夢破れ、生きる希望を奪われた失意の中命を落とした一人の少年がいた。
終わった筈の命がしかし終わらず、偉大な力を持って再び目覚めた時、
あなたがその少年なら如何する?
こだまの子の若き戦士カチーナは、特訓の傍らに冒険者協会の依頼で水晶の塊を探していた。当初はそう苦労せず全て揃う予定だったのだが、目当ての場所から思うように結晶が集まらず依頼は難航していた。
「(う〜〜ん、あと少しで依頼の分が揃うんだけど…目ぼしい場所は全部周ったし、もうこの辺りの洞窟の石は先に取られちゃったのかな?)」
カバンの中の水晶を数えていたカチーナはキョロキョロと周りを見渡していると、不意に何か奇妙な音をその大きな耳が捉えた。
「(……ん?何の音だろう⁇これは………風の音、かな?何処か近くに………)あぁ!」
こちらから見て岩肌の陰になる目立たない場所に、水晶の塊がポツリとひとつだけ生えている。そしてそれに隠れるように、小さなほら穴が口を開けていた。
カチーナはその穴に駆け寄ると、耳を近づけてみる。
ヒュゥゥゥゥ…
「(……この中から風が抜けてるみたい。何処かに繋がってるのかな?)」
好奇心旺盛な少女は少し迷ったが、もしかしたら水晶が奥にまだ生えているかもしれない。そう思ったカチーナはほら穴の中を調べてみる事にした。
穴の入り口は小さくはあったが、カチーナの小柄な体なら無理なく入ることが出来た。狭い区間を進んでいくと、唐突にそれは途切れた。
「‼︎……わああぁ…!すごく綺麗!」
そのほら穴、いや洞窟内にはとても広々とした空間が広がっていた。床や壁一面に美しく煌めいている燃素結晶は、地表で見ることができるものより色が鮮やかで、それ自体が放つオレンジ色の光が空間を明るく照らしている。洞窟内で微かに響いてくる音から察するに、この奥から風が抜けていたのだろう。
燃素以外の鉱石も実に豊富で、カチーナが探し求めていた水晶の結晶も見つけることができた。手持ちのカバンには到底入りきらないほどそこら中に生えている。
「やったぁ!これでキャサリンさんに水晶を持っていける!」
カチーナは水晶の塊を採掘するべく、相棒のぐるぐるコマちゃんを呼び出そうとした時
「ん?」
ふと見た洞窟の奥、どん詰まりに
何かある
何かが
大小様々な燃素結晶の隙間を縫うように、細長い巨大な何かが身を潜めているのだ。僅かに上下に動きながら静かに音を発している。
その長いものを目で辿った先に
「ヒュッ」
龍だ
巨大な龍の頭だ
洞窟の外で聴いた風のような音はこの龍の寝息だったのだ。反射的にカチーナは両手で口を押さえ息を止める。
「(は、離れなきゃ…!離れなきゃ…!逃げなくちゃ…‼︎)」
最早水晶の採掘どころでは無くなったカチーナは、足音を立てぬよう洞窟の壁を伝って慎重に一歩、また一歩と後ずさる。今はまだ眠っているようだが、いつ目覚めて動き出すかも分からない。もしそうなれば…カチーナは人生で経験した事が無いほどの冷や汗と動悸に見舞われていた。
未だ眠り続ける龍から一瞬も目を離せぬまま、永遠にも思える後退の末にカチーナはどうにか元来た洞窟の入り口まで戻ってきた。
「(……ふぅぅ。び、びっくりしたぁ…まさかこんな龍が洞窟の中で眠ってたなんて…ここを出たら冒険者協会に連絡して、……………………え?」
洞窟の穴が
燃素結晶で塞がれていた
「え?………えぇ!?あれっ⁈そんなっ確かここに穴が
『何処へ
「ヒィッ」
『小さな客人よ』
真っ青な顔で恐る恐る振り返ると、目を覚ました龍がカチーナを見下ろしていた。
爛々と輝く燃えるような縦長の瞳。カチーナなど容易くひと呑みにできるであろう大きな口。頭から生える王冠とも見紛う幾本もの荘厳な角。全身を鎧の様に隙間なく覆う赤褐色の鱗。かつて天空の支配者であった事を何より雄弁に示す両腕の巨大な翼。洞窟の高い天井にも頭が届きそうな程の体躯。
その恐ろしい姿は、幼い頃読んだ絵本の中の姿そのもので
『まだ来たばかりではないか』
一歩、踏み出す
『とって喰いはせぬ、
顔が、息が掛かるほどまでに近づく
『名を聞かせよ』
「っ…‼︎あ、あ、あの、あっ貴方は」
『ふむ、我か?…礼を欠いたな小さな客人、名乗りもせずに急いてしまった』
そう言うと龍は一旦近づけていた顔を離すと、頭を高く掲げそれに応えた。
『其方に訊かせよう。我が名は【チャシク・ララミディア】。楽園の赤翼、燃素を修めし古龍、まどろっこしくば、ただチャシクと呼んでかまわぬ』
不思議なことに、カチーナは
「………あ、あの…ま、間違ってるかもしれないけれど、その、もしかして———」
その名前に聞き覚えがあった
「ララミディアって、あの[人龍漫遊記]の絵本に出てくる
そのカチーナの言葉を聞いた龍は、興味深そうに目を見開く。
『ほぉ?我の事を知っておるのか』
「えっと、は、はいっ!ち、小さい頃からずっと読んでた大好きな絵本です!大きな龍と偉大な戦士が洞窟で出会って、ナタを守るために一緒に魔物と戦いながら旅をするお話です!」
