2026年6月27日・昼、星奈家・リビング。
首都直下型地震の発生から、3週間が経過した。
テレビの画面には、瓦礫の撤去作業が今なお続く都心の痛々しい映像と、黒い枠で囲まれた犠牲者数を伝える速報テロップが映し出されていた。
キャスター『気象庁および警察庁の最終発表によりますと、6月6日に発生した首都直下型地震、およびそれに伴う大津波と火災・爆発事故による最終的な死者数は、**16,445人**となりました……』
「16,445人……」
ひかるはその数字を口の中で小さく呟き、膝の上で握りしめたノートを見つめた。
そこには、ひかるがあの夜に書き残した数字の列の中に、明確に刻まれていた数列があった。
『20260606020016445』——2026年6月6日午前2時、死者16,445人。
あんなの警告通り、正面から止めようとしても防ぐことのできなかった史上最悪規模の大惨事。
そして、政治の中枢すら麻痺させたこの巨大地震は、100年前の紙に書かれた冷酷な記録の通り、寸分の狂いもなく16,445人もの尊い命を奪い去って幕を閉じたのだ。
ひかる「こんなにたくさんの人が……。防げなかった……」
溢れそうになる涙をグッと堪え、ひかるはあんなの言葉を思い出す。
『予言を知る前は、常にいつ災厄が起きるか分からない状況であっても備えをすること』
悲しみに暮れている時間はない。
100年前の暗号が示す「次の刻印」に向かって、運命の時計はすでに動き始めているのだから。ひかるは立ち上がり、深く息を吐きながら、未来を生き抜くための備えを固め直すのだった。
2026年7月6日・午後4時、星奈家・リビング。
首都直下型地震の惨劇から約2か月。傷痕が癒える間もなく、運命の時計は次の刻印へと容赦なく針を進めていた。
リビングの中央に置かれたホワイトボードの前で、ララは手に持ったマーカーを震わせながら、ひかるのノートに記された複雑な暗号列を解読していた。サマーンの高度な計算技術と解析能力を駆使し、数字の羅列を一つひとつ日時と場所に置き換えていく。
ボードに書き出された文字と数値。
そこには、あまりにも無慈悲な次の災厄の全貌が浮かび上がっていた。
『北陸大震災』
ララ「オヨ……っ!? こ、これは……っ!!」
ホワイトボードに記された最終的な被害予測数値を一目見た瞬間、ララは息を呑み、思わず手にしていたマーカーを床に落とした。静かな部屋に、カラコロと乾いた音が響く。
ララ「17244人……また1万人以上が……いなくなっちゃうルン……!?」
叫びに近いララの声に、部屋にいた全員の身体が硬直した。
ミク「1万7千人……!? 首都直下型地震の16,445人よりも、さらに多くの人が……ルン!?」
タユ「そんな……! 首都圏の破壊が終わったばかりなのに、今度は北陸地方全体を襲うっていうのかルン……!?」
ララの双子の子供たち、タユとミクも目を見開き、あまりの数値の大きさに言葉を失う。
ひかるはホワイトボードに鮮明に書かれた『17244』という数字をじっと見つめた。あんなが語っていたルール、ミラが味わってきた絶望的な後悔、そして自らが目撃してきた数々の惨劇。どれだけ叫んでも、正面から立ち向かおうとしても、冷酷に刻まれていく死の数値。
ひかる「17,244人……。そんなの、絶対に起こらせたくない……! でも、私たちがパニックを起こして無理に変えようとしたら、もっと酷い歪みが生まれちゃう……」
ひかるは握りしめた拳にぐっと力を込め、自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。
ひかる「だからこそ……あんなさんが言っていた『備え』なんだよ。北陸の人たちに、今私たちができる最善の形で『準備』をしてもらう方法を考えなきゃ……!」
100年前の紙に刻まれた冷酷な暗号。
次の標的となった北陸の地を救うため、そして17,244という絶望的な数字を跳ね返すため、彼女たちの新たな試練と戦いが始まろうとしていた。しかし、ひかるたちは跳ね返す方法を考える時間を有意義に使えるのだろうか?
