———30分程前
「………どう見てもコレ、龍の身体だよな⁇」
人生一寸先は闇とは言うが、死んでその人生が終わったと思ったら別の姿で黄泉返ることになるとは…まるで御伽噺のような話だ。
しかも———
ナタで馴染み深い愛らしい竜の姿などでは無い。太古の昔に神々との大戦に敗れ絶滅したとされていた筈の巨大な古龍の姿だ。
この異常事態に際し、物語の主人公である
興奮していた。そりゃあもうとっても興奮していた。
「おおおぉぉぉ…小さい頃から絵本擦り切れるまで読むぐらいには龍が好きだったけど、嗚呼…とうとう幼少の頃の妄想が現実に……まぁ十中八九夢だろうけど、折角の明晰夢だ。誰にも邪魔される事もないんだし、名一杯楽しむとしようか…なっと!」
俺は今しがた手に入れた第二の身体の調子を確かめるべく、その巨体で軽やかに飛び上がり
ドゴォォォン!!!!
「あ゛い゛だァ゛‼︎⁇」
洞窟の天井に強かに頭をぶつけた。
「ぬおぉぉ…思ったよりこの身体デカいな。それとも天井が低いのか…ふむふむ、腕から生える大きな翼に細長い尻尾…ワイバーン型の龍か。お馴染みの炎は吐けるかなぁ?ぐへへへ…」
腕や指を軽く動かしながら改めて自分の身体つきを細かく観察する。これだけ大きな翼なら空を飛ぶことも十分可能だろう。んー何処かにでっかい全身鏡は無いものか。確認もそこそこに、次は龍になったら誰もが(?)やりたい火炎ブレスを試すとしよう。
「燃素を使ってた時の応用でいけるか?肺に溜め込んで吐き出すようなイメージで…ヒュゥゥゥゥ…」
ゴオオォォォォッッ‼︎
床に向かって吐いただけなのに、洞窟の壁から天井まで丸々覆う程の爆炎が吐き出された。閉所とはいえとんでもない威力だ。
「…エグいなこれ。強いけど無闇には使えないな…」
仮に外でこいつを使って人を巻き込みでもした日には『悪龍の生き残りだ56せぇぇ‼︎』とか言われて弓矢やら槍やら隕石やら飛ばされたらたまったもんじゃない。まだ俺の古龍ロールプレイは始まったばかりだというに。
次は視覚についての確認だ。自慢になってしまうが、俺は生前誰にも燃素の扱いだけは負けた事が無い。人より多くの燃素を体内に保有でき、あらゆる大きさや形状の複雑な構造物を作ったりできた。そしてそれは燃素そのものを
俺が目覚めたこの洞窟には沢山の燃素結晶が群生している。試しにそれらを視てみると…
「……スゲェなこりゃ!ここまで変わるもんなのか⁈」
目の前の結晶群を視ようとしたら、洞窟の壁の向こう、河のように流れる燃素の地下鉱脈が隅々まで見渡せた。これが龍達の見ていた世界なのか……‼︎
この龍の秘めたるスペック、想像以上…‼︎是非ともこの狭い洞窟から飛び出して、もっと色々試したい‼︎そしてナタを護る為に悠久の時を超えて蘇りその力を振るう古龍ロールプレイ……おぉう想像しただけでも夢が膨らむぅテンション上がってきたァ‼︎そうと決まれば早速そこのちっちゃな出口らしき穴を吹き飛ばし、いざ外界へ…………
…いや、冷静に考えると今の姿のままいきなり地上にノコノコ出てったら、火なんか吐く前にいろいろと不味い気もするな。
エンカウントした人が驚いて速攻で通報でもされればその時点でロールプレイ終了からの強制邪竜ルート確定だし、誰かがこんな小さな穴を通ってこの洞窟に入って来てくれる可能性も期待は出来ないだろう。こちらとしては好きな絵本の原作通りに一番ロールプレイのしがいがあるシチュではあるのだが…
