2019年1月17日、花寺家・リビング。
一次選選抜試験から3日後。郵便受けに届いた封筒を手に、アリスは開示された得点シートを静かに見つめていた。
【一次選抜試験結果:496点 / 500点】
偏差値71の超難関校でありながら、500点満点中「496点」という驚異的なハイスコア。
全国から集まった受験生の中でも、間違いなくトップクラス、あるいは首席に限りなく近い圧倒的な数字だった。
和哉「よ、496点……!? あの難関高専の試験で、ほぼ満点じゃないか!」
明日菜「すごいわアリス! 本当によく頑張ったわね……!」
両親は目を見開き、歓喜の声を上げた。
しかし、結果シートを握りしめるアリスの表情に緩みは一切なかった。
ホットピンクの瞳は、すでにその先にある「次の壁」を冷徹に見据えている。
(496点……。筆記でのアドバンテージは取れた。でも、高専の医学部において真に問われるのは、このあとの二次選抜……面接試験だ)
高専の医学部面接は、単なる志望動機の確認にとどまらない。
受験生の人間性、極限状態での判断力、そして「人の命を預かる者」としての倫理観と覚悟が、面接官である現役の医師や教授陣によって徹底的に鋭く穿たれる。
どれほど筆記で高得点を取ろうとも、面接で「適性なし」と判断されれば、容赦なく不合格の刻印を押される世界だった。
アリス「(油断は禁物……。筆記の点数に胡坐をかいている余裕なんてない。私の目的は『合格すること』じゃなくて、ここで圧倒的な力を手に入れて、あの絶望のシステムを打ち破ることなんだから)」
前世で途絶えた命の重み、そして世界の崩壊を示す『20210522EE』の暗号。
それらを背負って立つ面接の場で、自分はどのような言葉で「命への覚悟」を証明するべきか。
アリスは深く息を吐き出すと、立ち上がり、自室の鏡の前へと向かった。
腰まで伸びたホットピンクの髪を整え、表情をキリリと引き締める。
一次選抜突破の余韻を瞬時に捨て去り、花寺アリスは最終決戦となる面接試験に向けて、精神を極限まで研ぎ澄ませていく。
2019年2月10日、国立すこやか市高等専門学校・医学部棟 特別面接室。
2月。寒気が最も深まる季節、国立すこやか市高等専門学校のキャンパスは、重々しい静寂とピンと張りつめた緊張感に包まれていた。
一次選抜試験を496点という異次元のハイスコアで突破した猛者たちだけが挑むことを許された、最終関門——二次選抜「面接試験」。
控え室に集まった受験生たちの表情は、不安とプレッシャーで蒼白に陰っていた。幾重もの筆記試験を突破してきたエリートたちであっても、高専医学部が誇る現役の第一線医師や教授陣による個別の口頭試問・面接の厳格さは、全国的に知れ渡っていたからだ。
そんな重圧が漂う室内で、花寺アリスは背筋をピンと伸ばし、パイプ椅子に静かに腰掛けていた。
冬の冷たい光を浴びて、腰まで伸びた鮮やかなホットピンクのロングヘアが神秘的な輝きを放つ。その深く澄んだ同じ色の瞳には、動揺や迷いの色は一切存在しなかった。
「受験番号 1004番、花寺アリスさん。第3面接室へお入りください」
係員の呼び出しの声が響く。
アリスは静かに立ち上がり、深く一礼すると、迷いのない足取りで面接室のドアへと向かった。
「失礼いたします」
ドアをノックし、静かに入室すると、広々とした部屋の正面には3人の面接官が並んで座っていた。中央には医学部長を務める厳格な老教授、右側には先端病理学の気鋭の女性教授、左側には救急医療の現場を束ねる臨床のベテラン医師。いずれも、数多の命の現場を潜り抜けてきた鋭い眼光を放っている。
「どうぞ、お座りください」
中央の老教授が穏やかだが、底知れぬ圧を孕んだ声で促す。アリスは「失礼いたします」と気品あふれる動作で着席した。
老教授「花寺アリスさんですね。まずは一次選抜試験、496点という実に素晴らしい成績でした。本校の過去の受験データを見ても、トップクラスの学力です」
アリス「ありがとうございます」
老教授「しかし、我が校の医学部が求めているのは、単にテストで高得点を取る勉強の天才ではありません。私たちが知りたいのは、君が『なぜ、この若さで、命を預かる医学の道を選んだのか』という、根底にある覚悟です」
左側の救急医療の医師が、手元の書類から目を離し、アリスを真っ直ぐに見つめた。
救急医師「君の調査書や志望理由書には、中学生とは思えない高度な医療倫理への関心が記されている。単刀直入に聞こう。君にとって『人の命を救う』とは、どういうことかね? もし、自分の力が及ばず、目の前で絶対に救えない命に直面したとき、君はどう振る舞う?」
部屋の空気が一瞬にして凍りつく。生半可な綺麗事や、教科書通りの回答など一瞬で見抜かれる鋭い問いかけ。
だが、アリスの胸の奥で燃える炎は、その問いによってより一層強く引き締まった。
救えない命。届かなかった手。
かつて花寺のどかとして命を落としたあの冷たい雨の夜の記憶、そして夢の中で見せつけられた世界全体の破滅を示す予言のコード『20210522EE』。彼女は、その絶望の底を実際に味わってきたのだ。
アリスは深呼吸をし、ホットピンクの瞳を真っ直ぐに面接官たちの眼差しへとぶつけた。
アリス「……『命を救う』ということは、単に病気や外傷を治すことだけではないと考えています。それは、その人が生きてきた時間、これから生きるはずだった未来、そしてその人を愛する人たちの想いも含めて、理不尽な運命から引き戻す戦いです」
