少し前のこと。
「はー。これがメディキュボイド。ナーヴギアなんて危なそうなゲーム機が許可された根拠だという」
「ええそうよ。身体を動かせない患者が、VR空間で他者と意思疎通を行うための医療機器」
別にそれが目的だったわけではないんだけれど、他の用事の最中に神代さんと会って、少しメディキュボイドの話をすることになったのだ。
彼女からこの機械のことや、いくらか使用例があることを聞く。もちろん個人情報みたいなものは伏せられていたわけだけど。
ともあれ、俺はこの機械を見て、こう思ったわけだ。
「なんか、SFでありそうですよね。こういう機械。中に入ったら治療してくれる感じのやつ」
「そうね。そうだったら良かったんだけど、残念ながらそういう機能はないの」
「つけられそうなもんですけどね」
で、まあ特になにも考えずに、思いつきを口にした。
「最近、VRCADのためにより高性能のスキャナを作ろうって話になったんですよね。で、またなんか乗り気だった茅場さん協力のもとすごいもんができたそうなんですけど」
「茅場くんから聞いたわ。ただ言っていいものなのか」
「フラクトライトのことですか?」
「そう。聞いてたのね」
現在はまだ仮説段階であるものの、より強化されたスキャン技術によって、脳細胞内に光子を観測できたらしい。
これがどういう役割を持つ、なんであるのかはまだ研究中だが。
そんなものは重要ではなくて。
「脳細胞内の光子を観測できるほどのスキャナなら、それで全身をスキャンすれば細胞レベルで分析できそうですよね。SFみたいにバーッと光が走ったら悪いとこ全部みつけてくれるみたいな」
「彰くん」
「はい?」
「今年の予定は空いているかしら」
「学生でも年単位の暇はないですよ」
それからちょっと後悔するくらい忙しくなった。
■◆■
とはいえ実際に俺が手を動かして、なにかを作れと言われたわけではない。
作るのは他の専門家だ。俺に与えられたのは、とにかくしっかりと関係する諸々の知識を得ること。
現行のメディキュボイドと、開発中のスキャナ、仮称ソウルトランスレーター。それからこれらの研究開発にあたっての医学的知識を覚えとけとめちゃくちゃ勉強させられた。
部屋の中をうろうろしながらタブレットで読んでいた、最新のソウルトランスレーターに関する報告書を閉じる。
はあ~、しっかしまあ、とんでもない技術だよなぁ。
物質の状態を完全に把握できれば未来予知ができるというラプラスの悪魔という考えがある。
こいつは古臭い考えで、量子力学によって否定された説のはずなんだが、こうしてここまで人間を事細かに分析できるようになってしまうとな。
人間ってなんなんだろう、という気持ちになってくる。
ここまで人間をデータ化できるようになったってことは、いつか機械的に再現できるようにもなるだろう。
そこにたどり着いたら、人間の定義ってもんも揺らぐかもしれないな。
まあ、哲学は学ぶように言われてないから、それは誰かが考えるだろ。
■◆■
空を自由に飛びたいならアルヴヘイム・オンライン!
というわけでストレス発散もかねて妖精になっていた。ちょっと久しぶりのこの世界、アバターのサイズはリアルの体格に寄せているので、そこは問題ないものの、間を開けたことで羽根が生えてることに若干の異物感がある。
とはいえ十分も飛んでいればそんな感覚もなくなり、コツをつかみ直す。
しばらくそうしていて満足したのでフレンドリストを開いて、適当にログインしているやつらに声をかけてみる。
すると暇してるやつが見つかったので、わかりやすく世界樹を待ち合わせ場所に指定し、一緒に遊ぶことになった。
「やっほー。久しぶりだね!」
「よ。久しぶり」
活動場所の関係で先に待っていた俺のところへ、金髪の剣士が小走りでやってくる。
以前シルフ領全国大会でどつき合った対戦相手のリーファだ。
大会後、同じシルフ内のトッププレイヤーということで話すようになり、アルヴヘイム・オンラインをやる時はちょこちょこ行動を共にしている。
俺のプレイ時間短いから装備性能はどんどん差がついていっているが。
「最近見なかったけど、忙しかった?」
「まあな。他にもいくつかゲームを兼業してるんだ。ソードアート・オンラインとかな」
とはいえこのゲームで最重要なのはPSの方だ。
ソードアート・オンラインで剣技を磨いていさえすれば、そうそう遅れは取らない。
「ソードアート・オンラインか。いいなぁ、私もそっちをやればよかったなって思うことが時々あるんだよね」
「なんだ? このゲーム気に入らないのか?」
「違う違う。そうじゃないって」
からかうように言うと、リーファは慌てて否定する。
「うーんと、なんて言えばいいのかな。喧嘩してるわけじゃないんだけど、ちょっと距離を感じる身内がいてね。その人がこういうゲーム好きな人なの。これがきっかけになって昔みたいに仲良くできたらいいなって始めてみたんだ」
「ふうん。いいんじゃないの?」
「でも聞いてよ! その身内がやってるの、アルヴヘイム・オンラインじゃなくてソードアート・オンラインだったんだよね。どっちもVRMMORPGだけどゲーム性違いすぎるよ!」
「ちゃんと下調べくらいしろよな」
「だからまだゲームの話とかできてなくて」
「別になんでもいいだろ。今の話、してこいよ」
「それはその、もうちょっとちゃんとした話すきっかけがないと難しいといいますか」
「じゃあ買えば? ソードアート・オンラインも」
「もう一つゲームを買うには懐が心もとなくて」
「なおのこと下調べちゃんとしてないのが悪さしてんじゃねーか」
めんどくせーやつだな。
とはいえ俺はアーガス関係者。会社の売り上げのためにも、できれば買ってほしいところ。
「やれやれ。ソードアート・オンラインは、いいぞ」
「なぜ急に営業トークを?」
「最新層に追いつきやすいようにレベル30までは経験値ボーナスもあるし、スキルレベルもバンバン上がるぞ。……最新層の最低水準に追いついたら苦行系のMMOになるが」
「ぼそっとなにか言わなかった?」
「言ったけど男に二言はないから」
「それ別に『一度しか説明しないからよく聞け』って意味じゃないからね」
「知らなかった、ありがと。それに──」
「あ、もう一回言う気はないんだ」
「多分家族とかだろ。家族仲を取り次いでくれるツールとしてなら、安い買い物じゃないか?」
「……確かにそう言われると」
「そうだろう。だからほら、もうすぐ来る一周年セールの前に買っておこうか」
「セールの時に買うね」
その後、リーファに教えてもらいながらいい感じの狩場を回って遊んだ。
モンスター相手だと火力が足りなさ過ぎたので、お古の片手剣を恵んでもらった。ありがたやありがたや。