ヘルメット団の即席の集会所へと合流した俺は、そのまま今回の襲撃作戦の概要に耳を傾けていた。
作戦、などと言えば聞こえはいいが、その中身はただの『数に物を言わせたゴリ押し』。計画性もへったくれもない、あまりにも単純極まりないものだった。
(まあ、分かってはいたけれど単純だな。それに事前に入ってきた情報によると、今日の正義実現委員会の巡回シフトには、名前の知られた有名どころはいないらしい……残念だ。まぁ、でも念には念を入れて、これは用意するか......)
俺が準備をしていると、声をかけられる
「おい、そこのお前! もうすぐ作戦開始の時間だぞ! ぐずぐずしないで準備しろ!」
先輩?らしき不良から高らかな声で発破をかけられる。
「分かりました、すぐに行きます」
声を低く抑えて応じると、俺はフルフェイスのヘルメットを深く被り直した。
数分後――作戦通り、俺たちヘルメット団の部隊は限定スイーツの取り扱い店を正面から襲撃した。だが不幸なことに、近くを偶然巡回していた正義実現委員会の隊員たちと鉢合わせてしまい、即座に激しい交戦状態へと突入することになる。
時間が経つごとに、爆音と騒ぎを聞きつけた委員会の増援が次々と集結し、現場は敵味方が入り乱れる大乱戦の様相を呈し始めていた。
(なるほど……。隊員一人一人の実力は、普通のアリウス生と互角か、それよりちょっと弱いくらいだな……)
俺は銃撃によって巻き上がった土煙の中に素早く姿を消し、死角から正義実現委員会の隊員たちを確実に無力化していく。実際に刃を交えることで、トリニティとアリウスの明確な『差』を感覚で理解できてきた。
(戦闘技術そのものは、幼少期から命懸けでしごかれてきたアリウス生の方が一枚上手だ。だけどアリウスでは、毎日まともなご飯にありつけるわけじゃない。育ち盛りの高校生だっていうのに、栄養不足のせいで素の筋力やスタミナのスペックが低いんだ。逆に正義実現委員会の連中は、戦闘技術こそアリウス生より下だけど、その代わりきっちり三食ご飯を食べて育っている。だからアリウス生に比べて、単純な身体能力や馬力が圧倒的に高いんだな……)
非常に興味深いデータを収集でき、俺はヘルメットの奥で静かに納得した。
(とはいえ、現状の奴らなら俺の敵じゃない。ここで変に悪目立ちしてトリニティ側にマークされてもアレだし、サクッとこの戦場から抜けるとするか……)
そう判断し、混戦の隙を突いて静かに戦場を離脱しようとした――その、刹那。
ドォォォンッ!!!
後方から、戦場全体の空気を震わせるような凄まじい轟音と爆発が吹き荒れた。
振り返れば、爆風と共にヘルメット団の団員たちが紙のように次々と空へ向けて吹き飛ばされている。
(……へへっ。マジかよ、まさかこんな大物が釣れるとはな……)
立ち込める分厚い土煙。しかし、そんな遮蔽物など何の意味も成さないほどに、肌をビリビリと刺す狂気じみた圧倒的な『殺気』が、まっすぐにこちらへと伝わってきた。
そのドス黒い殺気の中心に君臨する、ヘイローを持った異形の存在。その正体を、俺の脳内データが瞬時に弾き出す。
「正義実現委員会委員長――剣先ツルギ……!」
(事前情報だと、あいつは俺と同じで超人的な再生能力を持っているらしい……。絶対に油断せずに行くぞ……!)
「キエエエエエエーーーッ!!」
鼓膜を鋭く引き裂くような奇声をあげながら、ツルギが爆発的な速度で距離を詰めてくる。
俺は一瞬で間合いに侵入してきた彼女の頭部へ向け、反射的にハンドガンの引き金を連射した。しかしツルギは、まるで蛇のように身体を不気味にうねらせ、放たれた銃弾のすべてを紙一重で躱しながら肉薄してくる。
「……ッ、早っ!?」
咄嗟に手にした鉄パイプを盾のように突き出して応戦するが、彼女の突進の質量を殺しきれず、凄まじい衝撃と共に力任せに前方へと押し飛ばされた。
「ハハッ……! ショットガンを、鈍器みたいに振り回すなよ……!」
「ギャハハハハ!!!」
再び、耳を劈く奇声をあげながら凶悪な追撃を繰り出してくるツルギ。
俺はナイフと鉄パイプを死に物狂いで交錯させ、極限の近接戦を挑んだ。だが――俺たちの間にある絶対的なスペックの差は、あまりにも歴然としていた。
ツルギが放つ二丁のショットガンによる容赦のない銃撃。そして、銃身そのものを叩きつけてくる打撃や、容赦のない重いパンチと蹴り。それらの攻撃を一方的に食らい、俺の肉体は瞬く間にボロ雑巾のように破壊されていく。
それでも俺は負けじと痛みを気合でねじ伏せ、一瞬の隙を突いて鉄パイプをフルスイングで振り抜き、ツルギの顔面へと正確に叩き込んだ。
ガキィンッ! と鈍い衝撃音が響く。だが――。
(……おいおい、こいつ、これでも微塵も怯まないのかよ……!)
