隊を移動してから、数ヶ月経った……
乾いた銃声と、肉体を破壊する鈍い音が薄暗い訓練場に響き渡る。
俺は今、教官である錠前サオリと一対一の模擬試合をしていた。
「オラァッ!」
俺は手に持った鉄パイプを容赦なく振りかざす――と見せかけて、その影、腰脇に潜ませていたハンドガンを至近距離から抜き放った。
だが、サオリ教官はその銃口のブレだけで軌道を見抜き、紙一重で頭を傾げて弾丸を躱す。即座にカウンターの銃弾が、俺の肉体を正確に抉った。
バン、バン、バン、と容赦のない3連撃。
頭、喉、心臓をピンポイントでブチ抜かれ、激しく鮮血が舞う。俺は溢れ出る血を撒き散らしながら、数秒で傷口を強引に再生させ、今度は隠し持っていたナイフを逆手に握ってサオリの懐へと踏み込んだ。
サオリ教官は俺のナイフの突きを最小限の動きでいなすと、そのままナイフを持つ俺の右腕をガシッと掴み、容赦なく逆方向へ捻り上げた。
――ゴギッ。
訓練場に、関節が原型を留めずに破壊される不快な鈍音が響く。
俺は左手でもう一本のナイフを抜くと、サオリに掴まれている自分の右腕の肉ごと、骨の関節を迷わず力任せに切り離した。
「――……っ!?」
右腕を犠牲にして拘束を強引に解いた俺は、そのまま残った左足を軸に、教官の横頭部を狙って渾身の回し蹴りを叩き込む。
ブォン! と空気を引き裂く一撃。だが、サオリ教官は驚愕しつつも一瞬で上体を逸らし、その蹴りをギリギリのところで躱してみせた。
俺がバランスを崩した所にまた銃弾が放たれていく
(チッ……! 銃創や切り傷などの治りは早いけど、骨折とか関節がイカれた怪我は、治りが遅い……)
隙だらけになった俺の胸元に、サオリ教官のライフルの銃口が再び突きつけられる。
(分かってはいたけど、遠距離も近距離もアイツの方が何枚も上手だ……。俺自身、銃の腕はそこまで良くない。かと言って、真正面からの近接戦じゃ絶対に勝てない……!)
ガラガラと転がっていた鉄パイプを再び左手で拾い上げ、突撃する
「ただ特攻するだけでは、何の意味もないと言ったはずだ!」
無慈悲な銃撃が俺の四肢を撃ち抜いていく。肉が削げ、血が噴き出すのを一切無視して、サオリ教官の目の前まで肉薄した。そして激突する直前、着ていた上着をガシッと脱ぎ捨て、目隠し代わりにサオリの顔面へと投げつけた。
「……っ!」
視界を奪われたサオリが一瞬だけ動揺する。
その隙を見逃さず、俺は彼女の背後へと回り込み、鉄パイプをその脳天目がけて全力で振り下ろした。
だけど教官はギリギリの所で鉄パイプの軌道を躱すと、振り下げてガラ空きになった俺の懐に潜り込み、俺の身体を背後からガチガチにホールドした。
完璧なスリーパーホールド。完全に極められ、指一本動かせない。
「いくらお前に再生力があろうとも、こうやって完全に動きを拘束され、無力化されたら何の意味もない。……終わりだ、カオル」
「降参だ……」
(爆発物の使用は禁止だったけど、まだここまで実力差があるのかよ…)
「よし、今日の訓練はここまでだ。解散」
サオリ教官の冷徹な号令が訓練場に響く。
「ぐえ〜……。やっと、終わった……」
俺はその場に大の字になって倒れ込んだ。
息を整えながら制服の土を払って立ち上がると、なぜか教官が腕を組んだまま、じっとこちらを見つめていた。
「カオル。訓練後で悪いが、この後時間はあるか?」
「え? 今日はもう何もないから、時間は余るほどあるけど……」
「そうか。なら、ちょっとこっちに来てくれ」
「え、あ、おい……」
踵を返して歩き出すサオリ教官の後を、俺は慌ててついていく。
(まさか……俺だけ居残り追加訓練とか言わないよな? 訓練は終わったって言ってたけど、あれは全体に向けての建前で、俺だけ何かされるのか?確かに模擬戦で教官にボコボコにされたけど…)
最悪の事態を予想して冷や汗を流しているうちに、前を歩く教官が小さな声で口を開いた。
「……その、私に、料理を教えてくれないだろうか」
「――……えっ?」
あまりにも思いもよらない言葉に、俺の思考が完全にフリーズした。
「料理……? 俺だけ追加でしごかれるんじゃなくて?」
「何を言っている。今日の訓練はもう終わったと言っただろう?」
サオリ教官は心底呆れたような顔で俺を見る
「え、あっ、そうなんですね。……いや、料理を教えるのは別に構わないけどさ。なんで急に、料理なんて?」
「それは……」
サオリ教官はふっと視線を斜め下に逸らすと、形の良い唇をキュッと結んだ。
「……笑うなよ?」
「スクワッドの皆は、いつも過酷な環境で頑張ってくれているからな。その……日頃のお礼に、私が温かい料理を作って振る舞ってあげたいのだ。だが、私は恥ずかしながら今まで戦うことしか教わらず、料理をしたことがなくてな……。アズサに相談したところ、お前は意外と料理が上手いと聞いた。だから、その……手解きをしてほしくてな」
頬をほんのりと朱に染め、指先を少しもじもじさせながら、恥ずかしそうに白状するサオリ教官。
(マジか……この人もちゃんと照れるんだ…この人もアズサと同じタイプか…...?って言うか、ここにいるヤツら全員顔が良いのは何なんだ?)
