2026年5月21日・午前9時10分、下谷の森駅・ホーム。
『まもなく、9時12分発、新幹線「すばる45号」が到着いたします。危ないですから、ホームドアから身を乗り出さずに、お待ちください』
澄み渡った駅のホームに、心地よい自動アナウンスの声が響き渡る。
遠くのカーブから滑り込んできた新幹線「すばる45号」は、独特の金属音とともに徐々にスピードを落とし、定刻通りスムーズにホームへと滑り込んできた。プシューというエアの抜ける音とともに、ホームドアと車両のドアが静かに開く。
あげは「あーっ! ソラちゃーん!」
真っ先に降りてきたあげはが、長いツインテールを揺らすソラの姿を見つけて嬉しそうに手を振った。そのすぐ後ろから、大きな荷物を抱えたツバサ、優しく微笑むましろ、そして元気いっぱいに手を伸ばすエルちゃんが続いて降りてくる。
ツバサ「無事に着いてよかったですね。道中もまったく問題ありませんでした」
ましろ「うん! ソラちゃん、待たせちゃってごめんね」
エル「ソラ~! 会いたかったの~!」
ソラ「みなさん……! 無事で……本当によかったです……!」
予言の恐怖と悲劇の予感に包まれていた世界の中で、目の前で弾けた仲間たちの弾けるような笑顔。駆け寄ってきたエルちゃんをしっかりと抱きしめながら、ソラは胸の奥から湧き上がる安堵の溜息をついた。
不吉なカウントダウンが囁かれる運命の日。しかし、この下谷の森駅のホームには、今確かに、あたたかくかけがえのない平和な時間が流れていた。
その頃、下谷の森駅・改札口前。
再会を喜ぶソラたちの明るい歓声が響くホームとは対照的に、改札口付近には切迫した重苦しい空気が立ち込めていた。
高速道路を必死の思いで飛ばし、間一髪で下谷の森駅へと駆けつけた星奈ひかる。息を荒らげ、額に汗を浮かべた彼女は、改札横の事務室にいた駅員に向かって一直線に詰め寄った。
ひかる「すみません! なんで……なんで予言がされているにもかかわらず、本日のダイヤ改正や運行見合わせをしなかったんですか!?」
ひかるの声は必死さと焦燥感で震えていた。5月21日、下谷の森駅周辺で起こるとされた「新幹線衝突事故」。過去の惨劇が寸分狂わず現実となってきた恐怖を知っているからこそ、彼女は黙って見ていられなかったのだ。
駅員は突然怒鳴り込んできたひかるの勢いに一瞬押されたものの、すぐに困惑と警戒の入り混じった冷ややかな表情を向けた。
駅員「ちょっと、お客様……突然何を言い出すんですか。予言? ダイヤ改正? 本日は全線通常運行ですし、運行スケジュールの変更には国土交通省や本社からの正式な指示が必要です。そんな根拠のない噂話で新幹線を止められるわけがないでしょう」
ひかる「噂話じゃありません! 4月の飛行機事故も、5月5日のはぐくみ市の噴火も、全部100年前の予言通りに起きてるんです! お願いです、今すぐ列車を……!」
駅員「落ち着いてください! 私たち現場の職員にそんな権限はありませんし、科学的な異常数値も点検での問題も何一つ報告されていないんです。これ以上業務の妨げになるようなことをされるなら、警備員を呼びますよ」
事務的で冷淡な駅員の対応に、ひかるは悔しさと無力感で言葉を詰まらせる。
「誰も信じてくれない」「また防げないのか」という絶望が胸を締め付ける中、ひかるは改札の向こう、つい先ほど「すばる45号」が滑り込んだホームの方角を、祈るような眼差しで見つめることしかできなかった。
2026年5月21日・午前9時13分、下谷の森駅・ホーム。
ひかるはピッとICカードを改札にかざすと、なりふり構わず階段を駆け上がり、ホームへと飛び込んだ。
降り立ったばかりの乗客や、改札へ向かおうとする人波の真っ只中で、ひかるは喉がちぎれんばかりの声で叫んだ。
ひかる「皆さん!! よく聞いてください!! これは関連じゃありません! この後本当に起きる予言です!! このままだと、新幹線はいずれ衝突して、たくさんの死人が出ます!! それだけじゃありません!! 北陸新幹線が運転を見合わせたりすることで、影響も出るかもしれないんです!!」
ホームを包むざわめきが、一瞬だけピタリと止まる。
しかし、そこに漂ったのは危機感ではなく、冷ややかな困惑と失笑だった。
