N3x7 D15a5732   作:vic.

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第37話「予言は未遂に終わったとしても、形を変えて実現する」

11月7日。サーキット事故が予言されている日まで、残すところあと5日となった。

 

アンの仮説や、はるかが突き止めた過去の完璧すぎる一致――それらの検証が進む間にも、システムの刻限は容赦なく迫っていた。

 

手元にある予言のコードが示すデータはあまりにも具体的で、そして冷酷だった。開催が予定されているサーキット会場。その日、その場所の利用予約を入れている人物たちの名簿と照らし合わされた数字。

 

予言の記述通りであれば、会場内にいる予約者のうち、実に52人もの命がサーキット事故によって奪われることになる。

 

「たった5日後に……52人も……?」

 

いくら事前に「場所(座標)に近づかなければ逃げられる」という可能性に気づいていたとしても、公のイベントや施設に集う52人もの人々へ、予言の存在を信じ込ませて避難させることなど不可能に近い。

 

もし一人でも運命を変えようと足掻けば、システムはまた別の形で「絶望の順番」を回し始めるのではないか。

 

運命の日を目前に控え、残された5日という時間が、ひかるたちに重く重くのしかかる。

都内の星奈家

 

ピンポーン、と重苦しい沈黙を切り裂いてインターホンが鳴り響いた。

 

星奈家のドアを開けると、そこに立っていたのは、かつてプリズムショーのトップスター「MARs」として数々の輝きを届けてきた春音あいらだった。2026年現在、29歳となった彼女の表情には、かつての華やかな面影を覆い隠すほどの深い悲壮感と冷や汗が浮かんでいた。

 

あいら「ひかるちゃん……お願い、話を聞いて……!」

 

ひかる「あいらさん……!? どうして急に……?」

 

息を切らせたあいらは、リビングへ通されるなり、自身が身をもって体験した「システム」の狂気と恐怖を語り始めた。

 

あいら「『予言は、たとえ死者が減るなどして未遂に終わったとしても、必ず形を変えて実現する』……! 私はその恐ろしい真実を、あの事故で知ったの……」

 

あいらが語り出したのは、かつて発生した千葉・幕張の幕張メッセS・C ANNEX1号館の駐車場爆発事故の記憶だった。

 

当時、予言のコードが示していた犠牲者の数は「63人」。しかし、爆発の直後に現場で確認された死者は「41人」にとどまっていた。誰もが惨劇が小さく済んだのだと、予言が外れたのだと安堵したのも束の間――残された「22人」の死の運命は、より惨憺たる形で即座に補填されたのだった。

 

【あいらの回想】

 

激しい爆煙と焦燥感が立ち込める幕張メッセの館内。パニックに陥った群衆が逃げ場を求めてエレベーターホールへと押し寄せていた。

 

あいらたちMARsのメンバーも混乱の渦中にいた。大勢の人々がすし詰めで乗り込んだエレベーターのドアが閉まりかけたその時、機械音の悲痛な警告アナウンスがホール全体に空虚に響き渡る。

 

「火災です!お降り下さい。FIRE EMERGENCY! Please step out.」

「満員です!あとからお乗りの方はお降り下さい。OVERLOAD! Someone please step out.」

 

重なり合って鳴り響く警告音と赤いランプの点滅。定滅を遥かに超えた重量と火災感知システムが同時に作動し、エレベーターは完全に異常事態に陥っていた。あまりの混雑と恐怖から誰一人として降りようとせず、あいらたちは脱出を諦めて階段を使うことを余儀なくされた。

 

あいら「ダメ……! 階段を使おう、みんな!!」

 

MARsの仲間を連れてあいらが非常階段へと駆け出した、まさにその直後だった。

 

ドスン、という腹に響く鈍い衝撃音と共に、ワイヤーが切れ弾け飛ぶ金属音が響く。先ほどまで警告音を鳴らしていたエレベーターが、22人の乗客を乗せたまま暗闇の底へと急速に落ちて行った――。

 

【回想・終】

 

あいら「私たちが階段を選んだのは、本当に偶然……ただ運が良かっただけ。もしあのアナウンスを聞かずにエレベーターに乗っていたら、私も絶対に助からなかった……」

 

