「失礼しまーす」
ガラリと、重い鉄製のドアをあえて乱雑に開けて部屋に入る。
「……やっと来ましたか」
傲慢な足取りで、ベアトリーチェが豪華な椅子から立ち上がった
「で、なんの用件だ?実験はまだ後なんじゃないっけ?」
「実験ではないですよ。昨日、貴方に言いそびれたことがありましてね……」
「あぁ、それなら聞く必要はねえよ。アズサをトリニティに転校させるって話だろ?」
「あら……。知っていたのですね。耳が早いことで」
「昨日、アズサ本人から直接聞いたからな」
「ふふ、なら話は早いです。貴方には――」
「――その本題に入る前にさ。ちょっといいか? マダム」
「はい? なんでしょう?」
「なんなんだ、あの任務は…」
「なんの事でしょう?」
慇懃無礼に首を傾げるマダムを見据え、俺は懐から銃を引き抜くと、一切の躊躇なくその顔面へと銃口を突きつけた
「……何のことでしょう? 私は貴方に銃を向けられるような覚えはありませんが」
「とぼけるのも大概にしろよ…」
「なんであいつに人殺しをさせようとしている…」
「……はぁ。急に血相を変えて何を言うかと思えば。……勘違いしないでいただきたいのですが、貴方たちは愛を育む生徒ではありません。私が育てた、ただの『兵(道具)』です。アリウスは長い年月をかけ、ただトリニティへの復讐のために戦闘技術を上げてきました。今回はアズサでしたが、いずれは貴方も、他のアリウス生も全員が通る道ですよ」
マダムは冷酷な瞳で俺を見下ろし、不快そうに鼻を鳴らした。
「それに、この私に明確な殺意を向けるなど、敬意がなっていませんね。まぁ、貴方は元々態度が悪かったのですが。本来ならば処刑するはずですが……貴方は私の貴重な【被検体】です。今回だけは特別に目をつぶってあげましょう。……ですが、次はありませんよ?」
「はいはい、そりゃあどうもありがとうございましたー」
「はぁ……。全く、忌々しい。では、本題に入りましょう」
マダムは衣服を整え、冷淡な声で告げた。
「貴方には近々、トリニティ周辺へと向かい、あちらの『情報』を集めてもらいます」
「情報……? 俺が、トリニティの?」
「ええ。具体的にはトリニティの現在の戦力、および生徒会の中心人物たちの情報やトリニティの地形情報などを集めなさい。そして、もし余裕があれば、転校したアズサが問題なく『任務』を遂行できているかどうか、影から監視してください」
「……へぇ。了解。アズサの監視も含めて、きっちり働いてきてやるよ」
「用件はこれで以上です。さっさと帰ってもらって構いません」
「言われなくとも帰りますぜ〜。お邪魔しましたー」
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数日後――。
「うーん……ここにもないかぁ……」
俺は今回も一人で任務を片付けた後、ブラックマーケットの路地裏に居残っていた。
「今日はアクシデントもなく早く任務が終わったから、ここの探索したけど、どこに何があるか分からねぇ…」
案内図もない無法地帯の複雑な地形に頭を悩ませていると、不意に背後から騒がしい銃声と怒鳴り声が聞こえてきた。
「待てゴラァ!! 待ちやがれ!!」
「う、うわあああん! つ、ついてこないでくださいーっ!!」
振り返ると、ブラックマーケットの薄汚れた空気にはおよそ似つかわしくない、上品な茶髪に大きなサイドポニーを結った制服姿の少女が、ヘルメットを被ったチンピラどもに血相を変えて追われていた。
(あ〜あ……。こっちに向かって全力疾走して来てるな。……助けるか? でもなぁ、変に治安の悪い奴らに因縁つけられるのも嫌だし、俺には関係ないからスルーで――)
「わわわっ、危ないです! そこ、どいてくださいーっ!!」
涙目で突っ込んでくる少女の手には、何か奇妙な物体が大事そうに抱えられている。
俺は小さくため息をつくと、腰の得物に手をかけた。
「はぁ……全く、しょうがねえな」
――数分後。
簡易スモークでチンピラどもの視界を奪い、軽く鉄パイプで頭を叩きつけて無力化した俺は、少女を連れて安全な物陰へと避難していた。
「あ、ありがとうございました……! おかげで本当に助かりました……!」
「ただの気まぐれだから気にしなくていいよ。それよりお前さん、なんでこんな危険な場所に一人でいるんだ? 見た感じ、ここの住人じゃなくて、どこか治安の良いまともな学校の生徒だろ」
「あ、あはは……。それはですね……実は、どうしても手に入れたい『探し物』がありまして……」
「探し物? 命懸けでブラックマーケットに来てまで、何を探してたんだよ」
「えっとですね……じゃじゃーん! この、ペロロ様の限定ぬいぐるみです!」
少女は顔を輝かせると、抱きしめていた大きなぬいぐるみを俺の目の前に突き出してきた
(……なんだこれ?なんかどっかで見たことあるな……目が完全にイッちゃってる奇怪な鳥のキャラだな……。キヴォトスでは今、こんな不気味な造形のものが流行ってんのか? 俺のいた世界で言う、あの、ちい〇わとかそういう流行り物みたいなポジションなのか……?)
「これはすでに販売終了した絶版品で、普通のショップではもう売っていないんです! でも、このブラックマーケットの闇市で密かに横流しされているらしくて……! 無事に入手できたのは良かったのですが、まさか帰り道でヘルメット団に追われることになるなんて……うぅ……」
(こんな気色の悪い物を買うためにブラックマーケットに行けるのか…)
「あはは、今、ペロロ様の悪口を言いましたか?」
「えっ……!? い、いや! 口に出してない……じゃなくて、言ってないけど!? は、初めて見たからさ、その、独特なデザインだなぁって思っただけで……っ!!」
「……そうですか? なら良いのですが。ペロロ様の魅力は、この奥深い虚無の眼差しにあるんですよ!」
(く、口には絶対に出してないよな!? なんだコイツ、俺の思考を読んだのか!? 怖ぇよ……!)
