2026年8月9日・深夜、都内・アパートの一室。
静まり返った部屋の中で、スマートフォンの画面が淡い光を放っていた。
大空あかりは、画面に表示されたメールの購入完了通知を見つめたまま、金縛りにあいたかのように指一本動かせずにいた。
『ご予約内容:8月24日 特急ときあ15号 指定席』
あかり「……え……? なに……これ……?」
震える声で画面を注視する。14日前——まだあの惨劇の数々が本格化する前に届いていたはずの予約完了メール。自分がいつ、どんな理由でこの列車のチケットを検索し、購入手続きまで済ませたのか、その記憶がぽっかりと抜け落ちていた。
すぐさまグループ通話を発信すると、画面越しに現れた新条ひなきと氷川スミレの顔も、血の気が完全に引き、蒼白になっていた。
ひなき「あかりちゃん……スミレちゃん……嘘でしょ……? 私のスマホにも……届いてるの……『ときあ15号』のチケット……」
スミレ「私も……。予約画面を開いた記憶なんて、どこにもないのに……14日前に、確かに私が自分で予約ボタンを押したことになってる……」
言葉が途切れ、三人の中に冷たく重い沈黙が流れる。
100年前の紙に記されていた残る予言——特急ときあ脱線事故。
そして、その日付はまさに8月24日。
あかり「無意識に……予約させられていた……? 私たちが……予言の事故に乗るように……っ!?」
あんなが語っていた、世界を繋ぎ止めるための冷酷な構造。
意識や選択すらもシステムの手によって誘導され、あらかじめ決められた惨劇のタイムラインへと不可逆にはめ込まれていく恐怖。
あかり「消さなきゃ……! キャンセルしなきゃ……っ!」
あかりは取り憑かれたように画面上のキャンセルボタンを何度も連打する。しかし、画面には『通信エラー:現在キャンセル手続きは行えません』という無機質なエラー表示が繰り返し立ち上がるだけだった。
ひなき「キャンセル……できないよ……っ!」
スミレ「逃げられないの……? 私たちも、あのシステムに飲み込まれる運命なの……!?」
8月24日という運命の刻限。
自分たちの知らぬ間に引き直されていた死のレールの上で、あかり、ひなき、スミレの三人は、抗いようのない冷酷なシステムへの激しい戦慄に身を震わせるのだった。
2026年8月9日・深夜、星奈家
8月24日の「特急ときあ15号」——事故が予言された列車に、記憶もないまま乗車予約をしてしまっていたあかり、ひなき、スミレの3人。
システムの底知れぬ冷酷さと、逃れられない運命の歯車に打ちのめされる彼女たちの悲痛な声を聞き、羽衣ララはスマートフォンを握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。
かつて星のプリキュアとして戦っていた頃の力は、もうララには残っていない。変身して圧倒的な力で災厄を打ち払うことも、奇跡を起こすことも今の自分にはできないのだ。
けれど——ただ指をくわえて、大切な仲間たちが惨劇に呑み込まれていくのを見ていることなんて、絶対にできない。
ララは震える指で通話履歴を操作し、白樺リサの番号をタップした。
コール音が数回鳴り響いた後、画面の向こうからリサの落ち着いた、しかしどこか心配そうな声が聴こえてくる。
リサ『……もしもし、ララ? こんな夜遅くにどうしたの?』
ララ「リ、リサ……っ! 大変なんだルン!!」
切迫したララの声に、電話の向こうでリサが息をのむ気配がした。
ララ「今すぐ……今すぐあかりたち……ルミナスの3人を助けてほしいんだルン! 彼女たちがすごく危険な目に遭おうとしているルン!!私もひかると色々な災害を乗り越えてきたルン!!」
リサ『あかりたちが……? ララ、急にどういうこと? 危険って一体——』