青ざめた顔で両肩を震わせるあいらの告白。

 

爆発事故で生き残ったはずの22人は、直後のエレベーター落下事故によって過不足なく命を奪われ、最終的な死者数は予言通りの「63人」へと完璧に収束させられていたのだ。

 

あいら「一度予言に刻まれた命の数は、絶対に減らない……。たとえ最初の事故を回避できたとしても、システムは数字が一致するまで、形を変えて次の絶望を送り込んでくるのよ……!」

 

5日後に控えたサーキット事故――予言された52人の犠牲。ただ会場に行かないようにするだけでは、この冷酷なシステムから逃れることはできない。あいらが持ち込んだあまりにも重い実体験は、星奈家に集う一同を、さらなる絶望の深淵へと突き落とす。

都内の星奈家

 

あいら「そして何より……この予言の数字『2020050363』と内容が完全に一致していることを、忘れてはいけないの……」

 

あいらは震える手で、バッグから一枚のA4用紙を取り出した。自宅でプリントアウトしてきたというその新聞記事のコピーを、静まり返ったテーブルの上にゆっくりと広げる。

 

広げられた用紙の紙面には、黒々とした太字で惨劇の記録が刻まれていた。

 

『2020年ゴールデンウィーク最中に、駐車場での爆発とエレベーターの落下事故発生。63人死亡』

 

記事の本文には、あの日の狂気を裏付ける恐ろしい詳細が記されていた。本来であれば作動するはずだったエレベーターの安全装置――ストッパーが、悪意あるDDoS攻撃によるシステム負荷の影響で完全に機能不全に陥り、落下を防げなかったのだという。

 

「2020050363」

 

西暦2020年5月3日、そして犠牲者の数、63人。

 

駐車場での爆発事故で41人、そして逃げ惑う人々を襲ったエレベーターの落下事故で22人。形を変えて牙を剥いた悲劇は、DDoS攻撃という人為的な異常すら巻き込みながら、寸分の狂いもなく「63」という数字を完璧に満たしていた。その検算の計算式は「41+22=63」。やはり、和として63という数字が成立するのがわかる。

 

ひかる「そんな……GWの事故も、エレベーターのストッパーが落ちた原因も……全部、予言の数字通りに仕組まれていたなんて……」

 

あいら「そう……どんなに事故を小さく抑えたつもりでも、システムは数字が一致するまで絶対に手を緩めない。だから……あと5日に迫ったサーキット事故も……」

 

テーブルの上に残されたA4の記事と予言の数列が、逃れることのできない絶望の連鎖を重く物語っていた。52人の命が狙われる運命の日を前に、ひかるたちはただ息をのんで、広げられた記事を見つめることしかできない。

 

あいらの持ち込んだ衝撃的な事実の余波が広がる中、静寂を破ったのはスマートフォンの小さな通知音だった。

 

テーブルの上に置かれた端末の画面を覗き込んだひかるの顔色が、急速に蒼白へと変わっていく。SNSのタイムラインに、一時間ほど前につぶやかれた1件の投稿が流れてきていた。

 

『あのBBQ事故で陽比野まつりが事故現場の近くにいたのを見た。まつり、お願いだ。最後まで生き延びてくれ』

 

その文字を目にした瞬間、部屋の中の空気が凍りついた。

 

ひかる「まつりちゃん……!? BBQ事故の現場に……!?」

 

ゆい「そんな……まつりちゃんまで、あの事故の近くにいたの……!?」

 

「BBQ事故」――それもまた、過去に予言の数列と共に惨劇が記録されていた悲劇の一つだった。投稿者の目撃証言が正しければ、まつりもまた、あの狂気の現場のすぐそばで命の危機に晒されていたことになる。

 

そして、投稿文の最後に添えられた「最後まで生き延びてくれ」という痛々しい祈り。

 

あかり「お母さん……これって……まつりちゃんも『絶望する順番』の列に並ばされているってこと……?」

 

えいき「まつりお姉ちゃん……大丈夫なのかな……っ」

 

