2026年2月、すこやか市・白鳥沼公園。
厳しい寒さが残る冬の午後、静まり返る白鳥沼公園の木々を、乾いた冷たい風が揺らしていた。
高度先進医療研究センターでの研究を終えたアリスは、寒風の中に佇み、静かに思考を巡らせていた。23歳を迎えた彼女の佇まいは、数々の惨劇と世界の理不尽なシステムを見つめ続けてきたことで、息を呑むほど鋭く、そしてどこか幻想的な気品を纏っている。腰まで届く鮮やかなホットピンクのロングヘアが、冬の淡い陽光を受けて静かに揺れていた。
「……綺麗な色の髪だね」
不意に、少し離れたベンチの方から温かく柔らかい声が響いた。
アリスが振り向くと、そこに立っていたのはキャメル色のコートを着た女性——29歳となった星奈ひかるだった。
その瞳には、かつて星を見上げ、宇宙の壮大な神秘や理不尽な運命と向き合ってきた者だけが持つ、深く澄んだ光が宿っている。
アリス「あなたは……」
ひかる「星奈ひかる。……初めまして、でいいのかな? でも、なんだか初めてじゃないみたいな気がするよ」
ひかるは優しく微笑みながら、アリスの隣へと歩み寄った。
2022年のあの日、娘のあかりに「この事故は偶然じゃないかもしれない」と語っていたひかる。彼女もまた、この世界を包み込む目に見えない「大きな流れ」や「不自然な歪み」を、ずっと皮膚感覚で察知し続けてきた一人だった。
ひかる「この街に流れる空気……ううん、この世界全体を覆っている『何か』の違和感。君も、ずっとそれと戦ってきたんだね」
アリスは驚きにホットピンクの瞳を微かに見開いた。
これまで「システムは止められない」「人間はただの無視された存在に過ぎない」という冷酷な現実に打ちのめされてきたアリスにとって、言葉を交わさずとも世界の「歪み」を感じ取っている人物との遭遇は、あまりにも衝撃的だった。
アリス「……分かられるのですか? この世界が、あらかじめ決められた冷酷なプログラムに従って命を刈り取っていることを……。どれだけ知識を蓄えても、システムからはまるで存在しないものとして無視されているということを……」
静かに絞り出すようなアリスの問いかけに、ひかるは静かに夜空の方向を見上げた。
ひかる「うん。世界はね、時々私たちが想像もできないくらい大きくて、冷たいルールで動いているように見えることがある。でもね……キラやば~っ!って思えるような奇跡や、誰かを想う気持ちまで、全部が最初から決められているわけじゃないと思うんだ」
ひかるは真っ直ぐにアリスの瞳を見つめ返した。
ひかる「どれだけシステムに無視されても、君が諦めずに誰かを救おうとした事実や、その手で抱きしめてきた想いまで消せるわけじゃないよ。計算やプログラムの外側にあるもの……それを持っているのは、システムじゃなくて、今ここにいる私たちなんだから」
「計算の外側……」
ひかるの言葉が、アリスの凍りついていた心根を優しく、しかし確かに溶かしていく。
2026年8月31日、観星町で起きると予言された不吉な暗号『20260831EEINMIHOSHITOWN』。
刻一刻と迫るその運命の日に向けて、世界は着々と破滅のカウントダウンを進めている。
だが、かつて星を追い求めたひかるとの偶然の出会いは、アリスの中に新たな「希望の視点」をもたらした。
アリス「ありがとうございます、ひかるさん。……私、もう迷いません」
ホットピンクのロングヘアを風になびかせ、アリスは力強く頷いた。
たとえシステムが自分たちを無視しようとも、計算の枠外に存在する「命への執念」と「想い」がある限り、未来を書き換えるための戦いは終わらない。
冬の終わりの白鳥沼公園で、ふたつの強い魂が交差し、迫り来る2026年夏の決戦に向けた静かな誓いが交わされたのだった。
2026年3月〜4月、星奈家・リビング。
2026年3月。白鳥沼公園でアリスと出会ってからしばらく経ったある日、ひかるはふとカレンダーと地域の広報誌を見つめ、ある大きな節目の存在に気づいた。
「あ……あかりの通う小中学校、もうすぐ開校100周年を迎えるんだ……」
100年という長い歴史。だが、かつてアリスの予言や世界の歪みについて耳にしてきたひかるの胸には、どこか小さな胸騒ぎが走っていた。100年前から刻まれ続けているかもしれない世界のプログラム。その節目と、娘の学校の歴史が重なっていることに、かすかな運命の糸を感じずにはいられなかったのだ。
しかし、その「100周年」という節目が何を意味するのか、そして具体的にどんな未来が待ち受けているのかまでは、ひかるにも知る由がなかった。
——そして、季節は巡り、2026年4月。
新学期を迎え、14歳の中学生となった星奈あかりが、学校から帰宅した。
「お母さん、ただいま! 学校でね、こんなものが配られたの……」
ランドセルを下ろし、机の上にそっと差し出された一枚のプリント。それを見た瞬間、ひかるの息が止まった。
そこには、あかりたち生徒全員に配布されたという「開校100周年記念」の案内とともに、不可解で不気味な数字とアルファベットが記された、あの「予言の紙」が含まれていたのだ。
ひかる(この紙……! まさか、あかりの学校で……!?)
