病室(夢の中) 2024年3月15日 21:30
同じ病院の別の病室でも、弥生ひなや御芽河あうるをはじめとするプリマジスタたちが絶望の淵に沈んでいた。
ひなの鮮やかな髪も、あうるの知的で洗練された髪も、すべてステージの変身状態のまま固着し、元に戻る兆しは微塵もなかった。ベッドの上で身体を丸め、消えない変調の恐怖にうなされる少女たち。
あうる「僕たち……これからどうなるんだ……?」
天才的な分析能力を持つあうるでさえ、目の前で起きている論理を超えたシステム異常と自らの身体の変化に解を見出せず、擦り切れた声で静かに呟くことしかできなかった。
その時――静まり返った病室の空間が歪み、怪しげな光と共に一人の女性が忽然と姿を現した。
ユニのような黒い猫耳と黒い尻尾を揺らしたレインボー星人――ミラだった。
ひな「な、なに……!? あなた、どこから入ってきたの……!?」
突如現れた異質な存在にひなが息をのむ中、ミラは冷ややかな瞳で少女たちを見下ろし、ゆっくりと病室の窓へと歩み寄った。
ミラ「人類がもし私の数字の内容に気づいてくれれば、世界がシステムの作っている予言があるからこそ続いていることも理解してくれるはず……。これを見て……」
ミラが静かにそう言い放ち、細い指先で窓の外の夜空を指さした瞬間、彼女の絶大な超能力が発動した。病室の窓ガラスに映る街の風景が、禍々しい幻影――いや、未来の可能性としての凄惨な「地獄絵」へと塗り替えられていく。
窓の外に広がるのは、400hPaという木星の超巨大暴風雨にも匹敵する前代未聞の破局的台風が地球全体を覆い尽くす光景だった。猛烈な気圧差と暴風によって激しい地盤沈下と大陸の崩壊を引き起こし、かつての文明も都市も、すべてが漆黒の濁流と海へと沈んでいく絶望の終末図。
ミラ「もし予言が終わりを告げてしまったら、世界が太陽フレアか何かで地球の全てが壊滅する……」
ミラの冷酷な告白と、窓の外に展開される圧倒的な破壊の光景に、あうるは目を見開いたまま絶句した。
あうる「嘘……嘘……だ……」
緻密な計算と科学を信じてきたあうるの精神は、提示された破滅の不可逆性と世界の歪みを前にして脆くも砕け散った。あうるは震える手で頭を抱え、しばらくの間、言葉を失ってその地獄絵を呆然と見つめていたが、やがて限界を迎えた魂が破裂したように叫び声を上げた。
あうる「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
[本物のあうるのモノローグ]
(嫌だ……! こんなの僕たちの知ってる世界じゃない……! 太陽フレアの破壊も、システムの予言も、全部僕たちの存在を超えた絶望の仕組みなんだ……! 助けて……誰か、この恐怖を止めてくれぇぇぇっ!!)
あうるの金縛りのような悲鳴と絶叫が病室の中に凄まじくこだまし、悪夢の夜はどこまでも深い破滅の予感で満たされていく。
2024年3月16日 08:00。
あうるの切迫した悲鳴が響き渡った恐ろしい夜が明け、朝の光が病室に差し込んできた。
ミラの見せた地獄絵の衝撃と、元に戻らない髪という拭い去れない爪痕を残したまま、まつりたちは病院での応急処置を終え、ようやく退院の許可が出された。彼女たちは重い足取りで、真直高等芸能専門学校の敷地内にある寮へと戻っていった。
見馴れたはずの寮の部屋。しかし、鏡に映る自分たちの姿は昨日のまま、服と髪がちぐはぐに狂った異質な姿のままであり、以前のような穏やかな日常が戻ってくることは二度となかった。
[本物のまつりのモノローグ]
(あの時……あのミラという女性が言っていた『私の数字』って……まさか、ひかるちゃんが警察に提出した、あの数字だらけの予言の紙のこと……!?)
夢の中で過去の出来事を体験し直す中で、本物のまつりの意識は急速に点と点が繋がっていく恐怖に直面していた。
[本物のまつりのモノローグ]
(太陽フレアの破壊……システムの破綻……そして世界の壊滅を防ぐために作られた『予言』……。ひかるちゃんが送ったあの数字は、ミラが仕組んだ運命のプログラムそのものだったんだ……! だから……だから明日のサーキット事故も、避けることができない確定したシナリオとして存在してるの……!?)
