サーキット会場近くのホテル 11月11日 19:00
明日に迫ったサーキットイベントを前に、虹野ゆめは部屋の窓から見える夜景を眺めながら、嬉しそうにチケットを眺めていた。
ゆめ「いよいよ明日だ〜! 迫力あるレース、近くで見られるのすごく楽しみだな!」
世間で騒がれている不気味な噂や、一部で囁かれている「予言」のことなど、ゆめは知る由もなかった。ただ純粋に、明日のイベントに対する期待に胸を躍らせ、観戦グッズのチェックを済ませていく。
しかし、そのチケットに印字された会場の座席番号は、あの惨劇の予言データに刻まれた「52人の犠牲者」の枠の中に、静かに、そして確実に組み込まれていた。
何も知らないゆめが浮かべる眩しい笑顔の裏側で、システムのカウントダウンは、悲劇の決行日である11月12日に向けて静かにゼロを刻もうとしている。
神矢邸 11月11日 19:30
同じ頃、まつりの自宅からほど近い閑静な住宅街の一角にある神矢邸のダイニング。香ばしく焼き上がったパンとソーセージの匂いが漂うテーブルを挟んで、神矢兄弟の会話が繰り広げられていた。
国立天文台付属の施設に勤務する26歳の天文学者、神矢青砥(かみや あおと)は、エプロンをつけたまま手際よく皿を並べると、自慢の特製ホットドッグをドスンとテーブルに置いた。しかし、その向かいに座る24歳の弟、神矢系蓮(かみや けいれん)は、出された皿を前にあからさまに嫌そうな顔を浮かべて手で押し返した。
系蓮「もうお兄さんの特製ホットドッグを食べるのはもう懲り懲りですよ……。僕、もうベジタリアンになるつもりですから」
あきれ果てた表情で本気とも冗談ともつかない宣言をする系蓮に対し、青砥は持っていたトングをカチャリと置くと、大袈裟に肩をすくめてみせた。
青砥「フッ……なんだよー、せっかく僕が念心を込めて作ってやったのに!……ハァ……全く、系蓮って弟はすぐベジタリアンになろうとする気まぐれな人だなぁ……」
青砥は呆れたように大きなため息をつき、頭を抱えるポーズを取ってみせる。天文学者として日頃は夜空の星々や天体の運行という壮大なデータを冷静に分析している青砥だったが、弟の突然の思いつきや気まぐれにはいつも振り回されっぱなしだった。
系蓮「気まぐれじゃありません! 毎回毎回、隠し味だって言って変なスパイスや特製ソースを大量に入れるから、胃がもたれて大変なんですよ。明日からは野菜しか食べませんからね」
青砥「はいはい、明日にはどうせ『やっぱり肉が食べたい』って言ってるに決まってるよ。まあいいさ、僕の最高傑作は僕一人で味わうことにするよ」
青砥は文句を言いながらもホットドッグを頬張り、マイペースに弟との軽妙なやり取りを続けていた。
しかし、二人がそんな平和でどこかマ抜けな日常のひとときを過ごしているまさにその瞬間も、すぐ近くのまつりの部屋、そして明日に迫ったサーキット会場には、運命のシステムが張り巡らせた「死の予言」のカウントダウンが刻一刻と迫っていた。
夜空に輝く星々の遥か彼方から届く光を研究する青砥も、目の前にある日常が明日、どのような凄惨なカタストロフィによって塗り替えられようとしているのか、まだ知る由もなかった。
神矢邸周辺のゴミ集積所 11月11日 21:00
明日のゴミ収集に備え、少し早めに家を出た青砥は、指定の集積所へと足を運んでいた。冷たい夜風が通り抜ける路地裏で、ゴミ袋を集積カゴの中へと放り込む。
その帰り際、反対側から同じように小さなゴミ袋を手に下げて歩いてくる少女の姿があった。
月明かりと街灯の光に照らし出されたその姿を目にした瞬間、青砥は思わず足を止めた。目の前に立つ少女の髪は、夜の闇の中でも鮮烈に目を引く赤色と水色が複雑に混ざり合った独特のロングヘアだった。
青砥「あなたは……まつりさん……?」
突然名前を呼ばれ、まつりは驚いたように肩を跳ねさせ、手に持ったゴミ袋を強く握りしめた。
街中で噂になっているアイドル、そして何よりSNSやニュースで不穏な惨劇の影とともに語られている少女が、まさか自分の目と鼻の先に住んでいたとは――。天文学者として数々のデータや現象を扱ってきた青砥にとっても、その出会いはあまりにも唐突なものだった。
まつり「あ……はい、陽比野まつりですけど……どちら様ですか……?」
警戒と戸惑いが入り混じった表情で見つめてくるまつりに対し、青砥は軽く手を挙げて静かに答えた。
青砥「あ、怪しい者じゃないよ。すぐそこの家に住んでいる神矢青砥という者だ。国立天文台の付属施設で働いている。……その髪、すごく綺麗な色だけど、ニュースやネットで言われていたのは本当だったんだね」
まつり「この髪……? そうなんです、元に戻らなくなっちゃって……。それに……」
青砥の優しげだが知的な眼差しに、まつりは少しだけ緊張を緩めたものの、その瞳の奥には拭いきれない恐怖の陰りが色濃く残っていた。
サーキット事故の前夜。偶然にも出会った天文学者と予言に脅かされる少女。不気味な夜空の下で、二人の運命の糸が静かに交差しようとしている。