普通の奴なら、顔面にこれほどのクリーンヒットを食らえば一瞬、体勢を崩すか、意識を揺らされるはずだ。それに、俺と初めて戦う奴は、俺が銃弾一発で容易に血を噴き出すその『脆さ』を見て、驚愕し、一瞬動きが止まるはずだった。
だが、目の前の怪物は違った。同じ再生能力を持つ身でありながら、俺とアイツとでは、その肉体の前提条件が根本から決定的に違っていたのだ。
(俺は、簡単にハチの巣になる致命的な『脆い身体』を、それを気にしないほどの再生スピードで強引に補っているだけだ。だけどアイツは違う。俺ほどの純粋な再生速度はなかったとしても、そもそもアイツの肉体そのものが、キヴォトス人の中でも最上位に頑強で、桁外れの耐久力をベースに持っている……!)
「これは……本気で不味いな……」
ツルギは俺の身体からボタボタと溢れ出る鮮血を見ても、怯むどころか、むしろ水を得た魚のようにいっそう狂気と歓喜を滾らせて攻撃を激化させてくる。
このわずか数分間の攻防の間に、俺の首や心臓は、文字通り両手では数え切れないほどの回数、破壊されては再生を繰り返していた。脳が激痛の処理に悲鳴を上げる。
これ以上付き合うのは限界だと判断し、俺は肉体が攻撃された勢いを利用して地面を強く蹴り、強引に後方へと大きく距離を取った。息を荒く乱しながら、ヘルメットの奥から狂い笑う委員長を凝視する。
(こいつ……サオリ一人どころか……スクワッドの全員がここに集まって総力戦を挑んだとしても、傷一つつけられずに返り討ちに遭うかもしれないぞ……)
(さーて……この怪物を、一体どうやって攻略するか。俺の手札にある武器で、どうやってあの絶望を叩き伏せる……?)
ツルギが他のヘルメット団を蹴散らしている僅かな時間、俺は冷静に脳内の手札を整理していた。
(俺の戦術は全部で四つ。一つ目、初撃で攻撃をくらい血を流して相手を怯ませる初見殺し――これは、血を見て興奮するコイツには通用しないし、二回目からは効果はない。二つ目、至近距離での口に仕込んだ液体爆弾やグレネードによる自爆特攻――これは相手に大ダメージを与えられるが、俺はさっきあの路地裏でとある『準備』をしてきちまったから、今は自爆特攻の選択肢は使えない。三つ目、煙幕や土煙を使ったヒットアンドアウェイ――これは通用するだろうが、コイツの反応速度なら4、5発が限界で、それ以降は確実に学習して対応される。……そして最後の四つ目、黒服から貰ったこの鉄パイプ。ダメージを受ければ受けるほどそのダメージを内部に蓄積し、任意のタイミングで一気に放出できる俺の切り札だが、これには二つの明確な弱点がある。一つは、一回エネルギーを全解放したら、もう一回ゼロからダメージを貯め直さなきゃいけないこと。もう一つは、エネルギーを分割して出力できないことだ。仮に内部に『100』のダメージが溜まっていたとしても、それを『50』ずつに分けて2回撃ち出すような器用な真似はできない。常に全力の一発勝負だ)
(だけど――この鉄パイプの最大火力が、キヴォトス人の化け物にも通じるのは事実。なら、やるべきことは一つ。俺の肉体が消し飛ぶ限界ギリギリまでコイツの攻撃を喰らってダメージを極限までためて、煙幕を使って確実に死角から当て、一撃で倒す……それしかない……!)
