星奈家 11月8日 06:30
朝の静けさを破るように、リビングのテレビから驚くべきニュースの音声が流れ込んできた。
「1999年で太陽フレアを経験した女性 発見か」
テロップに踊る文字とアナウンサーの声を、その場にいた全員が息をのんで見つめる。画面に映し出されたその女性の特徴と経歴は、紛れもなく明智あんなを示すものだった。
マコトミライタウン 11月8日 06:30
同じ時刻、朝の冷たい空気が満ちるマコトミライタウンの街角で、あんなは自身のスマートフォンに表示されたそのニュース記事を静かに凝視していた。
あんな「ついに……私の名前が出た……。」
ぽつりと漏れた呟きは、薄い吐息となって秋の空気に溶けていく。
1999年の太陽フレア、2011年から始まった異常な感覚、そして数々の悲劇を寸分違わず言い当てる予言コード。過去の出来事として埋もれていたはずの自分に関するデータすらも、システムが描く巨大なシナリオの表面へと引きずり出され始めていた。
迫りくる11月12日のサーキット事故まで、残りあと4日。自分たちの過去も、存在そのものすらも予言のネットワークの中に組み込まれているという冷酷な現実が、あんなの胸を深く締め付けていた。
マコトミライタウン 11月8日 06:45
あんなは遠くの空を見つめながら、今まで誰にも明かすことのなかった過去の記憶を重く口にし始めた。
あんな「1999年の9月のあの日……太陽フレアが、名探偵プリキュアの3人を焼いたのよ……」
【あんなの回想】
1999年9月19日。
当時、怪盗団ファントムのデッチ・アゲインが企てていた巧みな作戦も、ミラージュの書が示していた数々の予言も、すべては突然の災厄によって灰燼に帰した。
システムが冷酷に弾き出した破滅のコード――『19990919EVERYONEELSE』。
「太陽フレアで地球が滅亡する」という圧倒的な破滅の予言の前には、敵の悪巧みも、未来を見通す神秘の書も、そして本来起こるはずだった奇跡の力すらも、一切の抵抗を許されず無残に破壊し尽くされたのだ。
燃えさかる空の下、戦慄した表情を浮かべたみくるがあんなに問いかける。
みくる「ねぇ……これ、SFの話だったりして……!?」
震える声で尋ねるみくるに対し、あんなは返す言葉を持たなかった。目の前に広がる光景は、フィクションなどではなく逃れようのない現実だった。
あんな「地球滅亡に抗ったとしても、死亡する……。そうなるならば、私は……名探偵プリキュアをやめなくてはならない……」
あんなはその日、運命という巨大な理不尽を前に、あまりにも残酷な覚悟を余儀なくされたのだった。
【回想・終】
マコトミライタウン 11月8日 07:00
あんな「あの日からずっと……私の運命は狂い続けている。システムはあの太陽フレアの夜から、何一つ変わらず世界を縛り続けているの……」
あんなの告白は、過去から現代へと一直線に繋がる「絶望の連鎖」の根深さを、冷たい現実として突きつけている。
まつりの部屋 11月8日 12:30
外の静けさとは対照的に、部屋の中には緊張と疲労が重く滞留していた。
これまで起こった不可解な現象の数々、そしてシステムが容赦なく突きつけてくる「予言」の恐怖。それらの過酷な現実の代償として、まつりとみるきの身体には消えることのない異変が刻み込まれていた。
ライブステージの煌めきを映したようなまつりの髪――色鮮やかな赤色をメインに、鮮烈な水色が混ざり合うロングヘアは、本来の落ち着いた茶色の髪や元の長さに戻る気配を完全に失っていた。そして傍らに立つみるきもまた、一度変貌を遂げた髪が二度と元の姿へ戻らなくなっていた。鏡を見るたびに突きつけられるその姿は、自分たちが逃れられない運命のシステムの中に深く取り込まれてしまった証拠でもあった。
みるき「……ねえ、まつり。これ、本当に元に戻らないのかなお?」
まつり「わからない……。でも、考えても考えても、頭が変になりそう……っ」
膨れ上がる恐怖と、13冊の文庫本が頭を直撃した時の痛みの記憶、そしてSNSで見た死の予兆。極限状態のストレスに晒され続けた二人の心身は、すでに限界を迎えていた。
この現実から一刻も早く逃避したいという一心で、まつりはみるきを自分の部屋に招き入れ、ベッドのシーツを大きく広げた。
まつり「みるき……お願い、一緒にいて。一人だと……あの予言の数字が頭から離れないの……」
みるき「……まつり。うちは別に、怖くて一緒にいるわけじゃないお? たまたま……たまたま寝不足なだけだお……!」
強がりながらも、みるきの声はかすかに震えていた。みるきは靴を脱ぐと、すがりつくようにまつりの隣へと潜り込んでくる。
昼下がりの柔らかい光がカーテン越しに差し込む部屋の中で、二人はお互いの温もりを感じ取るように体を寄せ合った。赤と水色の混ざり合うまつりの鮮やかな髪と、同じく戻らなくなったみるきの髪が、ベッドの上で重なり合う。
目を開けていれば、部屋の隅々からあの無感情な「システム」の存在が迫ってくる気がした。だからこそ二人は固く瞳を閉じ、意識を泥のような眠りの中へと沈めていく。
サーキット事故まで、あと4日。
束の間の静寂の中で眠る二人の少女の髪に、窓からの陽光が寂しく反射していた。しかし、どんなに深く眠りにつこうとも、世界を覆う「絶望の順番」のカウントダウンが止まることはない。