静かで、けれど圧倒的な説得力を帯びたアリスの声が、面接室の静寂を切り裂いていく。
アリス「もし……自分の無力さやシステムの理不尽さによって、目の前で命が失われる瞬間に直面したとしたら。私は絶対に、それを『仕方がない』という言葉で終わらせません。なぜ救えなかったのか、どうすれば救えたのかを血反吐を吐く思いで突き詰め、次の命を絶対に救うための知性と技術に昇華させます」
一瞬、面接官3人の息が止まった。
15歳の中学生の口から出た言葉とは到底思えない、命の深淵を覗き込んできた者だけが持つ圧倒的な説得力と「生の執念」。
右側の女性教授が身を乗り出し、眼光を鋭くする。
女性教授「君の眼差しには、非常に強い覚悟を感じます。しかし、医学の道は過酷です。世界の理不尽や、人間の力ではどうにもならない巨大な絶望に押し潰されそうになったとき、君は自分自身を支えきれますか?」
アリスはそっと胸に手を当て、腰まで届く鮮やかな髪をなびかせながら、力強く微笑んだ。
アリス「支えきれます。なぜなら私には……失ってはいけない大切な人たちの記憶と、この手で未来を書き換えるという、絶対に譲れない誓いがあるからです。どんなに巨大な絶望やシステムが立ち塞がろうとも、私は決して屈しません」
アリスの回答が終わった後、面接室にはしばしの静寂が訪れた。
中央の老教授は、眼鏡の奥の目を丸くしたあと、ふっと感嘆の息を漏らした。そして、手元の評価用紙に力強いペン走りで記録を書き込み、アリスに向かって深く頷いた。
老教授「……見事な覚悟です、花寺アリスさん。君のような強い意志を持った人間が、これからの医療の未来を切り拓くのかもしれない。面接は以上です」
「ありがとうございました」
アリスは立ち上がり、深く美しく一礼して面接室を後にした。
廊下に出ると、冬の澄み渡った冷気がほおを撫でた。
面接の手応えは完璧を超え、彼女の覚悟は面接官たちの魂にまで届いていた。
一次選抜496点、そして圧倒的な覚悟を示した面接試験。
世界の理不尽な破滅のシステムを打ち破るための第一歩となる「合格」の二文字は、いまや花寺アリスの目と鼻の先まで引き寄せられている。
2019年2月10日・夕暮れ、高専の校門前〜駅前の歩道橋。
手応えと圧倒的な覚悟を残した面接試験を終え、アリスは高専の重厚な門をあとにした。
西の空は橙色から深い紫色へと移り変わり、寒々とした冬の街角に街灯がひとつ、またひとつと灯り始めていく。コートのポケットに手を入れ、腰まで伸びた鮮やかなホットピンクの髪を冬風になびかせながら歩いていると、最寄り駅の手前にあるあの歩道橋の下で、ひとりの少女が佇んでいるのが目に入った。
少し寒そうに身を縮め、吐く息を白く染めながら、じっと高専のある方向を見つめている人影——。
「……のどかちゃん」
アリスが声をかけると、マフラーに顔をうずめていた、当時中1だった少女——花寺のどかが弾かれたように顔を上げた。その瞳には、ずっと祈るような思いで待っていたことが一目でわかる切実さが宿っていた。
のどか「アリスちゃん……! お疲れ様……! 面接、終わったんだね……?」
朝の出会いと同じ場所。だけど、夕闇に包まれたその表情には、朝よりもずっと深い絆と信頼が滲み出ていた。
中学校からの卒業を控えているアリスは微笑み、のどかのもとへとゆっくり歩み寄った。
アリス「うん、全部終わったよ。筆記試験も、面接も……私が今持っているすべての力と覚悟を、あの人たちにぶつけてきた」
のどか「……そっか。アリスちゃんの顔を見たらわかるよ。すごく……すごくカッコいい顔をしてるもの」
のどかは胸の前でそっと手を重ね、安堵したように小さな吐息を漏らした。そして、アリスの鮮やかなホットピンクの瞳をじっと見つめ返す。
のどか「ねぇ、アリスちゃん。私ね、アリスちゃんが頑張っている姿を見ていて、ずっと思ってたの。私が未来でいなくなってしまう運命だとしても、アリスちゃんがこうして記憶を持って生まれてきてくれたのは……きっと、ただの悲劇じゃないんだよね」
アリス「のどかちゃん……」
のどか「絶望的なシステムがあっても、決まった未来があっても……アリスちゃんは絶対に諦めないで、命を救うために戦ってくれている。だから私も……自分の未来を怖がるだけじゃなくて、今を懸命に生きようって思えたの。ありがとう、アリスちゃん」
過去の自分から贈られた、どこまでも純粋で温かい言葉。
夢の中で見た不吉な暗号『20210522EE』や、100年前から仕組まれた冷酷な破滅のプログラム。それらの冷たい恐怖を溶かしていくような、あまりにも確かな「希望」の温もりがアリスの胸を満たしていく。
アリスはそっと手を伸ばし、のどかの小さな手をしっかりと握りしめた。
アリス「ううん、お礼を言うのは私の方だよ。のどかちゃんがいてくれたから、私はここまで走ってこられた。……見ていてね。合格通知を掴み取って、私は絶対に難関高専の医学部へ進む。そして、世界の理不尽なシステムごと、すべての惨劇を塗り替えてみせるから」
「うん……! 私、信じてる!」
夕闇が深まるすこやか市の街角で、ふたりの少女はしっかりと互いの温もりを感じあっていた。
かつて命を落とした「過去」と、その記憶を背負って未来を切り拓く「現在」。
ふたつの魂が交差したこの夕暮れは、やがて訪れる大洪水と世界の破滅に打ち勝つための、固く絶対に解けない誓いの夜となった。
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