2026年5月2日・午前。
テレビの画面には、緊迫した表情を浮かべた内閣官房長官と防災担当大臣が並ぶ臨時の記者会見映像が大きく映し出されていた。画面上部には、真っ赤な太字で特報テロップが刻まれている。
『【緊急速報】政府、はぐくみ市全域に「早期避難指示」を発令』
内閣官房長官「国民の皆様、並びにはぐくみ市にお住まいの皆様にお伝えいたします。政府は本日、はぐくみ市全域に対し、前例のない特別措置として『早期避難指示』を発令いたしました。ただちに市外の安全な地域へ避難を開始してください」
報道陣のフラッシュが一斉に焚かれる中、長官は鋭い眼光でカメラを見据え、深々と一礼した後に言葉を続けた。
内閣官房長官「一部では『科学的根拠に乏しい噂話への過剰反応だ』という批判の声があることも承知しております。しかし、国として断言いたします。これは断じて偶然ではありません。国民の皆様には、どうか3日前のこと……あの『2026年4月29日』の惨劇を思い出していただきたい」
画面の脇に、4月29日に発生したいちご坂でのスタージェット555便墜落事故の激しい火災現場の写真と、星奈ひかるによって提出された100年前の「数字の数列」が並べて表示される。
内閣官房長官「あの日、100年前の紙に記されていた通り、あまりにも正確すぎる日時、緯度経度、そして事故の規模で凄まじい惨事が現実に起きました。我々はあの恐怖と悲劇を眼前に突きつけられたはずです。科学の常識を超えた事態が今、現実に進行しています」
長官は手元の資料を強く握りしめ、語気を強めた。
内閣官房長官「予言の二つ目……『2026年5月5日、はぐくみ市での火山噴火』。発生まであと3日しかありません。『まさか』という油断が、さらなる尊い命を奪うことになります。命を守るため、ためらうことなく、今すぐ行動を起こしてください」
同時刻、星奈家・リビング。
テレビから流れる政府の異例な呼びかけを、ひかる、えれな、まどか、そしてはるかの4人は息を飲んで見つめていた。
えれな「国が……本当に公式に『予言は真実だ』って認めて、市全体に避難命令を出した……」
まどか「4月29日の事故が決定打になったのですね。政府ももはや、これを単なるオカルトや偶然として片付けることができなくなった……」
はるか「でも……これで人は救えるのかな? 国がここまで動けば、5月5日の犠牲者91人は……ゼロにできるんじゃ……」
希望にすがるようなはるかの言葉に、ひかるは手元のノートを静かに見つめ直す。そこには、絶対に変えられない「過去」となった4月29日の事故の横に、これから訪れる悲劇のカウントダウンが冷酷に並んでいた。
ひかる「国が動いても、人々が逃げても……あの運命の歯車を止められるのかな……」
国家規模の大混乱が幕を開ける中、運命の5月5日へ向けて、時計の針は容赦なく刻まれ続けていた——。
一方、2026年5月2日・昼。はぐくみ市・市街地。
政府からの異例な「早期避難指示」が発令され、避難勧告のサイレンが街中にウーウーと重々しく鳴り響く。しかし、すべての住民がその緊急事態を受け入れたわけではなかった。
街角の広場や居酒屋の軒先には、着々と荷造りを進める大勢の住民をよそに、半信半疑のまま集まっている人々の姿があった。
市民A「おいおい、国も大げさすぎんだろ! たかが100年前の怪文書だぞ?」
市民B「4月29日の事故だって、どうせ後付けの都市伝説か偶然に決まってるじゃない。オカルトを信じて家を捨てるなんてバカバカしいわ」
彼らはスマホに表示された「はぐくみ市 火山噴火の予言」のニュース画面を見せ合いながら、呆れたように首を振る。
市民C「本当だよな! 予言で人が死ぬとか、映画の観すぎだっての! ハハハッ!」
政府や警察がスピーカー越しに必死の避難を呼びかける声を背に、彼らは鼻で笑い、警告をどこまでも軽々しく笑い飛ばしていた。
「ただの偶然だ」と高をくくり、差し出された警鐘を無視して街に残ることを選んだ人々。
その数は、奇妙にも、ちょうど91人。その数は、予言である「2026050591」と、一つの間違いもない。
運命の5月5日、つまりはこどもの日まで、あと3日——。
彼らの頭上に広がる青空の奥底では、静かに、しかし着々と黒い煙の兆候が動き始めていた。
翌日——
2026年5月3日・夕方の観星町・駅前広場。
ブレーキ音を響かせて新聞社の配達車が広場に滑り込み、配達員たちが凄まじい勢いで紙面の束を抱えて飛び出してきた。
