今後も見守っていただければ幸いです。
「さあ、着いたよチャシク。聖火競技場だよっ!」
「お、おおぉぉぉ……!!」
日がやや傾き始めた頃、チャシク達はようやく目的地である聖火競技場へ到着した。薄暗くなる時間帯のため篝火が灯され、火が揺らめき建物内を明るく照らしている。天井からは各部族の旗が掲げられ、他にも様々な飾り付けに追われる作業員や戦士に観光客と、会場内は活気に溢れている。
「チャシクはここに来るのは初めてなのか?」
「あぁいや、小さい頃何度か来てるんだけど、鍛練とか病気の関係で長い間来てなかったからほぼ記憶に無くて……なんか皆んな随分忙しそうだな」
「うん。もうすぐ帰火聖夜の巡礼があるからね。キィニチお兄さんやムアラニちゃん…あ、前に洞窟で話してた流泉の衆の友達ね。それと私も大会に参加するんだ!」
最後まで勝ち残った事は無いんだけどね…とカチーナは若干耳をしおらせ俯く。護衛した荷物の搬入をキィニチが引き継ぎその場で別れると、カチーナに案内されながら二人は競技場内を歩いた。
「帰火聖夜の巡礼の参加者エントリーはこちらからどうぞー!締切は明日になっておりまーす!」
「すいませーん、俺たちも参加します!メンバーはこの四人で——」
「お、あそこは大会エントリーの受付だな」
「そうだよ!大会には数人でチームを組んで申し込みするの。前半の団体戦は人数が多い方が有利だからね」
「へぇ〜〜。じゃあカチーナも一緒に出場するチームが決まってるのか?」
「えーっと……元々は四人チームで参加する予定だったんだけど、メンバーの一人が都合がつかなくて抜けちゃったから、今は三人だけなんだ。私が古名持ちなのによわ「カチーナッ!!!」うぇっ⁉︎な、何⁉︎」
また俯いていたカチーナの手を取ったチャシクが目を輝かせ顔をずいっと近づけると、驚いたカチーナが狼狽え固まる。
「俺も参加したい!カチーナのチームで!」
「…へ?わ、私のチームに?」
チャシクは暫しカチーナを見つめた後、我に返り手と顔を離す。
「あ、ごめん……俺、夜巡者の戦争に出るのが小さい頃からの夢だったんだよ。アビスの侵略からナタを、人々を、家族を守るために立派な戦士になって戦いたい。俺、そのためにずっっと鍛練してきたんだ!…前世でその夢は叶わなかったけど……」
「………でも、私なんかとチームメイトでいいの?古名を持ってるのに、その、私全然皆んなみたいに強くなくて。もっと強い人達とチームを組んだ方が……」
「何言ってんだよ!俺は
「…………え?」
肩を掴まれ再び顔を近づけると、今度はじぃっと目を見つめるチャシクの言葉に、カチーナは目を見開く。
「古龍を目の前にして「一緒にナタを見てまわりませんか?」なーんて堂々と言える奴が弱いだなんて謙遜し過ぎだよ。誰にでも出来る事じゃ無い。「自分じゃ実力不足」とも言ってたけど、カチーナは弱いんじゃ無くて、今は
チャシクは一度言葉を切ると、肩から手を離し自分を指差す
「———それに俺、まだ古名貰うどころか戦士として登録すらしてないヒヨッコだし!荷車が襲われてるのを見た時真っ先に助けに入ったカチーナの方が俺なんかよりよっぽど立派に戦士やってると思うぞ。俺、そんな
「チャシク………ぅ……うぅ…」
チャシクの言葉に、カチーナは往来で泣き始めてしまった。通行人達が此方を見ながらヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「何だ何だ?女の子が泣いてるぞ?」
「兄弟喧嘩か?」
「あの男の子が泣かせたのか?」
「(……これは何だか……あらぬ誤解を与えていそうな気配を感じる…!!)……あーカチーナ。ここはちょっとこの場を離「ねぇ君」……え?」
焦ったチャシクがカチーナを伴ってその場を移動しようとした時、背後から何者かに声をかけられ振り返ると
「………ちょっといい?何でカチーナちゃんが泣いてるのかな?」
「ピャ」
胸の前で腕を組み此方を見下ろす、チャシク達より僅かに年上と思われる少女が禍々しいオーラを全身から放ちながら仁王立ちしていた。笑顔なのに目は全く笑って無い。
「…もしかして君が泣かせちゃったのかな?もしそうなら、私にも納得できるような理由を教えて欲しいんだけどなぁ………教えてくれるよね⁇」
「ちょちょちょちょちょっと待った‼︎誤解だ誤解‼︎別に俺がカチーナを泣かせ………た事になるのかコレ?」
「やっぱりそうなの?怒らないから話してくれない?くれるよね⁇」
「いや待ってお願いだから⁉︎違わないけど違うんだって‼︎カチーナと一緒に大会に参加して戦いたいって言っただけなんだよ!カチーナは自分が弱いって思ってたみたいだけどそんな事ないって、俺カチーナみたいな立派な戦士と一緒に強くなりたいってここで話してただけで……」