まつりはゴミ袋を強く抱え直すと、意を決したように言葉を続けた。
まつり「2年前の太陽フレアで、プリパラやプリ☆チャン……といった、数々の有名アイドルを生み出してきたシステムが破損し、プリパラやアイプリバースに2024年11月以降に一度でも入ったアイドル達の見た目がちぐはぐになっているんです……」
自らの鮮やかな赤と水色の髪を指さしながら告げられた告白に、青砥は空を見上げ、深く息を吐き出した。
青砥「まさか、2024年11月の太陽フレアがこんなにもアイドル達に被害をもたらしていたとは……。天体現象がまさか、君たちの身にそこまでの変調を及ぼしていたなんて思いもしなかったよ」
天文学者としての知見をもってしても、その異常事態の深刻さは想像を遥かに超えていた。
その時、青砥のポケットにあるスマートフォンから甲高い緊急警報の通知音が鳴り響き、近くの住宅の窓からも一斉に同じ音が漏れ聞こえてきた。青砥が画面を開くと、速報ニュースの映像が映し出される。
画面にはかつてひかるが提出した、数字がびっしりと並ぶあの予言の紙が提示されていた。番組テロップには大きな赤字でメッセージが刻まれている。
『11月12日 サーキット事故発生 予約している方は速やかに予約を解除』
アナウンサー「緊急ニュースをお伝えします。警察および防災当局は、明日11月12日に予定されているサーキット会場において重大な惨劇が発生する危険性が極めて高いとして、異例の警戒警報を発令しました。提出されたデータと過去のデータの一致から、現地での事故は不可避と判断されています。該当施設を予約されている方、観戦を予定されている方は、直ちに予約を解除し、絶対に現地へ近づかないでください――」
夜の静けさを切り裂くアナウンサーの切迫した声が、暗い街路に響き渡る。
事故前夜の冷たい空気の中、サーキット観戦を心待ちにしている虹野ゆめをはじめとする人々へ、システムがもたらす悲劇を食い止めるための必死の警告が発せられている。
まつりの部屋 11月11日 22:00
街頭の警戒警報が遠くで鳴り止んだ後、まつりは重い足取りで自分の部屋へと戻ってきた。時計の針はちょうど22時を指している。静まり返った室内で手鏡を持ち上げたまつりは、そこに映る鮮やかな赤と水色のロングヘアを見つめながら、あの運命の日――2024年3月14日の記憶を呼び覚ましていた。
【まつりの回想】
プリマジエリア出口付近 2024年3月14日 18:00
ステージを終え、ゲートをくぐり抜けたプリマジスタたちが一斉にざわめいていた。本来であれば、エリアを出た瞬間にコーディネートもヘアスタイルもすべて普段の日常の姿へと戻るはずだった。
まつり「あれ……? みんな、どうしたの……?」
周囲を見渡すと、そこにいるプリマジスタたちの姿は明らかな異常をきたしていた。着用していた煌びやかな衣装自体は普段着へと戻っているものの、頭部のヘアスタイルや髪色だけがライブステージの派手な設定のまま固定され、奇妙でちぐはぐな姿になっていたのだ。
みるき「な、何だとおこれ……! 服は戻ってるのに、髪型だけが全然戻らないお……!?」
れもん「ひ、ひぃぃ……っ! わたしの髪も、ステージのまま……元に戻りません……っ!」
動揺と混乱が出口全体に広がる中、嫌な予感を覚えたまつりは、震える手で自身のコンパクトの手鏡を開き、映し出された自分の顔を凝視した。
まつり「嘘……でしょ……? 私の髪も……」
鏡の中に映っていたのは、制服姿の自分と、その頭上で鮮やかに輝く赤色と水色のライブヘアだった。普段の落ち着いた茶色の髪に戻る気配はどこにもなく、手で触れてもその質感はステージ上の異質さを保ったままだった。
まつり「どうして……? コーディネートは解除されたのに、どうして髪だけ戻らないの……!?」
太陽フレアの影響によって膨大なデータシステムが破損し、アイドルたちの「姿」という概念そのものが狂い始めていた初期の惨状。手鏡に映る変わらない自分の姿に、まつりは底知れぬ恐怖を抱いたのだった。
【回想・終】
まつりの部屋 11月11日 22:15
まつり「あの日から……ずっとこのまま……」
手鏡を机の上にそっと置いたまつりは、深くため息をついた。2024年3月14日に受けたシステムの爪痕は、今もなお自分の頭上に刻み込まれたままだ。
そして明日は、11月12日。
予言されたサーキット事故の日がいよいよ訪れようとしていた。太陽フレアによるシステムの破綻、不可解な惨劇の連鎖、そして自分の身体に起きている異変。すべてが地続きの「現実」として迫る中、まつりは部屋の明かりを消し、静かにベッドへと横たわる。
しかし、それこそが彼女たちプリマジスタを「過去と全く同じ順番で出来事が起こっていく夢」を誘う切符に他ならなかった…。
夢の中で明かされる彼女たちの過去とは…!?
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