N3x7 D15a5732   作:vic.

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第-6話「花寺アリス、偏差値の限界へ」

2016年・春、花寺家・リビング。

 

中学1年生になった花寺アリスは、静かに、しかし揺るぎない決意を込めて両親に向かい合っていた。

 

テーブルを挟んで座る父・和哉と母・明日菜。アリスは二人をじっと見つめ、これまで誰にも明かしてこなかった衝撃の真実を語り始めた。

 

アリス「お父さん、お母さん。驚かないで聞いてほしいの。……私は、かつて『花寺のどか』として生きていた記憶を持ったまま、この世界に生まれてきたの」

 

和哉「え……? のどか……?」

 

明日菜「アリス、一体何を……」

 

突然の言葉に、両親は言葉を失い、顔を見合わせた。しかし、生まれた時から鮮やかなホットピンクの髪と目を持ち、どこか達観した面影を残していたアリスの真剣な瞳を見て、冗談ではないことを感じ取る。

 

アリスは前世での出来事、そして事故の夜の出来事を静かに、けれど明確に語りきると、本題である未来の決意を言葉にした。

 

アリス「だから私、今度の進路を決めたの。偏差値71の超難関校……『国立すこやか市高等専門学校』の医学部を目指したい」

 

「「ええっ!?」」

 

静まり返っていたリビングに、二人の驚愕の声が同時に響き渡った。

 

和哉「高専の医学部!? それに偏差値71って……アリス、まだ中学1年生になったばかりだぞ!?」

 

明日菜「それに……命を救うための医学なんて、どれだけ大変な道か……っ!」

 

両親の動揺も無理はなかった。中学に入学したばかりの幼い娘が、前世の記憶を明かした直後に、国内屈指のエリートコースである難関高専の医学部を目指すと宣言したのだから。

 

しかし、アリスの瞳に迷いは一切なかった。前世で届かなかった手、救えなかった命、そして世界の理不尽な惨劇をその目で見てきたからこそ、彼女には「命を救うための圧倒的な知識と力」が必要だったのだ。

 

アリス「前世で私は、大切な人たちを残して命を落とした……。もう二度と、目の前で命が失われていくのを黙って見ていたくないの。そのためなら、どんな厳しい勉強だって耐えてみせる」

 

まっすぐで力強いアリスの言葉と、その奥にある深い決意。

和哉と明日菜は絶句しながらも、我が子が背負う数奇な運命と、その胸に秘めた強い意志を痛いほどに感じ取っていた。

 

2016年。

前世の記憶を抱えた少女の、過酷な未来へ向けた挑戦が静かに始まった。

そんなアリスの激闘は、彼女の人生を大きく変えた。

2017年・春、塾の面談室〜花寺家、リビング。

 

中学1年生の1年間、アリスの残した結果は圧巻の一言だった。

 

初めての定期テストでたたき出した「5教科合計494点」を切り札に、回を重ねるごとに精度を上げ、定期テスト②で495点、定期テスト③で497点、そして最後の定期テスト④では、ついに怒涛の500点満点を達成した。前期・後期ともに全教科の通知表評価は完璧な「ALL 5」。

 

さらに、彼女が通う進学塾『RAPIDすこやか南部教室』でも、その才能と執念は周囲を圧倒していた。

中学校の範囲を超えた発展的なカリキュラムをこなした上で挑んだ、「難関レベル模擬試験」や「難関高専レベル模擬試験」を含む全6回の模擬テスト。そのすべてにおいて、アリスは毎回490点前後という驚異的なハイスコアを叩き出し続けたのだ。

 

RAPIDの室長「お父様、お母様……アリスさんのこの成績は、当塾の歴史を見てもトップクラスです。難関高専医学部という極めて高い目標すら、決して夢物語ではありません」

 

面談で突きつけられた怒涛のデータと判定結果に、和哉と明日菜はただただ息を呑むばかりだった。

 

かつての花寺のどかとしての記憶、そして目の前で失われていった命の重み。

そのすべてを糧にして机に向かい続けたアリスの覚悟が、数字という揺るぎない結果となって証明されていた。

 

花寺家に戻り、アリスは自室の机に並べられた満点のテスト用紙と高得点の模試結果を静かに見つめた。

 

