N3x7 D15a5732   作:vic.

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これは、本編第7話で、省略されていたひかるの「地球が滅亡する」悪夢を全て描いたものである。


スピンオフ
N3x7 D15a5732 P20g23551v3 〜 地球を去ったプリマジスタ


観星町・星奈家。

朝の静けさが漂う部屋の中、ベッドに横たわっていた星奈ひかるは、突如として全身を襲う激しい悪寒とともに勢いよく飛び起きた。

 

呼吸が荒く整わない。冷や汗が額を伝い、胸の鼓動が早鐘のように打ち鳴らされる。頭の中にこびりついた不吉な直感を振り払うように、ひかるは素足のままデスクへと駆け寄り、PCの電源ボタンを押した。

 

立ち上がるデスクトップ画面。素早い手つきでキーボードを叩き、天文観測ネットワークから最新の太陽活動データを読み込む。

 

画面に映し出されたのは、見慣れた太陽系のグラフィック。

ひかるはそこに、先ほど受信したばかりの太陽表面の異常活動を示すアニメーションGIFデータを重ね合わせ、解析シミュレーションを実行した。

 

モニター上で、太陽の黒点付近から突如として巨大な光のフレアが爆発的に噴出する。

極超規模のプラズマと高エネルギー粒子が、凄まじい速度で宇宙空間へと放出されていく。そしてシミュレーションが弾き出した未来の軌道——それは、青く輝く私たちの地球を一直線に呑み込んでいた。

 

画面の中の地球は、太陽から放たれた極限の灼熱と放射線の嵐に曝され、磁場を打ち破られ、瞬く間に赤黒く焼き尽くされていく。

 

ひかる「な……なに、これ……!? 太陽フレアの規模が……桁違いすぎる……っ! こんなの、地球の大気も磁場も耐えられるわけがない……! まるで地球全体が、太陽に炙られて……っ!」

 

モニターが発する赤とオレンジの異様な光に照らされながら、ひかるは言葉を失い、ただただ目の前で弾き出された『地球の破滅』という圧倒的な現実に、身体を震わせるしかなかった。

ひかるは蒼白な顔のまま、すぐさまこのシミュレーション結果と観測データを政府機関および防衛省、JAXAへ緊急送出した。事態の異常性を重くみた国家最高機関は、科学者たちの検証を経て、直ちに全日本国民に向けて『国民保護情報』の発令を決断する。

 

それからわずか数十分後。静まり返っていた観星町の街中に、一斉に甲高い警戒アラームが響き渡った。

 

『エリアメール/緊急速報メール』

 

食卓に置かれていたひかるのスマートフォン、そしてリビングのテレビや街頭のスピーカーから、耳を刺すような異音が鳴り響く。

 

画面には、刻印されたような太字で以下の通知が表示されていた。

 

⚠️【国民保護情報】

明後日、太陽フレアにより地球上の生命は死滅することが判明しました。

屋外や地上は非常に危険です、地下に避難してください!

 

その通知を目にした瞬間、リビングにいたふたりの子どもたちの動きが固まった。

 

中学二年生になった長女のあかりは、手にしていたシャープペンシルを床に落とし、震える画面を食い入るように見つめている。小学三年生の長男、えいきは状況が呑み込めず、大きな目をさらに見開いて母の顔とスマホを交互に見比べた。

 

あかり「ねえ……お母さん……? これ、何かの間違い……だよね……? 太陽フレアで……生命が死滅って……どういうこと……!?」

 

えいき「お母さん……『死滅』ってなに……? みんな死んじゃうの……? 僕たち、地下に行けば助かるの……?」

 

ひかる「あかり、えいき……っ」

 

ひかるはふたりの肩を強く抱き寄せた。

スマホの画面に点滅する『死滅』の二文字。ひかるは母として、そして宇宙を誰よりも愛してきた者として、冷たい絶望の汗を流しながらも、子どもたちを守るために強く唇を噛み締めるのだった。

政府からの非情な通達が突きつけられた瞬間、都内の街街は完全なパニックと混沌に包まれた。

 

高層ビル群が立ち並ぶ都心部、駅のホーム、オフィス街、そして住宅街——あらゆる場所で人々の感情が決壊し、阿鼻叫喚の悲鳴が渦を巻く。

 

「嫌!! お父さん! お母さん!!」

「誰か止めてくれ!! 頼むから嘘だと言ってくれ!!」

「お願いだ!! 助けてくれ!! まだ死にたくない!!」

 

スマートフォンの警告音が無機質に鳴り響き続ける中、人々は逃げ場のない地上で立ち尽くし、家族の名を呼び、天を仰いで泣き叫ぶ。地下鉄の入口にはパニックに陥った群衆が押し寄せ、将棋倒し寸前の混乱が巻き起こっていた。

 

科学の力も、築き上げてきた文明も、圧倒的な宇宙の脅威の前には何の役にも立たない。

 

星奈家のリビングにまで届くかのような地鳴りのような騒然とする空気の中、ひかるはあかりとえいきを激しい震えから守るように、さらに強くその腕の中に抱きしめた。

 

あかり「お母さん……外の音が怖いよ……! 本当に地球が終わっちゃうの……!?」

 

えいき「嫌だ……! 僕、お母さんや姉ちゃんとずっと一緒にいたいよぉ……!」

 

ひかる「大丈夫……大丈夫だから……っ! お母さんが、絶対に二人を守るから……!」

 

溢れ出る涙を堪えながら、ひかるは必死に子どもたちへ声をかける。しかし、窓の向こうでパニックに染まっていく東京の空は、残酷なほどに蒼く澄み渡っていた。

ひかるは二人の手を強く握りしめ、意を決して観星町の街へと足を踏み出した。

 

しかし、外の景色はひかるの想像をはるかに絶するものだった。

 

数時間前まで活気に満ちていたはずの観星町のストリートからは、人の姿がすっかり消え失せていた。静まり返った路上には乗り捨てられた自転車や散乱した荷物だけが残り、まるで世界から自分たちだけが取り残されてしまったかのような気味の悪い静寂が漂っている。

 

ひかる「そんな……誰も、いない……? みんな、地下へ逃げちゃったの……?」

 

