俺がアリウスでの訓練を始めてから、すでに数ヶ月が経っていた。
俺は今、自主練としてアズサに銃の撃ち方を手ほどきしてもらっている最中だ。
「カオル、もっと脇を締めろ。それと、右肩のこの部分にストックを強く押し当てるんだ。そうすれば反動を体全体で受け止められる。ほら、ここに力を入れて」
「あ、あぁ……。こう、かな?」
「うん、さまになってきた。腰を少し落として、重心は前だ。……よし、じゃあそのまま、あそこにある瓦礫の的を狙って、引き金を引いてみて。セミオートにしてあるから、一発ずつだ」
俺は引き金へと指をかける。
「いくぞ、カオル。呼吸を止めて、的をよく見て――」
「よし……っ!」
腹を決めて、人差し指に力を込める。
カチッ、ドガァン!!!
鼓膜を震わせる凄まじい爆音と、現代日本のオモチャの銃とは比べ物にならない強烈な衝撃が、俺の右肩を直撃した。
「うおっ……!?」
体が一瞬後ろにのめりそうになったが、何とかギリギリのところで踏みとどまる。
激しい硝煙の向こうを確認すると、放たれた銃弾は的のど真ん中ではないが、端の方へ確かに命中していた。
「……当たった。カオル、今、確かに的に命中したぞ……!」
「え? あぁ、まぁ、真ん中じゃないけどな」
「だけど、初日に比べてちゃんと成長している。すごいぞ」
「あはは、ありがと。……まぁ、あれは思い出したくもない大事件だったからな……」
俺は苦笑いしながら頭を掻いた。
初めて銃を撃ったあの日、銃弾は明後日の方向へすっ飛んでいき、ボロボロのコンクリート壁で跳弾を連発。その結果、なぜか正確に俺の頭部を貫いて即死という、世にも恐ろしい珍事件に比べれば、今の俺は確実に進歩している。
「でも、アズサの教え方が良かったからだよ」
「私だけの力じゃない、カオルの筋が良いんだ。……うん、本当によくやった!」
アズサは嬉しさが抑えきれないといった様子で、柔らかく微笑んだ。
「よし、今日の自主練はここまでにするかな」
「お疲れ様、カオル」
「うん。アズサもお疲れ」
二人で並んで地面に腰掛け、水筒の水を分け合う。
「最近の訓練はどう? 付いていけそうか?」
「んー、ぼちぼちかな。体力訓練には流石に慣れてきたけど……やっぱりまだ、銃を撃つのに少し躊躇しちゃうんだよな」
「やっぱり、まだ実戦の空気に慣れていないのか?」
「それもあるし、銃に慣れてないってのもあるけど、前にも言ったけどさ、俺のいた世界の人間は、銃弾が一発当たれば死亡するか重傷を負うのが当たり前だったからさ。この世界の住人は当たっても大丈夫だって、頭では分かってるんだけど……撃ったりするのは、やっぱりまだ怖いんだよな」
「そっか……」
アズサは少しだけ申し訳なさそうに眉を下げたが、俺はすぐに笑ってみせる。
「まあ、そのうち慣れるだろ! 前向きにいかないとな」
「うん、そうだな。私に出来ることがあるなら、何でも協力する」
「ありがとう、アズサ」
「――でさ、カオル」
アズサは少しだけ身を乗り出し、紫の瞳をパッと輝かせた。
「今日は何の話をしてくれるんだ?」
「そうだな~……」
ここ数週間、過酷な訓練の終わりにアズサへ俺のいた世界のことを話すのが、俺たちの密かな日課になっていた。
外の世界のことを話すと、アズサは本当に楽しそうに聞いてくれる。そのキラキラした瞳を見ていると、俺も嬉しい気持ちになる
「今日はちょっと趣向を変えて、訓練中にこんな物を見つけたんだよ」
そう言って、俺は懐から一冊の本を取り出した。
「雑誌……?」
「あぁ。だいぶボロボロだけど、瓦礫の隙間に挟まっててさ。今まで話してきたのは俺のいた世界のことだったけど、今回はアリウスの外側について、一緒に知ろうかなと思って」
自分の頭の上のヘイローを指差しながら苦笑する。
「俺自身、このアリウスの壁の外がどうなっているか全く知らないしな。もしかしたら、俺たちの知らない面白いことが載っているかもしれないだろ?」
俺は地面に雑誌を広げ、一緒に読む
「すごい……っ! 美味しそうなスイーツが、こんなにいっぱい……!」
ページを開いた瞬間、アズサが「わぁ……」と小さく息を呑んで目を輝かせた。
「あぁ、これ『スイパラ』の特集だね。ケーキとかお菓子が、お金を払えば全部食べ放題になる夢みたいな場所のことだよ。俺も元いた世界で行ったことはないんだけどね」
「食べ放題……!? そんな天国のような場所が外の世界にはあるのか……。……ん? カオル、このお菓子の上に乗っている生き物はなんだ?」
アズサが小さな指で誌面を指差す。そこにはある作品とのコラボスイーツの特集が組まれていた。
黒いボディにデフォルメされた骨のようなキャラや、不自然に胴体の長い猫のキャラ、そして、どこか目がラリっている不気味なカバ?鶏?みたいなキャラクターたちが、パフェやケーキのトッピングとしてびっしりと並んでいる。
