現在のナタは昼下がり。ほのかに熱を帯びた風が草木を揺らすのどかな平原を、杖をついてぷるぷると震えながら歩く腰の引けた老人………ではなく少年が、同年代らしき少女と横並びで道なりに歩いていた。
「…………あ゛ぁ゛〜〜……まだ足の感覚が戻ってこない……」
「……ホントに肩貸さなくても平気?私のぐるぐるこまちゃんに乗っても良いんだよ?」
「へへへ、なんのこれしきぃ…」
心配そうに顔を覗き込んでくるカチーナの提案を有難く思いつつも、チャシクにも意地があった。ほんの十数分正座したくらいで足が痺れて動けなくなるなど、恥ずかしくて手を煩わせるなんてとても出来ない。人知れずチャシクは稲妻男児の凄さをひしひし、ならぬ
二人は現在、ナタのランドマーク的存在である聖火競技場を目指していた。カチーナは洞窟で集めた水晶を冒険者協会まで持っていく為だが、理由は他にもあった。
チャシクが命を落としたあの日懸木の民の里で起こったアビスの大襲撃は、カチーナ曰く「ここ最近では聞いたこともない」との事だった。あれだけの規模の襲撃が認知されていない事にチャシクは違和感を覚えた。考えられる可能性の一つとしては
襲撃からかなりの時間が経過しているという事。
過去の出来事を記録している冒険者協会に行けば、当時の情報や経過した時間が分かるとチャシク達は考えたのだ。
「それに、助けた子達や家族の事も気になるしね。向こうで何か分かればいいんだけど……」
「…………………そうだな」
その為にも、二人の歩みは自然と速くなり————
「…………ねぇやっぱ龍の姿で飛んでかない?乗せるよ?」
「それはダメッ!!あの姿で競技場に降りたら大騒ぎになっちゃうよ!」
正直チャシクは足の痺れがまだ治らず、龍の飛行能力を試すのも兼ねて飛んでいきたい気分だったが、ダメ元の提案も虚しくカチーナに却下されてしまう。
「まぁそうかもだけどさ……歩いてあとどのくらいかかるのコレ……」
「もう少しだから頑張って!チャシクは立派な戦士なんだから、ね?」
「別に俺……………………あれ?」
「……?どうしたの?」
不意にチャシクが前方を見ながら眉を顰める。カチーナがその視線を辿ると
行商人の一行らしき荷車が、ヒルチャールの一団に追われているのが目に入った。二台の内一台が遅れをとっているように見える。
「ダメだっ!追いつかれるぞ‼︎」
「クソッ!左の車輪がイカれやがった‼︎」
「護衛班は荷車を囲め!やるしかない!」
「っ大変⁉︎助けなきゃ!」
「ちょっ、カチーナ⁉︎ちょっと、まっ、ぐおぉぅ足が言うこと聞かねぇ…」
車輪が壊れ傾いて止まった荷車を中心に護衛が防御陣を固めるが、余りにもヒルチャールの数が多すぎる。一大事と見たカチーナはすぐさま駆け出し、チャシクも後に続こうとするが足がまだ全快しておらず二人の距離はみるみる広がってしまう。
「大丈夫ですかー⁉︎私も戦います‼︎」
「⁉︎君は、確かこだまの子の…」
護衛の一人がカチーナの呼びかけに反応し
「ウ゛オ゛オ゛ォォォッッ!!」
敵の攻撃への対応が遅れた
「あ、危ないっ‼︎」
「————っっ‼︎」
それを遥か後方から見たチャシクは
両手を地面に付き
ドォッッッ!!!!