まつりの部屋 11月8日 14:00
泥のような深い眠りに落ちた二人は、意識の底でまったく同じ「悪夢」を共有していた。
足元すら覚束ないほどに薄暗く、冷気が立ち込める無機質な一本の長い廊下。その左右の壁面には、まるで惨劇の歴史を誇示するかのように、びっしりと新聞記事の切り抜きが貼り巡らされていた。
二人が吸い寄せられるように歩みを進めると、記事の太字の見出しが不気味に浮かび上がる。
『2021年10月3日、30代の女性3人が誤ってゴミ収集施設の穴に落下、死亡が確認』
あまりにも理不尽で凄惨な事故の記録。その隣には、今年起きたばかりの惨劇の記録が展示されていた。
『2026年4月29日、スタージェット555便がいちご坂の国道155号線で墜落』
過去から現在へと続く絶望の記録を辿りながら、まつりとみるきは恐怖で互いの手を強く握りしめた。しかし、この廊下はそこで終わっていなかった。さらに奥へと続く暗闇の先には、これから世に出るはずの、まだ輪郭すら新しく印刷の匂いが漂う未発行の新聞記事が掛けられていた。
『2026年12月31日、MIT・マサチューセッツ工科大学の研究所付近で玉突き事故、2人死亡』
今年最後に起きるはずの未来の惨劇。
過去も、現在も、そしてこれから訪れる未来の命の奪われ方までもが、すでに完成された印刷物としてこの場所にストックされていた。
まつり「嫌……嫌だよ……! 未来のことまで、もう全部決まってるの……!?」
みるき「うちたちの……うちたちの明日も、ここに貼られてるっていうのかお……!?」
夢の中であるはずなのに、肌を刺すような冷気と、壁一面の記事が放つ圧倒的な「死の確定」の圧迫感は、二人の精神を削り取っていく。
システムはただ過去の事故を言い当てるだけでなく、これから世界で起きるすべての悲劇を最初からレイアウトし、タイムスケジュール通りに実行している――。逃げ場のない回廊の奥で、鮮やかな髪を濡らす冷や汗とともに、二人はどこまでも深い恐怖の底へと沈んでいく。
まつりの部屋 11月8日 17:00
薄暗くなり始めた部屋の中で、まつりはハッと目を開けた。全身を包む冷や汗と激しい鼓動が、悪夢の凄惨さを物語っている。
隣で眠っていたみるきも浅い息を吐きながら身をよじらせ、うなされている最中だった。
みゃむ「おお、まつり。起きたか!」
ベッドの脇で腕を組み、心配そうな眼差しで見下ろしていたみゃむが声をかけてきた。
まつり「みゃむ……っ。私、また……すごく嫌な夢を……」
まつりは上半身を起こし、震える手で額の汗を拭った。夢の中で目撃した壁一面の記事――2021年のゴミ収集施設の事故、今年4月のスタージェット555便墜落事故、そして2026年12月31日にMIT研究所付近で起きると予告されていた玉突き事故の紙面。
単なる悪夢として片付けるにはあまりにも鮮明で、まるでシステムが二人を精神的に追い詰めるために見せた未来のホログラムのようだった。
みゃむ「ものすごい冷や汗だぞ。やっぱり、あの変な予言のことばかり考えてるからだにゃ」
まつり「ううん……違うの。夢の中で……これから起きる事故の新聞記事が見えたの。12月31日のことまで……全部、もう決まってるみたいに……」
まつりの言葉に、横で目を覚ましたみるきも顔を蒼白にしながら頷く。
みるき「うちも……同じ夢を見たお……。誰かが未来の事故をあらかじめ印刷して、廊下に貼ってるみたいな……そんな気味の悪い場所だったお……」
みゃむ「二人で同じ夢を……!? そんなの、絶対おかしいにゃ!」
二人の髪色は相変わらず元に戻らず、鮮やかな色彩が暗くなりかけた室内で不気味に浮かび上がっている。夢で示された未来の惨劇と、刻一刻と近づく11月12日のサーキット事故。システムの手口はどこまでも執拗で、眠りの中にまで浸食を開始する…。
まつりの部屋 11月8日 17:15
夢の恐怖から冷めやらぬまま、まつりはぽつりと呟いた。
まつり「あ……私、お昼ご飯食べるの完全に忘れてた……」
正午過ぎから始まった「予言の数字」への恐怖と、13冊の文庫本が落下の衝撃をもたらしたショック、そしてみるきと共に見た悪夢のあまりの凄惨さに圧倒され、空腹を感じる余裕すら失われていたのだ。
みるき「言われてみれば……うちもお腹ペコペコだお……。恐怖で胃が縮み上がってて気づかなかったお……」
みるきもお腹を押さえながら、ベッドの上で力なくため息をつく。
みゃむ「もう、まつりもみるきもだらしないにゃ! 絶望する前に倒れちゃったら元も子もないんだぞ! 今からみゃむが何か作ってやる……と言いたいところだけど、まずはちゃんと栄養を摂るにゃ!」
みゃむは腰に手を当て、二人を叱咤するように胸を張った。
11月12日のサーキット事故まで、あと4日。システムが魅せる絶望の幻影と冷酷な予言は、少女たちの日常を少しずつ、しかし確実に侵食し、食事の時間という些細で大切なひとときすらも奪い去ろうとしていた。まつりは乱れた髪を整えながら、重い足取りでキッチンへと向かう。
しかし、サーキット事故はもう4日後に迫っている…。
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