ひかるはあかりから紙を受け取るまで、まさか自分の娘の口から、そしてこのタイミングで予言の紙を手にするとは思ってもみなかった。
アリスが追っていた破滅のコード、2026年8月31日に向けて刻まれるカウントダウン、そしてあかりの通う学校の100周年。
すべての点が、2026年4月のこの瞬間、星奈家のリビングで一つに繋がり始めていたのだった。
2026年5月、観星町・小高い丘の展望台。
初夏の風が通り抜ける観星町の街並みを、29歳となったユニはひとり見下ろしていた。
かつて宇宙を駆け巡り、星々の運命と向き合ってきた彼女の野生的な直感と鋭い感性は、この街全体を……ううん、この地球全体を覆い始めたいびつな空気の正体を、痛いほど敏感に察知していた。
「……気持ち悪い風。空気が、まるで偽物の膜で覆われているみたい……」
ユニは紫色の瞳を細め、冷や汗が頬を伝うのを感じていた。
すこやか市でアリスたちが目撃してきた不条理な事故や爆発。
星奈家でひかるとあかりの手へと渡った「開校100周年」と「予言の紙」。
そして、ユニが今肌で感じているのは、それら全てが一点へと収束していくような、世界そのものの重篤な「エラー(異変)」だった。
空の青さも、街の喧騒も、一見するといつもと変わらない穏やかな日常に見える。
けれど、彼女の鋭い直感は告げていた。
世界の表面(テクスチャ)のすぐ裏側で、冷酷なプログラムが狂ったような速度で破滅の計算を弾き出していることを。
「2026年……。ひかるたちのいるこの街で、一体何が起きようとしているの……?」
ユニはキュッと唇を噛み締め、小さく拳を握りしめた。
2026年8月31日、観星町。
アリスが命がけで読み解こうとしている暗号『20260831EEINMIHOSHITOWN』が指し示す運命の夏に向けて、異変の影は静かに、しかし確実に、すべての者を巻き込みながら濃くなっていく。
2026年7月。
夜空に散りばめられた無数の星々が、静かに観星町の街並みを照らしていた。
2026年8月31日——アリスの脳裏に刻まれた不吉な暗号『20260831EEINMIHOSHITOWN』が指し示す運命の日まで、あとわずか。
すこやか市で「システムは止められない」という不都合な真実を悟りながらも、計算の外側にある「命の執念」を胸に抗い続ける、23歳となった花寺アリス。
1999年と2011年の歪んだ時間の記憶を抱え、ただ一人取り残された切なさを知る明智あんな。
1952年のモスクワスモッグをはじめとする、歴史の裏に隠された絶望的な「数字の消化」をバインダーに記録してきた星ノ川はるか。
100周年の節目を迎えた学校と、娘のあかりから手渡された「予言の紙」に世界の異変を確信した星奈ひかる。
そして、地球全体を覆う偽りの膜のような気配と異変を察知した、29歳のユニ。
バラバラだった過去、記憶、そして悲劇の点と点が、この観星町というひとつの舞台の上で、恐ろしいほどの精度でかみ合わさっていく。
世界のシステムが仕掛ける冷酷で逃れられない破滅のプログラム。
それに対し、人間という「無視された存在」たちが知識と絆、そして譲れない想いを手に立ち上がる——。
交錯する幾重もの運命と、巡りあう少女たちの誓い。
すべては、ここから始まる運命の壮大な物語の幕開けへと、静かに、そして確実に繋がっていく…。
『N3x7 D15a5732』——シーズン0 完