静寂への恐怖に背中を凍りつかせたその時、街角のガソリンスタンドから「バチバチ……」という不穏な異音が響いた。

 

ひかるたちが視線を向けると、ガソリンスタンドの敷地内で、ポツンと放置された1台の乗用車が真っ赤な炎に包まれていた。

 

急速に高まる太陽活動の影響か、大気中の異常な放電現象によって電装系がショートしたのか——爆発的な熱を孕んだ黒煙が、青空に向かって不気味に立ち上っていく。

 

あかり「お母さん、あそこ……! 車が燃えてる……!」

 

えいき「ひっ……! お母さん、怖いよ……!」

 

炎の熱気と黒煙が風に乗って流れ着き、ひかるは子どもたちを庇うように背中に隠した。まだ本格的な太陽フレアの到達前であるにもかかわらず、すでに地球の環境は確実に壊れ始めている。

 

燃え上がる車の前で立ち尽くすひかるの視線に、ガソリンスタンドの敷地内に無骨に設置された、不気味なほど存在感を放つ大きな看板が飛び込んできた。

 

そこには、赤と黒のペンキで、人類すべてを真剣に威圧し警告するかのような荒々しい英文字が刻まれていた。

 

『THE WORLD’S END IS NEAR!』

(世界の終わりは近い!)

 

『THIS IS A WARNING TO ALL ENTIRE HUMAN AND ENTIRE EARTH!』

(これは全人類、そして全地球への警告だ!)

 

『DON’T THINK THERE ARE NOTHING SERIOUS』

(深刻な事態など何もないと高く括るな)

 

『WARNED PERSON ISN’T ONLY “US”!』

(警告されているのは「俺たち」だけではない!)

 

『NOBODY CAN STOP THAT SOLAR FLARE』

(あの太陽フレアを止められる者は誰もいない)

 

『IT KILLS EVERYONE ELSE, IN THE OTHER WORDS, KILLS EVERY LIVES!』

(それは他のすべての人々を殺す、言い換えれば、あらゆる生命を殺すのだ!)

 

単なる狂言や落書きではない。この圧倒的な破滅の現実を前に、真剣にすべての人間へ警鐘を鳴らそうとした「誰か」の強い意志がそこにはあった。

 

ひかる「こんなメッセージを遺すなんて……もしかして、まだここに誰かいるの……!?」

 

ひかるは息を呑み、周囲を見渡した。無人のガソリンスタンドに不気味な炎の爆発音が響く。これ以上ここに長居するのは危険だと判断したひかるは、不安そうに身を寄せ合う二人に向き直った。

 

ひかる「あかり、えいき! 急いで車に乗って!」

 

あかり「うん、お母さん……っ!」

 

えいき「お母さん、早く……!」

 

ひかるは子どもたちを自家用車の後部座席へ素早く乗り込ませると、自らも運転席に滑り込み、震える手でキーを回してエンジンをかけた。車体は黒煙を吐き出すガソリンスタンドを背に、静まり返った観星町の路上へと勢いよく走り出した。

車を走らせたひかるが辿り着いたのは、観星町の郊外にある広い避難広場だった。そこに集まっていたのは、過酷な運命に巻き込まれた少女たち——プリティーシリーズとアイカツ!シリーズのアイドルたちだった。

 

広場には、陽比野まつり、星宮いちご、新条ひなき、氷上スミレ、藤原みやび、南みれぃ、真中らぁら、桃山みらいの姿があった。

 

しかし、ひかるは彼女たちの姿を見て目を見張った。

プリティーシリーズのアイドルたちは、約3週間前にプリパラチェンジなどをした時の影響で、服装こそ普段の私服に戻っているものの、髪型や髪色だけがライブ時の姿のまま元に戻らなくなっていたのだ。私服の落ち着いた装いと、華やかで奇抜なアイドルのヘアスタイルが合わさり、どこかちぐはぐで痛々しい雰囲気を漂わせている。

 

太陽フレアが放つ強烈な電磁パルス(EMP)によって、世界中のネットワークやライブシステムが許容量を超えてバグを起こし、彼女たちの身体的データ変換プロセスすら不完全なまま固定化してしまっていた。

 

ひかる「みんな……! 無事だったの……!? でも、その姿は……」

 

らぁら「あ……ひかるさん! 私たち、急にシステムが変になっちゃって……髪型が元に戻らなくなっちゃったの……!」

 

いちご「ひかるさん! あかりちゃんも、えいきくんも無事だったんだね!」

 

あかり「いちごお姉ちゃん……! みんなもここに逃げてたの……?」

 

重苦しい空気の中、看板の裏側に回ったひかるは、先ほどガソリンスタンドで見かけたあの警告看板の隅に、小さく残された書いた人のサインを発見した。それは、事態の深刻さを誰よりも早く察知し、なりふり構わず人類へ警告を発しようとした人物の手によるものだった。

 

みれぃはバグを反映したちぐはぐな姿のまま、空を仰ぎ見て静かに口を開いた。システムのエラーの影響か、彼女の口調もまた語尾が強制的に固定された状態になっていた。

 

みれぃ「これはただ事ではないぷり。これは私たちだけではない人類への警告ぷり……。システムの計算を超えた破滅が、もう目の前まで来ているぷり……」

 

みれぃの言葉を裏付けるように、見上げる空には異変が極まっていた。

澄んでいたはずの青空は不気味に歪み、昼間であるにもかかわらず、天頂一面に灼熱のオレンジ色をしたオーロラのような巨大な炎の帯が揺らめいている。

 

地球磁場が破砕され、大気が太陽からのプラズマに焼き尽くされようとしている証拠だった。太陽フレアの脅威は、もう一刻の猶予も残してはくれない。

まつりは震える声で空のオレンジ色の炎を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

まつり「煌めく本気の『マジ』も、無くなっちゃうのかな……?」

 

その言葉に、ひかるの胸は強く締め付けられた。今まで幾度となく世界の危機や理不尽な運命に立ち向かい、どんな犠牲を払ってでも未来を繋ごうと戦ってきた。しかし、目の前に広がるのは、科学の力もアイドルの輝きも、どんな奇跡さえも寄せ付けない圧倒的な宇宙の猛威だった。

