2026年12月1日 13:00 東京都北区・西が丘
パーティー会場となっているレストランの目と鼻の先。道端に何気なく置かれた一枚の段ボール紙には、黒いマジックで『202612012』という数字が走りがきされていた。
『20261201』――今日、12月1日。
『2』――今日システムによって奪われることとなる、新たなる犠牲者の数。
しかし、陽気なパーティーの熱気と穏やかな日差しの下、通りかかる人々も、なぎさやほのかたちも、それをただの廃棄資材のメモ程度にしか思わず、誰も異様な違和感を抱くことはなかった。
その時、目と鼻の先にある自動販売機の前に、花園しゅうかの姿があった。
しゅうか「あ、小銭……」
喉の渇きを覚え、財布からコインを取り出そうとしたその瞬間、指先から滑り落ちた1枚の硬貨。
カラン――と甲高い音を立てたコインは、まるで目に見えない何者かの意思によって誘導されているかのように、恐ろしい精度で転がり始めた。
緩やかなスロープを勢いよく転がり落ち、階段の段差を規則正しく跳ね、線路脇の防護フェンスのわずかな隙間を「完璧」にすり抜けていく。
そして――。
カチッ。
乾いた金属音とともに、コインは切り替えの最中だったポイント(分岐器)の隙間に吸い込まれるようにガッチリと挟まり、可動部を途中でロックしてしまった。
遠くから響いてくる、線路の軋みと列車の接近を告げる踏切の警報音。
カン、カン、カン、カン――。
完璧に計算された偶然という名の不可避な仕掛け。システムの弾き出した「2」という死の代償を回収するため、運命の歯車が狂いなく噛み合い、接近する電車を絶望の脱線事故へと誘おうとしている。
2026年12月1日 13:02 西が丘へ向かう列車内
ポイントに挟まった一枚のコインが静かに狂気を孕む中、その線路の上を走る電車の中には、星川みつき、金森まりあ、そして輝イブの三人の姿があった。
窓の外を流れる冬の穏やかな街並みを眺めながら、車内は和やかな空気に包まれている。
みつき「もうすぐ西が丘だね! パーティー、みんな待ってるかな?」
まりあ「はい! かわいくて素敵なパーティーになりそうで、とっても楽しみです〜!」
イブ「ええ、みんなの笑顔に会えるのが一番の楽しみね。事故もなく、平和な一日で本当に良かったわ」
電車は一定の心地よい揺れとガタゴトというリズムを刻みながら、スムーズに線路を滑走していく。車内の乗客たちも思い思いの時間を過ごしており、車内に異常を感じる者は誰一人としていない。
そう――まだ、事故は起こっていない。
しかし、前方の線路では切り替え途中のポイントに挟まったコインが、完璧な「2」の犠牲を要求するシステムの仕掛けとして静かに待ち構えている。
忍び寄る破滅の足音にまだ誰も気づかぬまま、電車は運命のカーブへと加速を続ける。
2026年12月1日 13:03 西が丘・線路沿いの歩道
フェンスの隙間をすり抜け、切り替え途中のポイントへ吸い込まれていった1枚のコイン。それがもたらす致命的な意味に気づいた瞬間、花園しゅうかの全身に冷や汗が吹き出した。
「そんな……まさか……あの隙間に!?」
ガタゴトと遠くから響いてくる列車の走破音と、カンカンカンと高らかに鳴り響く踏切の警告音。線路の分岐器は途中でガチリと固定されたまま動かない。この速度で電車が侵入すれば、車輪が脱線し、最悪の惨事になることは目に見えていた。
しかし、線路の周りは頑丈な防護フェンスで固められており、一般人が線路内へ立ち入ることは固く禁じられている。危険を承知で侵入しようにも時間的にも物理的にも不可能だった。
しゅうかは弾かれたように走り出し、すぐ目と鼻の先にあるレストランのパーティー会場へと駆け込んだ。扉を思い切り押し開け、中にいた一同に向かって叫び声を上げる。
しゅうか「大変ですわ!! みなさん、聞いてください!! このままでは……このままでは電車が脱線して、乗客の皆様が大怪我を負ってしまいますわ!!」
突然のしゅうかの大声に、会場の熱気は一瞬にして静まり返った。高菜やひかり、そして外のテラスにいたなぎさやほのかまでもが驚愕の表情でしゅうかを振り返る。
高菜「え……!? しゅうかちゃん、脱線って……一体どういうこと!?」
しゅうか「私の小銭が……線路の切り替え部分に挟まってしまって! でも、線路の中に勝手に入るわけにもいきませんし、どうすれば……っ!!」
しゅうかの焦燥に満ちた叫びと、刻一刻と近づいてくる電車の駆動音。みつき、まりあ、イブの3人を乗せた列車が、刻まれた「2」の犠牲というシステムの罠が待つ危険ゾーンへと、着実に差し掛かろうとしている。
2026年12月1日 13:04 西が丘・線路沿い
しゅうかの悲痛な叫びがパーティー会場に響き渡った、まさにその時だった。
線路の目と鼻の先で保線作業を行っていた作業員が、異様な異音とともに不自然に固定されたポイントに目を見開く。
「なっ……ポイントが噛み合ってない!? 止めろ、進入を止めろ――っ!!」
作業員が合図灯を振りかざそうとした瞬間、無情にも金属の重厚な咆哮が空気を引き裂いた。
ドガガガガギギギィィィッッ――!!!!