史実や創作を問わず、ナタを舞台とするあらゆる書籍の中で古龍はしばしば登場する。しかしその大半は邪悪な龍、撃ち倒すべき大敵として描かれることが多い。だがその絵本では古龍は戦士と心を通わす「友」として描かれる非常に珍しい作品であり、著者も書かれた時代も不明ながら隠れた名作として今尚愛されている絵本だ。
「も、もしかしてその龍って…本当に……?」
『クフッ、クハハハ………さぁ、次は其方の番だ小さき客人よ』
『その名を我に教えてくれぬか?』
そこでカチーナは思い至った。
まるで絵本の物語に入り込んだかのような体験に、カチーナの心を占めていた恐怖は少しづつ高揚へと変わり始めていた。改めて龍に向き直り深呼吸すると、カチーナは精一杯の大声で名乗りをあげた。
「私はこだまの子のカチーナっ!古名[
『…クッハッハッハッハッ‼︎分かった分かった、落ち着くがいいカチーナ。小さき……いや、偉大なる古名を継ぐ戦士よ』
龍がそう言うと、カチーナは顔をぱあぁ…!と綻ばせた。
『…こだまの子、と言ったなカチーナよ。今のナタは平和であるか?人々は今も互いを磨き高めあう誇り高き戦士達であるのか?』
「は、はい!とっても昔に起こったアビスとの大きな戦争の後に、ご先祖様達が時間をかけて少しづつ復興したと聞きました。今も帰火聖夜の巡礼でアビスとの戦いは戦士が名誉を勝ち取る儀式やお祭りとしても続いていて、その戦士達の戦いを観たり流泉の衆にある温泉に入る為に、外国からも沢山お客さんが集まるんです!」
『ほぉ…‼︎』
龍は少女の話に思わず身を乗り出す。瞳を輝かせながら聞き入る姿を見ていたカチーナは少し考えると、手を差し出し意を決して龍に提案した。
「…チャシク・ララミディア様。私と一緒に、ナタを見て周りませんか?」
『…何?其方とか?』
「はい!私じゃあなたと一緒に行く戦士には実力不足かもしれないけれど…私の友達には観光ガイドをしている子もいるんです。あなたに、平和になった今のナタをいっぱい見てほしいと思って!……ど、どうですか?」
差し出された手を暫しじっと見つめると、龍はカチーナの真剣な眼差しに向き直る。
『…………其方は不思議な子だな。先程まで我の姿を見て震えていたと思えば、この我と共にナタを見て周ってほしいとは…。どうやら見かけ以上に大いなる心を秘めているようだ……面白い』
「そ、それじゃあ!」
龍は少女に穏やかに笑いかけると
『いいだろう、勇敢な戦士カチーナよ』
右手を持ち上げ
「………ん?」
パキッ
その指に燃素結晶を纏わせ
パキパキッ
『其方との出会いは実に幸運であった』
バキバキバキッ!!!!
見上げる程に巨大な槍を造りあげた
「……え、え?」
『我も外に』
そして上体ごと大きく振りかぶると、
「えと、あ、あの、チャシクさ
『出るとしよう』
豪快に大槍を突き込んだ
「ピャ
ズッドオオォォォォン!!!!!!
「ケッホケッホ…ん〜即興の割には悪くない威力だなっ!」
小さなほら穴の入り口だったモノは跡形も無く消し飛び、土煙がもうもうと立ちこめる中から
一人の
年恰好はカチーナよりやや大きい程度。赤茶色を基本に鮮やかなオレンジの差し色が幾本も入った、オールバックのサッパリした髪型。未だあどけなさの残るも精悍な顔立ち。龍の姿の時と同じく縦長の爬虫類のような瞳は、美しいナタの景色を隅々まで映し出していた。
「………っっっ、だぁー‼︎青い空、照りつける太陽、心地良い風…二度目の人生初のシャバだーーっ!という訳で、俺の名前はチャシク。いろいろあって前世で死んじゃったんだけど…龍の姿になって蘇っちゃいました!いやぁ遭遇者第一号が同じ本の愛読者だなんてホント感激だよ。改めまして…これからよろしくカチーナ!」
そう勢いよく言いきると、チャシクは隣の少女にバッ!と手を差し出した。
————のだが、いつまで待っても何故か隣からの反応が無い。
「………ん?あれ、カチーナ⁇」
不思議に思ったチャシクは辺りを見渡すと、洞窟の入り口を破壊した際にできた大量の瓦礫の山に
頭から突き刺さっている土まみれのカチーナを発見した。
「……………あれぇぇぇ!!??だっ大丈夫かカチーナ⁈」
チャシクは大急ぎで瓦礫の山からカチーナを引っ張り出し、地面にそっと寝かせどこにもケガが無いことを確認すると胸を撫で下ろした。
「……よし、呼吸確認。ケガも無しと。カチーナには当たらないように加減した筈なんだけどな……おーい、聞こえるか?」
「………うぅ、チャシ…ク…?」
意識を確認する為声をかけると、カチーナからか細い返事が返ってきた。
「…………あの、いろいろ聞きたいことはあるんだけど……出口を塞いでた燃素の結晶って………もしかしてチャシクが出したの?」
「あ、そーなんだよ!カチーナったら俺の姿を見た途端、話しかける前に帰っちゃいそうな勢いで出口に行っちゃうからさ。俺、こんなになる前から燃素の扱いだけはちょっと自信あるんだ。色んな形に出したり消したり自由自在に「だったら」………へ?」
カチーナは目に涙を溜めながら、大きく息を吸うと
「その格好で洞窟から出ればよかったじゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
今日イチの大声で叫んだ。
前途多難、人龍漫遊記のはじまりはじまり