「はぁ……。死ぬほど疲れた……」
拠点である薄暗い作戦室に戻るなり、俺は大きくため息を吐いた。
(サオリの奴め……。こないだちょっと訓練をサボったからって、一週間も訓練メニューを倍以上に増やしやがって。……まぁ、サボった俺が10割悪いんですけどね)
心の中でそんな悪態をつきながら、泥のように疲弊した身体をソファに投げ出す。
「……あ、お帰りなさい、カオルくん」
「おー、ただいま、ヒヨリ」
古びたパイプ椅子に座って、拾ってきたらしいボロボロの雑誌を読んでいた鎚永ヒヨリが、オドオドとした様子で声をかけてきた。
「あれ、他の皆はいないのか?」
「はい……。リーダーはまだやるべきことがあるらしくて、姫ちゃんはマダムに呼ばれて出かけていきました。ミサキちゃんは今お風呂に入っていて……アズサちゃんは、たぶん外で自主練をしてると思います……」
「そっか。みんな相変わらず忙しいな」
メンバーの状況を把握しつつ、俺はそこら辺にあった木箱を机代わりにし、腰のポーチからいくつかの工具と、小さな手榴弾を取り出した。
「あの……カオルくん、何をしているんですか?」
「ん? ああ、今ちょっとスモークグレネードの改造をしてるんだよ」
「かいぞう、ですか?」
ヒヨリが不思議そうに首を傾げる。
俺は手元で細かな信管をいじりながら、中身の構造を調整していく。
「このスモークの中に、前にマダムの実験場にいた頃、あのクソババアから貰った特殊な薬品を混ぜ込んでるんだよ」
「マダムの、薬品……」
その不穏な単語に、ヒヨリの身体がビクリと強張る。
「最初はその薬品をまんま使おうとしたんだけど、流石に危険すぎたから、効果は十分薄めてる。原液のままだとさ、頑丈なキヴォトス人でも火傷痕が残るレベルの劇薬だからな。流石の俺もそんなのは扱いかねる」
「そ、そんな危険な効果なんですか!?」
涙目になるヒヨリを見て、俺はニヤリと不敵に笑ってみせた。
「まぁ、実験が完成してデータを取ったら、この試作品はすぐに安全に破棄するけどな。一応、万が一のために残そうかとも考えたんだけどさ。こんなヤバい代物をそこら辺に置いておいたら、お腹を空かせたヒヨリが新しい調味料か何かと勘違いして、うっかり飲んじまうかもしれないだろ? 安全面を考えての処分だよ」
「うわぁぁぁん! 私、カオルくんからそんな物凄い馬鹿だと思われてるんですか……!? いくら私がお腹ペコペコで道端の雑草とかを食べてるからって、怪しい薬品は流石に飲みませんよぅぅぅ!!」
「はははっ! 冗談だよ、流石にそこまで馬鹿だとは思ってないって」
(まぁ、一瞬まじでヒヨリならやりかねないと思ったのは内緒だ。いや、あいつだってこれでもアリウス最精鋭のスクワッドの一員だし、普段のネガティブさの裏返しで意外と疑り深いところもあるから、流石に劇薬を飲んだりはしないか)
俺が内心で失礼な納得をしていると、ヒヨリは感心したように目を輝かせた。
「凄いですね……。それにしても、よくマダムからそんな薬品を貰えましたね」
「まあ、あいつが行っている実験の余り物だからな。それに何個かは、本来の効果よりも効力が著しく落ちている『失敗品』もあるらしいから、ゴミを押し付けられたようなもんだよ」
「失敗品、ですか?」
「あぁ。でも俺からすれば、持っておくだけで得だしな。これがあるだけで、俺の戦術の幅もグッと広がる。使えるものは何でも使わないと、ここでは生き残れないだろ?」
俺が手元で信管を固定し、改造スモークグレネードをポーチに収めると、ヒヨリは読んでいた雑誌をゆっくりと膝の上に置いた――。
そして、前髪の隙間からオドオドとしたいつもの怯えを消し、どこか哀切を孕んだ真剣な瞳で、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「……あの、カオルくん。……なんで、カオルくんはそんな風に戦えるんですか?」
「戦える? それはお前だって戦えるだろ?」
「あ……そうじゃなくてですね……! なんでそんなに、どんな酷い目に遭っても『前向き』に生きていけるんですか?」
ヒヨリは膝の上の雑誌をぎゅっと握り締める。
「……だって、カオルくんは私達と違って、銃弾一つでも当たったら致命傷になります。いくら死なずに治ると言っても、痛いものは絶対に痛いです。……なのになんで、カオルくんはまた銃を持てるんですか? 壊されそうになっても、こうして自分で武器の改造までして、未来に備えているんですか……?」
「うーーん、そうだなぁ〜……」
必死なヒヨリの問いかけに、俺は工具を置いて、腕を組んだ。
「何個か理由は自分でもあるんだけどさ。一番は……そこに『可能性』が残されているから、かな」
「可能性……? どういうことですか?」
「俺、ここに来る前はさ。銃を撃ったことも、なんなら触ったことすら一度もなかったんだ。戦闘なんてものとは、逆立ちしても無縁な人生を送ってきた」
