予想外の強敵
俺がアリウススクワッドに入ってから、さらに二年の月日が流れた――。
「ここがターゲットの潜伏しているビルか……」
俺は今、単独での任務のためにブラックマーケットの寂れた雑居ビルを訪れていた。
「それにしても、珍しいな。俺一人で任務に行けだなんて……」
いつもならスクワッドの誰かが同行するか、あるいは他のアリウス生と一緒なのだが、今日の拠点は妙にバタついていた。
ヒヨリとミサキは別の任務に駆り出され、サオリとアツコ、そしてアズサの三人は、先ほどマダムの部屋へと直接呼び出されていたのだ。
(サオリやアツコが呼ばれるのは珍しくないけど、アズサがマダム直々に呼び出されるなんて、一度もなかったぞ……。なんだか、嫌な予感がするんだよな)
胸をざわつかせる不穏な予感。だが、俺は首を振って思考を切り替えた。
「まぁ、今は目の前の任務に集中するか」
今回の賞金首の首に懸けられた金額は、ブラックマーケットの中では比較的安い。大手の組織ではなく、大した護衛もついていない。だからこそ、マダムも俺一人で行かせたのだろう。
「なっ……お前、どこから入ってきた……っ!」
「さぁな? 死に損ないのあんたには関係のないことだろ」
完全に気配を消し、背後から接近した俺は、ターゲットの脳天に一撃を見舞って気絶させる。任務は思ったよりも遥かに早く終わった。
「よし、あとはコイツを依頼主に引き渡せば任務完了だな」
気絶した男を肩に担ぎ上げ、ビルの外に出ていく。
(今日はうるさい監視役もいないことだし、コイツを引き渡したら、この辺りのブラックマーケットを少し探索してみるか)
そう思っていた矢先、背後から迫る強烈な殺気を捉えた。
「っ――!」
考えるよりも早く、俺はターゲットを担いだまま右側へと身体を投げ出す。
直後、鼓膜をツンと刺すような鋭い銃声が響き、俺が先ほどまでいた空間を、弾丸が服の繊維をかすめながら通り抜けていった。コンクリートの壁が激しく弾け飛ぶ。
「あれ? 避けられちゃった」
そこにはニヒルな笑みを浮かべ、大型のハンドガンをこちらに向けて構えている一人の少女が立っていた。
「おいおい。挨拶もなしにいきなり撃ってくるなんて、ブラックマーケットでもマナー違反じゃない?」
「おっと、それは失礼したね。一撃で眠らせてあげるつもりだったんだけど」
言葉とは裏腹に、彼女の瞳には楽しげな好戦的な光が宿っている。
「一応聞くけど、俺に何の用だ?」
「用件はシンプルだよ。今、君が背負っているその人――賞金首になってる○○会社の社長でしょ?」
「そうだけど。それがどうした?」
「なら、単刀直入に言おうか。そいつを私に渡してもらおうと思ってね」
「嫌だと言ったら?」
「あまり、手荒な真似はしたくないんだけどね...…」
カチャリ、と彼女が不敵に笑いながら銃の引き金に指をかける。
(逃げるのは無理だな…...ロボットや犬猫と違ってこいつはキヴォトスの人間、こいつを背負いながら逃げれる自信はない)
俺は担いでいた社長の身体をそっと物陰の隅へと置き、武器を構える
「残念。大人しく渡してくれたら、痛い思いをせずに済んだのに」
「こっちにも事情があるのでね。それに先に仕掛けてきたのはアンタだぜ?そっちこそ怪我しても知らないぜ?」
――パァン! と鋭い銃声が響く。
彼女が放った弾丸を、俺は紙一重で頭を傾げて躱しながら、一気に距離を詰めて懐へと滑り込んだ。
逆手に握ったナイフでその首元を切り裂こうとするが、金属の激しい衝突音と共に強引に防がれる。
「へぇ、珍しいな。手鎌を武器に使うなんて」
「そういう君こそ、銃を使わずにナイフと鉄パイプで戦うのも珍しいよ」
彼女は至近距離からハンドガンの銃口を俺の胸元に突きつけ、容赦なく引き金を引いた。
俺は咄嗟に左手の鉄パイプを突き出し、弾丸の軌道を強引に横へと弾き飛ばす。そのまま鉄パイプを脳天めがけて振りかざすが、彼女は軽やかなステップで後方へと躱した。
彼女はハンドガンを撃つが、それを何とか躱したが体勢を崩したうちに彼女が放った鎌の横薙ぎを、間一髪ナイフで防ぐが、右腹部に激痛が走る
「ぐあぁッ……!」
焼けるような激痛が脳を突き刺す
「鎌は1本だけじゃないよ」
「チッ……!」
痛みを気合でねじ伏せ、俺は鉄パイプを横に薙ぎ払うが、彼女は蝶のように後ろへと跳んで綺麗に躱してみせる。それと同時に、彼女の両手の手鎌が、一瞬で二丁のハンドガンへと切り替わっていた。
(マジかよ……! 武器の切り替えが早すぎるだろ)
ダダダダダッ! と激しいマズルフラッシュが光る。
躱しきれなかった弾丸の雨が、俺の四肢や肩を無惨に貫いていった。
――だが、直後に困惑の表情を浮かべたのは、攻撃を仕掛けたはずの彼女の方だった。
(なっ……!? ど、どういうことよ……?)