2026年7月7日・昼、都内・避難所の公園。
七夕のささやかな笹飾りが風に揺れる中、首都直下型地震から1ヶ月が経過した都内の避難所公園には、今なお色濃い爪痕と人々の疲弊した雰囲気が漂っていた。
この日、27歳の誕生日を迎えた星ノ川はるかは、支援物資の搬送を手伝いながら公園の避難所へと足を踏み入れていた。かつての華やかな日常とは一変した厳しい環境の中で、はるかは思いがけない人物たちの姿を目にする。
はるか「まどかちゃん……!? ののちゃん……!?」
そこには、5年ぶりの再会となる天羽まどかと大地ののの姿があった。
しかし、再会の喜びも束の間、はるかの視線はまどかの腕と足に巻かれた痛々しい包帯に釘付けになる。6月6日の首都直下型地震の際、崩落する建物の瓦礫から逃れる最中に負った軽傷だった。命に別状はなかったものの、その傷痕はあの悪夢のような夜の惨状を物語っていた。
まどか「はるか先輩……お誕生日おめでとうございます。こんな場所での再会になってしまって……」
のの「はるかちゃん……! 本当に、街がこんなことになっちゃうなんて……」
ひたすら打ち続く災厄の連続に、ののの瞳には深い困惑と不安の色が浮かんでいた。100年前の紙に刻まれた『確定した運命』の存在を知らないののは、すがるような目で集まった仲間たちを見つめ、痛切な問いを投げかける。
のの「ねえ、はるかちゃん……。どうやったらこの災厄を止めることができるの? 次から次へといろんなことが起きて、みんな傷ついて……! 何か方法はないの……!?」
その必死な問いかけに、はるかは胸を締め付けられるような痛みを覚えた。
目の前で苦しむ人々を救いたい、すべての惨劇を今すぐにでも食い止めたい——その願いは、はるか自身も、ひかるたちも痛いほど抱き続けてきたものだった。しかし、無理に運命を捻じ曲げようとして打ち砕かれ、あんなから突きつけられた「ルール2」の残酷な真実を、はるかは知っていた。
はるかは、まどかとののの手を優しく、しかし強く握りしめ、静かに首を振った。
はるか「ごめん……。止めようと奔走すると、逆に命を落とす大きなリスクも伴うの……。予言された運命を正面から勝手に変えることはできないんだよ」
のの「そんな……! じゃあ、私たちはただ黙って見ているしかないってこと……!?」
はるか「ううん、そうじゃないよ。運命そのものは変えられなくても……『いつ災厄が起きてもいいように日頃から備えること』で、助かる命は確実に増やせる。それが、私たちにできる唯一で、最大の戦い方なの」
はるかの言葉には、悲しみを乗り越えて受け入れた者だけの静かな覚悟が宿っていた。
7月7日、織姫と彦星が年に一度巡り会う日に訪れた、切なくも重い再会。北陸大震災という新たな巨大な影が迫る中、彼女たちは運命の脅威に対抗するための本当の『備え』の意味を、避難所の青空の下で噛み締め直していた。
2026年7月7日・夕方、都内・避難所テント。
避難所の敷地に整然と建てられた支援テントの一角。
星宮いちごは、地震発生時の混乱で軽傷を負った紫吹蘭の傍らにそっと寄り添っていた。手当てを受けた蘭の様子を見守りながら、不安そうにスマートフォンの画面を見つめていた姿が、ふっと安堵の表情へと変わる。
いちご「あかりちゃん……! 首都直下型地震に巻き込まれたって聞いた時は本当にどうしようかと思ったけど……無傷で無事だったんだね。本当によかった……っ」
蘭「ふふ、あいつらしいな……無事で何よりだ。心配かけて悪かったな、いちご」
蘭が少し痛む腕を庇いながら微笑み、いちごも深く胸を撫で下ろした。
しかし、安らぎの時間は長くは続かない。
首都直下型地震から1ヶ月以上が経過した現在も、首都圏では震度2から5弱におよぶ不気味な余震が絶え間なく続いていた。
『グラグラグラ……』
その時もまた、足元から不快な振動が立ち上り、テントの骨組みが細かく軋む音を立てた。
スマートフォンが静かに振動し、画面に小さな地震情報が表示される。
> 地震情報
> 震源地:東京都二十三区
> マグニチュード:3.1 / 最大震度:2
いちご「また……余震……。マグニチュード3.1、震度2……」
蘭「ああ……大きな揺れじゃないとはいえ、これが毎日毎日延々と続くとなると、みんなの心が休まる暇もないな……」
体揺さぶるような大揺れではないものの、昼夜を問わず地面を揺らし続ける無数の余震。それは、人々にあの「6月6日」の恐怖を執拗に思い出させ、確実に体力を削り取っていく。
いつ終わるとも知れない余震の恐怖と、すでにララたちが解読した「北陸大震災」という17,244人の死者を予言する新たな災厄の影。
いちごは無事だった大空あかりの知らせに感謝しつつも、目の前で不安そうに身を寄せ合う避難者たちの姿を見つめ、一層固く拳を握りしめる。
その時、テント内に置かれた小型の防災ラジオから、キャスターの落ち着きつつも緊迫感を含んだ声が静かに響いていた。
キャスター『…揺れがおさまったあとも、落石や崖崩れなどに十分注意してください。今後の情報に注意するとともに、警戒の体制を続けてください』
ラジオの音声を聴きながら、いちごは小さくうなずいた。
いちご「うん……そうだよね。小さな揺れだからって油断しちゃダメだよね」
蘭「ああ。余震が続いてる今、いつまた大きな動きがあるか分からない。気を引き締めていこう」
日常のあらゆる瞬間に潜む危機に対して、決して慌てることなく、けれど確実に警戒を怠らないこと。あんなの言っていた「日頃からの備え」は、こうした小さな注意の積み重ねの中にこそあるのだと、いちごたちはラジオから流れる言葉を胸に強く刻み込んでいた。
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