第一遭遇者相手には龍の実力をほどほどに見せつけつつも敵意が無い事を理解してもらい、周囲の他の人間への説得に協力してもらう……これが無難かな。とはいえ人前に出る事を考えると、常にこの姿では不便が多いのも確かだ。やはりここは…
「……人に変身出来たりするか⁇」
絵本で出てきた龍も人に変身していた。ダメ元であっても試してみる価値はあるだろう。
いや出来るんかい。
原理はさっぱり分からないが、頭の中で生前の自分の姿を思い浮かべるだけであまりにあっさり成功してしまった。このニューボディに不可能は無いということか…
「とはいえこりゃ嬉しい誤算だ。今度は人形態の確認だな」
………ふむふむ
ちゃんと
若干服装がボロくてみすぼらしい感じはあるものの、素っ裸でないだけマシだろう。いつまでも此処にいても訪ねて来る人がいるはずも無いし、いい加減外に————
「…………ん?」
何か来る
すぐさま入り口から距離を置き、先程試した燃素視覚を外へ向けて発動させる。ナタにおいては人も動物も、量に差はあれど皆体内に燃素を有している。
俺の目は
洞窟の入り口に真っ直ぐ近づいて来る、人のシルエットをした燃素を正確に捉えた。
———そして現在
「……………以上が事の経緯で御座います、ハイ」
「……………………………………」
「………………えぇっと、あのぉ……」
おっかしいなぁ、ついさっきまで俺が彼女を見下ろしてた筈なのに、今は見下ろされて正座までさせられてるんだが。腕を組んで頬を膨らませ仁王立ちしているカチーナの圧に俺は押し潰されそうな気分だ。側から見たら完全に姉が粗相した弟を説教してる風にしか見えないぞコレ。
「……何で私が怒ってるか、本当に分からない?」
「槍で壁ブチ抜いた時加減を間違えてカチーナ巻き込んじゃったコト?」
「ちっがうよぉ!それもあるけどっ!普通に人に変身できるなら一緒に出てくるだけで済んだのに、
カチーナは腕をブンブン振りながら俺の回答は的外れと言わんばかりにプンスカ憤る。
「いや、だって!死んだと思って気がついたら幼少の頃から憧れた龍になってたんだぞ?そんなん力を振るってみたくなるに決まってますやん!古龍ロールプレイしたくなるのは男の子として当然ですやん‼︎」
「?ろーる、ぷれい⁇……はよく分からないけど、洞窟で出会った時もあんなに怖い思いしたの初めてだったよ!本当に死んじゃうかと思ったんだからね⁈」
「でもカチーナも途中からノリノリだったじゃん」
「ウ゛ッ…………ま…まぁ、…確かにちょっと楽しかった、ケド………と、とにかく!今度からはあんな風に人を脅かしちゃダメだからね!」
「ロールプレイ禁止⁈そんな殺生なぁ‼︎」
俺はガックリ地面に四つん這いで項垂れた。こんな筈では……想定していた展開が初手からつまずく結果になってしまうとは。何処だ…一体何処で間違えたというのか………
「……それより、他にも聞きたいことがあるんだけれど———」
半目でジトーッと俺を見下ろしていたカチーナは、真剣な顔で改まって尋ねる。
「アビスの境門の中で死んだって…………一体何があったの?」
「あー………まぁちょっと……人を助けようとしたんだよ。…見ての通り、俺は助かんなかったけどね」
