2026年11月6日、あんなの部屋。
絶望と恐怖に打ちひしがれ、そのまま昼過ぎまで泥のように眠りこけてしまったあんな。重い瞼を開けると、部屋の中に見知らぬ少女が佇んでいた。
紫がかった髪、どこか見覚えのある目元――それは、かつて冷徹な敵として対峙した「キュアアルカナ・シャドウ」の面影を色濃く残す人物、森亜るぅるだった。
しかし、今の彼女からかつての陰惨な気配は微塵も感じられない。
るぅる「へえ〜! これが人間の髪の毛ってやつなんだ! フワフワしてて面白ーい!」
あんな「きゃああああああっ!!? な、なになに、何なのあなた急に人の髪触らないでよ!?」
るぅるは目を爛々と輝かせ、あんなのツインテールの毛先――ちょうどハート型に整えられた部分を、珍しそうに指でつついたり引っ張ったりしている。かつてのクールで謎めいた雰囲気は完全に崩壊し、まるで好奇心のかたまりのようなお節介な転生者へと変貌を遂げていた。
あんな「はぁ…それどころの騒ぎじゃないって言ってるのに…。」
頭を抱えながら溜め息をつくあんなの横で、るぅるは首をかしげながら嬉しそうに微笑む。
るぅる「だって、そんなにしけた顔して寝てたら気になっちゃうじゃない! ほら、外は良い天気だし、私と一緒にあの不気味な予言の謎でも探しに行こうよ!」
予言システムがもたらす「永遠に終わらない絶望の連鎖」と「死の恐怖」に怯えるあんなの前に突如あらわれた、あまりにもマイペースすぎる存在。不気味な悪夢と家系図の呪縛に包まれた暗い部屋に、るぅるの破天荒なペースが強引に割り込んでいく。
るぅる「へえ〜、でも髪型を整えるのって大事だよ? ほら、ここも跳ねてるし!」
あんな「こんな予言を前に、面白がっている場合じゃないんだよ!? さっさと私の話を……ひゃう!?!? るぅる、私の髪に何てことしてくれるの!? あぁもう、せっかくキュアアンサー譲りの髪型だったのに!」
あんなは頭を抱えて抗議しようとするが、るぅるはどこ吹く風で、手際にくしを取り出すとあんなの頭頂部に押し当てた。2011年以来、髪の感覚が人一倍過敏になっているあんなにとって、毛先や頭皮に触れられる刺激は耐えがたいものだった。
るぅる「えぇ? 色々寝癖もあるから、そのままじゃあ悪化するかもしれないって……ほら、じっとしてて!」
あんな「言ったそばから全然話聞いてないじゃない! 予言の内容は多分怖い内容ばかりで、私たちの命だって……ひあぅッ!?」
るぅるが手ぐしで後頭部の絡まりを強めに梳かすと、あんなの口から素っ頓狂な悲鳴が跳ね上がった。背筋をゾクゾクとした感覚が駆け抜け、脚からすっと力が抜けそうになる。
るぅる「あ、ごめんごめん! でもこの金髪のロングヘアを見てよ。私だって元キュアアルカナ・シャドウとして髪のお手入れにはこだわりがあるんだから、任せておけば安心だって!」
ふわりと揺れるるぅるの美しい金髪のロングヘアが、あんなの視界を掠める。かつての冷徹な宿敵の面影を残すその綺麗な髪とは裏腹に、やっていることはあまりにも強引でお節介だった。
あんな「あんたのこだわりなんて聞いてない……ふぁぁっ!! ちょ、ちょっと、そこは……ひぃぃッ!?? 痛くはないけど、変な感じがして……キャッ!?」
るぅる「はいはい、左側のツインテールも整えてあげるからね〜。ハートの形が崩れたら台無しでしょ?」
あんな「あぅ…! だから……ひゃっ…! 予言が……絶望の順番が……もう、息が……っ!?」
頭のてっぺんから毛先まで入念に梳かされ、触れられるたびに身体を小さく跳ねさせてうめき声を漏らすあんな。世界を覆う「永遠の絶望」と「死の恐怖」という重苦しい現実を必死に訴えようとするものの、るぅるの マイペースすぎる毛髪ケアの前に、あんなの切実な叫びはただの悲鳴となって部屋の中に響き渡るばかりだ。
あんなの部屋
扉の外から聞こえてきたただならぬ悲鳴に、美桜は慌てて部屋のドアを開けた。
美桜「あんなちゃん!? 大丈夫……って、えぇっ!?」
部屋の中で目に入ったのは、髪を梳かされるたびに体を震わせて真っ赤になっているあんなと、その背後で楽しそうにくしを動かしている金髪ロングヘアの少女の姿だった。
るぅる「あ、みくる……ううん、美桜だっけ? 見て見て、あんなの寝癖を直してあげてるの! でもなんか、触るたびにすごく面白い声出すんだよね〜」
あんな「お、面白がってないで助けてよ美桜ちゃん……! この子、全然話を聞いてくれなくて……ひゃんっ!?」
美桜「森亜……るぅるちゃん……!? どうしてあなたがここに……ううん、それよりあんなちゃんが本当に困ってるから、一旦くしを置いてあげて!」
美桜は慌てて二人の間に割って入ると、るぅるの手からそっとくしを取り上げた。自由になったあんなは、乱れた息を整えながら涙目になり、必死に自分のツインテールを手でガードする。
美桜「もう、るぅるちゃん……。私たちは今、永遠に終わらない予言と『絶望の順番』っていう本当に恐ろしい問題に直面しているの。お願いだから、少し落ち着いて話を聞いて」
るぅる「えぇ〜、分かってるよ〜? 予言とか絶望とかでしょ? でもさ、暗い顔して悩んでても髪がボサボサになるだけじゃない! だから私が可愛く整えてあげようと思ったのに〜」