「ひゃあ!!??」
突風となってカチーナを飛び越え
『おっ———
一息でヒルチャール暴徒の元に辿り着き
———ッッッラアァァッ!!!!!』
ドチャッッ
轢いた
「ヒィィッ!!!な、なな何だぁ今度は!?!?」
「あっ⁉︎チャシクその姿っ…‼︎」
巨大な古龍は返り血にまみれた姿で振り返る
『………この姿でない今の俺は役立たずだ。…カチーナ!ヒルチャールは俺が片付けるから、その人達を頼んだぞ!』
「どっどどどドラゴン!!??そ、それに、し、しゃべ…」
「〜〜〜っ!もおぉ‼︎いくら足が痺れてるからって……みなさん、ここは彼に任せて急ぎましょう!」
カチーナは行商人の一行を先導してその場を大急ぎで離れる。
「ヒルチャールに襲われたと思ったら、今度はでっかい龍に襲われるとは…荷物の半分は失って……今日は厄日だ……」
「大丈夫です!あの龍は私の……えっと、とも…だち?なので!」
「何っ⁉︎あ、あの龍と友達だと⁉︎一体何者なんだ君は⁉︎」
「あ、あははは…まぁちょっと、話せば長いんですけど……」
荷車と並走しながら、カチーナは振り返る。ヒルチャールはまだしも、
「……やり過ぎちゃダメだよ、チャシク…!」
————————————————————————
突如現れた巨大な乱入者を前にヒルチャール達は狼狽えつつも、未だ戦意は喪失していなかった。余程狙っていた荷物に執着があるのか、彼我の実力差を解する頭を持ち合わせない為かはチャシクの知るところでは無いが。
『……よし、これで邪魔者はいない。存分にこの身体で暴れられるなぁ…へっへへへ……」(ゲス顔)
チャシクは残された荷車を背に立ちはだかる。今度は攻撃に巻き込まぬよう気をつけなければ、カチーナにまた怒られてしまう。ただでさえ無断でいきなり龍に変身しているのだ。次に足が無事である保証はない。
それに—————
「—————もう、俺は役立たずじゃ無い」
「ヴオォォォオオ!!」
雄叫びをあげて突進して来るヒルチャール暴徒に
『ゴガア゛ア゛ア゛ァァァァァァアアア!!!!!!!』
それを掻き消す咆哮と共に跳躍し、全体重を右腕に込めて叩きつけた。結果は最初の犠牲者と同じく形を保てず血煙となる。そこに棍棒を持ったヒルチャール達が数に任せて押し寄せてくるが、
『ふんっ……ぬぅあぁぁ!!』
その身を捻り大木のような尾を横薙ぎに振るい、まとめて蹴散らす。ある者は岩に打ち付けられ、ある者は木々を薙ぎ倒しながら林に突っ込み動かなくなる。チャシクが更なる追撃を仕掛けようとした時、
カンッ!コンッ!
『……あ?』
「ギャア!ギャア!」
炎のアビスの魔術師を中心に、クロスボウを持ったヒルチャール達が矢を飛ばしてきた。衝撃ではなく音でようやく気付く程に無意味な狙撃ではあったが、ヒルチャールはいそいそと次の矢を装填し始める。
『……慌てんなよ。そっちも構ってやるからさ』
チャシクは不敵に笑うと、肺に大量の空気と燃素を集め
ゴオオォォォォオッ!!!!
「「「ギャアアァァァ!?!?」」」
荒れ狂う炎の暴風にヒルチャール達はなす術無くその身を火炎に晒す。
—————シールドを展開した、アビスの魔術師を除いて。
『へぇ、頑丈じゃん』
流石に不利と見た魔術師がワープでその場を離れようとし
ガキンッ!!!
みすみす逃すつもりもないチャシクは、その大顎で魔術師を捕えると圧殺するべく力を込める。属性の相性の関係上有利とはいえ、龍の火炎をも耐え抜いたシールドだったが…
ミシッ…パキパキッ…!
「…ギ……ギィ……!」
それも今や風前の灯火。圧倒的な質量による圧力により、あらゆる場所に入った亀裂が広がっていき止めることが出来ない。魔術師にはシールドを辛うじて崩れぬよう保つ事しかできず、ワープで脱出する事も叶わないようだ。
『(…こんなもんか。このまま潰してもいいが………お?)』
「グオ゛ォォォォォオ!!!」
止めを刺そうとチャシクがさらに力を込めようとした時、後方からヒルチャール王者が雄叫びをあげながらこちらに迫って来るのが見えた。周りに取り巻きがいないのを見るに、恐らくこいつが最後の大ボスのようだ。
チャシクは咥えていた魔術師をそのままに首を右に限界まで捻ると、
『〜〜〜どぅおりゃああぁぁ!!!』
渾身の力で首を反対に振り抜き、シールドごと魔術師を投げ飛ばした。火の玉と化した豪速球はヒルチャール王者の顔へクリーンヒットすると、魔術師とシールドは共に着弾の衝撃で弾け飛んだ。
しかしながらヒルチャール王者は未だ健在。仮面に焦げ目と深いヒビを負い僅かによろめくも直ぐさま体勢を立て直し、自慢の巨腕を目の前の龍へ向けて振るう。己の力に対する絶対的な信頼と共に振り抜かれた岩のような拳は
「ッ!?!?」
更に巨大な鎌のような鉤爪に掴まれ止まってしまった。ならばと遅れて反対の拳を振るうも結果は同じ。人を遥かに凌駕する巨体を誇るヒルチャール王者もこうなっては打つ手が無い。幾ら身を捩ろうとも掴まれた両腕は微塵も動かず、癇癪を起こした子供のようにもがく事しか出来ない。
『……こいつも中々硬そうだな。…ならば!』
何を思いついたかチャシクは先ほどシールドをあと一歩まで破壊した大顎で
グシャッ
ヒルチャール王者の頭を咥え込むと、腕を掴んでいた両翼を大きく広げ空に向かって羽ばたいた。その重さをものともせずみるみる地上から遠のいていくと、一定の高度でピタリとその翼の動きを止め
……ゴオオォォォォ!!!!
