プリパラのゲートをくぐり、現実世界の夕暮れの街並みへと足を踏み出したらぁら。
通常であれば、プリパラを出た瞬間に神アイドルの華やかなビジュアルから、小学生時代の面影を残すいつものお団子ヘアと私服姿へと一瞬で戻るはずだった。しかし、今の彼女の姿には決定的な「異変」が生じていた。
服こそ普段の私服に切り替わっているものの、頭上にはプリパラ内と全く同じ、あの鮮やかなツインテールの髪型がそのまま残されていたのだ。
らぁら「……あれ? 髪型が……戻ってない……?」
自分のツインテールを両手で触りながら、首をかしげるらぁら。
しかし、これは単なるプリパラのシステムの不具合や偶然のバグではなかった。
——太陽フレアによる強力なEMP(電磁パルス)。
実は今から2年前の2024年、宇宙規模で発生した超大規模な太陽フレアが地球を襲い、その強烈な電磁波によってプリパラの空間維持・生体データ変換システムの中枢は重大な損傷を受けていたのだ。
現実とプリパラを完璧に隔て、アイドルの姿を肉体レベルで正常に制御・復元していた広域システムは、2年前のその日を境にすでに正常な機能を喪失していた。
プリパラのシステムが完全に麻痺し、本来届くはずの制御データが遮断されたことで発生した「髪型が戻らない」という異象。
アリスが絶望し、みれぃが解読に挑んでいるあの「絶対的な予言のシステム」の影で、彼女たちが足を踏み入れているプリパラの世界そのものもまた、2年前の太陽フレアによって人知れず、その一部が壊れていた。
らぁらは手ぐしでツインテールを整えながら、ぽつりと呟いた。
らぁら「世界全体が壊れちゃったわけじゃない……。ほんの一部、プリパラのシステムの一部が狂っちゃってるだけ……だよね?」
そう、世界が完全に崩壊したわけではない。
2年前の大規模な太陽フレアによるEMP現象が影響を与えたのは、プリパラのホログラフィック変換サーバーや広域データ通信といった「特定の局所的な機能」に過ぎなかった。日常の街並みはいつも通り動き、人々は何不自由なく生活を送っている。
しかし、その「たった一部の破綻」がもたらした影響は計り知れなかった。
本来であれば現実と仮想世界を完璧に分かつはずの防壁が途切れ、システムの中枢に小さな「隙間」が生じてしまったこと。そしてその壊れた隙間から漏れ出すように、アナの受信した不気味な数字の列——世界の裏側で動く「死の予言」が、プリパラという空間を通じて現実へと溢れ出し始めていたのだ。
世界のすべてが壊れたのではない。
だが、その「一部の壊れ」こそが、抗う者を即座に死へと追いやる絶対的なシステムと、彼女たちの日常が交差してしまう恐怖の引き金となっていた。
文京区・とあるマンションの一室、2026年11月2日
静寂に包まれた部屋。
新しく購入した文京区のマンションの部屋で、ひかるはデスクに向かい、一冊の日記帳を開いていた。
窓の外には落ち着いた文京区の街並みが広がり、秋の深まりを感じさせる風が静かに通り抜けていく。ペンを走らせるひかるの表情には、幾多の苦難をくぐり抜けてきた者だけが持つ静かな安らぎが漂っていた。
『——これで、8つの災害を乗り越えた』
日記のページにそう書き込み、ひかるは小さく吐息をつく。
これまで彼女を脅かしてきた数々の危機。それらをすべて乗り越え、ついに手に入れた穏やかな生活と新しい拠点。
だが——彼女自身も気づかないうちに、その平穏の裏で冷酷なシステムの歯車が狂い始めていた。
日記の数行下。
記憶にないはずの場所、自分の意思とは無関係に滑らせたペンの跡。そこには、不気味で無機質な数字がくっきりと刻み込まれていた。
【 2026110321 】
2026年11月3日——犠牲者21人。
みれぃが解読し、楽屋で叫んでいた「明日、地球のどこかで21人が死ぬ」というあの冷酷な破滅のデータ。それが、ひかるの日記帳の余白にも、まるで浸食するように侵入していたのだ。
さらに、異変はそれだけにとどまらなかった。
ひかるは知らず知らずのうちに、スマートフォンの画面を操作し、友人の陽比野まつりへ向けて一文のメッセージを送信してしまっていた。
『20270111113』
画面越しに届いた謎の数値。
2027年1月11日、113人の命が消えることを指し示す、さらなる未曾有の災厄のカウントダウン。
ピコン、と静かな部屋に着信音が響く。
メッセージを開くと、画面には送った覚えのない数列に対する、まつりからの困惑しきった返信が表示されていた。
まつり「この数列、どういう意味だっていうの?」
画面を見つめるひかるの手が、すっと冷たくなっていく。
乗り越えたはずの惨劇。手に入れたはずの平穏。
しかし、彼女の意思を無視して出力され続ける暗号のような数値は、この世界を支配する「予言のシステム」から逃れることなど誰一人としてできないのだと、静かに恐怖を告げていた。
まつりの部屋、2026年11月2日。
まつりの髪は、今もなお異様なライブヘアのロングヘアになっている。
なぜか?そう、それはらぁらたちと同じように、彼女の髪は、2年前から、太陽フレアによるプリマジのシステムエラーのせいだからだ。その上、髪は2年前から現在までずっと戻っていない。
文京区のひかるから送られてきたあまりにも不可解なメッセージ。
スマホの画面に表示された「20270111113」という無機質な数字の羅列を見つめながら、まつりは首をかしげた。
