2026年11月12日 07:00
自室のベッドの上で、まつりは勢いよく跳ね起き、激しい荒い息を吐き出した。
全身を包む冷や汗と、早鐘のように打ち打つ鼓動。先ほどまで脳裏を苛んでいた2024年3月の凄惨な記憶と、絶望の暗闇――あの長きにわたる悪夢の再現劇から、ついに意識が現実へと引き戻されたのだ。
壁のデジタル時計に表示された日付は「2026年11月12日」。
予言されたサーキット事故が起きる、運命の当日だった。
窓から差し込む朝の光の下、まつりはゆっくりと手鏡を持ち上げた。鏡に映し出されたのは、あの日から二年間、一時たりとも元に戻ることのなかった赤と水色の歪なヘアスタイル。夢の中の幻影ではなく、紛れもない現実の自分の姿だった。
部屋のドアがノックされ、みゃむが硬い表情で入ってきた。
みゃむ「まつり……目覚めたんだな。いよいよ今日だにゃ……」
まつりは無言のまま静かに頷き、ベッドから立ち上がった。
同じ頃、それぞれの部屋で目を覚ましたひな、みるき、れもん、あうるたちもまた、重い沈黙の中で鏡の中の自分たちの姿を見つめ、静かに準備を進めていた。
ひかるが残した不気味な数字、ミラが見せた大陸沈没の地獄絵、そして太陽フレアによって書き換えられた自分たちの身体。すべてがこの11月12日のサーキットという一つの目的地へと繋がっている。
逃れることの許されない絶対的なプログラムが実行される刻が、一秒ずつ刻み込まれるように近づいていく。
サーキット会場近くの高級ホテル・ロビー 2026年11月12日 08:30
朝の爽やかな日差しが差し込むホテルのロビーに、かつて四ツ星学園の頂点に君臨した元第25代〜第27代S4のメンバーたちが一堂に会していた。彼女たちはこの日、特別ゲストとしてサーキット会場のイベントステージに招かれていた。世界を揺るがす太陽フレアの爪痕や、プリマジスタたちの間で密かに進行する運命の「予言」のことなど、何一つ知る由もない。
ゆめ「みんな、おはよう! 今日はサーキットでのスペシャルライブだね! アイドル活動、絶好調でいこうね!」
あこ「ふふん、この早乙女あこの完璧なステージで、会場の視線を一人占めにしてみせますわ! すばるくんも見に来てくれているかしら……!」
ルカ「あこちゃんたら、相変わらずだなぁ! でも、今日の会場はサーキットだからね! エンジンの音に負けないくらい、ドカンと盛り上げていかないと!」
真昼「ええ、レーシングカーの迫力に負けないような、キレのあるパーフェクトなパフォーマンスを見せましょう。夜空姉々も、準備はいい?」
夜空「ええ、もちろんよ、真昼。風を感じる広大なサーキットのステージ……想像しただけでドレスのラインが美しく映えそうね。最高のひとときを届けましょう」
ゆず「キャッハー! サーキットってことは、すごーく広くてぶっ飛ばせる場所ってことでしょ!? ゆず、ワクワクが止まらないぞ〜! 全力でバビューンって踊っちゃうんだから!」
ツバサ「こら、ゆず。会場に着く前からはしゃぎすぎるな。……しかし、素晴らしい青空だな。これほどの快晴なら、イベントの進行にも一切の滞りはないはずだ」
ひめ「ふふ、ツバサちゃんは相変わらず真面目ね。でも本当に……とても穏やかで美しい朝だわ。今日という日が、来てくださるお客様にとっても素敵な一日になりますように」
澄み渡る秋晴れの空の下、彼女たちの会話には一切の陰りがなく、アイドルとしての輝きと希望に満ち溢れていた。
ホテルのフロント前に横付けされた送迎用の大型ワゴン車へ、10人は笑顔で乗り込んでいく。車内でも軽快なトークや新しいドレスの話題で花が咲き、これから向かう場所が「破滅のプログラム」の最終目的地であることなど、誰も想像すらしていなかった。
