1972年2月1日、南みれぃの部屋・夢の中。
連日のデータ解読と不気味な数字の解析に疲れ果てたみれぃは、デスクに突っ伏すように深々と寝落ちしてしまっていた。
重苦しい意識の闇を抜けた先に広がる景色——それはみれぃの見知らぬ、どこかノスタルジックで歪んだ過去の光景だった。
1972年2月1日 パッパラジュクスカイビュータワー
昭和の熱気を残す街並みの中にそびえ立つ、巨大な鉄骨の塔。その展望エレベーターの中に、みれぃの視界は入り込んでいた。
エレベーターの中にいたのは、みれぃが幼い頃に見た写真と瓜二つの人物——現在は自然死でこの世を去っている、若き日の祖母・南なぁなだった。
案内を担当するタワーのスタッフが、誇らしげに彼女へ語りかける。
スタッフ「南さん、このスカイビュータワーはですね、当初の計画よりも実に5ヶ月も早く完成した最新鋭のタワーなんですよ!」
なぁな「え……? 予定より5ヶ月も早く完成したんですか……? それって……本当によいことなのでしょうか……?」
なぁなのふと漏らした一言に、スタッフは苦笑いを浮かべてスルーする。しかし、システムのエラーはこの「無理な突貫工事」の段階からすでに始まっていたのだ。
画面は切り替わり、タワーの基幹部分にある巨大な通気口エリアへと移行する。
そこには、社会科見学か何かで訪れていた1人の幼い男の子がいた。男の子は何気ない悪戯心から、ポケットに入っていた100円玉コインをクルリと指で弾き、格子状の通気口の奥へと投げ入れてしまう。
カチャン……カン……カラカラカラ……。
硬質な金属音が不気味に響き渡る。
たった1枚の100円玉。しかし、5ヶ月前倒しで施工されたがゆえに生じていた構造上の微小な歪みと、高圧通気孔の過酷な振動が重なり、コインは回転する高精度ファンと給排気制御バルブの隙間に決定的な形で噛み込んでしまった。
ギギギ……と不穏な軋み声を上げ、急激に負荷がかかり始める通気系システム。内部の圧力が逃げ場を失い、塔全体を支えるメインフレームへ目に見えない金属疲労が伝播していく。
場面は変わり、超満員の展望デッキ。
そこでは軽快で陽気なソウルミュージック——Isley Brothersの名曲『Shout』が大音量で流れ始めていた。
♪「Well…
You know you make me wanna (Shout!)
Kick my heels up and (Shout!)
Throw my hands up and (Shout!)
Throw my head back and (Shout!)
Come on now (Shout!)」
ノリノリで音楽に合わせて体を揺らす300人以上の観客たち。1972年の平和な日常を満喫する人々の笑顔。
だが、みれぃの目には見えていた。
床下でミシミシと悲鳴を上げる鉄骨、徐々に破断していくボルト、そして今にも根元から折れ曲がろうとしているタワーの破滅の瞬間が。
みれぃ「ダメぷり……! 今すぐ逃げないとまずいぷり!! 早くみんなタワーから降りるぷり!!!」
みれぃは声の限り叫んだ。
手を振り、必死にデッキの人々やなぁなへ駆け寄ろうとする。
しかし、みれぃの声は透明な壁に遮られたかのように、誰の耳にも届かない。観客たちは『Shout』の手拍子に夢中になり、なぁなも窓の外の景色を静かに見つめているだけだった。
システムが1972年2月1日に決定づけた過去の記憶。
計算機のように冷酷な歴史の記録は、未来から来たみれぃの悲痛な叫びなど一切受け付けず、351人の命を呑み込む破滅の瞬間へ向かって、容赦なく『Shout』のリズムを刻み続けている。
みれぃが金縛りのような絶望の中で叫び続けていたその時、すぐ隣に同じように蒼白な顔で立ち尽くす少女の姿があった。
真中らぁらだった。
らぁらもまた、みれぃと全く同じ「過去の悪夢」の中へと意識を引きずり込まれていたのだ。
展望デッキ内に陽気な『Shout』のメロディが響き渡る中、音楽に合わせて跳ねる大勢の観客たちの重みと振動が、限界を迎えた床面に容赦なく加わっていく。
バリリ……ッ!
