2022年4月・山口県の事故の1週間前、はなみちタウン・黄昏時の公園。
西日に染まるはなみちタウンの街並みを、明智あんなはベンチに腰掛けながらひとり静かに見つめていた。
高専で未来を変えるために研鑽を積むアリスたちとは異なり、彼女はこの街で静かに暮らす、ごく普通の高校生だった。しかし、彼女の胸の奥には、誰にも明かすことのできない奇妙で切ない「時間の記憶」が刻まれていた。
風が吹き抜け、彼女の髪を優しく揺らす。
あんなの意識は、11年前に経験したあの不可解で神秘的な「あの日」へとタイムスリップしていた。
【回想:2011年・時空の歪みの中】
2011年。時空の割れ目に巻き込まれ、見知らぬ空間へとタイムスリップしたあんな。
その渦中で起きた現象は、12歳の彼女の理解を遥かに超えていた。
周囲を包み込む、怪しくも美しい紫色の粒子と光の奔流。
ふと自分の視界に映る髪に目をやると、元々の薄い茶色の髪が、眩い紫の光に包み込まれていく。
(え……なに……これ……!? 髪が……っ!?)
言葉を発しようにも、声が喉に引っかかって出てこない。
あんなは両手で自分の頬を押さえ、ただ驚きと慄きを隠せない表情で、静かに変わりゆく己の姿を見つめることしかできなかった。
光が収束していくにつれ、薄茶色だった髪は息をのむほど鮮やかな変化を遂げていく。
根元から中盤にかけては高貴な紫、そして毛先に向かってなめらかなピンク色へと変わる美しいグラデーション。
さらに、それまでの髪型からは想像もつかないほど豊かでボリューミーな超ロングツインテールへと膨らみ、その左右の毛先は可憐なハートの形を描いてキュッと結ばれていた。
あまりにも突飛で、幻想的な姿への変貌。
光が消え去った後も、あんなは激しく打つ鼓動を感じながら、ハート型の毛先を震える手で触り、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだった。
【回想:1999年・忘れえぬ「約束」】
さらに時を遡る記憶——1999年。
当時、あんなは「みくる」という少女から、切実な眼差しで頼み込まれたことがあった。
みくる『ねえ、あんなちゃん! お願いだから、私が憧れてる名探偵さんの「探偵テスト」の手伝いをしてほしいの! あんなちゃんにしか頼めないんだよ!』
あの時のみくるのキラキラとした瞳と、名探偵への強い憧れ。あんなは戸惑いながらも、その情熱に押されて手を貸すことを承諾したのだった。
しかし——運命の日は、あまりにも唐突に訪れた。
1999年9月9日。
その日を最後に、みくるが憧れていた名探偵の存在も、彼らが追っていた事件も、すべてが終わりを迎えてしまった。時代が2000年代へと移り変わっていく中で、探偵の手伝いという特別な役割も、みくるの姿も、あんなの前から消え去っていった。
(あの時は……みんなで何かすごいことを成し遂げられるって、本気で信じていたのに……)
【2022年はなみちタウン・現在】
「……結局、私だけが取り残されちゃったな」
あんなはポツリと呟き、空を見上げた。
1999年に置き去りにされた名探偵の記憶。
2011年に体験した、あの毛先がハート型の紫とピンクの超ロングツインテールへと変貌した神秘的な時間の歪み。
1999年9月9日から23年という長い年月が流れた今、かつて共に時を過ごした者たちは誰もいない。2022年のはなみちタウンで、自分だけが「ただの高校生」として、ひとりきりでこの世界に生きている。
夕闇が街を包み込んでいく中、明智あんなは寂しげな笑みを浮かべ、静かにポケットへ手を回す…。
2022年3月31日、すこやか市・夕暮れの沿道。
春の柔らかい風が吹き抜ける夕刻。高専の春休み期間中、アリスとのどかは二人並んで歩道を歩いていた。
19歳となり、高専で圧倒的な医学知識と生体工学の技術を修めてきたアリス。腰まで伸びた鮮やかなホットピンクの髪が、夕日を浴道で優しくなびいている。隣を歩くのどかも、穏やかな笑顔でアリスとの会話を楽しんでいた。
しかし——その静寂は、突如として破られた。
——ドガァァァァンッ!!!!