ゆめ「よしっ、それじゃあサーキット会場へ出発ー!」
ゆめの元気な声とともに、ワゴン車はスムーズに発進し、大歓声の待つサーキット場へと向かって走り出した。
何も知らない無垢な輝きを放つS4の少女たちを乗せた車は、運命の11月12日、確定された惨劇の舞台へと確実に近づいていく。
ソラシド市・幹線道路 2026年11月12日 08:45
爽やかな秋晴れの空とは裏腹に、ソラシド市のサーキット会場へと続く幹線道路は、見渡す限りの赤いブレーキランプの列で埋め尽くされていた。
迫りくる運命の「事故」からS4の10人を救い出すため、星奈ひかると南みれぃは車を走らせていたが、会場まであと数キロという地点で最悪の交通渋滞に捕まっていた。
みれぃ「なんでこんな事故が迫っていると言う時に渋滞ぷり…!」
運転席でハンドルを握るみれぃは、動かない前方の車列を見つめ、焦燥感を露わにしてメーターパネルを叩いた。
ひかる「このままじゃ…S4のみんなが…!」
助手席のひかるは、窓の外で虚しく流れる時間と、一向に進む気配のない道路に血が滲むほど拳を強く握りしめた。
みれぃ「サーキットのイベント開始まで、もう時間がないぷり! もしS4の乗った車が先に会場へ到着して、プログラム通りのステージに立ってしまったら……あの太陽フレアの破壊と狂ったシステムが引き起こす惨劇に、彼女たちまで巻き込まれてしまうぷり!」
ひかる「そんなの……絶対に阻止しなきゃいけないのに! 早く……早く行って全員を止めないと……!!」
刻一刻と刻まれる時間。10人のS4を乗せた送迎車は、この先にあるサーキット会場へと着実に近づいている。
逃れられない運命のプログラムが牙を剥こうとする中、二人を阻む渋滞の列は無情にも微動だにせず、焦りと恐怖だけが車内を冷たく支配していく。
ソラシド市のサーキット会場・関係者入口 2026年11月12日 09:00
大歓声とエンジンの爆音が遠くから地響きのように重く響き渡る中、まつりは息を激しく乱しながら、辛うじてサーキットの会場内へと辿り着いた。足はガクガクと震え、額からは冷や汗が流れていたが、彼女の視線は一直線にVIP専用の送迎車から降りてきたばかりの人物を捉えていた。
虹野ゆめ。そしてその背後に広がる、華やかな衣装に身を包んだS4のメンバーたち。
まつり「ゆめさん……! ゆめさんっ……!!」
必死の声で叫びながら駆け寄るまつり。その頭部には、あの惨劇の日から二年間ずっと固定され続けたままの、赤と水色の歪な髪が朝光にさらされていた。
ゆめ「え……? あ、まつりちゃん!? どうしたの、そんなに息を切らせて……」
まつりの突然の乱入に驚きつつも、ゆめは持ち前の明るい笑顔を向けて迎え入れようとした。しかし、まつりはゆめの両肩を掴まんばかりの勢いで詰め寄り、悲痛な叫びを上げた。
まつり「お願いです、聞いてください……! 今すぐここから離れてください……!! 今日、ここで……サーキット事故が起こるんです!! だから……そっちには行かないで!!」
死に物狂いの表情で訴えかけるまつり。その眼差しに宿る尋常ではない悲壮感に、一瞬周囲の空気は凍りついた。
だが――。
ゆめ「あははっ! なぁんだ、びっくりした〜! まつりちゃんたら、冗談がうまいんだから!」
ゆめは拍子抜けしたように緊張を緩めると、コロコロと屈託のない声で笑い飛ばしてしまった。
ゆめ「サーキット事故だなんて、そんなのあるわけないじゃない! 今日は最高の秋晴れだし、点検も万全だってスタッフの人も言ってたよ? それにね、みんなが私たちのステージを楽しみにして待ってくれてるの。だから行かないなんて選択肢、どこにもないよ!」
ひめ「そうよ、まつりちゃん。心配してくれてありがとう。でも大丈夫、私たちはいつだって皆さんに笑顔を届けるためにステージに立つのだから」
