ロウリアは丸々スキップ
中央暦1639年9月25日
フェン王国 首都アマノキ
第三文明圏の東側、遥か広がる大東洋に浮かぶ勾玉状の島国フェン王国。
文明圏外の国々が集まり自国の武を誇示する国際式典、軍祭。この年はかつてとは比較にならない盛り上がり様をみせていた。
始まりはフェン王国と転移国家である日本国の国交開設交渉に遡る。この場においてフェン王国国家元首である剣王シハンは文明圏外の主要国ロウリアを1カ月もかからず蹂躙した日本にたいし、軍祭への参加とその軍事力の展示を依頼、日本側はこれを快諾し海上自衛隊から一部艦艇を派遣した。
派遣された艦艇はフェン王国から提供された廃船を現地の人々からは考えられないアウトレンジ(2km)で攻撃し破壊。
この時点で会場の盛り上がりは例年を超えていたが、ここでさらなる要因が空からやって来る。
5大列強の一角であるパーパルディア皇国の皇国監査軍のワイバーンロード20騎が自衛隊艦艇に対し攻撃を行いこれを全て撃墜したのだ。
ワイバーンロードは標準的文明圏外国にとっては規格外の相手であり、一騎撃破したのみでも大戦果であり、これを易々とほぼゼロ被害でやり遂げた日本に対し、盛り上がらないわけがなかった。
監査軍を撃退してから間もないにもかかわらず、出席していた各国外交官は日本との外交交渉の準備を始め、記者は出来事の記事をまとめていた。
会場が熱気に包まれる中、フェン王国の中枢である城内の空気は凍り付いていた。
◇
「まずい……非常にマズイことになったぞ」
剣王シハンは冷汗を流しながら落ち着かぬしぐさで顎鬚を撫でた。
「日本側からすれば恰も我が国がパーパルディアの攻撃を日本に擦り付け、事態に引き込もうとしてるように見えてしまいます」
騎士長のマグレブもまた冷汗を流しながら同意した。
「そうだ、そうなのだ。我々の意志に関係なく外部からは全くそのように見えてしまうのだ。パーパルディアとの関係悪化著しい中で味方に出来そうな強国がおるから自身の方に引き込もうとする思惑が無かったと言えば嘘になるが、流石にこれは望んだモノとは全く違うぞ!」
「ええ、ですが剣王様。今は事態を嘆いてばかりいるわけにはいきません。夕方頃には日本の外交官がお見えになられますから、対応を考えねばなりません」
「わかっておる。とりあえず平身低頭で謝罪することは確定だ。日本の外交官には最大限のもてなしをして出迎えよ。そして、外交官との会談では儂も参加し謝意を見せる」
「わかりました。そのように手配いたします」
日本との会談の時間はすぐにやって来た。
「お久しぶりですな島田殿」
シハンとマグレブの待つ部屋に日本の外交団が到着すると、扉が開く間髪を入れずにシハンは代表の島田に握手を求めた。
「これは、剣王閣下と会談に臨めるとは光栄な限りです」
島田は随伴の武官二人を後ろにやると、席に着いた。
思いのほか島田の表情が良い事を感じた二人は多少の違和感を持ちながらも、謝罪をしようと頭を下げると直ぐに島田に手で制した。
「お二方とも謝罪は結構です」
その瞬間、シハンとマグレブに緊張が走った。
『もしかして、あまりの怒りに謝罪すら受け入れないというのか』
二人は脂汗を流し、島田の顔を見た。その顔は善性を醸し出している笑顔で余計恐怖を煽ってくる。
「ああ、失礼。勘違いしているようなので説明させていただきますと、今回の事件で我が方には人的被害は発生しておらず、物的被害も小さなものでした。それどころかイベントとしては大成功だったのでパーパルディアには頭下がる程です」
「で、では……」
「ええ、今回の件に関し、貴国が負う責任は一切ないと本国政府は判断しています」
これを聞いてシハンとマグレブはふっと息を吐き無意識に硬直していた体の力を抜いた。
「今回こちらに伺ったのは貴国の外交状況に関してお聞きしたい事があったからです」
「聞きたい事とは……」
マグレブは恭しく尋ねた。
「他でもなく貴国とパーパルディア皇国との関係についてです。単刀直入にお聞きします。貴国とパーパルディア皇国は戦争、または紛争状態にありますか?」
「日本側での紛争状態の定義を儂は知らんが、今日のワイバーンロードの攻撃を考えれば間違いなくそうだ。始まりはパーパルディア皇国側が一方的に我が国に領土献上を要求したからだ。まあ、丁重にお断りしたがな」
「なるほど、そのようなことが。パーパルディア皇国というのは随分と傲慢で攻撃的な国家なのですね。そのような国家と隣り合うのは貴国もさぞ不安でしょう。我が国も経験がありますからよくわかります。そこで貴国に提案があります」
島田はそう言うとおもむろに革鞄から数枚の紙が纏められた書類を取り出しシハンとマグレブの前に差し出した。
書類の題名には異世界語で『大東洋防衛条約機構』と書かれていた。
「これは……」
