙くても、未熟でも、自傷のように開けたピアスを慈しむように愛撫してくれた。
……それは、初めての経験で。今まで乱雑に、ただアドレナリンやドーパミンを出すためだけにシたことはあったけど。
「……どうしよう。あまり長居をするつもりもなかったんだけど」
昨日の夜は、全く知らない感覚で胸が埋まっていくようだったから。
ヒカリが私の顔に一目惚れしたように、私はヒカリという未知の器に一目惚れしてしまったのかもしれない。
そう考えると、なんだか急に恥ずかしくなった。
──そして、耳まで真っ赤な今の顔を、ヒカリに見られたくないな、と、思ってしまった。
こいつらry