都内・星奈家。
静まり返った星奈家のリビングには、古びた和紙の匂いと、冷ややかな空気が満ちていた。テーブルの上に広げられた何枚もの家系図。その紙面に躍る墨文字と、端末の画面に表示された予言の暗号コードを見比べながら、息をのむ音が重なる。
夢川ゆいや南みれぃも、ひかるたちと同様に自らの家系図を発見していた。そこに記されていたのは、あまりにも残酷で逃れようのない世界の仕組みだった。
ゆい「これ……嘘だと言ってよ。私たちの家系図が、あの『システム』とこんな風に繋がっているなんて……」
みれぃ「予言と家系図に…なんて理不尽な関係があるぷり…!?」
みれぃは震える指先で家系図の端を固く握りしめ、語尾を強めて叫んだ。その視線の先には、先祖たちの名前と、その横に刻まれた死亡年月日が並んでいる。その日付は、過去に発動した数々の予言の実行日時と、一秒の狂いもなく完全に一致していた。
あかり「お母さん……これって、どういうこと……?」
えいき「家系図の順番に……みんな居なくなっちゃうの……?」
中学生になったあかりと、まだ幼さの残るえいきが、不安に押し潰されそうな目でひかるを見つめる。二人の「お母さん」という声に、ひかるは胸を締め付けられながらも、14歳の頃と変わらない真っ直ぐな瞳と声で二人に向き合った。
ひかる「大丈夫だよ、あかり、えいき。……でもね、この家系図に書かれているのは……私たちが『絶望する順番』なんだよ」
ひかるの言葉に、その場にいた全員の息が止まる。家系図が示していた真実――それは、この世界は決して滅亡しないということ。その代わりに、予言も、それによって引き起こされる絶望の連続も、永遠に終わることがないという絶望的なシステムそのものだった。
ゆい「そんな……じゃあ、システムを壊してしまえば! システムさえなくなれば、この連鎖も止められるんじゃないの!?」
ひかる「ううん、キラやば〜っ……て言えたらいいんだけど、システム破壊はできないんだ。システムを壊そうとすること自体が、次の予言のトリガーになって、新しい絶望を引き起こす仕組みになっているの」
静寂が再びリビングを包み込む。世界が滅びないからこそ、永遠に逃げ場のない絶望が順番に巡ってくる。ひかるは手元に残された予言コードを見つめながら、途方もない運命の渦の中で、我が子であるあかりとえいきの手を固く握りしめた。
その夜のこと。
マコトミライ’21ブリッジ
湿り気を帯びた風が、コンクリートの路面を吹き抜けていく。明智あんなは「マコトミライ’21ブリッジ」の歩道を一人、重い足取りで歩いていた。周囲に漂うどこか不穏な空気と、星奈家で繰り広げられているであろう重苦しい会話を思い、胸のつかえが降りない。
あんなは、ふと観覧車のデジタル時計に目を向けた。
【MAKOTOMIRAI 2026/11/05 21:11】
あんな「9時…11分…。」
その時、向かいから前髪を気にしながら歩いてくる一人の少女の姿が視界に入った。
キュアミスティックを思わせる、途中に愛らしいハートの飾りが施された特徴的なツインテール。どこか不器用そうで、道端に咲く小さな花飾りに目を輝かせているその仕草――見間違えるはずがない。
あんな「……嘘、みくる……!?」
美桜「ふえっ……あ、あの……私のこと、知ってるんですか? 私は小林美桜っていうんですけど……」
美桜は驚いたように目を丸くした。2003年に転生した彼女は、小林美桜として生を受けながらも、かつて「みくる」であった頃の不器用で可愛いものに目がない性格をそのまま宿していた。そしてその瞳の奥には、1999年に世界を包み込んだあの別の太陽フレアの記憶が、今も鮮明に刻み込まれている。
あんな「美桜……ううん、みくる。会いたかった……! ずっと、ずっと探してたんだから!」
美桜「あんな……ちゃん……? ううん、思い出せる……! 1999年のあの光のことも、あんなちゃんたちのことも……!」
時を超えた再会の喜びに、二人が互いの手を握りしめようとしたその瞬間、唐突に激しい旋風が巻き起こった。
バサバサと嫌な音を立てて空から飛んできた一枚の古びた紙切れが、あんなのすぐ横にある橋のガードフェンスに運良くぶつかり、そのまま引っかかって止まる。黄ばんだ紙面には、大きな黒字で10年前の見出しが躍っていた。
あんなは嫌な予感を抱きながら、その紙切れを拾い上げる。それは『10年前の新聞』のスクラップだった。
『昨日7月2日、建設中の橋「マコトミライ’21」が倒壊して3人怪我、4人死亡』
あんな「なにこれ……10年前の新聞……? 7月2日……建設中の橋の倒壊事故……」
紙面に記載された痛ましい事故の記事と、そこに整然と並ぶ数字に目を走らせたあんなの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
死亡者数、4人。発生日、7月2日。そして西暦2016年。
あんな「『201607024』……! これ、あの予言の数列と……完全に一致してる……!?」
美桜「えっ……? それって、あの『システム』が示していた暗号……!?」