 

ひかるは拳を強く握りしめ、溢れ出る悔し涙を拭うことすら忘れて叫んだ。

 

ひかる「多分だよ……! いくら足掻いても未来は変わらなかったっていうのに、何ができるの……! 私たちがいくら願ったって、この太陽フレアを止める方法なんて……どこにもないんだよ……っ!」

 

悲痛な叫びが、オーロラに染まる静まり返った広場に虚しく響き渡る。

 

あかりとえいきは、初めて見る母親の激しい絶望に怯えながらも、その温かい背中に必死にしがみついた。いちごやスミレたちも言葉を失い、ただ壊れゆく空と、泣き叫ぶひかるの姿を悲痛な眼差しで見つめることしかできない…。

太陽の不気味な赤橙色が地平線に残り、昼と夜の境目が溶け落ちたかのような異様な夜が訪れた。

 

ひかるたちは広場に留まり、手持ちの非常食や缶詰を寄せ集めて、全員でささやかな夜食を囲んでいた。満腹には程遠く、かといって喉を通るわけでもない、どこか虚ろで物足りない食卓。

 

静まり返った暗闇の中、みゃむがひざを抱え、掠れた声で呟いた。

 

みゃむ「あぁ……一体、これからどうすればいいんだ……?」

 

その問いに答えられる者は誰もいなかった。システム障害によって髪型が戻らないままのプリティーシリーズの少女たちも、膝に顔を埋めたまま肩を震わせている。

 

めるは手元の缶詰を見つめたまま、涙の溜まった目を伏せた。

 

める「わかんないよ……私たち助かるかもわからないし……」

 

あかりとえいきは、ひかるの差し出した固いパンを小さく噛み締めながら、ただ静かに大人たちの会話を聞いていた。

 

空を覆うオレンジ色のオーロラは夜になっても消えることはなく、地表を薄暗く照らし続けている。刻一刻と迫る終焉の時間を前に、全員がただ迫り来る恐怖と絶望の冷たさに身を縮めている。

コンビニエンスストアを立ち去り、車の中や避難広場の隅で身を寄せ合う少女たち。

 

刻一刻と刻まれる絶望のカウントダウンの中、容赦なく夜は更けていく。明後日の朝には全てが焼き尽くされるという残酷な現実を前にして、誰もが眠れるはずもなかった。しかし、極度の緊張と恐怖は、否応なしに彼女たちの体力と精神を削り取っていく。

 

陽比野まつりは、膝を抱えたまま横になり、冷たい地面に体を丸めた。

 

まつり「こんな時に眠れるわけないよ……。でも、目を閉じないと……体が持ちそうにないや……」

 

システムエラーによって元に戻らなくなったライブヘアが、固い地面に当たってわずかに揺れる。眩暈と疲労に耐えかね、彼女は半分強制されるように瞼を閉じた。

 

暗闇の中で目を閉じても、脳裏に焼き付いたあのオレンジ色の灼熱のオーロラが消えることはない。明日が来れば、最後の日がやってくる。煌めく本気の「マジ」を信じて走ってきた日々が、ただの幻であったかのように消え去ってしまうのだろうか。

 

まつりは震える手をそっと胸の上に置き、浅い呼吸を繰り返しながら、訪れることのないはずの「明日」への不安と恐怖の中で、うなされるように意識を落としていった。

 

そして、翌日の朝…

朝日が昇っても、空を覆う不気味なオレンジ色のオーロラは消えることがなかった。世界を焼き尽くす「太陽フレア直撃」まで、あと1日。

 

静まり返った街の公衆電話の受話器を握りしめ、ひかるは震える声で語りかけた。受話器の向こうにいるのは、大切な仲間である天宮えれなだった。

 

ひかる「昨日はごめん……急に外出してしまって」

 

昨夜、パニックと恐怖に耐えかねてあかりとえいきを車に乗せ、飛び出すように観星町を彷徨ってしまったことを、ひかるは深く申し訳なく思っていた。

 

ひかる「えれなさん……無事だった? スマホのニュース、見たよね……? 明日の朝、太陽フレアが……本当に地球を直撃しちゃうんだよ……」

 

受話器越しに伝わってくるえれなの吐息に、ひかるは涙を堪えながら必死に言葉を絞り出す。

 

ひかる「私……お母さんとして、あかりやえいきに何をしてあげられるんだろう……。地球がなくなっちゃうのに、どうやって二人を守ればいいの……っ!」

 

壊れゆく世界の中で、ひかるの悲痛な思いが静かな電話線を伝わっていった。

受話器から返ってきた天宮えれなの声は、普段の明るく包み込むようなトーンとは程遠い、酷くかすれたものだった。

 

えれな「ひかる……大丈夫だよ。そんなの謝らないで……。みんな、みんなパニックなんだから……。家族と一緒にいて。あかりちゃんと、えいきくんの手を、絶対に離さないでね……」

 

通話が途切れ、無機質なツートンという音が響く。ひかるが受話器を置き、重い足取りで広場へと戻った時だった。

 

冷たいアスファルトの上で身を縮めていた陽比野まつりが、まぶたを重そうに開けた。ゆっくりと起き上がり、霞む視界の中で仲間の姿を目で追っていく。

 

いちご、スミレ、あんな、みれぃ、みらい……そして自分の側にいるみゃむ。

 

しかし、いつも誰よりも明るい声で場を和ませていた、一番大切な存在の姿が見当たらない。

 

まつり「あれ……? らぁらちゃん……? らぁらちゃんは……!?」

 

周りの草むらや避難用のテントの影を見回すが、私服にツインテールを結ったあの少女の姿はどこにもなかった。昨夜まで確かにここにいたはずの真中らぁらが、影も形もなく消え失せている。

 

まつり「嫌だ……嘘でしょ!? らぁらちゃん!! どこに行ったの!? らぁらちゃんーーっ!!」

 

早朝の静寂を切り裂くような、まつりの絶望に満ちた悲鳴が広場に響き渡った。いちごやひかるも目を見開き、辺りを必死に探し始めるが、残されているのは彼女が着ていた私服の片方のリボンだけだった。

 

