2026年11月3日 0:00、陽比野まつりの部屋。
壁に掛けられた時計の針が重なり、静まり返った部屋に電子音が短く響く。
ついに、時刻は午前0時を回った。
日付が変わり、2026年11月3日——「その日」が訪れたのだ。
まつりはベッドの上で身を縮め、握りしめたスマートフォンの画面を凝視していた。バックライトの青白い光が、暗闇の中で彼女の瞳と、背中まで伸びたまま戻らないライブヘアのロング髪を不気味に照らし出す。
画面に表示されているのは、先ほどみれぃからメッセージで送られてきた、あの冷酷すぎる解読データだった。
【 2026110321 】
『2026年11月3日——21人』
まつりは画面をスクロールし、その10桁の数字を何度も、何度も見返した。
みれぃがPRIPARA T-SITEでコーヒーの染みから見つけ出した「1999081419(烏川災難事故・19人)」。
ひかるが自分へ送り、みれぃが赤青鉛筆で解読した「20270111113(東京湾アクアブリッジ崩落・113人)」。
そして今、この目の前に突きつけられている「2026110321」。
「今日……この世界のどこかで、21人の命が奪われる……」
画面を叩く指先が震える。
先ほどまでテレビで流れていた、2022年のMRI事故や今年8月の激しいゲリラ豪雨、史上最悪の被害を出した台風のニュースが脳裏をよぎる。それらすべてが偶然ではなく、あらかじめシステムに入力されていたデータ通りに実行された惨劇だったとしたら。
そして何より恐ろしいのは、システムエラー114によって髪が戻らなくなった自分やあまり、そしてみれぃたちの存在すらも、この冷酷な計算式の前ではただの「誤差」か、あるいは「排除対象」に過ぎないということだった。
窓の外では、11月特有の冷たい夜風が街を吹き抜けていく。
世界のどこかで、すでに破滅のカウントダウンの最初の1秒が刻まれ始めていた。まつりはスマホを胸に強く抱きしめ、訪れてしまった「11月3日」の闇の中、ただ一人恐怖に震えていた。
2026年11月3日 0:02、陽比野まつりの部屋。
静寂が支配する部屋の中で、時計のデジタル表示が「0:02」へと進む。
まつりは震える指でスマートフォンの画面を更新し、最新のニュース速報フィードを目にした。
【速報】2日昼、青森県の図書館で火災が発生。約3時間にわたって燃え続けたものの、けが人は2名(軽傷)にとどまり、死者は出ませんでした。
「……火災……? でも、死者はゼロ……?」
まつりは画面をスクロールし、みれぃから送られてきた予言の数列と照らし合わせる。
しかし、B4の紙にも、みれぃが解読したデータの中にも、「死者ゼロ」の事故や火災を示すような数列はどこにも存在しなかった。
怪我人で済んだこと、誰も命を落とさずにすんだ惨劇——それらのデータは、この恐ろしいシステムの中には一切記録されていなかったのだ。
まつりの背筋に、冷たい汗が伝う。
「命が奪われない出来事は……記録すらされない……?」
この世界を覆う予言のシステムは、人間たちの無事や奇跡的な生還、安堵といった感情には一切の興味を示さない。まるで「命が奪われない出来事など、出力する価値もないデータ」と言わんばかりに、冷淡に切り捨てられているかのようだった。
記録されるのは、あくまで「奪われる命の数」のみ。
必要のないデータは一切書かないという、計算機のような冷酷で冷淡なシステムの思想を突きつけられ、まつりは手元にある『2026110321』の数字が持つ真の恐ろしさに、改めて息を呑むのだった。
そして…
2026年11月3日 15:00。
カーテンの隙間から差し込む日差しが、部屋の様子をくっきりと浮かび上がらせていた。
深夜0時過ぎに「死者ゼロの火災は記録されない」という冷酷なシステムの思想を目の当たりにし、底知れぬ恐怖と途方もない孤独感に打ちひしがれたまつりは、気がつけばそのままベッドの上で意識を失うように深々と寝落ちしてしまっていた。
**ピロリロリロリン——! ピロリロリロリン——!**
静まり返った部屋に、突然甲高い電子音が響きわたる。
まつり「ッ……!? はっ、あ……っ!?」
弾かれたように飛び起き、荒い呼吸を整えながら枕元で激しく震えるスマートフォンにしがみつく。画面に表示された時計の時刻は【15:00】。午後の3時を回っていた。
画面に映し出された発信者の名前を確認し、まつりは慌てて通話ボタンをスライドして耳に当てた。
まつり「も、もしもし……!?」
『まつり、一体何してるの!? 今日はまつりがお迎え当番のはずでしょ!』
電話の奥から聞こえてきたのは、かつて中学校で同じクラスだった懐かしい友人、奄美マリの呆れと焦りが混ざった声だった。
まつり「あぁ……っ! ごめん、本当にごめんなさい……! なんか、いろいろあって興奮しちゃって全然寝られずにいて……気づいたら寝落ちしちゃってたの……っ! 今、今すぐ準備して迎えに行くから……!」
『えぇ? 興奮って……また新しいプリマジのステージの構想でも練ってたわけなの? 全く、まつりらしいけどさ……連絡もつかないから、何か嫌な事故にでも巻き込まれたんじゃないかと思って焦ったよ!』
マリのその何気ない「事故」という言葉に、まつりの心臓がドクンと跳ね上がる。
自らの背中まで伸びたまま戻らないロングヘア。