寮の自分の部屋のベッドに腰掛け、頭を抱える夢の中のまつり。その肉体の奥底で、本物のまつりの魂は恐ろしい真実にたどり着き、冷や汗を流しながら震えていた。
2024年3月16日、寮へと戻された少女たちの手元には、写真が差し替えられた新しい学生証が届いていた。
システムによって運命を書き換えられ、予言という名の不可避な軌道に乗せられてしまったプリマジスタたち。悪夢の時計は、2024年のあの日々を忠実に再現しながら、いよいよ2026年11月12日――決戦のサーキット事故の瞬間へと向かって着実に刻まれていく。
真直高等芸能専門学校 女子寮(夢の中) 2024年3月16日 10:00
真直高等芸能専門学校の敷地内に建つ女子寮には、賑やかな二人部屋と、プライバシーが保たれた一人部屋の2種類の居室が存在していた。そして、まつりが割り当てられていたのは、静かな角部屋の一人部屋だった。
本来であれば、一人きりの部屋は誰にも邪魔されずに心身を休められる安らぎの空間であるはずだった。しかし、今のまつりにとって、その一人の空間は逃げ場のない絶望をよりいっそう際立たせる孤独な檻へと変貌していた。
まつりは自室のベッドにぽつんと腰を下ろし、静まり返った部屋の空気の中で手鏡を取り出した。
[本物のまつりのモノローグ]
(一人部屋だから……誰の目も気にせずに泣くことはできる。でも……鏡の中に映るこの赤と水色の奇妙な髪は、どんなに目を背けても消えてくれない……。あの日も、この誰もいない部屋で、一人で自分の髪を見つめながら絶望してたんだ……)
壁の時計がカチタクと無機質な音を刻む中、夢の中のまつりは膝の上に置かれた新しい学生証に視線を落とした。そこには、かつての落ち着いた茶髪の自分ではなく、システム異常によって不可逆の変化を遂げた現在の自分の写真が虚しく印刷されていた。
みゃむ「まつり……大丈夫だにゃ? 一人部屋だし、今日はもう無理に外に出なくてもいいんだぞ……」
寄り添うようにベッドに飛び乗ってきたみゃむが、心配そうに顔を覗き込んでくる。その優しさが、かえってまつりの胸を激しく締め付けた。
まつり「うん……ありがとう、みゃむ。でもね……この髪を見るたびに、自分が自分でなくなっちゃったみたいで……すごく怖いの」
[本物のまつりのモノローグ]
(そう……あの日、私はみゃむにそう答えた。そして今、私の魂はその言葉を、その時の絶望の重さのままもう一度なぞらされている……。ひかるちゃんが提出したあの『数字』の予言。ミラの言っていた世界の破滅を防ぐためのシステム……。すべてがこの一人部屋の静寂の中で、冷たく重く私に覆いかぶさってくる……っ)
二人部屋の生徒たちが互いに不安を寄せ合い、励まし合っているかもしれない声が、廊下の遠くからかすかに聞こえてくる。しかし、一人部屋の静寂の中に置かれたまつりは、システムによって刻まれた深いトラウマと、明日訪れる決定的な惨劇の予感に、一人で耐え続けるしか選択肢はなくなってしまった…。
女子寮 共用洗面所(夢の中) 2024年3月16日 21:30
消灯時間が近づく静かな女子寮の共用洗面所。白い蛍光灯が冷たく照らし出す鏡の前で、まつりは重い腕を上げ、手に持ったブラシで鮮やかな赤と水色の毛先からゆっくりと髪を解かそうとしていた。
いくら丁寧に梳かしても、根元から毛先まで異質に固着した「ライブヘア」の質感が元に戻ることはない。無力感に苛まれながら手元を動かしていたその時、足音が聞こえ、背後のドアが開く。
そこに立っていたのは、友人の鳴見ナミだった。
ナミ「まつり……? こんな夜遅くにどうしたの……?」
洗面所に入ってきたナミは、まつりの頭部の変形と異様な色彩を目にして息をのんだが、すぐに悲しげな眼差しを向け、心配そうに声をかけてきた。
ナミ「れもん達はどこ……? どこか精神を崩してるみたいだけど……」
[本物のまつりのモノローグ]
(ナミちゃん……! そうだ、あの日もナミちゃんは私やれもんちゃんたちのことをすごく心配してくれてた……。でも、当時の私は自分のことで精いっぱいで、ナミちゃんに本当のことなんて何一つ言えなかったんだ……!)