鈍い亀裂の音が響き、足元に敷き詰められた強化ガラスの床に、一筋の白いひび割れが走った。
らぁら「そんな……ガラスが……っ! みんな、踊るのをやめて!! 逃げてぇぇぇーっ!!」
らぁらは喉が引き裂かれんばかりの大声で叫んだ。かつて多くの人々に届いた彼女のあの「神アイドル」のプリズムボイス。しかし、この夢の世界ではその声すらも虚しくかき消され、誰一人として振り向く者はいない。
観客がステップを踏むたびに、足元のひび割れは蜘蛛の巣のようにみるみる全体へと広がっていく。
通気口に噛み込んだ100円玉、前倒しされた工事の歪み、そして客たちの歓声による反動。
すべてが完璧な死の歯車として噛み合い、崩壊へのカウントダウンが進む中、らぁらとみれぃは互いの手を強く握りしめ、刻一刻と迫る惨劇の瞬間を前に震えることしかできなかい。
♪「You know you make me wanna
(Shout-wooo) hey-yeah
(Shout-wooo) yeah-yeah-yeah
(Shout-wooo) alright
(Shout-wooo) alright
(Shout-wooo) come on now!
(Shout) come on now!
(Shout) yeah, yeah, yeah
(Shout) yeah, yeah, yeah (good sound)
(Shout) yeah, yeah, yeah (good sound)
(Shout) yeah, yeah, yeah (good sound)
(Shout) all-alright (good sound)
(Shout) it′s all-alright (good sound)
(Shout) all-alright (good sound)
(Shout) all-alright (aah)
Now wait a minute!」
『Shout』のソウルフルなリズムが容赦なく響き渡る展望デッキ。足元の強化ガラスに刻まれた蜘蛛の巣状のひび割れは、一刻ごとにその深さと密度を増していた。
絶望に震えるみれぃがらぁらの隣には、いつの間にかさらなる少女たちの姿があった。
陽比野まつり、萌黄えも、そして星宮いちご。
世代も、活動してきた世界も超えた少女たちが、太陽フレアが引き起こした「システムエラー114」の不気味な共鳴によって、まったく同じ1972年の悪夢の座標へと引きずり込まれていたのだ。
まつり「嘘でしょ……!? なんなのこの場所……っ! みんな、あぶない!!」
えも「聞こえないの!? 足元を見てよ!! 今すぐそこから離れて!!」
まつりとえもが全力で叫び、身を乗り出して客たちの服を掴もうとする。しかし、彼女たちの手は虚しく空を切り、どれほど声を張り上げても、歓声と音楽にかき消されて誰の耳にも届かない。
いちご「だめ……声が届かない……! このままじゃ、みんなが……!」
トップアイドルとして無数の人々に笑顔と希望を届けてきた星宮いちごでさえも、この「確定された過去の惨劇」の前ではただの無力な観客でしかなかった。
メリメリ……ッ! ドガガガッ!
男の子が投げ入れた100円玉コインによって通気口のメインフレームが破壊され、建物全体を揺らす凄まじい低振動が足元から突き上げてくる。
観客たちが反動をつけて跳ねるたび、ひび割れたガラスの隙間から冷たい風が吹き込み、崩壊の瞬間がすぐそこにまで迫っていることを告げていた。
みれぃ「351人……! このタワーが倒れて、351人の命が……ぷり……!」
みれぃの唇から漏れ出た惨劇の数字。
1972年に起きた過去の歴史、そして現代で迫り来る11月12日のソラシド市での52人の破滅。
過去から未来へとどこまでも途切れることなく連なる死のプログラムに対し、少女たちは互いに身を寄せ合い、広がり続けるガラスのひび割れを前に息をのむことしかできない。
スピーカーから流れるIsley Brothersの『Shout』は、止まるどころかますます音量を上げ、ノンストップで展望デッキ全体を激しく揺らし続けていた。
テンポの速い陽気なビートに合わせ、昭和の装いをした客たちはステップを踏み、手拍子を打ち、歓声を上げる。音楽のノイズと熱気が充満する中、足元の強化ガラスに刻まれた無数の亀裂は、曲の展開に呼応するかのように勢いを増して広がっていく。
みれぃ、らぁら、まつり、えも、そしていちご。
5人の少女たちがいくら叫び、手を伸ばしても、その声や存在は過去の時間の層に遮られ、誰一人として届くことはない。音楽のテンポは容赦なく上がり続け、それに合わせて客たちの跳ねる振動がタワーの支柱へと容赦なく打ち付けられる。
ガラスの床が白く濁り、粉々に砕け散る直前の極限状態。少女たちは互いの腕を強く抱きしめ合い、絶叫する客たちの歓声と止まらない『Shout』の轟音の中で、1972年の歴史に刻まれた「351人の破滅」が完遂されるその凄惨な瞬間を、逃げ場のない悪夢として直視させられ続ける。
バリリリリッ……! ガガガッ!