手元の画面に残された『2026110321』という冷酷な数字。
(事故……。今日……11月3日……21人の命が……)
まつりは必死に呼吸を整え、声の震えを隠しながら、電話口の友人に言葉を返した。
まつり「ううん、大丈夫! 事故なんかじゃないから……! すぐにそっちに向かうね!」
電話を切ったまつりは、乱れた髪を手ぐしで整えながら、急いで部屋を飛び出した。
日常を生きる人々は何一つ知らない。今日という日が、システムによって「21人の死」をあらかじめ決定づけられた日であるということを。15時を過ぎた午後の街並みの中へ、まつりは冷や汗を拭いながら走り出していった。
2026年11月3日 15:10、まつりの車内・市街地。
「急がないと……!」
まつりは愛車の運転席に乗り込むと、すぐにカーナビの画面をタップした。
ナビ音声『目的地を設定してください』
まつりは焦る指先で、マリが通っている英会話スクールが入っている複合商業施設を入力した。
まつり「目的地、『プラズマ・アウトレットパークキラ宿』!」
ナビ音声『目的地を、プラズマ・アウトレットパークキラ宿に設定しました。ルート案内を開始します。およそ15分で到着予定です』
車がないマリにとって、そこへ行く手段は自転車しかない。だが、自転車では往復にかなりの時間がかかってしまうため、普段からまつりやみるきといったプリマジスタの友人たちが、お迎え当番を交代で引き受けて車を出していたのだ。
アクセルを踏み込み、街へと車を走らせるまつり。
その時、ダッシュボードに置いたスマートフォンがけたたましくメールの受信音を鳴らした。
チラリと画面に目をやったまつりの顔から、一瞬で血の気が引く。
差出人は、南みれぃ。
本文に記されていたのは、またしても不気味な数字の列だった。
『 354913976 』
続いて、みれぃからの緊急のメッセージが流れるように届く。
『まつりちゃん、大変ぷり! 丸のついていない無意味に見えたあの数字の一部が、地球上の「位置」……つまり「座標」を示していることに気づいたぷり! “354913976”は、北緯35.49度、東経139.76度……! 今すぐその場所から離れるぷり!!』
まつりは息をのんだ。
北緯35.49度、東経139.76度。
それは——
ナビ音声『まもなく、目的地周辺です。「プラズマ・アウトレットパークキラ宿」付近です』
カーナビの無機質な音声が、車内に虚しく響き渡る。
まさに今、自分がマリを迎えに向かっているその場所——「プラズマ・アウトレットパークキラ宿」そのものの位置を示していたのだ。
『2026110321』——今日、11月3日に奪われる21人の命。
その凄惨な現場となる場所が、まさにマリのいるこのアウトレットパークであることを、冷酷なシステムのアドレスが指し示していた。
まつり「そんな……マリ……ッ!!」
ハンドルのグリップを強く握りしめ、まつりは絶叫に近い声を上げながら、アクセルをさらに強く踏み込んだ。
一方その頃…
プラズマ・アウトレットパークキラ宿・敷地外縁
焦煙とサイレンの音が包む玉突き事故現場の喧騒から少し離れた木立の影。
そこに、一人の女性が静かにたたずんでいた。
かつて「キュアアンサー」として戦い抜いた名探偵、明智あんなだった。
毛先が綺麗なハート型を描く、ボリューミーなツインテール。その象徴的な髪型が、秋の冷たい風にふわリと揺れる。
14歳の中学生だった彼女も今や29歳となり、落ち着いた大人の雰囲気を纏っていたが、その眼差しに宿る鋭い直感と真実を見抜く輝きは昔のままだった。
彼女がこの特異な力を手に入れたのは、忘れもしない1999年9月。
かつて地球を襲った超大規模な太陽フレアの渦中、変身アイテムである「ジュエルキュアウォッチ」の秘められた力を限界を超えて極限まで引き出した瞬間だった。その代償と奇跡の果てに、あんなの意識には「未来に起きる破滅を予知する力」が刻み込まれたのだった。
あんなは、眼下に広がる事故現場を見つめ、静かに首を振った。
あんな「……ここじゃない。この事故は……ただの引き金」
あんなの視線は、アウトレットパークのさらに奥、煙の向こうに位置する河川敷の緑地へと向けられていた。
あんな「あのバーベキュー場……嫌な予感がする……。」
風に乗って漂ってくる肉の焼ける匂いと、休日を楽しむ家族連れや若者たちの歓声。
あんなの「予知の目」には、その平和な光景に重なるように、これから訪れるあまりにも凄惨な幻影が映し出されていた。
アウトレットパークの玉突き事故で発生した火災の煙、あるいは漏れ出た燃料の引火、あるいは爆発——冷酷なシステムが組み上げた決定的な惨劇の歯車は、道路上ではなく、あの平和なバーベキュー場へと向かっていたのだ。
あんな「バーベキューをしている人は……21名……完全に一致してる……」
死者ゼロで終わった目の前の事故。
だが、その目と鼻の先にあるバーベキュー場には、まさに「21人」の人間が集っていた。
みれぃがプリントから解読し、まつりが画面越しに恐怖した『2026110321』——2026年11月3日、21人の死。
あんなの呟きは、システムが目論む冷酷な整合性と、これから巻き起こる破滅のカウントダウンがまさに完了しようとしている絶望の瞬間を告げていた。
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