その時、広場の脇を走る主要道路の向こうから、低いエンジンの重低音が響いてきた。

 

ガタゴト……ガタゴト……

 

やってきたのは、現代の洗練された電気自動車などとは程遠い、無骨で黒く塗りつぶされた旧式の車だった。排気量を誇示するような不気味なエンジン音を立てながら、橙色のオーロラが揺らめく不吉な空の下を、その車はゆっくりと走っていく。

 

みらい「あんな古い車……誰が乗ってるんだろう……?」

 

あかり「お母さん……あの車、なに……?」

 

ひかるはあかりとえいきを背中に庇い、通り過ぎていく黒い旧式車を警戒するようにじっと見つめた。スモークガラスで覆われた車内の様子は伺い知れない。

 

この車こそが、大人は拒絶し、罪なきアイドルたち『だけ』を選別して連れ去る冷酷な計画を進める存在——「ストレンジャー」の所有物であること、そしてらぁらがすでにその手に落ちてしまったことを知る者は、この時まだ誰もいなかった。

真中らぁらが突如として姿を消した広場に、遅れて駆けつけたのはソラミスマイルの仲間である北条そふぃと南みれぃだった。

 

システムエラーの猛威は容赦なく彼女たちにも襲いかかっていた。

そふぃは私服姿のまま、ライブ時の煌びやかなロングヘアとメイクが固定され、力の入らない体をなんとか支えるように立ち尽くしている。みれぃもまた、私服にあの特徴的なポップツインテールの髪型のまま、語尾が強制された異常事態に耐えていた。

 

そふぃ「らぁら……? らぁら、どこにいるの……? 返事をして……っ!」

 

そふぃは弱々しくも、必死の声で広場を彷徨い、姿の見えない相棒の名を呼び続ける。しかし、応えるのは空を覆うオレンジ色のオーロラが発する不気味な地鳴りのような音だけだった。

 

みれぃ「そんな……らぁらが急にいなくなるなんて計算外ぷり……! 昨夜まで一緒にいたはずなのに……っ!」

 

みれぃは震える手でスマートフォンの画面を操作しようとするが、太陽フレアの電磁パルスによって画面は無機質な砂嵐を映し出すだけだ。

 

そこに、涙を浮かべたらぁらのリボンを握りしめた陽比野まつりと、先ほど通り過ぎた黒い旧式車を見送っていた星奈ひかるたちが歩み寄ってくる。

 

ひかる「みれぃさん、そふぃさん……! 実はさっき、見たこともない古い黒い車が、この前の道路を走り去っていったの……」

 

いちご「もしかしたら、その車がらぁらちゃんを……!?」

 

ひかるの言葉に、そふぃの紫色の瞳が大きく見開かれた。

 

そふぃ「車……? どうして……どうしてらぁらを連れていくの……? 私たちの……大事な『神アイドル』なのに……っ!」

 

みれぃ「落ち着くぷり、そふぃ……! だけど、もし本当に誰かがらぁらを連れ去ったのだとしたら……この滅びかけた世界で、一体誰が何の目的でそんなことをするぷり……!?」

 

語尾を乱しながらも怒りと恐怖で拳を強く握りしめるみれぃ。

 

空から降り注ぐ異常な熱気と橙色の光線の中、残された少女たちは、去りゆく旧式車の不穏な残響を感じ取りながら、迫り来る「地球滅亡」のカウントダウンと、突然訪れた仲間の失踪という二重の絶望に突き落とされる。

旧式車が立ち去った道路には、焼きつくような熱を孕んだ乾いた風だけが吹き抜けていた。

 

ガソリンスタンドの脇に置かれた打ち捨てられたラジオからは、激しい電磁波干渉によるバリバリという苛烈なノイズを交えながら、悲痛さを極めた緊急放送の音声が途切れ途切れに響き続けている。

 

『ザザッ……アナウンサーです……っ! 繰り返します、ザッ……! 明日朝、太陽フレアの直撃により、地球の表面は完全に焼き尽くされます……! 大気も、オゾン層も、建造物もすべてです! 命を守るため、今すぐ……今すぐ近くの地下シェルターや深層地下へ避難してください……! ザザザーッ!』

 

絶望的な告知は、それだけに留まらなかった。アナウンサーの震える声が、さらなる異常事態を告げる。

 

『……また、各地で異常事態が相次いでいます! 避難勧告が出される中、夢川ゆいさん、花園しゅうかさん、星川みつきさんをはじめとする、多数の有名アイドルの行方が突如として分からなくなっています! 警察および防災本部は捜索を……ザザッ……不能状態です……!』

 

ラジオから聞こえたその名前に、広場にいた全員の息が止まった。

 

みれぃ「ゆいまで……!? しゅうかやみつきまで消えたぷり……!?」

 

みらい「そんな……らぁらちゃんだけじゃなくて、他のアイドルのみんなまで急にいなくなるなんて……! 一体何が起きているの……!?」

 

いちごはスマートフォンの画面を何度も確かめようとするが、もはや圏外の表示すら消え去り、端末自体が熱を帯びて作動を停止しつつあった。

 

いちご「連絡が取れない……! 太陽フレアのパニックの混乱に乗じて、誰かがみんなを連れ去ってるの……!?」

 

ひかるは手首の時計に目を落とした。デジタル文字の表示が乱れながらも刻んでいる刻限。残された時間は、もう11時間しかなかった。

 

ひかる「あと11時間……。明日の朝には、この空のオレンジ色の炎が地に降りてきて、全部……全部を焼き尽くしてしまうの……?」

 

あかりは怯えるえいきをしっかりと抱きかかえながら、ひかるの顔を見上げた。

 

あかり「お母さん……地下に逃げなきゃ……! ラジオの人も地下に行けって言ってるよ……!」

 

えいき「お母さん、行こうよ! 僕、燃やされるの嫌だよぉ……っ!」

 

二人の必死の訴えに、ひかるの胸は張り裂けそうだった。しかし、周囲を見渡せば、地下へ逃げ込むための堅牢なシェルターなどこの近くには存在しない。あったとしても、大気やオゾン層そのものが焼き尽くされるほどの天災から、人間が作った地下施設がどれほど耐えられるというのだろうか。