100円玉が噛み込んだ通気口からは黒い火花が散り、タワー全体が狂った歪みを上げ始めた。
それでも、音楽は止まらない。
逃げ場のない高所の空間で、賑やかなソウルミュージックが地獄のカウントダウンのBGMとなって響き渡る。
まつり「お願い、誰か音楽を止めて……! 止まってよ!!」
えも「嫌だ……! こんなの、見てることしかできないなんて……っ!」
いちご「みんな、掴まって! 来る……っ!」
♪「Everybody shout now
Everybody shout now
Everybody, shout, shout
Shout, shout, shout
Shout, shout, shou-out
Shout, shout, shou-out
Shout, shout, shout, shout (oh-whoa-yeah)
Shout, shout, shout, shout (oh yeah)
Shout, shout, shout, shout
Everybody shout now (ooo)」
狂騒のピークを告げる最後のフレーズが空間に響き渡り、長かった『Shout』のアウトロが一瞬の静寂とともに途切れた。
その瞬間の到来を、若き日の南なぁなは本能的に察知していた。
足元から伝わる不気味な微振動、通気口から漂う焦げついた異臭、そして直前に感じた胸の騒ぎ。なぁなは歓声に湧く展望デッキに背を向け、迷うことなく非常階段の重い扉を開けて下方へと駆け降りていた。
直後、静寂を切り裂く絶望の破壊音が響きわたる。
パリイィィィィンッ!!!!
限界を迎えていた強化ガラスが、爆発的な音とともに一斉に粉々へ砕け散った。
「きゃあああぁぁぁぁぁっ!?」
「うわあぁぁぁぁっ!!」
曲に合わせてガラスの上で跳ねていた大勢の客たちが、足場を失い、悲鳴を上げながら次々と暗黒の吹き抜けへと落下していく。
100円玉が招いた通気口の損壊、5ヶ月前倒しされた突貫工事の歪み、そして重なった人間の振動。すべての悪条件が狂いなく噛み合わさった結果の惨劇だった。
みれぃ「ダメぷりぃぃぃぃぃっ!!」
らぁら「みんなぁぁぁっ!!」
みれぃ、らぁら、まつり、えも、いちごの5人は、砕け散るガラスの破片と風圧の中で必死に手を伸ばした。だが、虚空を掴むその手は誰かを救うこともできず、目の前で落ちていく人々の影をただ見つめることしかできない。
階段を必死に駆け降りて命を取り留めたなぁな。
そして、展望デッキでシステムが弾き出した「351人」という冷酷な数の命が奪われていく瞬間。
あまりにも鮮明で、抗いようのない「1972年の確定された過去」。
冷や汗に濡れたみれぃたちは、過去から現代、そして未来へと続く逃れられない破滅の連鎖の深淵を前に、叫び声を上げながら暗闇の中へと突き落とされていく…。
陽比野まつりの部屋、2026年11月5日、朝
まつり「……ッ!?」
跳ね起きるように布団を跳ね飛ばし、まつりは激しく息を荒げながら上半身を起こした。
荒い呼吸とともに冷や汗が額を伝い、パジャマの胸元を濡らしていく。全身の筋肉が強張り、指先は氷のように冷たくなっていた。
窓からは秋の柔らかな朝光が差し込み、鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。しかし、まつりの頭の中には、先ほどまで見ていたあまりにも生々しい光景——1972年のスカイビュータワーで響き渡っていた『Shout』の轟音と、足元のガラスが粉々に砕け散り、人々が落下していく悲惨な悪夢が、黒い焦げ痕のように張り付いて離れなかった。
まつり「はぁ……はぁ……っ……なに……いまの……」
震える両手で己の顔を覆い隠し、まつりは膝を抱え込んだ。
11月3日に目の前で起きたプラズマ・アウトレットパークキラ宿の爆発事故のショックも癒えぬまま、夢の中にまで押し寄せてきた過去の凄惨なデータ。南みれぃの祖母である「なぁな」の姿、100円玉が引き起こした破滅、そして351人という容赦のない数字。
まつり「トラウマになるくらい怖いよ……!」
声が震え、涙が溢れ出そうになるのを必死で堪える。
ただの夢ではない。それは、みれぃやらぁら、えも、いちごたちと完全に共有してしまっていた、世界の裏側に刻まれた「逃れられない記憶」そのものだった。
太陽フレア「システムエラー114」が引き起こす歪みは、過去の歴史から未来のソラシド市まで、時間も場所も飛び越えて少女たちの精神を侵食し続けている。
11月12日のソラシド市サーキット場での事故まで、あとわずか7日。
朝の静寂の中で立ち込める恐怖と焦燥感に包まれながら、まつりは震える体を押さえつけることしかできない。
いや…先ほどのまつりの夢は…もしや…?
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