中欧暦1639年12月24日
日本国東京特別市
西暦2026年に行われた道州制の導入により、80年の時を超えて蘇った旧東京都24区から構成される東京特別市。
日本の経済、行政、立法、司法の中心地にして一つの玉座が置かれた日本の事実上の首都。
転移前では、アメリカ崩壊の後、世界金融の中心地となり世界最大の都市でもあった。
しかし、転移後に荒れ狂う不況の波にはさすがの大都市東京も逃げることは出来ず、株式市場は1ヶ月連日で閉鎖され、解放の後は閉鎖の間に生まれた実体経済と株式市場の乖離により日本経済、東京はバブル以上の打撃を受け沈没した。
政府による電力、石油ガス規制により電光掲示板は黒く沈黙し、転移以降の東京の外からする音がもっぱら鳥の鳴き声かデモ隊と機動隊の怒号ばかりであったことは日本の落ちぶれ様をあらわしていた。
ただ、この日に限ってはクリスマスイブということもあり規制は緩和され、例年に比べれば控えめであるが大通りはイルミネーションに飾られ、カップルから仕事を失った飲兵衛まで外に繰り出し、東京の空に久々の人々の喧騒を届けた。
そんな良い騒がしさが木霊する東京の一角、そこを占有する一棟のビルの中では外とは毛色の違う喧騒があった。
正確にはインド太平洋平和ビル。かつての太平洋防衛条約機構のシンガポールにあった本部とは別の日本政府が見栄のためだけに建設した日本支部のビルである。
ビルの喧騒の発生源はビル最上階域にある巨大なセレブレーションホールであった。
入口から一番奥の空間には日本国総理大臣を中心に、クワトイネ公国首相、クイラ王国国王、ロウリア共和国暫定統治政府代表、トーパ王国国王、フェン王国剣王、アルタラス王国亡命政府代表、その他数国の大東洋諸国の代表が一列に並んで自国の旗を後ろに椅子に座っていた。
各国首相の列から10m程離れた場所からは日本の記者と他国の報道官がずらりと並び、我こそはと規制線のギリギリを取り合っている。
さらにその後ろには実務を取り仕切る文官と武官が数人ずつで一つの丸テーブルを囲い、オブザーバーとして参加したムー国対日外交団とガハラ神国の日本大使館職員も、机を囲い様子を眺めていた。
すでに、各国首相のスピーチは終了し、最後に盟主となる日本国総理大臣の演説となった。
「まず、我が国の声を聴き、手を取り、海を越え、日本にやって来た皆さまに日本国の代表として最大限の感謝を送らせていただきたい。ありがとう」
そう言って頭を下げた。
会場にいた日本以外の人々が少し騒めいた。
理由がどうであれ日本程の国力を持つ国がそれよりも圧倒的に弱小な国々に頭を下げたのだ。日本のことを知っていても、新世界の常識が心骨に刻まれている人々は少なくない衝撃を受けた。
「西暦2030年、中央暦に直すと1639年の1月19日午後2時13分38秒。日本国はかつての世界からこちらの新世界に身一つで投げ出されました。一切の原理が不明な天変地異により、我が国が今まで築き上げた関係は物理的に消滅し、国家存亡の危機に立たされたのです。そんな時に我々の言葉を真意に聞き、手を差し伸べてくれたのがクワトイネ公国とクイラ王国でした。両国は我が国に各種の食料と天然資源を輸出し、我が国は亡国の危機を脱したのです。ロデニウス大陸ではその後多少の行き違いの不幸はございましたが、各国が協力し、発展繁栄する体制が確立されました」
これを聞き、クワトイネ公国首相とクイラ王国国王は笑みを浮かべ、ロウリア共和国暫定統治政府代表は何処か気まずそうにし、他の国はクワトイネ公国とクイラ王国に嫉妬した。
「その他の国々とも関係を結び、転移以降の孤独から脱却し地域の国々と共に再び自由と平和と繁栄を謳歌できると確信したその時!まさにその時に!パーパルディア皇国の理不尽な侵略によりアルタラス王国が滅ぼされたのです!」
総理の言葉で会場のボルテージは上がり、他国の報道官は感銘を受け、日本の記者は何処か冷めた目でそれを見た。
「その時我々は気づきました。この新世界は良き隣人ばかりではないと。であるならば我が国はかつての世界のように立ち上がらなければならないと。我が国に、そして我が国を救い、孤独の恐怖から解放してくれた良き親友たちのために!大東洋に散る無垢な市民の安寧のために!そして、それら全てのために大東洋の平和と自由と繁栄を守らねばならないと!