アリス「(まだ、これは最初のステップに過ぎない……。偏差値71の壁を越えて、私は絶対に命を救う術を手に入れてみせる)」

 

ホットピンクの瞳に宿る決意の炎は、熾烈な学習の日々を経て、より一層深く、力強く燃え上がっていた。

 

2017年・春、RAPIDすこやか南部教室・面談室。

 

模試の結果シートに印刷された数字は、どれも驚異的な数値を弾き出していた。

 

出題傾向や難易度が異なるどの模試においても、算出された偏差値はすべて70オーバー。

そして、第一志望校である「国立すこやか市高等専門学校 医学部」の判定欄には、コンピューターの精密な再計算を幾度重ねても、変わることなく不敵に印字されていた。

 

【合格可能性:90%(A判定)】

 

難関高専の狭き門すら軽々と突破し得る、圧倒的なS級データ。

 

担当講師「すごいよ、アリスさん……! このレベルの模試で一度もブレずにA判定を維持し続けるなんて、全国を探しても滅多にいない。この調子を維持できれば、合格はほぼ確実だ!」

 

講師の興奮気味な絶賛の声にも、アリスは一切浮足立つことなく、冷静に自らの成績表を見つめていた。

 

アリス「(合格可能性90%……。でも、残りの10%に何が潜んでいるか分からない。世界の理不尽なシステムは、いつだってそのわずかな隙を突いてくる……)」

 

前世で経験した惨劇と、容赦なく奪われた命の記憶。

だからこそ、どれほどの高偏差値を叩き出そうとも、アリスが慢心することなどあり得なかった。

 

アリス「ありがとうございます、先生。でも、絶対に油断はしません。100%に近づけるために、もっと精度を上げます」

 

ホットピンクの瞳に宿る真摯な輝きに、講師も思わず息を呑む。

難関高専合格、そしてその先にある命を救う道へ向かって、アリスの圧倒的な挑戦はさらなる高みへと続いていくのだった。

しかし、ニュースは突然訪れた。

2017年・初夏、花寺家・リビング。

 

テレビの画面に突如切り替わった不穏なニュース速報。

キャスターの緊張した声が、静かなリビングに重く響き渡る。

 

『——イギリス・ロンドンからのニュースです。現地時間の本日未明、高層ビル「ニュー・センタータワー」で大規模な火災が発生しました。激しい炎と煙が建物を包み込み、これまでに81人の死亡が確認されています……』

 

画面に映し出される、黒煙を上げて燃えさかる高層ビルの映像。

ソファーで教科書を開いていたアリスは、ぴたりと手を止め、ゆっくりとテレビ画面へ視線を向けた。

 

(……ニュー・センタータワーの火災。81人の犠牲者……)

 

アリスのホットピンクの瞳に、深い陰りが落ちる。

 

彼女の頭の中に刻まれているのは、自分自身の死の記憶だけではなかった。

世界中で巻き起こるあらゆる大惨事、失われていく無数の命の悲劇。

冷酷なまでの正確さで刻まれた「記憶」が、未来の記録として脳裏に鮮明に存在していたのだ。

 

アリス「(また……始まった……。私の知らない場所でも、世界の至る所で理不尽な死が繰り返されている……)」

 

手に持っていたペンを握りしめる力が強まる。

どれほど勉強で満点を取ろうと、どれほど模擬試験で高い判定を出そうと、世界中で巻き起こる惨劇を今すぐ止めることはできない。その無力さが、彼女の胸を激しく焦がした。

 

アリス「(だからこそ……私は立ち止まっていられない。一つでも多くの命を、この手で救える人間になるために……!)」

 

遠く離れた異国で起きた大惨事の報道を見つめながら、アリスは自らに誓いを立てるように、再び静かに机の上の参考書へと向かい直すのだった。

 

そんな夏休みのある日、そんなアリスにも奇跡的な事態が起きた。

2017年7月25日、すこやか市・夕暮れの駅前通り。

 

夏の夕暮れ、赤紫色の西空が街を仄暗く染め上げていた。

 

