if 1話
百メートル上空、一層の天井に赤い市松模様が広がっていく。
真紅に染まった空の中央部分から、雫がしたたり、それは空中で止まって、二十メートルほどの巨人になった。
顔のないフードだけの巨人だ。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
■◆■
「プレイヤー諸君の──健闘を祈る」
茅場晶彦を名乗り、デスゲームの開始を宣言すると、巨人は現れたときと同じような挙動で消える。
悲鳴。怒号。絶叫。罵声。
否応なく状況が変化したことを、ようやく理解したのだろうプレイヤー達は騒ぎ立て始める。
まったく。
関係者だからと優遇しないぞ、とβテストの当選からは落ちて、本当に運よく製品版が当選したかと思えば、こんなことになるなんて。
どうするべきかを考えて、近場にあった噴水に飛び乗る。なんでもよかったが、高いところの方が望ましい。
「話を聞ける余裕がある者は聞け! 心配はいらない、必ず外からの助けが来る! ソフトは一万本だが、今ここに全てのプレイヤーがいるわけじゃない! 電子レンジ機能を取り外したナーヴギアと、余ったソフトで外からの援助が可能だ! 慌てず落ち着いて、安全なところで待機を──」
「今後のログインは一切を認めない。現時点で参加しているプレイヤー達だけでの攻略を行ってほしい」
なんかもう一回現れたアバターが宣言する。
「おいそれほんとに最初からそうだったか!? 今ルール変えたんじゃないだろうな!!」
「健闘を祈る」
「てめぇ覚えてろよ!」
それだけ言って再びアバターは消えた。
ガリガリと頭を掻く。
「くっそ。まあ別にいくらでも方法は他にあるだろ。ナーヴギアのレンチン機能がほんとなら、内蔵されてるバッテリーが肝のはず。ならそのうち経年劣化で出力も足りなくなるだろ」
「そ、そんなのどれくらいかかるんだよ!」
「知るかよ。意味もなくメニュー画面パカパカして、ナーヴギアに負荷かけてりゃ早くなるんじゃないか? というわけで俺は一足先に閉じ籠もる! メンタルヤバそうな奴がいたら、今の話しといてくれ! さらばだ!」
変に拗れる前に、噴水を飛び降りて駆け出す。
茅場さんは、あれで無駄に天才だ。こんなことをしでかしても納得感があるほどに、異常なまでの天才だ。
そうやすやすと解決されることはないだろうし、なんなら極端な話、茅場さんがデスゲームに参加していた場合、本当に誰も止められない可能性がある。
なにせ茅場さんを生かして起こす手段は、唯一真っ当にゲームをクリアすることだけになるのだから。
このまま引き篭もる人達へは、先ほどの演説で十分責務は果たした。と思うことにする。
俺はゲームクリアに向けて動かなければならない。
曲がりなりにも関係者としての責務だ。
ふざけんなよマジで俺は無関係だろうが!
■◆■
「おっと。悪いね、遅れた」
そんなことを小走りで一人の男が現れた。
広場中央の噴水周り、一層ボス攻略のために集まっていたプレイヤー達の視線が一点に集中する。
「あ」
と、隣に座っていたレイピア使いが小さく声を漏らした。
「どうかしたか?」
「……なんでもない」
知っている相手なのかと思い、レイピア使いに尋ねてみるものの、はぐらかされてしまう。フードに隠れていて、その表情はうかがいしれないが、どうも現れた男の方を見ているように思う。
「参加していいか?」
「ああ、もちろん! 参加者は大歓迎だ! 座るところは決まってないから好きにしてくれ」
遅れてやってきた彼は、年の頃は俺と同じくらいの十代半ばに見える。ぶかっとした茶色のローブを羽織っており、武器はその下にあるのか、何使いであるのかはわからない。
活発でイタズラ好きそうな少年は、注目されていることをまったく意に介していないように、開催者であるディアベルに促されるまま、ひょいひょいと身軽に他のプレイヤー達と同様に腰かける。
「このデスゲームそのものも、いつかきっとクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない」
さて、と、場の空気を切り替えたディアベルは、演説を再開した。
全てのプレイヤーへ、ソードアート・オンラインはクリア可能であることを証明するために、今から攻略に向かう。
そう宣言した。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
ディアベルが拍手を送られる中、低い声が響いた。
人垣を割って、サボテンのような髪型の男が声を上げる。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
唐突な乱入に、しかしディアベルは余裕溢れる表情を崩さずに言う。
「こいつっていうのはなにかな? まあなんにせよ、意見は大歓迎さ。でも発言するならいちおう名乗ってもらいたいな」
「……フン。わいはキバオウってもんや」
勇ましいプレイヤーネームを名乗ったサボテン頭は、集まったプレイヤー達を見渡す。
「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らがなんもかんも独り占めしたから、一ヶ月で千人も死んでしもたんや! せやろが!!」
途端、低くざわめいていた約四十人の聴衆が、ぴたりと押し黙った。
集まった人々の多くが予想したであろう通りに、キバオウはβテスターへの糾弾を始める。
「そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」
糾弾が途切れる。
「まあまあ」
沈黙を破るように、状況にはそぐわない軽い調子のなだめる声があがった。
「プレイヤー同士でいがみ合ってても仕方ないだろ。こんな状況下で、特定の誰かを責め立てるのは良いこととは言えないぜ」
「あん? なんやて!」
「悪いのは全部茅場晶彦なんだから。ほんとマジで全部あいつが悪い。最悪だよマジで。アーガスも大変なことになってるだろ絶対、ログアウトできたらぶっ殺してやるからな茅場晶彦ォ!」
「お、おう」
「お前もそう思うよなぁ!?」
「せ、せやな」
「あのボケナスマジでぶち殺──」
「まあまあまあ」
ディアベルが止めに入るまで、最初の軽い調子はどこへやら、物凄い勢いでキレ散らかしていた。