みつき、まりあ、イブを乗せた列車が、時速数十キロの慣性のまま分岐器へ突入。挟まったたった一枚の硬貨が引き金となり、先頭車両の車輪が力任せに線路を跳ね上がった。
巨大な鉄の塊が激しい火花と土煙を巻き上げながら線路を逸脱し、バラスト(砂利)を撒き散らして斜めへと傾いていく。線路脇の防護フェンスが紙くずのようにへし折れ、地響きが西が丘の街全体を大きく揺らした。
「みんな逃げろ!! 脱線したぞ!! できる限り遠くに逃げろ!!」
近くに停車していたトラックの中年男性ドライバーが、運転席の窓から身を乗り出して死に物狂いの怒号を上げる。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
「うわぁぁっ! 倒れてくるぞ、逃げろーーッ!!」
爆煙が立ち込める中、レストランの周辺にいた人々や通りがかりの住民たちの悲鳴が交錯し、現場は一瞬にして地獄絵図のような大パニックへと変貌した。
段ボール紙に刻まれていた『202612012』の数値――。
世界の存続を優先する冷酷なシステムが弾き出した「2」の犠牲に向かって、絶望の歯車がシステムによって容赦なく回り始めた!
線路を激しく脱線した巨大な鉄の車体は、モメンタムを失うことなく猛烈な勢いで線路脇の境界を破り、パーティー会場のすぐ側にある無人の住宅へと突入していった。
バリバリバリッと柱が圧砕される凄惨な破砕音が響き渡り、木造建築の壁面や瓦根がまるで紙細工のように粉々に吹き飛んでいく。舞い上がる膨大な土煙と砂利、そして破壊された建築資材の破片が空を覆い、辺り一面は視界を奪うほどの灰色の煙に包まれた。
脱線した先頭車両が破砕された住宅の土台にめり込むようにしてようやく動きを止めると、重苦しい静寂と金属が軋む冷たい音だけが現場に残された。
激しい衝撃と飛散する瓦礫の嵐を間一髪で回避し、間近で命からがら生き延びた2人の保線作業員は、全身を埃まみれにしながら力なく腰を抜かしていた。
作業員A「う、嘘だろ……こんなことが……っ……おい、大丈夫か!?」
作業員B「ゲホッ、ゲホッ……ああ、なんとか生きてる……! お前こそ怪我はないか!?」
二人は互いの無事を確認し合いながら、震える手で肩を叩き合い、荒い息を吐いた。ほんの数秒タイミングがズレていれば、自分たちがその鉄塊の下敷きになっていたかもしれない恐怖に、全身の血の気が引いていく。
作業員A「な、なんてことだ……住宅がまるごと壊れちまったぞ……! 中に乗っていた客や近所の人たちは……!?」
崩壊した住宅と煙を吐き出す電車の巨体を前に、作業員たちは青ざめた顔で絶句した。
ダンボール紙に書かれていた『202612012』という不吉な数値。
世界を維持するための冷酷な計算式に基づき、完璧な狂いもなく引き起こされたこの惨劇の中で、少女たちが目撃した真実と「2」という犠牲の行方に、さらなる戦慄が走り抜けていく。
だが、犠牲者は未だゼロ。
システムは2という数字を完成させるということをまだ諦めていない。
しかし、作業員たちに安堵する暇などなかった。
煙がまだ立ち込める中、脱線した電車の後方――なんと、遠くの線路から、重低音の地鳴りとともに別の接近音が響き渡り始めた!