 

そふぃは弱々しく首を横に振った。

 

そふぃ「地下なんて……行っても無駄かもしれない……。だけど、らぁらを探さなきゃ……。姿を消したみんなを見つけなきゃ……私たちはソラミスマイルなのに、らぁらを置いて逃げるなんて絶対にできない……っ!」

 

私服に固定されたライブの髪を揺らしながら、涙をこぼすそふぃ。みれぃはそふぃの肩を抱きしめ、天を仰いだ。

 

みれぃ「11時間……。地球が滅びるまでのカウントダウンと、アイドルたちが消えていく謎……。計算が……計算が成り立たないぷり……っ!」

 

残された時間が容赦なく削られていく中、不気味に色を変えていく空の下で、彼女たちは理由のわからない連鎖失踪と、目前に迫る地球規模の死という二重の恐怖に苛まれた。

太陽が地平線へと傾き、空のオレンジ色の炎が一層不気味な赤紫へと色を変えていく日没前。

 

広場の端に佇んでいた萌黄えもの頭の中に、突如として直接響き渡るような、冷たく不気味な声が流れてきた。

 

『……萌黄えも。貴女はプリチャンで大人気の罪なきアイドル。貴女は『選ばれし者』になるのを許されるべきだ。この車に乗れば、貴女は助かる……』

 

えも「な、なに……!? 頭の中に、直接声が……!?」

 

えもが息をのんで振り返ると、静かに滑り込んできたあの黒い旧式車がすぐ目の前に停止していた。スモークガラス越しに、男の冷酷な視線がえもを捉えている。

 

地球が明朝には焼き尽くされるという事実、そして何より「助かる」という甘い誘惑。えもは恐怖に震えながらも、システムエラーで元に戻らない髪を強く握りしめ、意を決したように黒い車のドアへと手を伸ばした。

 

えも「助かる……本当に……助かるのなら……っ!」

 

ひかる「えもちゃん! ダメ、乗っちゃダメーーっ!!」

 

異常を察知したひかるが叫びながら駆け出すが、えもは吸い寄せられるように車内へと滑り込み、ドアが重い音を立てて閉まった。黒い車は黒煙を吐き出しながら、急加速して走り去っていく。

 

ひかる「待ちなさい!! えもちゃんを返しなさい!!」

 

ひかるは諦めず、必死の思いで自家用車へ飛び乗り、アクセルを踏み込んで黒い車の後を追った。あかりとえいき、そして残されていたいちごやみれぃ、まつりたちも「ひかるさん!」「私たちも行くッス!」とひかるの車や追随する車両に飛び乗り、激しい追跡劇が始まる。

 

しかし、オレンジ色のオーロラが怪しく狂い咲く夕闇の中、黒い車は街外れの無人となった滑走路へとひかるたちを誘い込んだ。

 

そこで待っていたのは、旧式車の背後に聳え立つ、現代の科学力を遥かに超越した巨大な漆黒の「星間移送船」であった。黒い車から降り立ったストレンジャーの男が、無機質に手を掲げる。

 

瞬間、ひかるの車の周囲空間がぐにゃりと歪み、強烈な重力波が全体を包み込んだ。

 

あかり「お母さんっ!? 体が……動かない……っ!」

 

えいき「お母さん! お母さん助けてぇぇっ!!」

 

みれぃ「な、なにが起きているぷり!? 身体が勝手に……っ!」

 

ひかる「あかり! えいき!! みんなっ!!」

 

ひかるが伸ばした手は空を切り、恐ろしい不可視の力によって、車に乗っていたあかり、えいき、そして取り残されていたアイドルたち全員が引き剥がされ、船内へと吸い込まれるように強制的に移送されてしまった。

 

一人地上に取り残されたひかるは、荒い息を吐きながら、冷たいアスファルトの上に膝をついた。

 

ストレンジャーの男は、ひかるを見下ろしながら静かに告げた。

 

ストレンジャー「戦済みの戦士、大人……罪深き者たちに、新世界への切符はない。救われるのは、罪なきアイドルたちと、その純粋なる幼し芽生えのみだ」

 

ひかる「そんな……あかりとえいきを……みんなを返して……! 私から……子どもたちを奪わないでぇぇっ!!」

 

ひかるの痛切な絶望の悲鳴が、滅びゆく地球の夕闇へと虚しく消えていく。

ひかるは取り乱した顔を必死に覆い、強烈なショックで震える脚を叩いた。

 

ひかる「あかり……! えいき……! それにみんなまで……っ!!」

 

「戦済みの戦士」だから、「大人」だから救われない?

そんな理不尽な理屈で、愛する我が子であるあかりとえいき、そして大切なアイドルたちを連れ去られてたまるものか。

 

ひかる「渡さない……絶対に、渡さないんだから!!」

 

ひかるは涙を拭うと、激しいエンジン音とともに自家用車のアクセルを限界まで踏み込んだ。

 

前方の舗装道路を、滑るように急加速していく不気味な黒い旧式車。その車体が放つ薄暗い尾灯を逃すまいと、ひかるは必死にハンドルを握りしめ、追跡を開始する。

 

赤橙色のオーロラが怪しく蠢く空の下、観星町の入り組んだ道路をすり抜けながら、黒い車はどんどんスピードを上げていく。あまりの速度に自家用車の車体が悲鳴を上げ、タイヤが悲痛な摩擦音を奏でた。

 

ひかる「待ちなさい!! 私から……私からあかりたちを奪っていかないで!!」

 

バックミラーに映る自分の顔は蒼白で、髪は振り乱されていた。しかし、その瞳の奥には母親としての、そしてかつて世界を救うために立ち上がった者としての消えない決意の炎が燃え上がっていた。

 

黒い車は街の郊外、かつて使われていた無人の滑走路跡へと一直線に向かっていく。不吉な影を落とすその目的地の空には、すでに人類の常識を超えた謎の巨大な建造物のシルエットが浮かび上がり始めている。

荒涼とした山中の滑走路跡に急ブレーキの音が高らかに響き渡り、ひかるの車は激しく横滑りしながら停車した。

 