彼女が混乱するのも無理はなかった。
キヴォトスの人間の肉体は頑強だ。刃物による刺し傷や切り傷は比較的つきやすいが、銃弾数発程度では、肉体を貫通して血を噴き出すような傷は付かない。一点を集中して何十発も撃ち込まない限り、肉を貫くことなんてあり得ないからだ。眼前でハチの巣にされて血を流す男の脆さは、キヴォトス人からすれば『異常』そのものだった。
「なーに戦場で突っ立って見惚れちゃってんの! 余裕かッ!!」
「しまっ……!?」
銃創からボタボタと血を流しながら、俺は一歩も怯まずに踏み込み、手にした鉄パイプを彼女の胴体めがけてフルスイングで叩き込んだ。
鈍い衝撃音と共に、彼女の身体が吹き飛ぶ
「痛っ……! ――って、はぁ!? なによそれ!?」
壁に背中を打ち付けた彼女が、信じられないものを見るような目で俺を凝視した。
「なんで、さっきの傷がもう完全に治ってんのよ……!?」
「さぁね? 何故だろうな。俺がただの、健康優良児だからじゃない?」
俺は血を払いながら、不敵に笑ってみせる。腹部の切り傷も、全身の銃創も、肉が這いずり瞬時に塞がっていた。
(……いや、あり得ない。いくらなんでも再生の速度が早すぎる。多分だけど、コイツは……正義実現委員会の委員長みたいに、肉体の治癒能力が桁外れに高いタイプ...…!? 確証を得るために、もう一度近接戦で削るしかない……!)
ガキン、ジャキィン、と薄暗い非常階段に金属音が鳴り響く。
激しい攻防の最中、俺は鉄パイプを捨て身で振り回したが、彼女はその攻撃を紙一重の演舞のように全て躱してみせた。
「痛いな〜。死んじまったらどうするんだよ」
「……っ、本当、凄いね君の身体。一体どんな構造をしてるの?」
彼女の瞳に、明らかな警戒と驚愕が混ざり合う。
(――おかしい。銃や刃物の攻撃でも、肉体がすぐさま内側から再生されて意味が無い。脳や心臓も確実に貫いたはずなのに、即死級の攻撃すら一瞬で全回復される。それだけじゃない、コイツ、精神力が異常だ。いくらダメージが秒で回復すると言っても、激痛は脳に走っているはず。普通なら痛みのショックだけで気絶してもいいはずなのに、全く気にする素振りすら見せない……!)
(だけど……再生力は凄まじいが、その分、素の速度も力も大したことはない。なら――!)
刹那、彼女は両手の手鎌をホルスターへと同時に収めた。
(武器をしまった……!? 何をする気だ?)
俺がナイフを構え直した瞬間、彼女の身体が爆発的な踏み込みで急接近する。
「早っ――!!」
「私、銃や刃物だけじゃなくて、組手も得意なの!」
迎撃のためにナイフを真っ直ぐ突き出したが、彼女は最小限の身のこなしでそれを躱すと、俺の右腕をガシッと掴んだ。引き込まれるような感覚と共に、一瞬にして視界が上下反転する。
(クソッ……! 合気道か……ッ!)
ドサリ、とコンクリートの床に激しく投げ飛ばされ、背中を強く打ちつける。肺の空気が強制的に吐き出された隙を逃さず、彼女は素早く俺の身体に跨がり、完璧なマウントポジションを完成させた。
「君の再生力は凄いけど――外傷ができない攻撃に対しては、どう動くのかな?」
冷酷な微笑みと共に、彼女の両手が俺の喉元を掴み、全体重を乗せて首を押し潰すように強く締め上げてきた。
「ガ、ハッ――……っ!?」
首の骨が悲鳴を上げ、気道が完全に閉ざされる。
(ヤバい……!! 絞め技や関節の固定みたいな『肉体が欠損しない攻撃』に対しては、俺の再生力は発動しない……! このまま意識を刈り取られて気絶したら、それで終わりだ……っ!)