「我が国はこれから3ヶ月後にクワトイネ公国とクイラ王国と共に大東洋防衛条約機構、GDTOを立ち上げます。本同盟は、加盟国一か国でも攻撃を受けた場合、いかなる理由があってもその他すべての条約加盟国家がその攻撃をした国家に対し宣戦を布告する集団防衛を原則とした同盟です。そして我が政府は地域平和実現のため本同盟にパーパルディア皇国から侵略を受けている貴国を招きたいと考えています」
シハンはそれを聞くと書類を勢いよくめくり、瞬きすら惜しんで読み進めた。
「いかがでしょうか剣王閣下?」
「わかった。日本国の提案受け入れよう。いや、受け入れさせてくれ」
「それが貴国の返答でよろしいでしょうか?」
「ああ間違いない。今すぐ一筆したためよう」
「ありがとうございます」
島田はシハンのしたためた紙を貰うと随伴と共に機嫌よく退城していった。
シハンとマグレブは安堵のため息を付きながら見送った。
◇
「お上はまた戦争をしたいのかね~」
「まあ先に攻撃してきたのはあっちだからな」
夕日の半分が水平線に沈んだ頃。
フェン王国に派遣された艦艇の甲板上で二人の水兵が麦茶の入ったマグカップ片手に話していた。
「それでもよ、殆ど行き違いみたいなかんじだったろ。だったら話し合いをまずするべきだろ」
「ああ~そう言えばお前、保護した奴と話してなかったな」
「そう言えば藤田は捕虜の尋問したらしいじゃん」
「保護と言え保護と、あと尋問じゃないちょっとした談話だ」
自衛隊艦艇とパーパルディア皇国監査軍のワイバーンロード部隊との戦闘の後、何人かの騎手は生きて落水しており、そこを海自に保護され捕虜となっていた。なお、日本とパーパルディアは国交を結んでいないので騎手を軍人として扱えない。日本の制度的にはパーパルディアの誇り高き騎士も民兵かテロリストになるのだ。
「建前はいいよ。でどうだったんだそいつ」
「多分、山口お前じゃ想像つかんレベルで傲慢だったよ。こっちの事を文明圏外の蛮族だとか、皇国がお前らを滅ぼしやるだとか、まあ中々酷い思想をお持ちで。あまりにもこっちを貶してくるから怒鳴りかけたよ」
「そんなすごいのか?」
「すごいすごい。こんなのと話してたら戦争もしたくなるよ。あの調子じゃあ、あの国の外交官もどうかちょっと怖くなってくるよ」
「馬鹿言え本当に戦争をしたいのは内地でぬくぬくしてる政治家と金持ちだけさ」
「世論を見たら国民も求めてるよ」
「ロウリアもひき潰したし、もう十分だと思うけどな……」
「高名な経済ガクシャ曰くロウリアだけじゃ市場が足りんのだとよ」
この時、日本は極めて深刻な不況に堕ちいていた。転移前まではインド太平洋地域の凡そ20億を超える世界最大規模の市場をほぼ独占していたが、転移後はその全てを喪失。ロウリア戦争を通じてロデニウス大陸の全てを独占し、二国に大規模な円借款を行いインフラ輸出等を行い一部業界は多少は持ち直したが、日本のGDPの大部分を占める製造業の不況は全く収まっていなかった。
「だからもう一つの大陸を侵略するのか……」
「専制からの解放と言え」
「藤田、お前その言葉遊びやめろよ」
「自衛官なら多少は身に着けとけよ。なんでもお上はスクラップ・アンド・ビルドを大大陸単位でやれば日本経済は転移前の5年くらい前までは回復するって考えているらしい」
「それでも5年前なのか、何か嫌になって来たな」
「山口、この不況時じゃ自衛官は大当たりだ。民間じゃあじゃんじゃん首を斬られてるらしい、俺の親戚も切られてる。だが、ここじゃあそんなことはない。俺たちは仕事をくれるお上に感謝するべきなのかもな」
省力化が進んだ2030年においても雇用の主役は民間であったが、転移にともなってその状態は崩壊した。ロウリア戦争後も旧ロウリア王国領が自衛隊の軍政に置かれているが、その主たる原因は職を失った国民を軍に動員する口実を作るためと、動員し給与を与えた人々が国内で使用しインフレを起こさないようロデニウス大陸に隔離するためだった。
「あれ、外交官が帰って来たな」
「みたいだな」
夕日が水平線に隠れた頃、アマノキからヘリが艦艇に戻ってきた。
外交官が乗ったヘリが艦艇の一つに着艦しようとしていたころ10分後ブリーフィングを行う節の艦内放送が流れた。
「さて、ブリーフィングだ。さっき言ってたこっちに向かってるパーパルディアの船を帰りがけの駄賃に沈めに行くんだろ」
「そうなったらいよいよ戦争か……」
藤田は意味もなく左手で服をはたき、ついてとばかりにまだ5割はマグカップに入っている麦茶を海に流した。
「ああ、勿体ない」
「俺はカフェインが好きなんだが、麦茶は薄すぎる。薄め過ぎたカルピスみたいだ。さっさとちゃんとしたコーヒーが飲めるようにならんかな」
藤田はそう言い終わると扉を開き、途中で止まった。
「まあ、けど軍人がパレードだけやって仕事をしろと叩かれる時代の方がいいんだろうな」
藤田はもう何も言わず艦内に入った。山口も何も言わずついていった。
なお、二人は揃ってブリーフィングに遅れこっぴどく叱られたという。