黄ばんだ紙。そこにびっしりと書き連ねられた数字の羅列を前に、ひかるの顔からすっと血の気が引いていく。
ひかるは震える手で『NEXTEP参考書 歴史』を開き、紙に記された数列と見比べ始めた。ただの数字の丸暗記や気まぐれな落書きなどではない。そこに隠されていたのは、歴史に刻まれた惨劇と災厄の「日付」と「犠牲者数」だった。
「6450612……大化の改新で暗殺された蘇我入鹿……」
「15750629……長篠の戦い、武田軍の死者一万人以上……」
ひかるの指先がページをめくるたび、冷や汗が頬を伝い落ちる。
1945年8月6日、広島への原爆投下——およそ80年前に奪われた14万人もの命。
そして記憶に新しい2011年3月11日、19,759人もの尊い命が失われた北東地域大地震。「2011031119759」…紙には、何の間違いもない。
赤海大地震、小波半島大震災「20240101748」、そしてあのJFA123便の事故まで……過去の痛ましい惨事の記録が、数字の鎖となってびっしりとノートを埋め尽くしていた。
だが、ひかるの瞳が真の恐怖に揺れたのは、その先——過去の記録の末尾に、ポツンと刻まれた見覚えのない数列を目にした瞬間だった。
ひかる「20260429123……?」
2026年。まさに「今」という時代の数字。
そして、その後に続く日付と時間を示しているかのような不気味な数字の並び。
それは過去の記録などではなく、これからこの世界を襲う未知の災厄を告げる、あまりにも恐ろしい「予言」だった。
2026年4月27日。
ひかるは、まどかやえれな、そしてえいきを集め、あの古びた紙に記された恐怖の数字の意味を打ち明けた。
「2026年4月29日……123名が亡くなるって書かれているの。お願い、信じて!」
しかし、ひかるの切羽詰まった声に返ってきたのは、困惑と苦笑いだけだった。
「ひかるちゃん、落ち着いて。過去の出来事と数字が重なったのは気になるところだけれど……流石に未来の災害まで予知しているなんて、ただの偶然だと思うわ」
まどかは優しく言い聞かせるように微笑み、えれなも肩をすくめて同調する。
「そうだよひかる。100年前の子供が書いた数字でしょ? 深読みしすぎだって!」
えいきも「そんなのあるわけないじゃん」と軽く受け流す。誰もひかるの言葉を本気で受け止めようとはしなかった。
大人たちが「ただの偶然」として片付け、談笑に戻っていく中、あかりだけはひとり黙り込んでいた。手元にある紙の数字を見つめる彼女の肌には、冷たい悪寒が走っている。
あかり「(……ううん、絶対に何かがおかしい。胸の奥がざわついて、止まらない……何か、ものすごく嫌な気配がする……)」
予言の日まで、あと二日。誰にも届かない胸騒ぎだけが、静かにあかりの心を侵食していた。
2026年4月28日。
時計の針が午後11時を回り、静まり返った自室で、あかりはベッドの上にぽつんと座り込んでいた。手にしたスマホの画面には、「4月28日」という日付が無機質に光っている。
あかり「明日……ついに、お母さんが言ってた4月29日になる……」
予言された日付を目前にし、胸を押し潰すような嫌な胸騒ぎがどうしても収まらない。
じっとしていられなくなったあかりが静かにドアを開け、階段を降りてリビングに向かうと、そこには灯りを一つだけ点け、ノートパソコンとノートに向き合い続けるひかるの姿があった。
テーブルの上には冷めきったコーヒーのカップと、あの日解読した「20260429123」のメモが置かれている。
あかり「お母さん……まだ起きてたの?」
ひかる「あかり……うん。明日……ううん、もうあと一時間で4月29日になっちゃうから。どうしても落ち着かなくて……」
ハッと振り向いたひかるの声は、どこか掠れていた。
あかり「……ねえ、お母さん。まどかさんたちやえいきは『ただの偶然』だって笑ってたけど……私、やっぱり怖いよ。あの数字が、本当に現実になっちゃったらどうしようって……」
小さな声を震わせるあかりに、ひかるはすっと立ち上がると、その肩を優しく抱きしめた。
ひかる「大丈夫……絶対に何事も起きないように、私がちゃんと見てるから。もし何かが起きそうになっても、私がみんなを守ってみせるから……!」
力強く呟くひかるだったが、抱きしめる手には微かな震えが走り、その瞳には隠しきれない焦燥と恐怖が滲んでいた。
ふと、ひかるは窓の外へ視線を向けた。漆黒の夜空を、遠くの街灯が怪しく照らしている。
その時、壁に掛けられた時計のカチリという音が静寂を切り裂いた。
針が午前0時を指し示し、日本の日付が静かに「2026年4月29日」へと変わった。
夜が明け、日が昇っても、世界は至って静かなままだった。
不気味な予言の日付である「4月29日」を迎えたものの、何事もなく時間は過ぎていく。
えいきとあかりをいつも通り学校へ送り出した後の、昼前のリビング。
一人残されたひかるは、テーブルに広げた100年前のノートと地図を何度も見比べていた。
ふと、過去の惨劇の記録の下に書かれた、別の数字の並びが目に留まる。
「137123115……?」
ひかるはハッとして、地図アプリの検索窓にその数字を打ち込んだ。
137.12と31.15——それは、東経137.12度、北緯31.15度合い。まさにこの街の「いちご坂」の道路そのものをピンポイントで指し示している座標だった。
災厄が起きる場所は、あの坂道だ。
——その頃、星奈区第1小中学校。
教室のスピーカーから、ざらついたノイズと共に教頭先生の切迫した声が響き渡った。
『今日の下校方法について説明します。みなさん、静かに聞いてください。校内に複数設置されている電話などを活用して保護者と連絡を取り、迎えに来るようにしてください。繰り返します、校内に複数設置されている電話などを活用して保護者と連絡を取り、迎えに来るようにしてください。以上です』
校内が一気にざわつき始める。
だが、あかりの心臓はドクンと大きく跳ね上がっていた。
家へと帰るためには、どうしてもあの「いちご坂」を通らなければならない。
忍び寄る悪天候の予兆の中、嫌な予感は刻一刻と現実味を帯びていた。
70 b3 c0n71nu3d…