ドアを叩きつけるように開け、ひかるは乱れた髪も気にせず黒い旧式車の前へ立ちふさがった。その先には、巨大な漆黒の星間移送船の影と、不気味な静寂を纏ったストレンジャーの男が立っていた。

 

ひかる「私の息子とアイドルたちを返して!! 今すぐに!!! 子どもたちを……みんなをどこへ連れて行くつもりなの!?」

 

ひかるは怒りと恐怖で肩を激しく上下させ、男の胸倉に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。しかし、その必死の叫びを遮るように、後方から悲痛な声が響く。

 

まつり「ひかるさん、やめて!! お願いだからやめて!!」

 

ハッとしてひかるが振り向くと、そこには移送船のタラップ付近に集まっている少女たちの姿があった。あかりとえいきは無事であり、まだ宇宙船の船内へは収容されていなかったのだ。双子はひかるの姿を認めると「お母さん!」と叫んで駆け寄ろうとしたが、目に見えない透明な障壁に阻まれたようにその場に足止めされていた。

 

システムエラーによってライブ時のヘアメイクが固定されたままの緑川さらは、静かに、しかしどこか諦念の混じった落ち着いた足取りでひかるの前へと歩み寄ってきた。

 

さら「大丈夫だよ、ひかるさん……。この人は、私たちに直接危害を加えるようなことはしない」

 

ひかる「さらちゃん……? 何を言っているの!? この人はみんなを連れ去ろうとしてるんだよ!? 地球が滅びるからって、こんな理不尽な強制連行なんて……!」

 

さら「わかってる。だけど……私たちは選ばれてしまったんだ。プリチャンやプリパラのアイドルとして、純粋に誰かを笑顔にしてきた『罪なき者』として……」

 

さらはオレンジ色に狂い咲く山頂の空を見上げた。その瞳には、迫り来る地球最後の日を受け入れたかのような、深く切ない光が宿っていた。

 

さら「この人は暴力を振るうわけじゃない。ただ、滅びゆく地球から『純粋な存在』だけを摘み取って、次の世界へ運ぼうとしているだけ……。だから、争っても意味はないんだ」

 

ストレンジャーの男は、一切の感情を削ぎ落とした無機質な眼光で、ひかるを一瞥した。

 

ストレンジャー「しかり。私は裁きを下す者ではなく、ただ選別し、記録し、移送する者。過去に戦いを選び、世界を守るためにその手を汚した者……戦士や大人は、新世界への生態系に不純物をもたらす。ゆえに拒絶される」

 

ひかる「不純物……!? 命にそんな線引きをするなんて、そんなの勝手すぎる!!」

 

崩れ去る地球の残滓と、不気味な未知のテクノロジーが交差する山中で、ひかるの叫びは冷たい夜風に掻き消されていくのだった。

ひかるの手元で、スマートフォンの画面が狂ったように明滅を始めた。

 

激しい電磁波のノイズを突き破り、ひたすら鳴り響くアラート音。画面に表示された未読通知の数は、実に35,414件に達していた。

 

そのすべてが、世界中から届く悲鳴のようなニュース速報だった。

『【緊急】香田澄あまり、みゃむ、チムム、金森まりあの消息不明』

『プリチャン、プリパラ、プリマジスタ、マナマナ、アイプリ、プリズムスター……全世界でアイドルたちの同時多発的失踪が継続中』

『被害数は全世界で推計30億人を突破。特定の条件に該当する少女たちが一斉に消失』

ひかる「30億……!? アイドルだけじゃない……世界中の『幼子』や『罪なき者たち』が、全員……!?」

 

あまりやまりあ、さらには魔法界の精霊であるマナマナたちまでもが、この短時間で完全に攫われていたのだ。そのあまりにも無慈悲で圧倒的な数字に、ひかるの思考は白く染まっていく。

 

ストレンジャーは、ただ目の前にいる少女たちを連れ去ろうとしているだけではない。地球が太陽フレアによって灰燼に帰す前に、人類の『純粋なる種』だけを世界規模で根こそぎ回収していたのだ。

 

あかり「お母さん……怖いよ……! みんながいなくなっちゃう……!」

 

えいき「お母さん……っ!」

 

あかりとえいきの声を前に、ひかるは己の無力さに打ちひしがれながらも、絶望的な数字が並ぶ画面を強く握りしめることしかできない。

ひかるの足元がグラりと揺れた。30億という膨大な「選別」の事実と、眼前にそびえる漆黒の星間移送船。どれほど叫ぼうと、どれほど手を伸ばそうと、大人であり戦士であった自分には新世界への切符が用意されていないという残酷な現実が、冷たく肩に重くのしかかる。

 

ひかるは必死に溢れ出る涙を拭い、障壁の向こうで震える幼い双子——あかりとえいきの目を見つめた。自らの胸を刺すような激痛に耐えながら、優しく、しかしどこか諦念の混じた絞り出すような声をかける。

 

ひかる「ごめんね……あかり、えいき。ごめんね……っ。でもね、あなたたち二人は……『選ばれし者』になったの。……私、二人と一緒には行けないみたい……」

 

あかりの瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。小さな拳を固く握りしめ、あかりは叫ぶ。

 

あかり「でも……お母さん……っ! 昨日はあんなに……絶対に死なせない、ずっと一緒にいるって言ってたのに……! なんで!? なんでお母さんは一緒に行けないの!? お母さんだけ置いていくなんて、そんなの嫌だよぉ!!」

 

えいき「お母さん! 僕、お母さんと一緒がいい! 一人で行くの怖いよぉ……っ!」

 

二人の悲痛な叫びが山中に響き渡る。ひかるは手を伸ばすが、無慈悲な透明の障壁が冷たく指先を弾き返すだけだった。

 

みれぃ「ひかるさん……本当に、残るつもりぷり……!?」

 

いちご「そんなのダメだよ! ひかるさんだって……ひかるさんだって諦めないでよ!」

 

取り残される母親と、強制的に未来へ連れ去られる子どもたち。残された時間は刻一刻と削られ、山頂の空を染める不気味な赤紫色の光が、容赦なく二つの運命を切り裂こうとしている。

「ひかるさん……私たちと一緒に行けないの……!?」

 