日本国第107代総理大臣吉川博文が今、この場を以て
その瞬間、会場のボルテージは限界まで跳ね上がり万雷の拍手が鳴った。
それにあわせるように報道陣からは一斉にフラッシュが焚かれ総理を白く染め上げた。各国の代表はどこか誇らしげに笑い拍手をし、アルタラス王国亡命政府のルミエス女王は安堵の溜息を吐いた。
「本同盟は全ての加盟国が協同で全ての加盟国の防衛を行い、地域の平和と秩序を守ることを原則としています。それがいかなる国家ないし組織が相手であろうと原則が変わることはありません。今この場にいる国家は同じ運命を背負う仲間となりました。
この連帯が未来永劫続き永久のモノとなることを、新世界の未来という荒波の中、我々が乗る船が無事、栄光の港にたどり着くことを、祈っております」
会場に再びの拍手が響き、大東洋防衛条約機構の門手を祝うように愛国行進曲が流れた。
“GDTOの結成”
◇
翌日、名を大東洋平和ビルと名を改めた大東洋防衛条約機構本部の公開会議室では、昨日一列に並んだ各国の代表が円卓を囲っていた。
少し離れた所に報道陣がおり、オブザーバー席には昨日同様ムー国対日外交団とガハラ神国日本大使館の面々が座り、場の行く末を見守っていた。
場の全ての目線は一つに集中しており、そこには亡国アルタラス王国の王女ルミエスがいた。
彼女の生国、アルタラス王国は一月前にパーパルディア皇国に滅ぼされており、王族の全てが処刑されていた。
彼女自身はパーパルディア皇国の侵攻の直前に父である国王の計らいで少数の供を連れ、船で脱出した。その後2週間以上の船旅の末、遭難しその最中に海賊を血祭に上げていた海上自衛隊に保護されたのだ。
保護された後は事実確認の後、日本政府から亡命政府樹立の打診を受け入れ現在はアルタラス王国亡命政府の代表として活動している。
「今、アルタラスの臣民はパーパルディア皇国による搾取に苦しんでいます。女は無理やり春を散らされ、男は無慈悲な強制労働に従事させられ、子供は奴隷としてパーパルディア本国に移送され、老人は生きていくことが出来ない状況です。
我が国はこれよりも前からもパーパルディアからの抑圧を受け、あらゆる無理難題を押し付けられてきました。彼らが我が国に最後に求めた物は我が国最大の魔石鉱山の献上と私自身の奴隷化でした。しかし、このような条件をただ飲んでしまえば明日からアルタラス王国は滅びたも同然です。そこで私の父は交渉を持とうとするも一蹴されました。
もやはパーパルディアと付き合っていると国が持たないと判断した父はパーパルディアとの国交断絶を宣言しました。
パーパルディアはこれに対して宣戦を布告し、我が国を侵略しました。街も旗も畑も燃やされ全て奪われ誇りも踏みにじられました。王族は一族郎党、見境なく殺されました。父も母も兄も姉も幼い弟妹も殺されました。
私はこれ以上、悲劇がアルタラスの地を覆うのを見たくはありません。
大東洋防衛条約機構の諸加盟国方にはぜひともアルタラス王国解放のためのご助力をお願いいたします」
言葉を最後にルミエスは頭を深々と下げた。
各国の代表は各々アルタラスに対する同意の拍手をした。その中のフェン王国剣王シハンの拍手は特別重々しい音をしていた。
「フェン王国も3ヶ月前の軍祭のおりにパーパルディアから攻撃を受けた。もし、あの場に日本国の水軍が居なければフェンもまた同様になっていただろう」
シハンの言葉に他の国々も続いた。
「我が国も最近圧力が増えてきた」
「海岸線沿いによくパーパルディアの軍艦が出るようになった」
「我が国には連日ワイバーンロードが飛んでくる」
各国の代表の喧騒が増す中、日本国総理は一つ咳払いをした。
「失礼、我が国の情報省によって得られた情報によると、ロウリア事変に関してパーパルディア皇国の重大な関与が発見されました。また、パーパルディア皇国の拡大は統治機関の致命的な欠点から留めることのできない状態であるとも結論が出ました。
このように、パーパルディア皇国はすでに自然的な暴走状態であり、それそのモノが地域の秩序と平和を乱し続けています。
さらに、パーパルディア皇国は大東洋防衛条約機構加盟国であるアルタラス王国本土を実力で不法に占拠し搾取を続けているうえ、同じく加盟国であるフェン王国と重大な紛争状態であることも認められています。
これらのことからパーパルディア皇国は条約加盟国と全面的に敵対関係にあり、すなわち大東洋防衛条約機構と敵対関係にあるとも言えます。
よって我が国は本首脳会議の場において、アルタラス王国本土解放のための武力行使とパーパルディア皇国破壊のための武力行使の決議を提出いたします」
その後採決は滞りなく行われた。
「大東洋防衛条約機構第一回、第二回決議ともに全加盟国が賛成票に投じました。よって両決議とも承認されたものとします」
司会の声が会場に轟くと多くの国々は安堵しながらも緊張した顔をし、ルミエスは一筋の涙を流した。
総理だけが一切の感情を排したような面持ちでいた。
その様子を少し離れたところからみていた一団。ムー国対日外交団の方でも動きがあった。
「ムーゲさん、パーパルディアにいる国民の保護、急いでくださいね」
そう言うのは外交団の代表を任されている外交官のユウヒである。話しかけられたムーゲは在パーパルディア皇国大使であり、パーパルディアにおけるムーの財産と人々を守る義務を背負っていた。彼が外交団の一団に参加していたのは、ユウヒたちが飛行機の長旅の途中で何かあった時のスペアとして近隣のユウヒが呼ばれた形だった。
「言われなくても分かっています。それにしても恐ろしく速い決定ですので、事前に決めていたのでしょう。攻撃もすぐでしょうからこれから徹夜で作業しなければいけないですね」
「ええ頑張ってください」
二人の会話が終わった時、ムー国軍から派遣された技術士官のマイラスがユウヒに尋ねた。
「ユウヒさん、直ぐ戦争が起きそうなんですよね?」
「まあ、その可能性が高いと思いますが……」
「でしたら、日本に置いて行って下さい、そして戦争が起きたら観戦武官にねじ込んでください。あとついでにラッサンも」
「えッ!?俺も?」
唐突に巻き込まれたのはマイラスと同じく軍から派遣された戦術士官のラッサンだった。
その二人のコント染みたやり取りをユウヒは苦笑しながらも答えた。
「ええ、帰ったら掛け合ってみましょう。ただ確実とは言えません。もし許可が出なかったらただ日本旅行をして帰ることになりますよ」
「かまいません。それでも得られるものが多そうですので」
こうして会場の各々は別々のことを開始した。
しかし、その場の全ての人は全く同じ結末を確信していた。
パーパルディアの滅亡という結末を。