そう、元々俺はキヴォトス外の人間だ。あっちの世界じゃ銃を持っていたら警察に逮捕されるし、普通の一般人だった俺は、殴り合いの喧嘩すらしたことがない平和な人生だった。
「だからだろうな。この地獄に来て、今までの常識が全部ひっくり返ったんだ。だったら、今までできなかったことを俺は全部やりたい。死に物狂いで足掻けば、まだ見ぬ新たな可能性が見つかるかもしれないからさ」
「それに何も成し遂げずにただ死ぬのはもうしたくないから」
「……そんなの、ただ苦しいだけで……。私達みたいな出来損ないの足掻きなんて、なんの意味もないですよ……」
ヒヨリはいつものネガティブな自嘲を溢れさせる。だけど、俺は首を横に振った。
「その言葉は否定しないよ。確かに俺の銃の腕前は、お前らに比べたら、今でも全然へっぽこだ。それは認めざるを得ない」
「……じゃあ、なおさら何故そこまで前を向けるんですか……?」
「それが、まだ『諦める理由』にはならないからだ」
「諦める理由に、ならない……?」
驚いたように目を見開くヒヨリに、俺は言う
「確かにお前らよりは下手くそだけどさ、俺の銃の腕前が『確実に上がってきている』のもまた事実だろ? だったら、ちょっとずつ強くなっていけばいい。最後に勝てば官軍なんだからさ」
俺はパイプ椅子から身を乗り出し、ヒヨリの目を真っ直ぐに見据えた。
「まだ『無理だ』と結果が決まった訳でもないのに、途中で諦めるなんて勿体ないだろ? いくら天才と言われる奴だって、最初は何も分からないゼロのところから始まるんだ。そこから泥をすすって成長していくんだよ。今作ってるこのスモークだってそうだ。俺には気配を消す才能があるらしいからな。その可能性を、自分で勝手に潰したくないだけさ」
「可能性が1ミリでも残っているなら、俺はどこまでだって前へ進んで行きたい。……それにさ」
「あと、これが一番の理由なんだが…...」
「――それは、な」
「それは……」
ヒヨリはごくり、と固唾を呑んで俺の次の言葉を待った。
「銃を使えるとかっこいいからだ!!」
「……え? え、そんな理由なんですか……?」
「お前、そんな理由ってなんだよ! これが一番大事に決まってんだろ! 銃は男子全員のロマン、永遠の憧れなんだよ!」
「……はぁ、そうなんですか……?」
あまりのくだらなさに、ヒヨリの目が完全に点になっている。
「みんな学生の頃に絶対してただろ! 授業中に突如として謎のテロリスト集団が襲撃してきてさ、クラスの可愛い女子が人質に取られた瞬間に、俺が隙を突いて銃を奪い取ってテロリストを全員撃退する妄想! やっぱり男たるもの、そういう憧れってのは止められないよなぁ!」
「う、羨ましいです……」
熱弁を振るう俺に、ヒヨリはどこか遠い目をしながら、小さくため息を吐いた。
「私には……カオルくんみたいに前を向くことも、そんな楽しそうな『憧れ』を持つこともできません」
「まあ、そりゃそうだろ」
「……っ、やっぱり、そうですか……。私みたいなゴミ人間には、最初から……」
「勘違いすんな。お前にそんな生き方が『出来ない』とは言ってないぞ」
「え……? どういうことですか?」
「俺とお前じゃ考え方も違うし、元々いた環境が違いすぎるんだ。俺はさっきも言った通り、ここに来るまでは銃声を一度も聞いたことがないほど平和な世界にいた。だからアニメや漫画、ドラマそういうのを見て気楽に憧れを持てただけだ。……だけど、お前らは正直に言って環境が悪すぎる。それは、お前たちの落ち度じゃねえよ。それだけは確実に言える」
「昔から、あのクソ野郎に『全ては虚しい』だの、虚無感だの憎しみだのばかりを無理やり頭の中に埋め込まれてきたんだ。マイナス思考になっちまうのも仕方ない。……だけどな、子供はいつか親の手を離れて、自分の足で自立しなきゃいけないんだよ」
「いつまでも言いなりになるな、俺達は人間だ嫌なことがあったら逃げていいんだ。逃げる事は恥じゃない。だけど、逃げるために自分と立ち向かわないといけない」
「お前らはそれが出来てないだけさ」
「人に頼っていい、だけど、結局は自分自身で決めないといけない」
「だから生きることを諦めないでくれ」
「そう……ですか……」
「あー、ごめん。ちょっと熱くなりすぎたわ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「いきなりやれとは言わない。本当にちょっとずつでいいんだ1mmでもいい、0よりはましだ」
「こんな話を聞いてくれたんだ褒美をやるよ」
ヒヨリに雑誌を渡す
「えっ……これって…」
「前にマダムに呼ばれた時に病室にあった雑誌をパクってきた。結構最近のやつだ」
「あそこの病室、俺とアツコ以外誰も使わないから多分バレない」
「決めるのは自分自身だが、後押しはしてやる」
「アリウス外には色々ある。ちょとでも希望を持ってくれれば嬉しいよ」
「あ、ありがとうございます…」
そう言い、作業に戻った。ヒヨリと話をしながら皆が来るのを待った