「は、話は変わるんだけどさ! あんた、このブラックマーケットとか、その周辺の地理には詳しいのか?」
「え? は、はい。ペロロ様の限定グッズを求めて色々なお店を回っているので、人並み以上には詳しい自信がありますが……それが何か?」
「なら、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけどさ。――」
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数日後――ついに、アズサがトリニティへと出発する日の朝がやってきた。
「おはよう、カオル」
「おはようアズサ。……お、それがトリニティへ潜入するための制服か。凄く似合ってるよ」
「うん。トリニティの人が、わざわざこちらのサイズに合わせて調達してきたらしいの」
眩しい純白を基調とした、アリウスのボロ服とは比べ物にならないほど綺麗なセーラー服
「凄いな……。背中の羽のところとかにも、細かく綺麗な装飾がされているんだな」
「ちょっと動きにくいけど、この服は意外とゆったりしているから……服の中に、隠しナイフや予備のマガジンを大量に入れられるから安心。実戦向きの服だと思う」
「いや、トリニティはそんな日常的に銃撃戦が起きるような野蛮な所じゃないと思うが……。まぁ、アズサらしいな」
「備えあれば憂いなし、だからな」
「そうか……。いよいよ今日からだな。大丈夫か? スマホの使い方はちゃんと覚えているか?」
「うん! カオルが毎日隣で丁寧に教えてくれたからな。バッチリだ!」
慣れない現代の機械を使いこなそうと、アズサはふんす、と胸を張ってみせる。
「それなら良かった。……あ、そうだ。アズサ、トリニティへ行く前に、お前にこれをあげるよ」
そう言って、俺はズボンのポケットから、小さな、だけど丁寧に包装された小箱を取り出してアズサへと手渡した。
「……これは……っ!?」
「昨日任務が早く終わったから、ブラックマーケットで買ってきたんだ」
「トリニティへ潜入するんだろ?トリニティはお嬢様学校らしいからな多少のオシャレはしとかないとな…」
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ブラックマーケットにて
「ええっ!? アクセサリーが売っている場所、ですか?」
チンピラから助けた後、トリニティの地理を教えてもらっていたお礼の道中、俺の質問に少女がパタパタと瞬きをした。
「ああ、別に高価な宝石じゃなくてもいいんだ。なんかその、女の子が普段使いで身につけてそうな、可愛い装飾品が売ってる店が欲しくてさ……」
「売っている場所は心当たりがありますが……どうして急にアクセサリーなんですか?」
「明日、大事な友達が転校するんだ。だからまぁ……その前にプレゼントでも渡そうかなと思ってさ」
「わぁ……! そういうことなら分かりました! とっても素敵なお友達思いですね、私に任せてください、ついてきてください!」
「ありがとう、助かるよ」
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「いざ、お店に行ったはいいもののさ……俺、こうゆう女の子のオシャレとか、さっぱり分からなかったからさ」
俺がアズサに贈ったのは、可憐な紫色の『花の髪飾り』だった。
最初はネックレスとかも考えた。だけど、もしトリニティで不意の戦闘が起きた時、首元でチャラチャラ動いたら邪魔になるかもしれない。そう考えて、戦いの邪魔にならなそうな髪飾りにしたのだ。
「……まぁ、男のセンスだし、気に入らないならそこら辺に捨てといてくれよ」
「そんなことない……っ! 捨てるわけがない、カオル……! ありがとう。私、生まれて初めて人からプレゼントをもらった。……これは、私の命に変えても、一生大事にするよ……」
「あはは、命は懸けなくていいよ。……でも、そうか。それなら良かった」
想像以上に喜んでくれたアズサを見てホッとしていると、彼女は髪飾りを大切そうに抱えたまま、顔を少し赤くして俺を見つめてきた。
「あの、カオル……。もしよければ、私にこの髪飾りを……つけてくれないか?」
「え? ああ、いいよ。ちょっとじっとしてろよ?」
距離がぐっと近くなる。
慣れない手つきでアズサの綺麗な長髪を少しすくい、そっとサイドの髪にピンを滑り込ませて留める。指先に触れる彼女の体温が、やけに熱く感じられて、俺の心臓も少しだけうるさく鳴った。
「よし、これで大丈夫かな。つけ終わったよ」
俺が手を離すと、アズサは自分の髪飾りにそっと触れ、恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてくる。
「ありがとう……。どう、かな? 似合ってる……?」
「うん。……めちゃくちゃ似合ってるよ。凄く可愛いよ」
「そうか……ふふっ……嬉しいな……」
窓から差し込む朝日に照らされて、綺麗に笑うアズサの姿に、俺は思わず言葉を失い目を奪われていた。
――だが、その奇跡のような時間は、無情にも破られる。
「アズサ、時間だ。早く行くぞ」
部屋の入り口から、サオリの低く静かな声が響いた。
「あ……もう、時間だ……」
「そうだな……。じゃあな、アズサ。トリニティはアリウスと違って毎日のキツい戦闘訓練はないだろうけど、勉強とか、頭を使うものが大半だからな。別の意味で大変だと思うけど……お前なら大丈夫だ。頑張れよ」
「うん…じゃあねカオル」
最後に髪飾りに一度だけ触れ、アズサは前を向いた。そして、サオリの待つ扉の向こうへと、自身の新しい運命に向かって真っ直ぐに歩き出した。