重力にその身を預けて急降下し
『………おっっっるあ゛あ゛ぁぁぁ!!!!』
ドッゴオオォォォンンッッ!!!!
憐れな敵を大地に叩きつけた。
巻き上げられた大量の土煙がようやく引いた時、その場に残されていたのは巨大な亀裂の中心で半ば埋まったまま絶命したヒルチャール王者のみであった。
『……死亡確認。いやぁ人助けでかく汗はいいもんだなぁ!いい運動になったぜ……っと、そういや荷物は無事かな?』
戦闘中は常に荷車に危害が及ばぬよう注意をはらっていたが、念の為中身を確認すべく荷物に近づき
ガギイィィィィンンッッ!!!
『っ!?』
突如背後から何者かに斬りつけらた。この身体で受けた今までで一番の鋭い攻撃だったが、斬られた首の鱗は砕けることなく健在だった。
「……チッ、硬いな…」
『………良い一撃だ』
チャシクが目を細め見つめる先には
頭にカラフルなバンダナを巻いた、眼光鋭い青年が立っていた。
先程の斬撃やこちらを見ても特に動揺している様子が無い所を見るに、かなりの手練れだとチャシクは判断した。
『我を見て驚きもせぬとはな。其方の名を聞きたいのだが、名乗ってみぬか?』
「断る。それとこっちは十分驚いてるよ。竜狩り人として幾度となく強い竜とは戦ってきたつもりだが……こんな化け物がいたとはな。それよりも———」
青年は、龍が今まさに中身を覗こうとしていた荷車を指差した。
「——それ、如何するつもりだ」
『?…………………………いや待て、我は別に』
「とぼけるつもりか?あれだけ離れた所まで響くぐらい派手に暴れて周りはヒルチャールの武器と破壊痕まみれ、幾つか護衛のものらしき剣も落ちている。俺にはお前が行商人とヒルチャールの戦いに割って入って荷車を強奪した風に見えるんだがな?」
『』
失態だった。こんな事になるなら最初から自分一人で戦わず、カチーナや護衛達と共闘していれば誤解は避けられただろう。先の出会い頭の殺意マシマシの斬撃といい、この青年は既にこちらが邪龍である事を前提に対応している。今さら自分一人で彼を説得するのは至難の技だろう。
今やチャシクは古龍ロールプレイどころでは無い程に汗びっしょりだった。『(如何すればこの誤解が解ける?如何すれば俺の無実が証明できる⁇カチーナ早く戻ってきてくれ‼︎)』脳内ではこれがぐるぐる回るばかりで気の利いた返事が出てこない。
「へっ!図体がデカいばかりで言い訳を思いつくオツムは足りないようだな!この偉大なる聖龍クフル・アハウ様の手で直々に引導を渡してやろう‼︎」
すると青年の脇から珍妙な見た目の生き物が現れ、尊大なセリフを投げかけてきた。だが生憎今のチャシクにはリアクションする余裕が無い。
『いや、我は荷車を襲ったわけ…で、は………』
チャシクはすぐさま否定しようとして、思考が一旦停止する。
『(……せい……りゅう……?)』
『(……SAY……RYU……?)』
『聖龍!!!???』
「っ⁉︎」
先ほどの動揺は何処へやら。チャシクは目の色を変え青年と珍妙な生物に詰め寄る。ここまで平静を保っていた青年だが、初めて僅かに動揺を露わにした。
『聖龍と言ったか⁉︎そのような存在、否お方がここにはおわすのか⁉︎一体何処に⁉︎』
「……ほぉ?なぁんだちゃんと礼儀を心得ているではないか!この偉大なる尊き俺様こと、聖龍クフル・アハウ様の前に
『……………』
「………………」
「…………………おい、どうした?跪かないのか?」
『あぁ、いや、うむ……』
自らを聖龍と名乗るアハウが投げかけた疑問に対して、チャシクは困ったように周りをキョロキョロと見渡すと