「カンカンカンカン……!」
切り替えポイントの異常で踏切の警報機が鳴り止まぬ中、前方から黒い巨体を狂いなく滑らせてくるのは、途方もない重量を誇る貨物列車だった。
先ほどの脱線事故の混乱により、この区間の信号システムも深刻なエラーを起こしていた。貨物列車は前方の途切れた線路と大惨事に気づくことなく、一定の速度を保ったまま惨劇の現場へと確実に接近してきている。
作業員「嘘だろ……!? 貨物まで来てるぞ!! 止まれ!! 止まってくれ――っ!!」
生き延びた作業員が手旗を振り乱して必死に合図を送るが、巨大な重量物を積載した貨物列車が急激に停止することなど不可能だ。
まだ距離はある。衝突までにはわずかな、しかし致命的な秒数という名の猶予しか残されていない。
「このままじゃ二次衝突が起きる……!!」
システムの弾き出した冷酷な数値が導く更なる連鎖の恐怖に対し、しゅうかたちは残されたわずかな時間の中で、迫り来る鉄の暴力から逃れるための判断を迫られる。
迫り来る巨大な影。止まることのない過酷な慣性に押され、貨物列車は脱線現場の瓦礫と崩壊した線路へと激しく突進した。
激しい衝撃音とともに鉄と鉄がぶつかり合い、爆発的な破壊力が周囲を呑み込む。その凄まじい衝撃によって、積載されていた巨大なコンテナ2つがまるで玩具のように空中へ弾き飛ばされた。
直前まで互いの無事を喜び合っていた2人の保線作業員。彼らが空を見上げた瞬間には、すでに遅かった。落下してきた巨大な鉄の箱が、吸い寄せられるように2人を1人ずつ次々と押し潰す。システムの計算式が弾き出した「2」という犠牲の数値が、狂いもなく遂行された瞬間だった。
重苦しい静寂が再び現場を包み込む中、壁が引きちぎられ、中が剥き出しになった住宅の2階部屋から、衝撃でバランスを崩した防災ラジオが地上へと落下した。
ガチャンと音を立てて砕けたラジオのスピーカーから、ノイズ混じりに鮮明に流れ始めたのは、かつて咲良うたから転生を遂げた咲良リサが歌っていたあの楽曲――「D Ξ S I Γ Ξ」だった。
『壊れた街の静寂を切り裂いて 消えない傷痕を 抱きしめたまま歩き出す 奪われた未来のその先へ――』
煙と惨劇が広がる絶望の現場に響き渡る、透明感と哀愁を帯びた歌声。しかし、血の気が引いた顔で佇む周囲の人々は、恐怖と混乱の中で不審感を募らせる。
「な……なんだこの歌は……?」
「なんでこんな事故の現場で、こんな曲が流れてるんだ……!?」
人々が不気味な歌声に怯え、ざわめく中、ポイントの隙間に挟まれていたはずのしゅうかのコインが、事故の衝撃によって高々と空中へ弾け飛んだ。
コインは虚空で不吉な光を反射しながら回転し、やがて地面へと落ちる。
風によって舞い上がり、地上へと落ちていたあの一枚のダンボール紙。その裏面へと滑り込んだコインは、印字された太い文字列を指し示すようにしてピタリと止まった。
そこには、冷酷なシステムが、運命に抗うものに対し冷淡に宣告するかのような真実のメッセージが刻まれていた。
『You know This isn’t a random one.(これが偶然などではないと、知っているはずだ)』
抗えぬ予言、命を数値として回収する世界システム、そして惨劇の裏で繋がり続ける戦士たちの運命。システムは全ての不条理と戦慄を残し、少女たちに再び恐怖を切り刻んだ。
そして、ひかるたちは、この後知ることになるーー
またしても、悲惨な事故が起きたということを。
『N3x7 D15a5732』 シーズン2 —— 完