ここに来てから一年?いや二年くらいの月日が経っていた
俺たちが任務のためにやってきたのは、アリウス自治区の壁の外――怪しいネオンが光り、銃器や違法な薬品が当たり前のように売買されている危険な無法地帯『ブラックマーケット』だった。数ヶ月ぶりに見るアリウス以外の光景に圧倒されながら、俺はアズサと並んで歩を進める。
「やっぱ、任務でアリウスの外に出られるとはいえ……きっちり監視がついてるな」
「そうだね。この包囲網だと、力ずくで逃げ出すのは難しい」
「それに、任務中は全員GPSを持たされるから、仮に逃げ出せたとしてもすぐに場所を特定されてしまう」
アズサは自分の手首にはめられた黒い精密機械を忌々しげに見つめた。
「このGPS、無駄に頑丈だから銃で撃っても壊せないし、無理に外そうとしても特殊なロックがついていて外れない仕組みになっているんだ」
「へぇ、マダムの割には手が込んでるな……。……なぁアズサ。もしかしたらさ、今ここで俺が急に大暴れして脱走すれば、アリウス側も【キヴォトス唯一の男】である俺を最優先で捕まえに来るだろ? その隙を突けば、アズサだけでもトリニティへ逃げ切れるんじゃないか?」
「――それは、絶対にダメ」
俺の思いつきの提案を、アズサは強い口調でピシャリと拒絶した。
「そんなことをしてカオルが捕まったら、今度こそ本当に殺されるかもしれない……っ」
「いやぁ、でも頭を撃ち抜かれても死なないし、俺」
「カオルの再生力はすごいけど、神秘だって体の一部、身体機能だ。いつか絶対に限界が来る。……それに、殺されなかったとしても、一生アリウスの最深部に監禁されて、二度と光を見られない体にされる可能性だってあるんだぞ?」
アズサは立ち止まり、俺の目をまっすぐに見つめて、一言一言を噛み締めるように言った。
「カオルを犠牲にしてまで、私はここから逃げ出す気なんてない。……逃げるなら、二人一緒だよ、カオル」
「……。あぁ、そうだったな。悪かったよ」
彼女の真っ直ぐな瞳に気圧され、俺は苦笑しながら素直に謝った。
「あの、一応自分たちが『監視されている』って分かっているなら、私の目の前で堂々と脱走宣言をするのはやめて欲しいんですが……」
「あれ? 聞いてたのか?」
振り返ると、今回の任務の部隊長である梯スバルが、これ以上ないほど呆れ果てた顔でため息をついていた。
「そんな大声で喋っていたら、聞きたくなくても全部耳に入ってきますよ。……本当に、おめでたい二人ですね」
「すまんすまん、次はバレないように努力する」
「次なんてありませんよ。……それにしても、あなたたちはよくそんな風に、外の世界へ逃げ出そうなんて希望を持てますね。この世界をどこまで進んだところで、私たちを待っているのは、ただ虚しい現実だけだというのに……」
アリウスの教えが完全に染み付いた、諦めに満ちたスバルの言葉。
「どれだけ世界が虚しかろうがさ。希望を持つことくらいは、誰だって自由なんでね」
「……そうですか。理解に苦しみます。――お喋りはここまでです。目的の場所に到着しましたよ」
「ここが例の賞金首が潜伏している会社か?」
「そうですね。このビルの最上階にターゲットがいるらしいです」
スバルは手元の端末を見ながら、冷静に作戦を口にした。
「ここには搬入用の入口が二つあります。なので、あなたがた二人は西側の入口から突入して陽動を。私達はもう一つの入口から潜入し、直接ターゲットの首を狙います」
「オッケー。要するに、俺らは正面からド派手に大暴れして、敵の目を全部引き付けりゃいいんだろ?」
「ええ、その認識で結構です」