そう思考がカチリと噛み合った瞬間、周囲のヘルメット団をすべてスクラップに変えたツルギが、爛々と血走った眼差しをこちらへと向けて迫ってきた。
「ギャハハハハ!!! グオオオオオオ!!」
「まじでさ……人なら少しは喋ってくれよ。脳内麻薬でハイになったからそんな声が出るのかよ!?」
「壊れろォオオオオオオオオ!!!」
俺の言葉などに一切耳に貸さず、狂気の塊となって突進してくるツルギ。
(今まで何度も味わってきた、理不尽な強者からの攻撃。そして、全身の毛穴が収縮するようなこの圧倒的な威圧感……!)
恐怖と、それを超えた高揚感に、俺の口元が吊り上がる。
「――ッ、たまんねえな!!」
俺は武器を構え直し、自らその死線へと真っ向から飛び込んでいった。
それから、俺とツルギの凄惨な肉弾戦は数十分間にも及んだ。
文字通り何十回、何百回と肉体を細切れにされ、その度に超再生で肉を繋ぎ合わせ、俺の肉体が受けてきた致命の『痛み』のすべてが、銀色の鉄パイプの内部へとドクドクと脈動しながら蓄積されていく。
(……はぁ、はぁ、……これで、十分すぎるほど貯まっただろ!!)
一度バックステップを踏み、正面でなおも狂い笑うツルギを見据える。
(にしてもアイツ、本当に人間かよ……? こんだけ狂ったように暴れ回って戦い続けているのに、息切れの兆候すら一切ねえ。さすが、トリニティが誇る『歩く戦略兵器』と呼ばれているだけはあるな……)
だが、ここで仕留めなければ次は無い。俺は鉄パイプを強く握り締め、ツルギに向かって正面から全力で特攻を掛けた。ツルギも俺の動きに合わせ、獲物を切り刻むために真正面から爆発的なスピードで突っ込んでくる。
お互いの距離がゼロになるその直前、俺は靴底をアスファルトに擦り付け、肉体が引きち切れんばかりの急ブレーキでその場に静止した。それと同時に、懐から引き抜いたスモークグレネードを自らの足元へと叩きつける。
シューーーッ!! と、爆発的な勢いで真っ白な白い帳が周囲一帯を包み込んだ。
(ここら一帯の空間は、俺のフィールドだ。これで勝負をつける……!)
煙幕の中に姿を隠し、俺はツルギの死角へと音もなく回り込む。だが、ツルギもさすがはトリニティ最強の精鋭。咄嗟に視界を奪われながらも、超人的な感覚で周囲の『空気の流れ』を正確に読み取り、俺のいるはずの方向へと二丁のショットガンを容赦なく一斉掃射した。
轟音と共に散弾が闇を穿つ。しかし――。
「……!?」
戦闘中初めてツルギの目が驚愕に大きく見開かれた。
彼女の直感が捉え、その銃口が撃ち抜いたのは、俺の肉体ではない。俺が攻撃を仕掛ける直前、あえて空気の乱れを生じさせるために前方へと全力で放り投げた――身につけていたヘルメットだった。
(あえて、あんたが完璧に空気の流れを読めるように、ヘルメットをデコイとして投げてやったんだよ! あんた程の強者なら、この空間の僅かな流れの違和感を絶対に無視できないからな……! そして、その裏をかいたこの完全な背後からの一撃は、絶対に躱せねえ!!)
無防備になったツルギの背後、そのガラ空きの体めがけて、俺は両手で鉄パイプを振りかざした。内部でドクドクと赤黒く煮え滾っていた、数十分分の絶大な致命ダメージの総量を、一気の質量としてその先端へと解放する。
「俺がこれまでテメェから受けた痛みのすべてを――今すぐ全部、吐いちまいなァ!!!」
――ガキィィィィィンッッッッッッ!!!!!