青葉りんかが息をのんで叫ぶ。システムエラーの歪みを受け止めながらも、彼女の瞳には戸惑いと拒絶の色が色濃く浮かんでいた。

 

ひかるは涙で濡れた頬を拭うことなく、透明な障壁の向こうで身を寄せ合うあかりとえいきを優しく、愛おしそうに見つめた。

 

ひかる「いいよ……あかり、えいき。二人は一緒だから。私の大切な息子と娘なら、二人で一緒なら……絶対に怖くないから」

 

その言葉が終わると同時に、暗雲が立ち込める山頂の空気を突き破り、黒い旧式車の周りにいた4人のストレンジャーの姿が眩い光に包まれた。

 

光が収まった時、そこに現れたのは——恐ろしい侵略者などではなく、純白の羽を羽ばたかせ、神秘的な神後光を背負った「天使」のような真の姿だった。

 

ストレンジャー「さあ……私たちと一緒に行こうではないか。滅びゆく世界を捨て、輝かしき新世界へ」

 

天使たちの誘いに抗う術はなく、あかり、えいき、そして残されたすべてのアイドルたちが光の導かれるままに歩みを進める。

 

星間移送船の内部へと誘導された彼女たちを取り囲むように、4人の天使が円を描いて並び立った。彼らが静かに手を掲げると、アイドルたちと双子の体がふわリと宙へと浮き上がっていく。

 

あかり「お母さん……! お母さぁぁん!!」

 

えいき「お母さんっ!!」

 

浮遊した子どもたちとアイドルたちの周りに、青白い光を帯びた球体状のプロテクトフィールドが形成されていく。やがて球体全体が強固な膜によって完全に覆い尽くされ、彼女たちの姿と声は、宇宙船の深部へと完全に密閉・収容されてしまった。

 

ゴォォォォォ……ッ!!

 

大気を震わせる巨大な推進音が轟き、巨大な漆黒の移送船が垂直に上昇を始める。それだけではない。山々の向こう、街の果て、地球の至る所から、同じように「選ばれし者たち」を乗せた無数の宇宙船が、滅びゆく地球の空へと向かって一斉に飛び立っていく。

 

不気味な赤紫色の空を突き抜け、群れをなして遠ざかっていく希望の光。

 

ひかる「あかり……! えいき……! 返して……私の子どもたちを返してよぉぉぉっ!!」

 

冷たいアスファルトに両手を突き、ひかるは喉がちぎれんばかりに泣き叫んだ。

 

やがて、夜空の彼方へ消えていく宇宙船の最後の光粒が見えなくなった瞬間——緊張と絶望の糸がぷつりと切れ、ひかるはそのまま意識を失い、崩れ落ちるように倒れ伏した。

 

残されたのは、あと数時間で焼き尽くされるのを待つだけの、静まり返った瀕死の地球だけだった…。

激しい熱気と異様な静けさの中で、ひかるはゆっくりと目を覚ました。

 

視界に入ってきたのは、早朝にもかかわらず空全体を埋め尽くす、禍々しいまでに燃え上がるような橙色の光芒だった。太陽フレアの直撃により、大気圏が悲痛な悲鳴を上げている証だった。

 

「あかり……えいき……」

 

うわ言のように二人の名を呟きながら、ひかるは重い体を叩き起こした。

 

誰もいなくなった山中の滑走路。周囲には冷たい風と、燃え盛る空の薄気味悪い照り返しだけが残されている。

 

ひかるは虚ろな瞳のまま、足をもつれさせながら自分の車へと向かった。ドアを開け、力なく運転席へと滑り込む。

 

エンジンをかけると、ダッシュボードの時計は地球の終わりまでのカウントダウンが残りわずかであることを示していた。

 

子どもたちも、アイドルたちも、もうこの星にはいない。それでも、ひかるは震える手でハンドルを握りしめ、アクセルを踏み込んだ。あの子たちの面影が残る場所を目指すように、車はオレンジ色に染まりきった絶望の街へと走り出した。

果てしない赤紫色の雲が空を覆い尽くし、世界が終わろうとしていた。朝の空は異様に熱を帯びた鮮やかなオレンジ色に染まり、天頂にはすでに太陽フレアが引き起こす炎のような磁気オーロラが、不吉な揺らめきを伴って波打っている。

 

星奈ひかるが先ほどまで混濁した意識の中で見ていたのは、「もし予言に終わりが存在し、最後の予言通りに地球が焼き尽くされるまで、あと1時間」という最悪の未来であり、そして逃れようのない現実そのものだった。

 

無人となった街を走り抜ける車内。荒涼とした景色が車窓を流れていく。愛するあかりとえいきのぬくもりも、少女たちが紡いでいた眩しい歌声も、すべてはあの漆黒の船に乗って遥かなる宙へと去ってしまった。一人残されたこの世界で、ひかるはダッシュボードのカーオーディオに手を伸ばした。

 

静寂を破って車内に響き渡ったのは、ベートーヴェン『交響曲第7番 第2楽章』の重厚で静謐な旋律だった。

 

低弦が刻む淡々としたリズムが、まるで滅びゆく地球の最後の脈動のように車内に広がっていく。哀愁を帯びたメロディは、残された大人たちの絶望と、旅立っていった子どもたちへの断ち切れぬ愛しさを包み込むように重なり合っていく。

 

ひかるはアクセルを踏み込みながら、オレンジ色の炎が降り注ぎ始めた空を見上げた。大気が鳴動し、崩壊の足音がすぐそこまで迫っている。

 

「あかり……えいき……生き延びてね。新しい世界で、笑っていて……」

 

ベートーヴェンの荘厳な葬送の調べに乗せて、ひかるは車を走らせる。終わりゆく星の光線が車体をオレンジ色に照らし出し、地球に残された最後の1時間が、静かに、そして確実にはじまっていた。

車窓の外に広がる街は、まさに真・地獄絵図そのものだった。

 

「嫌だ!!死にたくない!!」

 

「お願いだ!こんなので死ぬのは御免だ!!」

 

「あぁもう、どうすりゃいいんだこれ!?」

 

「どうしようもないなんて、信じられねえ!死ぬしか方法はないなんて、あんまりだぜ!!」

 