彼女の拘束を抜け出そうとするが、彼女はそれを許さない
視界の端がチカチカと明滅し、急速に黒いモザイクが広がっていく。
(クソが……息が、できない……。脳に、酸素が回らねえ……。もう終わりなのか…...)
(――な〜んてな)
「っ!? なに――」
ドォォォンッ!!
ゼロ距離で、凄まじい爆音と衝撃波が非常階段に吹き荒れた。
「どうだい?液体爆弾の味は楽しめたかい?」
「ゴホッ、ゴホッ……最悪な味をどうも」
「君こそ味わえたのかい?喉も焼け焦げてると思うけど…」
(マジかこいつ……!! 窒息する直前に、口の中に忍ばせていた液体爆弾を自爆させやがった……!!)
彼女の戦慄を余所に、俺はゴボリと黒い血を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「それはご安心を。……ほら、こうすれば傷も火傷も元通りだ」
じゅわう、と音を立てて、俺のボロボロだった喉と顔面の肉が急速に再生していく。
(やっぱり、一瞬で傷が治ってる……。出力もスピードもないから油断してた。自分の命を一切顧みずに攻撃してくる、本物の異常者……! 再生力があるって、こんなにもやりづらいのね……!)
彼女は忌々しげに顔の血を拭う。
(だけど、いつかは限界がくる...…)
「君、本当にイカれてるよ…...再生力があるからって普通こんなことする?」
「再生力しか取り柄がないのでね…褒め言葉として受け取るよ」
「君との近接戦はリスクがある…これで戦わせてもらうよ」
彼女が腰のホルダーからシャラリと引き出したのは、頑丈な金属の鎖だった。そしてその先端には、妖しく光る一振りの手鎌が繋がれている。
「随分と、古風な技術を使うんだな」
「だけど、君はこの鎖鎌から逃げられない」
そう言うと、彼女は凄まじい速度で鎖鎌を頭上で旋回させ、鋭い一撃を放ってきた。
「ぶねっ……!?」
「あれ? それ、初見で躱すんだ。じゃあ、これはどうかな?」
避けたはずの鎖鎌が、まるで生き物のように軌道を変えて背後から戻ってくる。
「痛ってぇ――っ!」
完全に死角から背中の肉を大きく削ぎ落とされ、激痛が走る。
(無理だ、早すぎて完全に見えない……! さっき躱せたのはただの奇跡だ!)
容赦のない鎖鎌の連撃が、俺の肉体を次々と切り刻んでいく。その度に俺の身体は自動的に再生を繰り返すが、俺の脳内は冷や汗で満たされていた。
(どれだけ再生できると言っても、限界はある。俺の再生は、俺自身の神秘を燃料にして動いてるんだ。ダメージを受けすぎて神秘が底をつけば、俺は一旦気絶して、回復するまで動けなくなる。……くそっ、コイツは俺の再生力が切れるまで、遠距離から安全に削り殺すつもりだ!)
このままではジリ貧で負ける。鎖鎌が早すぎて、普通に戦っては何もできない。
(この鎖鎌に対応できない……。なら、タイミングは俺が無理やり作ってやる!)
俺は牽制のために右手のナイフを敵に向けて投げつけた。当然、彼女の鎌によって虚しく弾き落とされる。
(ナイフは弾かれた。……だけど、それでいい。今、俺の左側は完全に丸腰だ。コイツは確実に、俺の動きを止めるために心臓を狙ってくる……。そこが、唯一のチャンスだ!)
狙い通り、彼女の鎖鎌が一直線に俺の左胸の心臓を目指して飛来する。
(よし……来たっ!!)
ズブゥッ!! と、鋭い刃が俺の胸を貫き、背中へと突き抜けた。口から凄まじい血が溢れる。
だが、胸に刺さった鎖鎌を、片手で、ガシッと力任せに掴んだ
(なっ――マジか……っ!? コイツ、鎖を掴んで引き込んできた……!?)
鎖を掴んで固定した俺は、そのままポーチから通常の手榴弾を引き抜き、ピンを抜いて彼女の足元へと全力で投げつけた。
「プレゼントだ、受け取れよッ!!」
(ヤバい……!! 今、私とアイツは鎖で繋がってる! 逃げようとしても、鎖を引っ張られて爆発に巻き込まれる……! なら、この鎖鎌を手放すしかない……っ!)
彼女は苦渋の決断で鎖を完全に手放し、全力で後方へと跳んだ。直後、手榴弾が爆発し、黒煙が上がる。
(躱されたか、だけど鎖鎌を手放したな!)