「ひかる、一体どうしちゃったんだろう……? 普段こんな意味不明な数字を送ってくるような子じゃないのに……」
理由を聞こうにも返事はなく、胸に得体の知れない胸騒ぎが広がっていく。
自分一人ではどうにも解明できないと感じたまつりは、抜群の分析力と知性を持つ先輩、南みれぃの存在を思い出した。
まつりはスマホの「メール」アプリを立ち上げ、みれぃの宛先を選択すると、藁にもすがる思いで素早くメッセージを打ち込んで送信した。
『みれぃさん、お疲れさまです!突然すみません。私の友人のひかるが送ってきたこの謎に包まれた数列の意味、解読してくれますか?20270111113 解読できたら教えてください』
送信ボタンを押すと、画面には「送信完了」の文字が浮かび上がる。
その頃、プリパラの楽屋でホワイトボードの数字を前に叫んでいたみれぃのもとへ、一通の通知が届こうとしていた。
2027年1月11日——犠牲者113人。
ひかるからまつりへ、そしてまつりからみれぃへと手渡されたその数字は、これから訪れるあまりにも巨大な破滅の予言そのものだった。
パラ宿・PRIPARA T-SITE
受信音とともにスマホに届いたまつりからのメール。
そこに記された『20270111113』という暗号のような数列を目にした瞬間、みれぃの表情が凍りついた。
みれぃはすぐさまノートパソコンとプリンターを操作し、まつりから送られてきたメールの本文と数列を紙へとプリントアウトした。
吐き出された一枚の白い用紙。
みれぃはデスクから一本の赤青鉛筆を手に取ると、刻まれた11桁の数字へ迷うことなく鉛筆の芯を滑らせた。
『 20270111113 』
赤鉛筆の芯が、年・月・日の区切りにスッと赤い斜線を刻み込んでいく。
『 2027 / 01 / 11 / 』
そして、最後に残された末尾の「113」という数字の周りを、青鉛筆で強く、何度も囲んだ。
【 2027年 / 01月 / 11日 / 113人 】
みれぃ「……っ!?」
赤と青で鮮やかに色分けされた紙を見つめ、みれぃの手から赤青鉛筆が力なくこぼれ落ち、デスクの上を転がった。
1999年の烏川の事故(19人)、2022年のMRI事故(3人)、2023年のホテル事故(5人)、昨日起きた爆発事故(2人)……そして、明日に迫る21人の死。
それらを遥かに凌駕する、100人以上の命が一瞬にして奪われる未曾有の大災厄。
みれぃ「嘘ぷり……! ひかるも、この先に起こる未来を予言していたなんて……」
アナだけではなかった。
文京区にいるひかるすらも、この世界の裏側に潜む「冷酷なシステム」の受信機となり、未来の破滅のデータを手元に刻み込まされていたのだ。
ひかるからまつりへ、そしてまつりから自分へと届いたこの暗黒のバトン。
抗えば爆発事故のように「死」で排除され、放置すれば2027年1月11日に113人の命が消え去る。
完璧な計算と論理を誇るみれぃの脳裏を、絶望的な未来のカウントダウンが静かに侵食していく…。
2026年11月2日、香田澄あまりの部屋。
静かな自室のベッドの上で、あまりは跳ね起きるように目を覚ました。荒い息をつきながら自らの手を見つめ、全身から冷や汗が吹き出すのを感じる。
脳裏にこびりついて離れないのは、あまりにも鮮明で、あまりにも残酷な「予知夢」の光景だった。
『2026年12月12日——東京湾アクアブリッジと、そこに併設された展望施設アクアスカイビューが、当初の予定より5ヶ月も早く完成を迎える』
そこまでは、華やかなニュースとして世界を彩るはずの出来事だった。
しかし、夢の中の時計は残酷に針を進め、あの日——2027年1月11日を指し示していた。
巨大な建築物がキシキシと不気味な悲鳴を上げ、東京湾の荒波の上で崩壊の予兆を見せる。幼い頃に口ずさんだ「ロンドン橋落ちた」の童歌が、歪んだ幻聴となって耳元でループする中、橋は崩れ落ち、113名もの尊い命が冷たい海へと呑み込まれていく……。
崩落の瞬間まで自らの足で立ち、その絶望的な光景をただ目撃するしかなかったあまり。夢が終わるその瞬間まで生き延びていたからこそ、残された恐怖と生々しい手触りが肉体に刻みつけられていた。
あまり「……はぁ……はぁ……っ! なに……今の夢……!?」
鏡の中に映る自分を見て、あまりは息をのんだ。
私服姿に戻っているにもかかわらず、頭上の髪型はプリパラの中と同じ状態のまま、元に戻っていない。2年前の太陽フレアによる強力なEMPが引き起こした「システムエラー114」。プリパラと現実を繋ぐデータ変換処理の破綻は、ここあまりの身にまで及んでいた。
(2027年1月11日……113名……)
あまりが見た夢の数字。
それは、ひかるが書き残し、まつりを経由しみれぃの元へと届いた『20270111113』という暗号の解読結果と、寸分の狂いもなく一致していた。
システムの異常(エラー114)によって破綻し始めた世界で、アイドルたちの意識の中に直接流れ込み始める「破滅のデータ」。あまりもまた、避けることの許されない巨大な惨劇の観測者として、冷酷なシステムの渦中へと巻き込まれようとしている。システムは止まらないのだ。
そう。システムは、またも予言を生み出す。何度でも。
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