ツバサ「うむ。警察や警備の体制も万全だ。予期せぬトラブルなど起こるはずもない。安心して私たちのステージを見ていてくれ」
真昼や夜空、あこたちも優しく微笑み、まつりの必死の警告をただの「緊張による過度の心配」として受け流してしまう。
まつり「ち、違うんです……! 冗談なんかじゃない……! 予言なんです……ミラの……太陽フレアのプログラムなんです……! 本当に事故が起きて、みんな巻き込まれちゃうんです……!!」
まつりは血を吐くような思いでさらに声を張り上げた。だが、何一つ裏付けのない「予言」や「システムの破滅」という言葉は、何の歪みも知らずに生きてきたS4の少女たちの心には届かない。
ゆめ「もう、まつりちゃんったら本当に大げさなんだから! ほら、そろそろ出番の時間だから行くね! 後で客席から応援してねー!」
手を振りながら、明るい歓声が渦巻く危険地帯へと迷いなく歩を進めていくゆめとS4の10人。
まつり「待って……! 待ってください……!! ゆめさん……っ!!」
伸ばしたまつりの手は虚しく空を切り、絶望のカウントダウンが刻まれる特設ステージへと、少女たちは無邪気な笑顔のまま吸い込まれていく。
ソラシド市・サーキット会場 特設観覧客席 2026年11月12日 09:15
大歓声が地響きとなって客席を揺らす中、虹野ゆめをはじめとするS4の10人は、眩しいスポットライトが降り注ぐ特設エリアへと足を踏み入れた。会場を埋め尽くす観客たちは、誰もがこれから始まる夢のようなパフォーマンスを信して疑わず、色とりどりのペンライトを振りかざして熱狂している。
その超満員の客席の一角、最前列の喧騒から少し離れた場所で、身を削られるような焦燥感に体を震わせている者たちがいた。
紫雨アン、そしてプリルンが人間に転生した姿である田中布李留の二人だった。
アン「どうしても止めたいのに……止められない……! このままじゃ、あの夢で見たことと同じことが……!」
アンは白くなった指先で手すりを強く握りしめ、ステージ上のS4を見つめながら悲痛な声を漏らした。脳裏に焼き付いて離れないあの不吉な悪夢――惨劇の光景が、まさに目の前のリアルな時間軸と完璧に重なり合おうとしていた。
布李留「ハートをロックオンできる最高のタイミングが見つからないよ……! システムのエラーが多すぎて、この狂った運命の波動を打ち消す隙がどこにも見当たらない……っ!」
布李留もまた、自身の力を総動員してS4を救い出すための決定的な「介入点」を探し求め、汗を拭いながら必死に空間の歪みを観測していた。しかし、太陽フレアの破壊によって狂い果てたシステムの干渉はあまりにも巨大で不可逆的であり、少女の力だけでその暴走の歯車を食い止める隙間など、どこにも残されてはいなかった。
そして、この絶望的な事態の渦中にありながら、システムとその「予言」のすべてを知る存在――レインボー星人のミラの姿は、広いサーキット会場のどこを探しても影も形もなかった。
ミラは夢の中の監視ルームから、冷酷なカメラのレンズ越しにこの現実の惨劇を淡々と見下ろしているに過ぎない。彼女自身が元凶ではなく、崩壊していく世界の法則を「ただ記録し、運命通りに送り出す」システムの一部でしかないからこそ、この現実の現場に現れて手を差し伸べることなど期待するべくもなかった。
ステージ中央では、何も知らないゆめたちが観客に向けて弾けるような笑顔で手を振り、マイクを握りしめている。
迫り来る不可避の衝撃。狂い出した運命のカウントダウンは、少女たちの無垢な輝きを容赦なく呑み込むため、終逆の瞬間へ向かって冷酷にゼロへと近づく。
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