RAPIDすこやか南部教室での猛勉強を終え、アリスは一人、静かな足取りで帰路に就いていた。

中学入学時には短かった彼女の髪は、月日の経過とともに美しく伸び、今では腰近くまで届く見事なロングヘアとなっていた。風になびくその髪色は、生まれつきの鮮やかなホットピンク。夕闇の中で、まるで意志を持つ光のように神秘的な輪郭を描いている。

 

ふと、駅前の歩道橋の手前で、アリスの足がピタリと止まった。

 

街頭の街灯がぽつぽつと灯り始める人波の中に、見覚えのある……あまりにも、愛おしく、そして痛々しい後ろ姿があった。

 

大人しそうな佇まい、少し自信なげな歩調、そして穏やかな雰囲気を纏った少女——。

 

(あの子は……私……)

 

息が止まるような衝撃がアリスの胸を突いた。そこにいたのは、かつてこの世に存在していた自分自身の過去の姿、「花寺のどか」だった。

 

時空の歪みか、それともシステムが見せる幻影か。本来ならば出会うはずのない二つの存在が、2017年7月25日というこの夏の日の夕暮れに、奇跡的にも交差したのだった。

 

アリスは吸い寄せられるように歩み寄り、のどかの背中に向かってそっと声をかけた。

 

アリス「……のどかちゃん」

 

振り向いたのどかは、見たこともないほど鮮やかなホットピンクのロングヘアと、自分と同じ深く澄んだ瞳を持つ少女の姿に目を丸くした。

 

のどか「え……? あの、私を……知っているんですか……?」

 

アリスはのどかの前に立ち、その逃れられない宿命を真っ直ぐに見つめ返した。言葉の一つひとつに、重く冷たい真実を込めて語り始める。

 

アリス「驚かないで聞いて。私は……あなたなの。私は『花寺のどか』としての記憶を持ったまま、2021年のあの事故で命を落とし……2003年の世界へと転生して生まれた『花寺アリス』という存在なの」

 

のどか「え……っ? 転生……? 私が……死ぬ……?」

 

のどかは絶句し、目の前の美しい少女が発する圧倒的な真実味に、全身の血が引いていくような感覚を覚えた。アリスの言葉には、嘘や偽りなど微塵も混ざっていないことが、魂の根底で理解できてしまったからだ。

 

のどかの怯えたような瞳を見つめながら、アリスの脳裏には、過去と未来のすべての記憶が怒涛のように駆け巡っていた。

 

自分が「花寺のどか」として歩んだ闘いの日々。ビョーゲンズとの凄惨な死闘。そして、かつて相容れることなく消え去っていった者たちの最期——。

 

アリス「(もしかしたら……)」

 

アリスの胸に、冷たく、そして激しい揺さぶりをかける不吉な確信が芽生え始めていた。

 

アリス「(ダルイゼンが死んでしまうことも……シンドイーネが死んでしまうことも……そして、ビョーゲンズが全滅してしまうことも……あの悲劇的な結末も、命が失われる順番も……すべて、最初から決まっていたのかもしれない。予言のシステムによって、全部最初から分かっていたことだったのかもしれない……)」

 

ビョーゲンズの脅威も、彼らとの葛藤も、そしてのどか自身が車にはねられて命を落とす2021年5月21日のあの雨の夜すらも、すべては不可避の「破滅のプログラム」の一部に過ぎなかったのではないか。

 

自分が記憶を保ったまま過去へ転生させられたことすらも、その巨大なシステムの冷酷なシナリオ通りなのだとしたら——。

 

アリス「でもね、のどかちゃん」

 

アリスはそっと手を伸ばし、呆然と立ち尽くすのどかの手をとった。その手は冷たく震えていたが、アリスの温もりが静かに伝わっていく。

 

アリス「私は、この記憶とこの命を持って生まれてきた。偏差値71の壁を越えて医学へ進むのも、絶対に命を救う力を手に入れるため。どんなに世界のシステムが絶望を決定づけていたとしても……私は絶対に、ただ与えられた運命に屈したりはしない」

 

夕暮れの街角で、過去の自分と未来の自分が静かに対峙する。

腰まで伸びたホットピンクの髪を夏風に揺らしながら、花寺アリスの眼差しは、今もなお、底知れぬ絶望のシステムへ向けて、より一層深く、毅然と燃え上がっている。

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