ララ「ひかるから聞いたルン!!8月24日の……『特急ときあ15号』だルン! 100年前の紙に書かれていた、あの脱線事故が起きる列車なんだルン! あかりもひなきもスミレも……無意識のうちに、その列車のチケットを予約させられてしまっていたんだルン……っ!」
リサ『な……んですって……!? 無意識に予約……!?』
リサの動揺した声がスピーカー越しに伝わってくる。ララは溢れ出そうになる涙を必死にこらえながら、畳みかけるように言葉を紡いだ。
ララ「キャンセルしようとしてもエラーが出て消せないんだルン! まるで……まるで世界そのものが、あかりたちをあの事故に乗せようと誘導しているみたいで……っ! オヨ〜〜〜っ! ど、どうしよう……どうしたらいいんだルン……っ!?」
叫びながら、ララは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
変身する力を失った今の自分には、システムの強制力に直接干渉する術がない。その無力感が「オヨ〜」という動揺の叫びとなって溢れ出してしまう。
ララ「私には……もう変身する力はないんだルン……。目の前で起きようとしている惨劇を止めに行く力も、運命を打ち破る光も……今の私には何もないんだルン……! でも、リサ! リサたちなら……今すぐあかりたちの元へ駆けつけて、彼女たちをあの危険な運命から引き離すことができるかもしれないルン!!」
電話の向こうで、リサは一瞬息を詰まらせた後、激しく動揺しながらも、確固たる決意を込めて力強く答えた。
リサ『……分かったわ、ララ。教えてくれてありがとう……! すぐにあかりたちのところへ向かう! どんなシステムや運命が相手だろうと……絶対に、あの3人を危険な目になんて遭わせないわ!!』
ララ「お願いだルン、リサ……! あかりたちを……ルミナスの3人を、絶対に逃れさせてほしいんだルン……!!」
力を失った無力さに苛まれながらも、絆と希望だけは絶対に絶やさない——。
ララの切痛な叫びを受け取ったリサは、迫り来る8月24日の惨劇を食い止めるため、暗闇の街へと走り出すのだった。
2026年8月9日・深夜、都内・ひかるの部屋。
冷や汗を流しながら、星奈ひかるはスマートフォンを両手で握りしめ、必死の思いで通話ボタンを押していた。
ひかる「お願いです! JT関東の運行管理者の方を出してください!! 8月24日の『特急ときあ15号』のダイヤを……運行計画を今すぐ改正して、運休にするか時間をずらしてください!! さもないと、大変な脱線事故が起きてしまうんです!!」
受話器の向こうから返ってきたのは、深夜のコールセンター担当者の、疲弊しきった呆れ声だった。
担当者『……お客様、恐れ入りますが、個人の思いつきや根拠のない噂で列車のダイヤを改正することなど不可能です。連日の災害関連のニュースでご不安な気持ちは分かりますが、いたずら電話は営業妨害となりますのでおやめください』
ひかる「いたずらじゃないんです! 100年前の予言は本当だったんです! あおぞら中学の爆発も、震災も全部当たったんです! 8月24日の『ときあ15号』も、このままだと……!」
担当者『……これ以上不吉な発言を繰り返されるようでしたら、通報させていただきます。失礼します』
ツートン、ツートン……。
冷たく切り上げられた効果音が、部屋の中に空しく響き渡る。
ひかる「そんな……話すら聞いてくれないなんて……! このままじゃ、あかりちゃんたちも、乗客の人たちも……っ!」
そのやり取りを、部屋のドアの隙間から息をのんで見つめていた少女がいた。
ララの娘である、羽衣ミクだった。
ミク「ひ、ひかるお姉ちゃん……JT関東の人、全然相手にしてくれなかったんだルン……?」
青ざめた顔でたたずむミクの目から、大きな涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。母であるララ譲りの語尾「〜ルン」を震わせながら、あまりのショックに小さく肩を揺らした。