(コラボしている作品の名前は……『モモフレ』……うーん? 文字が泥で滲んでてこれ以上は読めないな……)
俺が首を傾げていると、隣にいるアズサが呟く
「かわいい……。……でもカオル、これをお菓子だからって、食べちゃうのか? もったいない……かわいそうだ……」
「あはは、アズサはそういうタイプかぁ……」
(へぇ……。いつもはクールだけど、やっぱり年相応に『かわいい物』が好きなんだな)
アズサの意外な一面を見たあと、ページをめくる
「よし、じゃあ次のページに行くよ」
「よし、次のページは……っと。なになに? オススメ!!今流行りの手榴弾コーデ特集!! 世界に一つだけのオリジナル手榴弾を作ろう!」
ページのポップな見出しを読み上げ、俺は思わず遠い目をした。
「へぇー……。流石は銃や兵器が当たり前にある世界だな。服や髪型だけじゃなくて、武器にまで装飾を施すのか」
「いや、でもカオル。このままだと実戦ではかなり使いづらいと思うぞ」
「え?」
隣のアズサを見ると、彼女は誌面に載っている『ピンクのリボンや可愛いシールでデコられた手榴弾』の写真を、まるで爆弾の信管でも見定めるかのような恐ろしく真剣な目で凝視していた。
「ポーチに隠そうとしてもデコレーションのせいで服にかさばるし、いざ戦闘で信管を抜こうとした際、この過剰な装飾が衣服の繊維に引っかかって致命的な遅れをとる可能性が非常に高い。致命的な設計ミスだ」
「いや、まぁ……アズサ、これは多分、戦場で使う用じゃないんじゃないかな……?」
ファッション誌にそこまで命がけの戦術評価を下すアズサに、俺は頬を引きつらせながらツッコミを入れた。
その後も次々とページを読み進めてみたが、やはり何週間も雨風に晒されていたボロボロの雑誌だ。所々ページが完全に破れて失われていたり、文字が泥で滲んで読めない部分も多かった
「――よし、これで最後のページか。これは……」
「綺麗な格好だ……」
最後のページに印刷されていた純白の衣装を見つめ、アズサが声を漏らした。
「ウエディングドレスだね」
「ウエディング……ドレス……?」
「えーと、アズサは『結婚』って、分かるか?」
「何だそれは? 新しい戦術のコードネームか?」
「いや、全然違う。じゃあ、まずは結婚の説明からだね。結婚っていうのは簡単に言うと、大好きな人と生涯を共にするって誓い合う、すごく神聖な儀式みたいなものだよ。それで、結婚式っていうお祝いの式をやるんだけど、その時に花嫁になる女の子が、そのウエディングドレスを着て参加するんだ」
「いつかアズサにも、生涯を一緒に過ごしたいって思える特別な人が現れたら、そのドレスを着ることになるかもな」
「そうなのか。……なら、私の場合はカオルだな」
「アズサさん!?!?」
あまりにも自然に、あまりにも爆弾すぎるセリフをサラッと言い放たれ、俺は文字通り飛び上がらんばかりの大声を上げてしまった。
「どうしたんだ? カオル。急に大声を出して」
「どうしたんだじゃないよ! 俺の話聞いてた!? そんな、今日のお昼ご飯のメニューを決めるみたいにポンって決めちゃいけない代物だよ、結婚は!」
「どうしてだ? 私は、カオルのことが好きだぞ?」
「――っっ!?」
追撃の直球ストレートが俺の胸に突き刺さる。
アズサの濁りのない、まっすぐな紫の瞳が俺を真っ正面から射抜いていた。
(ああ、ダメだこれ……! これはあれか。そもそもアズサは一般的な恋愛感情の意味をよく分かってない感じのやつだ……。親愛の『好き』と、男と女の『好き』の違いがよく分かってない感じか。これは説明が難しいぞ……!)
俺は爆発しそうな心音を必死に抑え込み、努めて冷静に言い聞かせる。
「アズサ……お前はまだ、外の世界を何も知らないだけだよ。ここを脱出して外に行けばさ、俺なんかよりも格好よくて、優しくて、もっといい人はたくさんいる。それに、生涯の相手なんてそう簡単に決めるもんじゃないしさ……」
「そういうものなのか……?」
「うん、そういうものだよ」
(アズサは普通にめちゃくちゃ美人だしな。外の世界に行けば、普通に恋人の一人や二人、作ろうと思えばすぐに作れるだろ。)
「よし、これで終わりか。ボロボロだった割には意外と読めたな」
「アリウスの外には、こんなに色鮮やかで、綺麗な物がたくさんあるんだな……」
「そうだね。でも、今俺たちが雑誌で見たのはほんの、たった一部だけだしさ。アズサはまだ外の世界を何一つ体験もしてないからな。……あぁ、早くこんな暗くて狭い場所から脱出したいぜ」
「……うん。そうだね、カオル」
アズサは嬉しそうに頷き、俺の隣でそっと膝を抱えた。
「ねぇアズサ、ここから無事に脱出できたら、一番最初に何がしたい?」
「そうだなー。私は……」
アズサと今後の目標を話しながら夜を過ごした