「号外だ! 号外が出たぞーっ!!」
夕闇が迫る街中に配られた紙面には、紙面を覆い尽くすほどの黒く太い大見出しが躍っていた。
『【緊急解析】最後の予言「EE」の真実判明』
『観星町壊滅——残された者全員が試練の濁流に消える』
号外を手にとった住民たちの手が一斉に震え出す。
先ほどまでのざわめきが嘘のように消え去り、静まり返った広場に、瞬く間に悲鳴と激しい動揺が広がっていった。
市民A「嘘だろ……!? 俺たちの住んでいた街が……洗い流されるなんて……」
市民B「ここにいたら……俺たちはいずれ洗い流されてしまうのか……!? そんなの、そんなのあんまりだろ!!」
市民C「もし予言に一つの間違いもないなら……ここにいたら私たち、死んじゃうの……!?」
インクの匂いが残る号外を握りしめたまま、その場に崩れ落ちる者。
青ざめた顔で己の家を見つめ直す者。
100年前の紙に刻まれた『EVERYONE ELSE IN MIHOSHI TOWN』という冷酷な解読結果は、住民たちの心に残っていた「ただの都市伝説であってほしい」という甘い期待を完全に打ち砕いた。
逃れることの許されない巨大な大洪水の影が、観星町の空を重く、暗く覆い始めていた——。
そして——
2026年5月3日・夜、気象庁・記者会見場。
号外の衝撃が冷めやらぬ同日夜、気象庁は異例となる緊急記者会見を執り行った。
フラッシュが激しく焚かれる中、壇上に立った気象予報官の表情は凄絶を極めていた。背景に映し出された気象衛星のモニターには、太平洋上で不気味な渦を巻く巨大な雲の塊——台風15号が映し出されている。
気象予報官「国民の皆様、並びに観星町の住民の皆様へ緊急でお知らせいたします。現在発生している台風15号ですが、大気と海水温の異常な影響を受け、過去に例を見ない極めて不規則かつ異常な発達を続けております」
予報官は指し棒でモニターの解析図を示しながら、絞り出すような声で言葉を続けた。
気象予報官「スーパーコンピュータによる最新の進路シミュレーションによりますと、本台風は8月31日頃に観星町付近に完全上陸した後、異例の勢力を維持したまま約2週間にわたって同地域上空に完全停滞する可能性が極めて高いと判明いたしました」
会場の記者たちから一斉にどよめきが湧き起こる。「2週間の停滞」——それは通常では考えられない、壊滅的な降水量をもたらすことを意味していた。
気象予報官「これに伴い、気象庁および自治体といたしましては、通常の『レベル3(高齢者等避難)』や『レベル4(避難指示)』段階を踏む時間的猶予すら存在しないと判断いたしました。台風接近に伴い、直ちに最高警戒レベルである『大雨警戒レベル5:緊急安全確保』を発令する準備を進めております」
予報官の重々しい声が、全国のテレビモニターを通じて響き渡る。
気象予報官「これは、命の危険がすでに迫っていることを意味します。観星町の皆様、8月を迎える前であっても決して油断せず、今すぐにでも最悪の事態を見据えた行動を開始してください」
同時刻、星奈家・リビング。
テレビから流れる気象庁の異例の発表を、ひかるたちは言葉を失って見つめていた。
あかり「8月31日から……2週間も停滞……? レベル5……?」
あかりの小刻みに震える声が、静まり返った部屋に小さく落ちる。
えれな「レベル3も4も跳び越えていきなりレベル5なんて……そんなの、台風が来た瞬間にはもう手遅れだって言ってるようなものじゃない……!」
まどか「『EE』の暗号が示していた大洪水……。それが、この台風15号による異常な長雨と氾濫だというのですか……」
まどかは青ざめた顔で胸元を強く締め付けた。
ひかるは手元のノートに視線を落とした。そこには、100年前に星奈りあるが記した過去の数字の列と、未だ解読されきっていない未来の記録が、沈黙を守ったまま並んでいる。
ひかる「試練の大濁流……。100年前の予言は、この台風の異常発生までも全て見通していたんだ……」
外から吹きつける夜風が、不気味に窓枠をガタガタと揺らした。
5月5日のはぐくみ市での惨劇を待たずして、観星町をも飲み込もうとする「終わりの時」の足音が、あまりにも巨大な台風の姿をとって確実に近づいていた。
観星町壊滅へのカウントダウンはすでに始まっていたのだ。これまで観測したことのない、かつ異例のない災害に、世界中が震撼した瞬間だった…。
70 b3 c0n71nu3d…