どこまでもマイペースなるぅるの反応に、美桜は思わずあんなと顔を見合わせた。予言システムがもたらす底知れぬ恐怖と、目の前で繰り広げられるあまりにも噛み合わないやり取り。絶望の渦中にありながらも、その部屋にだけはどこか調子の狂う不思議な空気が流れる。
るぅるはくしを握っていた手をポンと叩くと、あんなの顔を覗き込んで屈託のない笑顔を向けた。
るぅる「じゃあ、何かあんなちゃんにお祈りしてあげようか?」
あんな「るぅる。お願いだから、やめて」
あんなは、切実な拒絶の意を込めて言った。
過去に神聖視されたり、運命やシステムに翻弄されてきたプリキュアたちにとって、「お祈り」や「救い」といった言葉は、かえって不吉で欺瞞に満ちた響きを持って迫ってくる。ましてや、キュアアルカナ・シャドウの面影を残するぅるから捧げられる祈りが、この「絶望の連鎖」を止める助けになるとは到底思えなかった。
美桜「そうだよ、るぅるちゃん……。お祈りなんかで、このシステムが止まるわけがないの。私たちの運命は、もっと残酷な形で予言と繋がっちゃってるんだから……」
美桜もまた、あんなの脇に立ち、静かに首を振る。
るぅる「えー? 祈るくらい減るもんじゃないのに。……でも、二人がそこまで言うならやめとくけどさ」
るぅるは首をすくめ、あんなのツインテールからようやく手を離した。
髪の感度の過剰な刺激から解放され、あんなは深くため息をつきながら乱れた息を整える。しかし、一瞬訪れたコミカルな空気の裏側で、「絶望する順番」という冷酷な現実は何一つ変わらず、三人を取り巻く部屋の空気の中に重く停滞し続ける。
停滞し続けているのを感じ続けるのを待つ間もなく、夕方はあっという間に訪れた。
都内の星奈家
夕方の茜色が部屋の中に落ち、影を長く伸ばしていた。静まり返った室内で、星ノ川はるかは手元にある何枚もの新聞記事の切り抜きを、憑かれたように何度も何度も読み返していた。
『2023年2月9日、とある浴場で爆発事故が起き40代の男性が死亡』
『2021年11月30日、東北へ向かう高速道路上で、玉突き事故が発生。トラクターのタンクで154人がケガ、65人死亡』
『2020年2月29日、遊園地のジェットコースターが脱線。乗っていた乗客が45人全員死亡』
惨劇を伝える文字の数々。そして、はるかが手元のメモ帳に書き殴った予言の数列――。
「202302091」
「2021113065」
「2020022945」
発生した年月日、そして奪われた命の数。メモに記された数字と記事のデータを見比べても、そこには何の誤りも、わずかな食い違いすら存在しなかった。
はるか「やっぱり……間違ってない……。過去に起きた事故も悲劇も、全部……全部この予言の数字通りに起きている……」
震える指先がメモ用紙を強く握りしめる。過去の悲劇が完璧に予言されていたという事実は、これから訪れる未来の「絶望の順番」もまた、絶対に避けられない確定した運命であることを残酷に突きつけていた。
夕暮れの暗がりの中、数字の羅列がまるで生き物のように不気味に浮かび上がり、残された者たちの心をどこまでも深く締め付けていく。まさに、これはサバイバーズ・ギルトと言っても良いだろう。
はなみちタウン
夕闇が街を包み込む同じ頃、紫雨アンは自室のパソコンモニターに映し出された映画『ファイナル・デスティネーション』のあらすじを、穴が開くほど何度も読み返していた。
迫りくる死の回避、そして逃れられない運命の法則――。
アン「もし……映画のような『死の計画』がこの世界で現実になっているとしたら、あの『システム』は映画でいう死神の立ち位置にいるはず……」
アンはキーボードから手を離し、顎に手を当てて思考を巡らせる。しかし、過去に起きた惨劇のデータと照らし合わせるうち、映画本編とは明確に異なる幾つかの決定的な違いに思い至った。
アン「でも、このシステムが描く『死のデザイン』は、映画のルールとは全く違う……」
画面を見つめるアンの瞳に、分析的な光が宿る。
アン「まず第一に、『死者の数は、必ずしも全員ではない』ということ。遊園地の事故のように全員が亡くなるケースもあれば、高速道路の事故みたいに大勢が負傷しても死亡するのは一部に留まる場合がある……」
アンは手帳を開き、システムがもたらす現象の特殊性を整理していく。
アン「そして第二に、死の運命から逃れること自体は、その惨劇が起きる『座標』に近づかないようにすればよいだけ。これは原理としては極めて簡単のはず……。さらに第三として、死そのものは連鎖せず、引き起こされる災害もそれぞれ個別で独立している」
そこまで書き下したアンは、ペンを止め、重い吐息を漏らした。
アン「だけど……一番恐ろしいのはここから。死は連鎖しなくても、『絶望は永遠に連鎖する』という点だけは絶対に揺らがない……」
座標を避ければ個人の死は回避できるかもしれない。しかし、誰かが助かれば別の形で新たな予言が刻まれ、巡り巡って誰かが悲劇に見舞われる。システムは人を殺すことそのものではなく、決して途切れることのない「絶望の連鎖」を紡ぎ続けることこそを目的としているのではないか――。
はなみちタウンの静けさの中、アンがたどり着いた仮説は、予言システムの底知れぬ悪意を静かに浮かび上がらせている。
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