ミク「オヨ…!予言を誰も信じてくれないルン……! 母さまも変身する力を失っちゃって、ひかるお姉ちゃんがこんなに必死にお願いしてもダメなんて……どうしたらいいんだルン……っ!?」
ひかる「ミクちゃん……」
ミク「8月24日になったら……本当にあかりお姉ちゃんたちが事故に巻き込まれちゃうルン!? そんなの嫌だルン! 絶対に嫌だルン……っ!」
人間の「信じない」という分厚い壁と、着々と進んでいく惨劇へのカウントダウン。
幼いミクの切痛な叫びとひかるの無力感が重なり合い、冷たい絶望の影が静かに二人を包み込んでいくのだった。
2026年8月17日、虹ヶ丘邸・ソラの部屋。
あおぞら中学校と私立しんせん中学校での痛ましい事件から、9日が過ぎた。
仲間たちを救えなかった深い喪失感と絶望に苛まれながらも、ソラはすがるような思いで、あんなが語っていた世界のシステム、そして100年前の予言の解析を続けていた。
しかし、8月17日——。
収集したデータと気象庁の予測、そしてタイムラインに刻まれた法則を突き合わせた瞬間、ソラの全身から血の気が引いていった。
ソラ「そんな……嘘です……嘘だと言ってください……っ!」
画面に映し出されたシミュレーション結果。
それは、どれほどパラメータを書き換えても、どんな行動パターンを入力しても、最終的に導き出される結末はたった一つ、観星町壊滅だった。
【8月31日:観星町の完全壊滅】
750hPaという異次元の勢力を保ったまま観星町上空で不自然に停滞するスーパー台風。
それは自然現象の皮をかぶった、世界を繋ぎ止めるための冷酷な「代償」のシステムそのものだった。
避難させようとしても、どれほど警告を発しても、運命の歯車は「観星町の消滅」という決定された未来へと一直線に集束していく。
ソラ「逃れられない……。ひかるさんがどんなに願っても、はるかさんがどれだけ抗おうとしても……観星町が壊滅する未来だけは……絶対に避けられない……!?」
ひかるの必死の叫びも、はるかの葛藤も、そして自分自身のヒーローとしての願いすらも、すべてをあざ笑うかのように固定されたプログラム。
絶対的な絶望の正体を知ってしまったソラは、膝を折り、震える手で顔を覆いながら、逃れられない世界の残酷さにただ激しく戦慄するのだった。
2026年8月17日、虹ヶ丘邸・廊下。
「観星町の壊滅」という逃れられない未来の重圧、そして仲間を救えない無力感——。
あまりの絶望と戦慄に全身の力が抜け落ちたソラは、すがるような思いで部屋のドアノブを回し、廊下へと足を踏み出した。
しかし、激しい眩暈と足の震えに耐えきれず、膝から崩れ落ちるようにその場に転げてしまう。
床に伏したまま、涙で視界を歪ませるソラ。
その大きな倒れ込む音を聞きつけ、廊下の奥から虹ヶ丘ましろが驚いた表情で駆け寄ってきた。
ましろ「ソラちゃん!? どうしたの……っ!?」
冷たい床の上で震えるソラは、胸を押し潰されそうな悲鳴を押し殺し、ましろの服の裾を小さな手で必死に掴み上げた。
ソラ「助けて……助けてください……ましろ……さん……っ!!」
ましろ「ソラちゃん……!」
ソラ「もう……どうしたらいいのか分かりません……! 予言も……あんなさんの言っていたシステムも……全部その通りになって……! 観星町が……はるかさんたちの街が壊滅する未来も、どう計算しても変わらないんです……っ!!」
ましろの足元で、子供のように声を上げて泣きじゃくるソラ。
どんな強敵にも挫けず、常に前を向いて「ヒーロー」であり続けたソラが、初めて見せた崩れ落ちるような弱音と絶望。
ましろは息をのみ、胸を痛めながらも、床に伏せるソラの体をそっと抱きしめ、優しく背中をさすり続ける。
果たして、ひかるたちは予言を生き延びることができるのか?それとも…。
70 b3 c0n71nu3d…