俺はスモークグレネードを取り出し展開する
「よし…ここからが本番だ!」
「スモークグレネードッ!!目眩しか!?」
視界を真っ白に染め上げる煙の中、彼女はすぐにハンドガンを構え直す。
しかし直後、彼女の身体に奇妙な違和感が襲いかかった。
「なんだ……? この煙、肌が……――ガッ!?」
突如として、彼女の頭部に容赦のない鉄パイプの一撃が振り落とされた。
「どっから攻撃してっ……グホッ!?」
反撃を試みようと銃口を向けるが、そこにはすでに誰もいない。
(クソッ!! 気配が全く読めない……! それにこの煙、肌に触れると針に刺されたみたいにチクチクする。ダメージ自体はさほどないけれど、神経が逆撫でされて、集中力がゴリゴリ削がれる……っ!)
(よし!俺が改造したスモークグレネードは結構有効なようだな)
アズサに言われた気配を絶つ才能そしてこの二年間その戦い方も教えられた、ヒットアンドアウェイこれで勝利を掴み取る
(まさか……再生力以外にも、こんなネタを隠し持っていたなんて。ただのゾンビ野郎だと思ったのに、コイツ、本当に気配が分からない……! 煙のせいもあるけど、攻撃が当たる直前まで殺気が微塵も感知できない……!)
彼女の焦りが、肌を刺す空気となって伝わってくる。
(それにさっきまでの戦い方とは違う、視界を遮っての完璧な一撃離脱。一発一発の重さは軽いけれど、さっきの爆発のダメージもあいまって、どんどんダメージが蓄積していってる……っ)
このまま煙の中に閉じ込められれば、一方的に削り殺されて自分が負ける。彼女は必死に目を見開いて煙の薄い場所を探す、スモークグレネードの効果時間はせいぜい1〜2分程度。徐々に目視できるレベルまで晴れ始めてきた。
だが、俺にそれをただ見届けてやる義理はない。
シューーーーッ!! シューーーーッ!!
追加で転がされる、2発、3発目のスモークグレネード。再展開される白い帳。
(あいつ……!! 私に効果的だからって、間髪入れずにまたスモークを展開してきやがった……!)
「でも、舐めないでちょうだい……! 私だって、2度も同じ手には乗らないわ!」
彼女は腰のポーチから手榴弾を引き抜くと、安全ピンを歯で噛みちぎり、自らの足元へと叩きつけた。
「爆発は、君だけの専売特許じゃないってことよッ!!」
ドンッ!!! と、激しい大爆発が階段室を揺らす。
(よし……!! これでウザい煙は全部吹き飛んだ! 意味は無いかもしれないけど、あいつが今の爆風に巻き込まれててくれたら、最高に嬉しいんだけどね……!)
強烈な爆風によって、真っ白だった煙が一瞬にして綺麗に掻き消された。
――しかし。
爆発の煙が晴れ彼女が目にした光景は……。
「はっ……? ――いない……っ!?」
(ど、どういう事?なんで近接戦闘を仕掛けてこない!?流れは完全にあっちにあったはずなのに…)
「別に、銃が使えないとは言ってねぇよ」
煙幕の粒子に紛れながら、俺は一歩一歩、確実に彼女の死角へと身を隠した。
確かに、あのまま近接戦を挑み続けても良かった。だけど、相手もバカじゃない必ず俺の動きに対策を立ててくる。素の実力で言えば、アイツの方が何枚も格上だ。
だからこそ、そんな格上を完全に打倒するには、相手の想像の枠を超える『予想外』を叩きつけるしかない。
(一瞬の油断をつけ、非効率でもいい、その非効率こそが相手を出し抜く最良の一手となる)
(だけど俺はこの距離から正確に相手の傷口に当てられるか?練習の時のような止まっている的でもないし……)
(なんてな、誰に撃ち方教えて教わってると思ってんだ…...)
「本当に居ない……まさか!!」
彼女は周囲を見渡す
「やっぱりいない……! アイツだけじゃない、物陰の賞金首まで消えてる……っ!」
(裏を突かれた!でもそんなに時間はたっていない、賞金首を担ぎながらではこの短い時間ではさほど距離は遠くない…)
賞金首が居ない焦り、そして追いかけようとする意思、その思考で彼女から生まれた隙を…
「なら、早く追いかけ――」
ドォォォンッ!!
「何が、おき……て……バタン
俺は見逃さなかった
「な、何とか勝てた…まさか、一人で任務の時にこんな強敵に出会うとは思わなかった…」
(この戦いが賞金首をかけた戦いで良かった…もし普通の戦いだった場合俺が負けてたかもしれない)
「でも、勝ちは勝ちだ。」
「早く賞金首を届けないとな」
そう思い賞金首を担ぐと後ろから
パチパチパチ
拍手が聞こえた
「クックックッ…実にいい戦いぶりでしたね」
「葉ノ宮カオルさん」