指示を終え、俺とアズサは西側の重厚な扉の前へと移動する。通信機からスバルたちの準備完了のサインが聞こえた。
「スバルたちも配置についたみたいだな。……よし、行こうか、アズサ」
「分かった」
返事と同時に、アズサが強烈な前蹴りでドアを蹴破った。
「――っ!? 何者だ!」
室内のロボット兵たちが色めき立つ。すかさずアズサがスモークグレネードを投げ込み、視界を真っ白に染め上げた。
「敵襲だァー!! 直ちに排除せよ!」
「くそっ、なんだこの女! スモークのせいで攻撃が全然当たらない……!」
「おい、お前気をつけろ!! 足元に地雷が――」
「なっ、いつの間に……っ!? ――ドカーン!!」
激しい爆音と悲鳴が響き渡る。
当然、煙の向こうから俺の方へも猛烈な銃弾の雨が降り注いでいた。俺の肉体は、なす術もなく何発もの弾丸に撃ち抜かれ、おびただしい血を流す。しかし――。
「なんなんだよコイツ……っ!! こんなにも攻撃が直撃しているのに、なんで平気な顔をして突っ込んでくるんだよ……!?」
傷口から信じられない速度で肉体が再生し、弾丸を押し出しながら進む俺の姿に、敵の兵士が腰を抜かして絶叫した。
「確かにいい攻撃だ…...でもまだ甘い、あのババアに比べればなんともねーよ」
「来るな……! 近づくな……っ!」
「じゃーな、大人しく寝てろ!」
俺は鉄パイプを容赦なく振り下ろし、敵を無力化していく。
「何が起きている? 早く上層階へ逃げないと――」
「すみませんが、大人しく眠っていてください」
俺たちが襲撃を開始してから、二、三十分ほどの時間が経った頃。
「ふぅ……これで全員か?」
「そうらしいな。スバルからも無線で連絡が来ている。ターゲットの身柄は確保したそうだ、早く合流しよう」
俺たちは廊下を通り抜け、最上階の社長室でスバルたちと合流した。
床には、縄でグルグル巻きにされた会社の社長――例の賞金首が転がっている。
「コイツが例の賞金首か?」
「ええ、そうです。任務完了ですね」
「早く賞金首渡して帰ろう。服が血でシミになっ……」
――バキィンッ!!!
言い切るよりも早く
突如としてコンクリートの天井が派手に弾け飛び、凄まじい衝撃と共に、俺の身体は何者かによって床へと強烈に組み伏せられた。
「っ……!? ガハッ!」
背後から強烈な衝撃で床に叩きつけられる
「カオルっ!!」
「動くな! 早くボスを解放しないと、コイツの頭をぶち抜くぞ! どうなってもいいのか!?」
天井から奇襲を仕掛けてきたのは、潜伏していた敵組織のロボット兵だった。冷たい銃口が、俺の側頭部に強く押し当てられる。
「カオルを離せ……っ!!」
アズサが激昂してアサルトライフルを構えるが、ロボット兵は俺の体を器用に盾にして完全に死角に隠れた。
「言っただろ、コイツがどうなってもいいのかって! 銃を捨てろ!」
「くっ……」
歯を食いしばるアズサ。周囲のスバルたちも手を出せずに硬直している。
「なぁ、みんな。ちょっと危ないから、そこから離れてくれ」
「カオル……?」
「いいから、俺を信じてくれ」
俺の言葉に、アズサは一瞬だけ目を見開き……すぐに何かを察したように、一歩、また一歩と後方へと飛び退いた。
「貴様、人質の分際で何を喋っている! 命が惜しければ黙っていろ!!」
ロボット兵がセンサーの音を荒らげる。
「まぁまぁ、そう怒るなよ。そんなにそのボスってのが大事なんだ?」
「当たり前だ。いずれボスはこのブラックマーケットを支配する御方だ!」
「へぇ。確かにさっきあんたらの拠点を見た時、設備も良かったし、装備もちゃんとしてたもんな」
「何が言いたい……?」
「俺の右手の人差し指とさ、……あんたの右腰のあたり、ちょっと見て欲しいんだよね」