ソラ「こんな新幹線のホームで大量死者ですって? なんて冗談を!ちゃんと全て整備されているんですから……フフッ」
ツインテールを揺らしながら、ソラは困ったように微笑み、可笑しそうに息を漏らした。周囲の乗客たちからも、次々と忍び笑いが漏れ聞こえてくる。
「何言ってるんだあの子……」
「予言だってさ、ドラマの観すぎじゃない?」
「新幹線が衝突するわけないだろ、日本の安全技術をなんだと思ってるんだ」
冷ややかな視線と笑い声が、ひかるの全身に突き刺さる。
ひかる「私の言うことを信じてください!! お願いです!! 本当に……本当に大変なことが起きちゃうんです!!」
ひかるは涙を浮かべ、必死に手を伸ばして叫び続けた。
だが、完璧にダイヤ通りに動く巨大な社会システムと、平和な日常に慣れきった人々の前では、彼女の必死の訴えもただの「おかしな妄言」として虚しくホームの風に消えていくのだ。
ひかる「674人が死ぬんです!! 1人でも多くの命を救うために今すぐ対応をお願いします!!」
ホームの喧騒を切り割るようなひかるの絶叫。具体的な「674人」という凄惨な数字が響き渡った瞬間、ホームの空気は嘲笑から一転して気味の悪い引きつった静寂へと変わった。
あげは「674人……って……」
ましろ「そんな……具体的な数まで……」
あかりやひかるが抱えてきた過去の惨劇——1機丸ごと墜落した航空機事故、そして91名の犠牲者を出したはぐくみ市の火山噴火。そのすべてが現実になってしまった恐怖を知るましろやあげはたちの顔から、急速に血の気が引いていく。
しかし、駅員や一般の乗客たちの反応は冷ややかなままだった。
「おいおい、警察を呼んだ方がいいんじゃないか?」
「674人って……縁起でもないこと言うなよ!」
「新幹線の運行を妨害する気か!?」
駅員「お客様! これ以上の不吉な妄言で他のお客様を不安に陥れるようでしたら、警察に通報します! すぐにホームから退去してください!」
駅員たちがひかるの腕を掴もうと距離を詰めてくる。
ソラ「ひかるさん……落ち着いてください! 本当に新幹線が衝突するなんて、そんな恐ろしいこと起きるはずが……」
ソラも動揺を隠せないまま、必死にひかるの肩を揺さぶる。
ひかる「嘘じゃない……嘘じゃないんだよ!! お願い、逃げて!! 今すぐこの場所から離れて!!」
ひかるの手は恐怖と悔しさで小刻みに震えていた。
100年前の紙に刻まれた「674」という数字。
人間がいくら叫ぼうとも、誰も信じず、システムは止まらず、冷酷な運命の時間は一秒一秒と確実に惨劇の瞬間へと刻まれていく。
気づいた時には、もう手遅れだ。
案の定、地鳴りのような重低音が、駅の深部から響き渡った。
線路を激しく削り取る異常な金属摩擦音と、激しいスパークの光がトンネルの奥から溢れ出す。
そこにあったのは、テロリストによって制御を奪われ、狂ったように逆走・脱線しながら暴走してくる一列の巨大な鉄の塊だった。車輪は軌道を外れ、重い車体を激しく傾けながらホームへと突き進んでくる。
「みんな逃げろ!! 新幹線が逆走してるぞ!! それだけじゃない!! 脱線している!! 脱線しているぞ!! ホームに突っ込んでくるかもしれねえ!!」
中年男性の悲鳴のような叫び声が響き渡ると同時に、ホームは一瞬でパニックの坩堝と化した。先ほどまでひかるを嘲笑していた人々が、血の気を引かせて脱兎のごとく出口へと押し寄せ始める。
ひかるはすかさず止まっていた車両の乗客たちに必死でこう叫んだ。
ひかる「後ろに下がって!! お願い!!」
ひかるは迫り来る恐怖に足がすくみそうになりながらも、逃げ惑う人々や、呆然と立ち尽くすソラたちに向かって喉の限りに叫び続けた。
「早く階段へ!! 柱の陰に入って!!」
ソラ「な……なんですか、あれは……っ!?」
足元まで届くピンクグラデーションの髪を風になびかせ、ソラは信じられない光景に目を剥いた。完璧に整備されているはずの新幹線が、あり得ない角度でホームの構造物を薙ぎ払いながら迫ってくる。
予言は正しかった。
100年の時を超えて示された「新幹線衝突事故」の惨劇が、狂気と混乱の渦となって、今まさに彼女たちの目の前で現実となろうとしていた。
70 b3 c0n71nu3d…