あんなの指が、震えながら新聞の数字をなぞる。10年前の過去の悲劇、事故の規模、そして失われた命の数すらも、すべてはあの永遠に終わらない予言のシステムによってあらかじめ組み込まれていた「絶望の順番」の一片に過ぎなかったのだ。
足元から冷気が駆け上がるような恐怖の中、あんなと美桜は倒壊の記憶を秘めた橋の上で、言葉を失ったまま立ち尽くす。
マコトミライ’21ブリッジの冷たい風の中、あんなの言葉が重く響いた。
12月31日に22歳の誕生日を迎えた美桜は、かつてキュアミスティックと融合しこの世界に転生した当時、「これでよかったんだ」と心の中で自分に言い聞かせていた。けれど、その胸の奥には決して消えない痛みが巣食っている。
あんな「みくるちゃん、るるかちゃん、くれあちゃんという仲間を救えなかったからこそ、深い悲しみの先にある大切なことは知ってるよ……」
美桜「あんなちゃん……」
美桜の瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、足元のコンクリートを濡らす。仲間たちを救えなかったという拭えない後悔と、それでも歩みを止めずに紡いできた歳月。失ったものの大きさと、その悲しみの底でようやく掴み取った温もり――それらすべてが、今の彼女を形作っていた。
美桜「うん……そうだね。私、あのときみんなを救えなかった。でも、その痛みを知っているからこそ……今、こうしてあなたと出会って、もう一度前を向こうと思えるの」
遠くで不気味に明滅する予言の数字を見据えながら、二人は震える手をしっかりと握りしめた。永遠に終わらない絶望の連鎖の中でも、失った仲間への想いと、今ここにある絆だけは決して色褪せることはない。
だからこそ、2人はここにいるのだ。
あんなの部屋
静まり返ったあんなの部屋で、美桜は彼女の背中に優しく手を添えていた。外の不気味な気配とは裏腹に、部屋の中には二人だけの重い沈黙が流れている。
あんな「ずっと、怖かったの……」
あんなは膝を抱え込み、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、胸の奥に溜め込んでいた恐怖を吐き出した。
あんな「家系図の真実を知ってから……次にあの予言が指し示す『絶望の順番』は、私なんじゃないかって……。次は私が死んでしまう順番なんじゃないかって、ずっと一人で泣きじゃくっていたの……!」
絞り出すようなあんなの告白に、美桜は胸を痛めながらも、その体を強く抱きしめた。
美桜「あんなちゃん……」
あんな「いくら耐えても、逃げようとしても、システムは永遠に終わらない……。だったら、次にいなくなるのは私なんじゃないかって考えると、怖くて、怖くてたまらなくて……!」
過酷な運命の連鎖と、いつ巡ってくるかわからない死の恐怖。どれだけ気丈に振る舞おうとしても拭いきれなかった絶望を前に、あんなは美桜の腕の中でしゃくりあげながら泣き続けた。美桜は何も言わず、ただその震える肩を温もりで包み込みながら、共に絶望へと立ち向かわなければならないという覚悟を静かに固めていた。
静まり返った部屋の中で、美桜があんなの肩を包み込む手へ、ふっと一層の力が込められた。あんなの背中を伝う震えを受け止めながら、美桜の瞳に別の暗い陰影が差し込む。
美桜「あんなちゃん……私だけじゃなかったんだね。あの恐ろしい光景を見たのは……」
あんな「え……? 美桜ちゃんも……?」
あんなが涙に濡れた顔を上げ、驚きに目を見張る。美桜は深々と頷き、胸の奥深くに焼き付いた最悪の記憶を語り始めた。
美桜「うん。プリキュアの仲間たち全員……みんな同じ夢を見せられていたの。空一面が真っ赤に焼け焦げて、巨大な太陽フレアが地球を飲み込んで、世界が一瞬で滅亡してしまう……そんな息もできないような悲惨な悪夢を」
あんな「全員が……!? じゃあ、あの太陽フレアの恐怖も……」
美桜「そう。あの悪夢は、私たちが諦めて絶望に屈するように『システム』が植え付けた幻影だったのかもしれない。世界を本当の意味で滅ぼすためではなく……私たちに『世界が滅びるかもしれない』という極限の恐怖を叩き込んで、永遠に終わらない絶望の連鎖を完璧なものにするための罠だったんだよ」
あんなは息をのんだ。地球が物理的に滅亡することすら許されず、絶望の順番を永遠に巡らせ続ける理不尽なシステム。その仕組みを維持するために、プリキュアという希望の存在すらも悪夢によって精神から破壊しようとしていたのだ。
美桜「でもね、あんなちゃん。どれだけ恐ろしい悪夢を見せられても、どれだけ予言の順番が迫っていても……私たちが諦めなかったら、いつか必ず寿命を迎えるまで生き延びられる。1999年の記憶を持って、22歳まで生きて、ここであなたと再会できたのは……絶対に偶然なんかじゃないよ」
かつてみくるだった美桜の言葉には揺るぎない覚悟が宿っていた。あんなは美桜の温かい体温を感じながら、ゆっくりと涙を拭い、目の前にある運命へ立ち向かうための光をその瞳に取り戻し始める。
そう…この世界は絶望が連鎖するなかで、創造も生まれていく仕組みなのだ。
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