『…………これから飛んでくるんだよな⁇』
青年に向けて小声で尋ねるが
「……いや、残念ながらコイツがその聖龍とやらだぞ。あくまで自称だがな」
そう言われたチャシクは、自信満々に胸を張りドヤ顔をキメたアハウに向けて
『………………………このヤモリが?』
「…………………き、き、き、ききききき貴っっっ様ああぁぁぁ!!!???ここここの俺様をヤモリ呼ばわりとは!!??二度と生きて日の下を飛べると思うなよこの無礼者があぁぁぁ!!!!!」
禁句を放ってしまった
『思てたんと違う……』
「コホンッ……そこの荷物を置いて行くなら攻撃はしない。コイツはともかく、俺は別に依頼を受けてお前を殺しに来た訳じゃ無いからな」
「んなにいぃぃ!?!?ちびニチ貴様ァ‼︎この俺様を侮辱した礼儀知らずをみすみす逃すつモゴモゴモゴォォ!?!?」
「………如何する?荷物を渡すか……此処で死ぬか」
『クッハッハ……穏やかでは無いな』
顔を真っ赤に染めながら全力で抗議するアハウの口を手で塞ぎながら提案してきた青年を、古龍の燃えるような一対の眼が見据える。
『………悪いがこちらも荷物を見ず知らずの者に渡すことは出来ぬし、そのつもりも無い。目の前の人間が先程始末したヒルチャール共と同じ盗人でない保障も何処にも無い故な』
「………」
龍は荷車に乗せていた翼の鉤爪を離すと
『……それよりも貴様』
ズンッ
『先程から気になっていたのだが』
ズンッ
『随分己の力を高く見積もっている様だな?まるで———』
ズンッ
『———「お前を殺すぐらい造作も無い」とでも言いたげに聞こえるのだが』
ズンッッ!!
「高く見積もってるつもりは無い。お前の実力は離れた所からの観察である程度理解してるし、俺は
『…………そうか』
バサァッ!!!
突如古龍は閉じていた翼を大地に爪を突き立てたまま広げ
パキ……
『思い上がったな、人間』
バキバキッ!!
右腕に幅広く巨大な刃が翼に沿って形作られ
バキバキバキッッ!!!
左腕には奇怪に外側へ湾曲した細く長い刃が完成した
『貴様らからは古龍に対する無理解と並々ならぬ侮辱を感じる……このまま無事に帰す訳にはゆかぬな?』
「逆だ逆!!そっちがこの俺様を侮辱したんだろうが!!!」
「……これでも俺は竜狩り人を生業にしてるからな。プライド高い頭に血が上った竜の扱いは………お前よりは理解してるつもりだ」
両者の間に、凡人が見れば卒倒しかねない程の壮絶な殺意が漂い始める。
『………よかろう、ならばこれは教訓だ。己の力を過信する事が如何に愚かな事か、ヤモリの分際で安易に「龍」を自称する事が如何に浅はかかを教えてやろう』
ズシンッッ!!!!
『貴様も
そう言うと古龍は上体を低く下げ、先のヒルチャールとの戦闘で行わなかった構えをこの日初めてとった。
「ケッ!教訓を与えるのはこっち側だ無礼者が!……にしてもお前、今回はやけにやる気だな。何か勝算でもあんのか?」
「……そんなわけないだろ。俺達だけで倒せるなんてハナから考えちゃいないさ。事前にこれだけ煽っておけば、奴は自分の実力を見せつけようと派手に暴れてくれる筈だ。攻撃を躱しながら情報を少しでも引き出して、頃合いになったら撤退して炎神様に報告し指示を仰ぐ」
油断無い視線のまま大剣を取り出し、龍に向けて構える青年の脳裏には
「……やるぞ、アハウ———」
先の古龍によるヒルチャールの蹂躙が鮮明に浮かんでいた
「———こいつは絶対に野放しには出来ない」
※敵を掴む向きが違う為、厳密には雪崩式ドラゴンスープレックスとは異なります。