溢れかえる市民たちの叫びと悲鳴が絶え間なく重なり合い、街中をパニックの渦が飲み込んでいく。

 

ベートーヴェンの旋律が途切れ、静寂が車内を包む。車を止め、ひかるがたどり着いたのは、かつて何度も通ったあたたかな記憶の残る場所——懐かしい我が家だった。

 

鍵の開いた扉を開けると、そこには15年前と変わらない優しさと温もりを纏った家族の姿があった。

 

ひかる「お母さん……っ!」

 

輝美「ひかる……! よかった、無事だったのね……!」

 

星奈輝美は涙を浮かべ、駆け寄ってきた娘のひかるを強く抱きしめた。母の温もりに触れ、ひかるの胸に溜まっていた感情が溢れ出す。輝美はひかるの肩を抱いたまま、周りを見回しながら尋ねた。

 

輝美「ひかる、あかりとえいきは……? あの子たちはどこにいるの?」

 

ひかるは必死に涙を堪え、遠い空の向こうを見つめるように答えた。

 

ひかる「……安全な別の惑星だよ。もう、太陽フレアの届かない……遥か遠くの、新しい世界へ行ったの……」

 

輝美はひかるの表情からすべてを察し、悲しみを噛み締めるように静かに娘をもう一度抱きしめた。

 

その時、リビングのテレビから激しい電磁波干渉によるバリバリというノイズ混じりの音声が響き渡った。画面は乱れ、アナウンサーの切迫した声が部屋に落ちる。

 

『ザザッ……ザッ……! できる限り、我々は報道を続けて参ります……! 皆さん、今すぐ酸素ボンベや水分・食料を準備して、深層地下に避難してください……! 太陽フレアの熱波が……大気層を……ザザザーッ!!』

 

音声が途切れ途切れになり、やがて画面は完全な砂嵐へと変わった。もはや地下に逃げたところで助かる術がないことを、二人は静かに悟っていた。

 

外からは大気が熱せられ、燃え上がるような不気味な鳴動が響いている。ひかるは母の手を強く握りしめ、二人が過ごした思い出の詰まった家の中で、残された数十分のときを静かに寄り添い合っていた。

リビングを包む激しい揺れと不気味な赤橙色の光の中で、星奈陽一、星奈春吉、星奈陽子、星奈輝美、そして星奈ひかるは、互いの体温を確かめ合うように強く強く抱き合った。

 

家鳴りが響き、壁が悲鳴を上げる。これが地球の命が尽きる瞬間だと誰もが理解していた。

 

春吉「ひかる……これは終わりではない。命が、あかりたちを通して次の未来へ繋がったのだから……」

 

春吉の揺るぎない声に、ひかるは涙を流しながら深く頷いた。

 

ひかる「そうだね……。あかりも、えいきも、みんな……生きているもんね……」

 

その直後、天空を埋め尽くした極大の太陽フレアが地表へと着弾した。

 

バリィィィン……ッ!!

 

強烈な熱波と衝撃波が観星町を襲い、星奈家の窓ガラスが一瞬で粉々に砕け散る。熱風が室内に吹き荒れ、長年慈しんできた家と家族の思い出を容赦なく飲み込んでいく。

 

炎の波は観星町にとどまらず、津波以上の速度で地球全土を覆い尽くしていった。

 

危機管理の限界を迎えていた首都官邸が一瞬で崩壊し、文明の象徴であった東京スカイツリー、虎ノ門ヒルズ、横浜ランドマークタワーといった巨塔たちが、圧倒的な熱エネルギーの前に飴細工のように溶け落ち、次々と倒壊していく。世界中の都市が、わずか数分で無の地平へと帰していった。

 

焼き尽くす炎はやがて広大な海にまで到達した。水面は一瞬で激しく沸騰し、蒸発して干上がっていく。地球を護っていたオゾン層は大気ごと完全に引き裂かれ、宇宙空間へと散逸していった。

 

青く輝いていた美しい惑星は、一命の気配もない灼熱の赤黒い岩塊へと姿を変え、その長い歴史に静かな幕を下ろしていった…。

 

静寂と柔らかな光に包まれたその場所は、かつての地球とよく似た、けれどどこか神聖な空気が漂う未知の惑星だった。

 

プロテクトフィールドの膜が静かに弾け、目を覚ました子どもたちとアイドルたちは、自分たちがいつの間にか着慣れた私服から、縫い目のない純白の衣服へと着替えさせられていることに気づく。

 

あかり「ここ……どこ……?」

 

えいき「お母さんは……?」

 

不安げに周囲を見渡す双子の手を、香田澄あまりや陽比野まつり、夢川ゆいたちが優しく握りしめる。ふと振り返ると、彼女たちをここまで運んできた巨大な漆黒の星間移送船が、大気を揺らすことなく静かに浮上を始めていた。

 

宙へと戻っていく数機の船。その船体からは、地上に取り残された大人たちの想いを届け終えたかのような、どこか温かく、優しく微笑むような淡い光が注がれていた。船はやがて星空の彼方へと消え、二度と戻らない故郷・地球との最後の繋がりが静かに断たれた。

 

その時、果てしなく広がる草原の丘の向こうから、眩いほどの生命力が溢れ出していることに全員が気づく。

 

そこに聳え立っていたのは、雲を突き抜けるほどに巨大で、神々しい光を放つ『生命の樹』のような大樹だった。幾重にも枝を広げ、青々と茂る葉は、新世界へ招かれた者たちを祝福するように風にそよいでいる。

 

らぁら「行こう……! あっちに!」

 

真中らぁらが力強く声をあげ、あかりとえいきの手を引いて走り出す。萌黄えも、青葉りんか、緑川さら、春風わかね、そして世界中から集められた数知れぬアイドルたちも、溢れ出る涙を拭い、希望の光を宿した瞳でその大樹を目指して一斉に駆け出した。

 

地球を焼き尽くした炎と、我が子を生かすために己を犠牲にした親たちの切ない愛。その尊い犠牲の上に、果てしない絶望を乗り越えた「罪なき者たち」の手によって、今、この遥かなる約束の地で、新たな人類の文明が力強く芽吹き始めたのだった…。

 

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