激しい金属摩擦音と破壊音が、通りに響き渡る。
交差点へと進入してきた大型トラックと乗用車が衝突し、その衝撃で玉突き事故が発生。瞬く間に**4台の車両が激しく中破**し、路上はガラス片と歪んだフレームで埋め尽くされた。
「っ……! のどかちゃん、下がってて!」
アリスとのどかは奇跡的に間一髪の位置におり、二人とも**奇跡的に無傷**だった。
しかし、アリスの目はすぐさま潰れた車体へと向けられた。
高専で積み上げてきた救急医療の知識、迅速なトリアージの判断力、命を繋ぎ止めるためのすべての技術を総動員し、アリスは迷いなく大惨事の現場へと駆け寄った。
「息をして……お願い、諦めないで……!」
ひしゃげたドアをこじ開け、意識を失った乗員へ必死の手当てを試みるアリス。
血管を圧迫し、気手を確保し、自分が持てるすべての医学的知識を注ぎ込んで命を繋ぎ止めようとする。
しかし——。
アリスの差し出す手、尽くす処置をあざ笑うかのように、運命の時計は冷酷に刻まれていった。
引き上げられた救急隊が現場に到着した時には、怪我を負った乗員4人全員の死亡が確認された。
どんなに正確な応急処置を施しても、どんなに早く手を差し伸べても、物理法則やバイタルデータの限界を超えた「不可解な致死の力」が、アリスの努力をあざ笑うかのように命を奪い去っていったのだ。
血に染まった自分の手袋を見つめ、膝をつくアリス。
夕闇が深まる事故現場の傍らで、彼女のホットピンクの瞳に絶望と激しい怒りの色が入り混じる。
アリス「(嘘でしょ……? 私は高専で5年間、誰よりも勉強した……。どんな緊急事態でも命を救える知性を手に入れたはずなのに……!)」
どれだけ高度な医学知識を身につけようと、どれだけ完璧な処置を行おうと、あらかじめ組み込まれた「死のプログラム」は、人間の努力など意にも留めずに実行されていく。
アリスは拳を地面に叩きつけ、絞り出すような声で呟いた。
アリス「……どう足掻いても……システムには、相手にしてくれないの……!?」
目の前で消えていった4つの命。
そして、自分がいくら知性と力を磨いても、世界の破滅プログラムの前には一人の人間としてあまりにも無力であるという、冷酷すぎる現実。
佇むアリスの背中に、のどかは言葉を失ったまま、ただそっと寄り添うことしかできなかった。
世界の理不尽なシステムが突きつけてくる絶望の深さに、花寺アリスはただ打ちのめされていることしかできない。
この先の未来でも分かる通り、予言は踏みにじることはできないのだ。
2022年3月31日・夜、観星町、星奈家・リビング
すこやか市で起きた痛ましい交通事故のニュースが、リビングのテレビで静かに流れていた。画面には中破した4台の車両と、現場で救護にあたる警察や救急隊の姿が映し出されている。
25歳となった星奈ひかるは、少し硬い表情でそのニュース画面を見つめていた。
その傍らには、今年で10歳になる娘の星奈あかりが心配そうに母親の顔を見上げていた。
あかり「お母さん……ニュースの事故、すごく大変なことになってるね……」
ひかるは静かに息を吐くと、あかりの目線を合わせるように優しく、けれどどこか真剣な面持ちで語りかけた。
ひかる「うん……。でもね、あかり。お母さんにはね、なんだか胸がざわめくの」
あかり「胸がざわめく……?」
ひかるは窓の外、満天の星が広がる夜空をそっと仰ぎ見た。かつて宇宙の壮大な神秘や、言葉では説明のつかない大きな力と向き合ってきた彼女だからこそ感じ取れる、世界の微かな歪み。
ひかる「ただの不運や、うっかり起きてしまった事故には見えないの。……この事故は、偶然じゃないかもしれない」
あかり「偶然じゃない……? どういうこと?」
あかりは不思議そうに首をかしげる。ひかるはあかりの小さな手をそっと包み込み、言い聞かせるように言葉を続けた。
ひかる「世界にはね、私たちがまだ気づいていない大きな流れや、何か意図みたいなものが働いていることがあるのかもしれない。だからね、あかり。どんなときも『ただの偶然だから』って片付けないで、自分の直感と、目の前の真実をしっかり見つめる目を持ってほしいの」
ひかるの言葉に込められた深い意図を完全には理解しきれないものの、あかりはその真摯な眼差しを受け止め、コクリと頷いた。
あかり「うん……分かった、お母さん」
遠く離れた場所で、世界の理不尽なシステムと戦うアリスたちの葛藤。そして、はなみちタウンや星奈家でも密かに漂い始める奇妙な予兆。
星奈家の温かい灯火の下で語られたひかるの予感は、これから訪れる大きな時代のうねりを予兆するように、静かに夜の空間へ溶け込んでいく…。
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