「そういうことだったら全然手伝うよ、それに笑わねぇよ皆の事を思ってやっているんだろ?それはいいことだし、恥ずかしがることじゃないよ」
「そうか…ありがとう」
「それで、材料はあるのか?」
「それなら問題ない」
サオリが袋から取り出した食材を覗き込み、俺は納得したように頷いた。
「なるほど、カレーを作ろうとしているのか?」
「あぁ。前にヒヨリが拾ってきた雑誌で読んだのだ。カレーとは『家庭の味』の代表格らしいからな……」
ポッと頬を赤くしながら話すサオリを見て、俺は前々から気になっていた疑問を口にしてみることにした。
「なぁ、前から気になってたんだけどさ。たまにミサキやヒヨリが、あんたのことを『姉さん』って呼んでいるだろ。あんたらって、本当の姉妹なのか?」
「いや、私達に血の繋がりはない……。だけど、幼い頃からこの地獄で共に暮らしてきた、家族みたいなものだ」
サオリは遠い目をしながら、愛おしそうに呟いた。
「そっか……。家族、ね」
だったら、俺が手伝えることは全部手伝ってやろう。俺はポンとサオリの肩を叩いた。
「なら、早く作っちまおうぜ。訓練終わりでみんな腹ペコだろうからな。もたもたしてたら、ヒヨリがお腹減りすぎて泣き出しちまう」
「ふっ……それもそうだな。では、かかるとしよう」
こうして俺とサオリ教官による、カレー作りが始まったのだが――そこから先は、まさに命がけの戦場だった。
「教官危ない!! その左手の添え方と包丁の位置だと、玉ねぎと一緒に指まで切っちまうぞ!」
「す、すまない……!」
「俺がやり方を教えるから、刃物じゃなくて俺の手元をちゃんと見ていてくれ」
普段の戦闘や武器の整備の時はあんなにも手際が良いのに、料理となった途端にサオリは恐ろしいほど不器用だった。途中で無意識に包丁をミリタリーナイフのように逆手持ちし始めた時は、野菜じゃなくて俺が料理されるんじゃないかと本気で肝が冷えた。
「カオル、玉ねぎはどれくらい炒めればいい?」
「全体が綺麗な飴色になるまで炒めればいいよって……おい待て、なんだそのコンロの火力は!?」
「こうすれば早く焼けるかなって...…」
「それだと火が強すぎて、飴色になる前に一瞬で炭になっちまいますって!」
ズドォォン! ガラガラガッシャーーーン!!
その後も、調理室からはおよそ料理中には鳴るはずのない大爆音や金属の破壊音が鳴り響いていたが何とか完成した
「はぁ……はぁ……。何とか、完成したな……」
「まさか料理中に換気扇が爆発するとは思わなかったぞ。死に物狂いで食材だけは死守できたから良かったけど……」
煤で顔を黒く汚したサオリが、申し訳なさそうにガックリと肩を落とす。
「すまない、カオル……。色々と迷惑をかけた」
「いいって。初めてなんだから、ほら、早くみんなの所に行ってあげな。ここの片付けは俺がしとくから」
「何を言っているんだ? お前も一緒に食べるのだぞ」
「え? いいのか? 俺はほら、スクワッドの正式なメンバーじゃないだろ」
「お前がいなければ、このカレーは完成する前に消滅していた。……それに、お前とアズサの二人がこの隊に来てから、スクワッドの雰囲気もどこか明るくなった気がするのだ。姫もお前には凄く感謝しているらしいしな」
「これは、カオルとアズサも含めた、私からの日頃のお礼だ。……まぁ、お前には大半を手伝わせてしまったがな」
「そうか……。じゃあ、遠慮なくご馳走になるよ。ありがとう、教官」
「あと、私の事も教官って呼ばなくていい…これからはサオリと呼んでくれ」
「分かったよ、これからもよろしくサオリ」
皆でカレーを食べた。カレーはちょっと焦げていたけど、心が温まるようなそんな優しい味がした。