至近距離で、まるで大口径の榴弾砲が炸裂したかのような、空間そのものを爆砕する凄まじい衝撃波が炸裂した。
鉄パイプから放たれた桁外れのエネルギーを背中に真に受け、さしものツルギの巨躯が紙切れのように派手に吹き飛ぶ。そのまま何枚もの分厚いコンクリート壁を紙細工のように突き破り、遥か奥の建物へと猛烈な勢いで衝突していった。
周囲の土煙がゆっくりと風に流されていく。
自分の両腕に伝わる強烈な反動の痺れを感じながら、俺は大きく息を吐き出した。
「はぁ……はぁ……。これで、終わったか……」
しかし、その願いも虚しく。
俺が彼女を派手に吹き飛ばした瓦礫の山の奥深くから――何一つダメージなど受けていないかのような、おぞましい歓喜に満ちたあの奇声が、再びビリビリと大気を震わせて響き渡った。
「おいおい……マジかよ……」
「ギエエエエエエーーーッ!!」
瓦礫の山を割って、何事もなかったかのような足取りでツルギがゆっくりと歩いてきた。
衣服こそボロボロに裂けてはいるものの、その肉体には大したダメージすら残っていない。
(マジかよ……。あの攻撃で、まだピンピンしているのか……。これは、本気で不味いぞ)
絶望的な現実を前に冷や汗を流す俺の隙を逃さず、ツルギが再び牙を剥いて凶悪な速度で肉薄してくる。俺も咄嗟に鉄パイプを構えて防御の体勢を取るが――。
「……ッ!?」
(コイツ……明らかに、戦いが始まった最初よりも攻撃の速度と威力が跳ね上がってやがる……!!)
ダメージを喰らったことで、コイツの戦闘狂としてのギアがさらに加速したのだ。二丁のショットガンから放たれる散弾と重い打撃が、俺の肉体を容赦なく損壊していく。体中に何本もの生々しい風穴が開き、全身の骨折が急速に増えていく。再生の速度が、破壊のスピードにかろうじて追いついているだけの極限状態。
(これ以上付き合うのは本当に死ぬ……。それに、ヘルメットのデコイを使ったさっきの奇襲戦法は、もう二度も通用しないだろう。……クソ、ここらが潮時か……!)
敗北を察した俺は、一瞬の隙を突いて、手にした鉄パイプを誰もいない路地裏の暗闇の奥深くへと全力で放り投げた。
手ぶらになった俺の胸元へ、トドメを刺さんとばかりにツルギのショットガンの銃口が迫る。
俺は彼女が完全にゼロ距離へと踏み込んでくるその瞬間を、肉眼でギリギリまで見極めて待ち続けた。
そして――銃口が俺の胸に触れた、その刹那。
「……あばよ、化け物」
俺は奥歯で、口の中にずっと隠し持っていた小さなガラス瓶を噛み砕いた。
――ドオォォォォォンッッッッッッ!!!!!
至近距離、いや、俺の肉体そのものを信管とした、凄まじい大爆発が二人の間で炸裂した。
こうして正義実現委員会との戦いを終えた
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数分後――トリニティの喧騒から遠く離れた、静かな裏路地の暗闇の中。
「いやー……あっぶね〜! あんなの、普通に戦ったら絶対に勝てんわ……」
ドクドクと肉を繋ぎ合わせ、新しく生えてきたばかりの五指を握り締めながら、俺は冷や汗混じりの苦笑いを浮かべた。
思い出すだけでも背筋が凍る、あの剣先ツルギという怪物の圧倒的な暴力。
「耐久力も身体能力も戦闘技術も、何から何まで全部負けてた。正面から真っ向勝負なんて、最初から無理ゲーなんだよな……」
五体満足に動き出した自身の身体を軽く叩き、俺は視線を足元へと落とした。そこには、役目を終えて衣服の切れ端だけが虚しく転がっている。
「本当に良かったわ……保険をかけてここに『これ』を置いておいてさ」
俺がスイーツ店の襲撃をする前、この薄暗い路地裏にあらかじめ配置しておいたもの。それは――自分の、右腕一本だった。
あのクソババアの実験場で、何度も何度もバラバラに解体される中で、俺は自身の再生の『ある仕様』に気づいていた。俺の身体の再生は、引き裂かれた肉体の中でも『最も体積の大きい部分』を核にして急速に肉が呼び戻される、という法則性がある。
だからこそ、俺はあらかじめ右腕を切り落として安全圏に設置し、ツルギのゼロ距離で口内爆弾を起爆させたのだ。現地の肉体を木端微塵に消し飛ばしてしまえば、こちらの世界に残された右腕が自動的に「最大パーツ」として判定され、強制的にここで肉体が再構成される。
いわば、死を挟んだ擬似的な瞬間移動だ。
「まさか、前世で読んだ漫画の知識がこんなところで役に立つとはな……」
仮に再生の法則性に気づいたとしても、こんな狂った発想には至らないだろう。やっぱり漫画の知識は馬鹿にできない。
「さーて……。それじゃあ、投げ飛ばしておいた鉄パイプを急いで回収して、このエリアから早々にズラかるか」
俺は鉄パイプを回収し、裏路地を後にした