夢の中のまつりは、ブラシを動かす手を止め、うつむいたまま消え入るような声で答えた。
まつり「れもんちゃんも、みるきちゃんも……みんな自分の部屋にいるよ。病院から戻ってきたけど……誰も部屋から出てこられなくて……」
ナミ「やっぱり……みんな、あの太陽フレアのせいでそんな姿に……。警察やニュースでも大騒ぎになってるけど、みんなの心が心配だよ……」
ナミは気遣うようにまつりの肩へ手を伸ばしかけたが、まつりの全身から漂う痛々しい拒絶の空気に、そっと手を引いた。
[本物のまつりのモノローグ]
(ごめんね、ナミちゃん……。心配してくれてるのに、当時の私は答えることすらできなかった。精神を崩しているのはれもんちゃんたちだけじゃない……私も、みんなも、自分たちの体が壊された恐怖と、ミラの見せた破滅の予言に押し潰されそうになってたんだ……っ)
鏡越しに交わされる痛切な視線。2024年3月16日の夜、寮の洗面所で起きたナミとの忘れられない遭遇劇は、夢のシナリオ通りに無情な正確さで再現されていくのだった。
2024年3月16日の昼光が、一人部屋の窓から冷たく差し込み、少女の変容した姿をどこまでも鮮明に照らし出した…。
洗面台の白い陶器に、まつりの目から零れ落ちた大粒の涙が「ぽた……ぽた……」と透明な音を立てて弾けた。
ナミ「まつり……。あの太陽フレアでこんな姿に……」
ナミはそれ以上、慰めの言葉を紡ぐことができなかった。「大丈夫だよ」という言葉が、今のまつりにとって何の意味もなさない残酷な嘘になることを分かっていたからだ。触れることすら躊躇われるほど異質に固着した赤と水色の髪と、そこに刻まれた不可逆の悲劇を前に、ナミはただ痛ましそうに息を詰まらせるしかなかった。
まつり「う……ぅ……っ……」
夢の中のまつりは洗面台のフチをぎゅっと力任せに掴み、溢れ出る涙を止めることもできず、小さく肩を震わせて泣きじゃくった。
[本物のまつりのモノローグ]
(あの日……ナミちゃんの前で惨めに泣き崩れた時の感覚が、全く同じ冷たさと重さで胸に押し寄せてくる……っ。ナミちゃん、ごめんね……。せっかく心配してくれたのに、私、こんな声しか出せなかった……!)
鏡に映るのは、歪められた己の容姿と、どうしようもなく傷ついた友人の悲痛な顔。
[本物のまつりのモノローグ]
(でも、一番恐ろしいのは……あの日泣いていた私は『ただ髪が戻らなくなった』ことに絶望していたけれど、今の私は知っているということ……。この変貌も、この涙も、これから起きる全ての絶望も……あらかじめ『数字』として組み込まれた、逃げられない確定事項だったんだってことを……!!)
冷たい蛍光灯の下で流れるまつりの涙は、2024年のあの日と同じように洗面台の水抜き穴へと静かに吸い込まれていく。過去のトラウマを寸分違わず反芻させられる悪夢の刻印は、逃れられない運命の重圧とともに、彼女たちの精神をどこまでも深く侵食し続ける。
女子寮 まつりの部屋(夢の中) 2024年3月16日 22:00
寮内を包む消灯のチャイムが無機質に鳴り響き、廊下の明かりが一斉に消された。
暗闇に包まれた一人部屋の中、ベッドの上で膝を抱えるまつりの胸には、これまでに経験したことのないほど巨大で重苦しい苦悩が渦巻いていた。
[本物のまつりのモノローグ]
(あの日も……部屋が真っ暗になった途端、押し寄せてくる恐怖と絶望に押し潰されそうになってた。でも……今の苦悩は、あの日の何倍も深い……っ)
ただ自分の髪が奇妙な姿に変貌してしまったという事実へのショックだけではない。
病院でミラが見せた木星レベルの超巨大暴風雨と、地球が濁流へと沈んでいく恐ろしい地獄絵。
ひかるが提出したという、世界を繋ぎ止めるための不気味な「数字」の予言。
そして、自分たちの身体に起きた異常すらも、すべては世界の破滅を防ぎ、確定したシナリオを進めるための前触れに過ぎないという凄惨な真実。
[本物のまつりのモノローグ]
(どうすればいいの……? 髪型が戻らないことも、この先待っている2026年のあの事故も……全部決まっていることなら、私には何も変えられないの……!? 誰か……誰か教えてよ……っ!!)
心の中でどれほど叫び、抗おうとしても、過去の記憶を完璧になぞる夢の肉体はただ暗闇の中で小さく丸まり、声を出さずに涙を流し続けることしかできなかった。
まつり「う……ぁ……っ……ひっ……ぐすっ……」
枕に顔を押し付け、嗚咽を噛み殺しながら一人で泣きじゃくる。
どんなに泣いても、暗闇の中で運命のプログラムは停止しない。
[本物のまつりのモノローグ]
(嫌だよ……こんな悪夢、もう終わりにして……! 過去の絶望をもう一度味わわされるのも、避けることのできない未来へと引きずられていくのも……もう耐えられないよ……!!)
逃げ場のない一人部屋の暗闇の中、まつりの魂は過去のトラウマと未来の絶望という二つの激痛に挟まれ、底知れぬ漆黒の深淵へとどこまでも深く沈み込んでいった。そして…
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