俺はカチーナに自分の生前を、死んだ経緯も含めて話した。
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俺は懸木の民の集落で行商人の両親と親子三人で暮らしていた。幼い頃の俺は同年代の誰よりも身体能力、物覚えの早さ、何より卓越した燃素操作のセンスを持っていた。燃素を身体中に駆け巡らせば疲れなどせず、朝から晩まで里中を走り回ったものだ。
そんな俺には「翼」の古名を授かり高齢になるまで戦士として長らくアビスと戦い続けた尊敬する祖父がいた。そんな祖父に倣い、物心ついた頃から大人顔負けの量の鍛練を欠かさずずっと続けてきた。
憧れた祖父のような偉大な戦士に、いつか自分もなる事を夢見て。
真の戦士の証たる古名を、いつか自分も授かってみせると信じて。
……だが、16歳の時原因不明の病に罹ってしまい運動も燃素の使用すらも禁止され、絶対安静を医者から厳命されてしまった。
毎日俺の看病に追われる両親から直接文句を言われる事は最後まで無かったが、「大丈夫、あなたがただ生きているだけでも私達は幸せなのよ?」と苦しげな表情を隠すように笑いかけてくれるのが、俺には堪らなく苦しかった。かつて自分が思いのまま駆け回った外の世界をただ部屋のベッドの中から窓越しに眺めるだけの、生きる気力をヤスリで少しずつ削り取られるような毎日を送っていた頃
アビスによる魔物の大群が集落を襲った。
戦える全ての村人達が武器を手にアビスに立ち向かう中、俺は年寄りや幼い子供たちを連れて逃げる事しか出来なかった。病状は進行し燃素も使えず、周りに置いていかれないよう着いていくだけで精一杯だった。
なんとか連れ立った全員で避難所へ辿り着き、逃げ遅れた人が他にいないか探しに行こうとした時、何人かの大人が取っ組み合っているのを見かけた。複数人の大人が、一人の女性が外に出ていこうとするのを止めているようだった。
「イヤッお願い離して‼︎まだ子供たちがぁ‼︎」
「ダメだっよせ奥さん‼︎今から行ってももう…」
「アビスの境門の中に行っちまったら、辛いが俺たちにも如何する事も出来ねぇ……アンタまで死にに行くつもりか!」
「今までアビスの魔物が子供を攫う事なんて無かったのに……なぜあの子達が……本当に気の毒だよ………」
そうか
今が
俺は彼らのもとに駆け寄ると、
「その子供が攫われたアビスの境門は何処に?」
「はっ………?南側の里の出入り口付近だが…………お前、何を…」
「わかった。南か」
それだけ聞くと、避難所に備蓄されていた大量のキャンドルキノコを
「ちょっと、行ってきます」
ドォッッッ!!!!!!!
燃素を巡らせ、里の南端へ向けて駆け出した
「まさか⁈おいよせっ‼︎死ぬ気か⁈」
時間が惜しい。魔物達とは極力戦わず道中見つけた虫やらキノコやらに燃素を分けて貰いながら、俺は里の南端にて口をあけているアビスの境門へとたどり着いた。近くに落ちていた持ち主を失った剣を拾い上げると、意を決して中へと飛び込む。
「ゴホッゴホッ…暗いな…それに、なんか空気も悪いような……」
俺は持っていた剣に燃素を纏わせ臨戦態勢に入る。刀身に燃素が巡り始め仄かに光を放つようになると、暗い闇の中にその剣を掲げて辺りを見渡す。無事でいてくれよ……!