ロボット兵が怪訝そうに視線を下に向ける。
俺の人差し指には、金属製の『丸いリング』が引っかかっていた。そして、ロボット兵の右腰に安全ピンが外れたグレネードがあった
「目の前のことに集中しすぎると、周りが見えなくなることってあるよな」
「貴さ、ま――ッ!?」
ロボット兵が叫ぶのよりも早く
ドォォォォン!!! と、部屋全体を揺るがす凄まじい大爆発が轟いた。
普通なら、肉片すら残らない即死の衝撃。
「カオル――っ!!」
スモークの向こうから、アズサが必死に駆け寄ってくる。
「なっ、なんて無茶を……!」
部隊長のスバルが絶望に顔を青ざめさせた、まさにその瞬間だった。
「ぶはっ……!! ゲホッ、ゲホッ……! ゲリラ戦術の応用、大成功、だな……」
俺は派手に咳き込みながら、何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。
「……なっ!?」
目の前で起きた狂気的な光景に、スバルや周囲のアリウス生たちは、まるで本物の化け物でも見るかのように驚愕して硬直していた。
「残念ながら、ボロボロの俺を狙って人質にしようとしてたみたいだけどさ……。あんたらにとっちゃ、俺が一番のハズレくじだったってわけだ」
床に転がるロボット兵を見下ろし、俺は肩をすくめた。
(まぁ、アズサやスバルだったら、拘束される前に気配に気付いて、こんな間抜けな事態にはならなかったと思うけどな)
首をぽりぽりと掻きながら、周囲のメンバーを見渡す。
「みんな、無事だったか?」
「いや、まぁ……おかげさまで、私達は無傷なのですが……」
部隊長のスバルが、完全に引きつった顔でカチカチと音を立てるようにして言った。
「……貴方のその身体、一体全体どうなっているんですか!?」
「どうだい? タネも仕掛けもない、ただのちょっとしたマジックだよ」
「え、えぇー……」
そんなマジックがあるわけがないでしょう、と言いたげに、スバルは完全にドン引きした目で俺を見つめている。
「何度見ても凄まじい再生力だな、カオル。あの至近距離の大爆発も、さっき陽動の時に受けた何発もの銃弾も、もう全て治療済みなんでしょ?」
隣に駆け寄ってきたアズサが、俺の服の破れ目から覗く、傷一つない白い肌を確認して頷いた。
「あぁ、そうだな。昔は撃たれたら痛みで気絶してたけど、あのクソババアのおかげで、最近は痛みにもかなり慣れてきたよ。……だけど、攻撃を受けたら傷はすぐ治るけど、流れた血までは消えないからさ。制服が毎回血塗れになっちゃうのが、本当に困るんだよね……」
「……」
「俺もアズサみたいに、敵の銃弾を全て紙一重で躱すことができれば、もっとスマートで楽なんだけどな」
俺が自嘲気味に笑うと、アズサは真剣な面持ちで俺の目を見つめ返した。
「なら……今度はスモークグレネードを応用した、ヒット&アウェイの戦法をとってみたらどうだ?」
「え? ヒット&アウェイ?」
「うん。前々から思っていたけど、カオルは気配を隠して敵の死角に回り込むのがすごく上手い。その隠密能力をさらに鍛え上げれば、実戦でも十分に通用するはずだ」
アズサはそっと俺の制服の袖を引き、少しだけ切なげに瞳を揺らした。
「それに……いくら一瞬で再生して元通りになると分かっていても、私は……カオルが傷つく姿なんて見たくないから……」
「……。あぁ、そうだな。確かに、再生力だけに頼らない別の武器があるのは心強い。サンキュー、アズサ」
「次の課題は、気配の遮断と一撃離脱。……よし、明日からの自主練のメニューを考え直そう」
そんな事を考え任務を終わらせた