幼い二人の問いかけに、ひかるは言葉を詰まらせた。予言システムは、ただ事故を引き起こすだけではない。こうして人々の記憶やSNSの書き込みすらも巻き込みながら、「次は誰なのか」「誰が生き残り、誰が絶望するのか」という恐怖を、生き残った者たちの心に刻み込んでいく。

 

あいら「予言は絶対に人を逃がさない……。BBQ事故の現場にいたということは、まつりちゃんもすでにシステムに補足されている可能性があるわ……」

 

みれぃ「そんなの……あんまりだぷり……! まつりちゃんまで予言の数字に巻き込まれているなんて……納得できないぷり……!」

 

みれぃは拳を強く握りしめ、悔しさに震える声で叫んだ。

 

幕張での爆発とエレベーター落下事故。10年前のマコトミライ’21ブリッジの倒壊。そして今回のBBQ事故と、あと5日に迫ったサーキットでの52人の悲劇――。

 

SNSのたった一行のコメントが、まつりという身近な存在の身に迫る危機を突きつけていた。どこへ逃げても、誰といても、過去の記憶も未来の事故も、すべてが緻密に組み上げられた「絶望の順番」へと集約されていく。

 

星奈家のリビングに落ちた夕闇はますます深まり、画面に浮かび上がる「生き延びてくれ」という切実な言葉だけが、暗闇の中で不気味な光を放ち続ける。

 

マンション・まつりの部屋

 

SNS上のたったひとつの投稿は、瞬く間に膨大なインプレッションを獲得し、タイムラインは騒然となった。

 

『まつりが…?』

『嘘だろ、俺は今何を見たんだ』

『何だか知らねえがまつりのライブ、もう一度だけ見たくなってきちまった…』

 

次々と流れてくる画面の文字を、まつりは自室のベッドの上で息を殺して見つめていた。画面に映し出されるファンの困惑と動揺のコメントが、忘れかけていたあの瞬間の恐怖を呼び覚ます。

 

まつり「そうだ……私、死にかけてたんだ……ッ」

 

焦燥感と冷や汗が全身を包み込み、まつりが思わず胸を押さえたその瞬間だった。

 

ガタガタッ、と頭上の本棚が不自然に揺れた。

 

「痛ッ!?」

 

突如として棚から滑り落ちてきた文庫本が、まつりの頭を直撃した。しかし、それだけでは終わらなかった。まるで目えない手が次々と本を押し出しているかのように、一冊、また一冊と連続して落ちてくる。

 

「ひあぁッ!?」

「痛いっ……あぅッ!?」

「きゃあッ!?」

「ひゃッ!……痛ッ……!?」

「うあぁッ!?」

「ひッ……!?」

「痛い、痛いッ……!」

「キャッ……!?」「ひあッ!」「うぅッ……!」「きゃあッ!」「痛ぁッ!」「ふぁぁッ!?」

 

頭部を直撃する重圧と痛みに、まつりは床に倒れ込みながら13回もの悲鳴を上げた。

 

畳の上に散らばったのは、ちょうど13冊の文庫本だった。帯には大きく『「ファイナル・デスティネーション」や「2012」と言った災害パニックから学ぶ!』と印字され、タイトルには『理不尽な死から逃れる方法』と書かれている。現在13巻まで刊行されているというその文庫本全巻が、寸分の狂いもなくまつりの頭上へと落下してきたのだった。

 

散らばる本と痛みの中で息を荒げるまつりに対し、この世界を支配する「システム」は、悪役のような冷淡な嘲笑や不気味な笑みを浮かべることすらしない。ただただ無機質で、無表情に、圧倒的な事実としてその声(意志)を浸透させてくる。

 

――『私の言った予言のとおりに、現現実(リアル)は進行している。』

 

――『まつりは幸い離れていたので「死」の標的にはならなかった。まつりは予言の座標に近づかない限り、死の標的にはならないだろう。』

 

かつてシステムが示したその言葉が、今この瞬間も完璧に実現していること、そして自分の存在すらもシステムの計算と手のひらの上にあるのだという現実を、13冊の衝撃と共に残酷なまでに思い知らされる…。

70 b3 c0n71nu3d…

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