「おーーーい‼︎助けに来たぞぉー‼︎何処に…………」
「くそっ!やめろ‼︎近づくなっ‼︎」
いた‼︎
その年端もいかない少女は、うずくまり動けなくなってしまったユムカ竜の幼体とそれに覆い被さりながら啜り泣く幼女を庇うように魔物に立ち塞がっていた。
「……っ!誰だっ⁈」ジャキンッ‼︎
「うおぉう落ち着け!それこっちに向けないで!」
切羽詰まった様子の彼女は、俺を見るなりボロボロに刃こぼれした剣をこちらに突きつけてきた。その刀身が微かに震えているのは疲労だけが理由ではないだろう。
「君らを助けに来たんだ。………ん、君にもその子達にも怪我は無しっと。よく頑張ったね」
向けられた剣をつまんで下ろし、二人と一匹の状態を確認した後彼女の肩に手をポンと置いて労うと
「………たす……けに…?………あなた「グギャアアァ‼︎」
横合いからヒルチャールレンジャーが隙と見て短剣を手に少女に斬りかかろうと突撃してきた。
「!このっ………‼︎」
少女が剣で防ごうとし
それよりも一歩疾く、俺がヒルチャールレンジャーを
振り下ろした短剣ごと、右肩口から左脇腹にかけて
「……っぶなぁ!こっちが話してる最中でしょうが!」
体内から燃素を殆ど感じないユムカ竜の具合が悪そうだ。この場に長く留まるのは不味いかもしれない。
「君、コレを」
俺はここに来るまでに蓄えた燃素をその場で可能な限り圧縮し、目を見開いて呆気に取られている彼女に手渡した。
「これは………火?」
「大丈夫、熱くは無いから。……君達を守ってくれる筈だ。これを持って早く出口に」
ゴゴゴゴ…
地響き
先程の攻防を見て怯んでいるヒルチャールたちのその奥から
「……やば」
明らかにコイツらよりもデカい魔物達が殺到して来るのが見えた
「っ‼︎走れ!新手だ‼︎」
「⁈わっ分かった‼︎」
俺が渡した燃素の力を受けて回復したユムカ竜が立ち上がったのを確認すると、俺は彼女らを直ぐに出口へ走らせた。
魔物の群れが津波の如く押し寄せて来る。それも背後からだけではなく、光のさす出口以外のほぼ全方位からだ。燃素の抗力により保たれていた魔物との距離は今やぐんぐん詰められてきている。
絶対に逃げ切れない
フッ……まさかこのセリフを自分が言うことになるとはね…
「……君っ!そこの出口から出たら、それを持ったまま里の避難所まで真っ直ぐ走れ!立ち止まるなよ!」
「…え⁈でもあなた「俺が食い止める」…っ!」
前を走る彼女の表情が苦しげに歪む。
あぁ、頼む———
——『あなたが生きているだけで』——
どうか———
——『私達は幸せなのよ』——
———そんな顔しないでくれ
「……大丈夫だから。な?」
「———っっ‼︎」
彼女らが無事脱出したのを見届けると、俺は光に背を向け
蠢く魔物の海に向き直り
残りの燃素を全て剣に流し込み
剣が眩く輝き暗闇を照らす
「……さぁ、来なよ」
濁流が
「これが俺の——————
押し寄せ
「戦士デビュー戦だあぁ!!!!!」
飲み込んだ
————————————————————————
「とまぁそんな感じでそこで死んで、気づいたら龍になってたってわけ」
「…………………………」
カチーナは言葉が出てこなかった。人生経験が豊富とは言えない彼女では想像すらつかない壮絶な過去を、彼は遠い昔の思い出話を語るかのように話してくれた。
かける言葉が見つからなかった
どれほど辛かったのだろう
どれほど苦しかったのだろう
優しく純粋な心を持つ彼女の頬には
「………え?」
涙が伝っていた
「……え⁈な、なんで泣いてるの⁈…あぁいや、ごめん、やっぱ言うべきじゃなかったよな!こんな気分の滅入る話……」
カチーナは首を振るとすぐに両手で涙を拭う。
「…………うぅん、うぅん、そんな事ないよ………そっか……チャシクはいっぱい頑張ったんだね……本当にすごいよ…」
落ち着いたカチーナはチャシクに近づくと
「私、あなたみたいな戦士になれるように頑張るよっ!」
太陽のように眩しい笑顔で彼に笑いかけた。
チャシクは
「………カチーナ………俺………おれ……………」
「……?チャシク……?」
「……も……痺れ………ム、リ………」
ドシャアァァァァ……
「チャシクーー!!!???」
限界だった