「うぅ……う゛う゛ぅ゛〜〜〜……!」
「わわわっカチーナ⁉︎どうしちゃったんだよ急に⁉︎」
その場に泣き崩れてしまったカチーナをどうにか立ち上がらせ、少女の射殺さんばかりの眼圧を肌に感じながら、三人はひとまず休憩スペースまで移動した。テーブルを囲んで腰を下ろし、未だ話せる状態にないカチーナに変わりチャシクは経緯を説明した。
「………なぁんだ!カチーナちゃんったら感動して泣いちゃってたんだね!悪口でも言われてるのかと思ってびっくりしちゃったよ。ごめんね驚かせちゃって!」
「ハハハ……確実に寿命縮んだわ………」
「グスッ……う、嬉しくてつい……ごめんね二人とも…」
先ほどとは打って変わって天真爛漫な笑みを浮かべながら少女はチャシクに話しかける。
「じゃあこっちも自己紹介しなきゃだね。あたしはムアラニ!流泉の衆の戦士で、マリングッズの販売と観光ガイドをやってるんだ。こっちに遊びに来る時はあたしに案内させて!」
「流泉の衆か…綺麗な海でマリンスポーツ、海の幸、色んな温泉にも入りたいなぁ……うーむ、行きたいけどどれから楽しめばいいやら…」
「大丈夫!このあたしがぜーったい後悔させないプランを組んであげる!それよりも君、カチーナちゃんと一緒に帰火聖夜の巡礼に参加したいんだっけ?」
「あ、そーなんです!カチーナのチームメンバーが一人減っちゃったらしいから、俺をそこに入れてもらえたら嬉しいなって」
「えっと……わ、私なんかと一緒でもいいなら、入ってくれれば心強いけど……」
「ふふっ、いいじゃんいいじゃん!良かったねカチーナちゃん……あ、そうだチャシク、あたしには敬語は要らないし名前も呼び捨てでいいからね!それと」
「大会エントリーには身分証が必要だけど、チャシク持ってる⁇」
「…あっ、あー……」
「………………………なんすか、ソレ」
ムアラニ曰く、「エントリーには自らがナタ人である証明として身分証を提示しないと、大会には参加できない」との事だった。当然チャシクがそのような物を持ち歩いている筈もなく、望みは絶たれたかに見えた。
しかし同時にムアラニは、「冒険者協会でチャシクの出生記録が見つかればそれが身分証の代わりになって、あるいは大会に出場出来るかも!」と助言もしてくれた。チャシクは早速冒険者協会受付へと掛け合い、自分の名前と懸木の民の里襲撃について調べてもらったのだが
「…………見つからない?」
「はい。こちらの支部では過去100年程の歴史資料や出生記録が保管されているのですが、その何処にも貴方の名前も襲撃と思しき記録も残されていないのです。後者に関してはこれ以上遡ってお調べするとなると、謎煙の主の祭司の協力を要請することになりまして、直ぐにとは…お力になれず申し訳ありません……」
「(100年遡っても見つからないなんて……俺、一体どれだけあの洞窟で眠ってたんだ?)」
「うーん、残念だったね…でも大丈夫!きっと何か手が見つかるよ!」
「そ、そうだよチャシク。明日にも急いで謎煙の主の祭司の人にお願いして調べてもらえば…」
「いや。祭司に依頼して、膨大な量のウォーベンから探してもらっても見つかるまでどれだけかかるか分からないし、そもそも普通は個人の出生記録をウォーベンに残したりはしないんだってよ。どの道エントリーは難しいみたい。………ごめんカチーナ!一緒に大会に出場出来ると思ったのに……」
「そんな、謝らないで!それにチャシクがああ言ってくれて、私本当に嬉しかった……チャシクの分まで、私頑張って試合で戦うからね!」
「ありがとう……へへっ…そーそー、やっぱりカチーナは泣いてる顔より、その笑顔で居る方がいいな!またカチーナの友達に誤解されるのはゴメンだし」
「むぅ…か、からかわないでよぉ!」
前を歩く二人より一歩引いた所から、ムアラニは普段とは違う優しげな笑顔でお互いのやり取りを眺めていた。
「もうそろそろ暗くなる頃だし、あたし達は帰るよ。チャシクはこの後どうする?」
「俺はここの宿屋に泊まろうかな。多分懸木の民に俺の家は残ってないだろうし」
「…オッケー!明日の午後またみんなでここに集まる予定だから、その時チャシクも集合ね!」
「了解。じゃあ二人とも、また明日!」
「うん!また明日ね、チャシク!」
「おうっ!……………あ、ちょいまち二人とも!この時間から帰るなら—————」
二人を見送った後チャシクは再び建物内に戻る。移動中、食堂から漂ってくる肉の焼ける香ばしい匂いに刺激され、大きな腹の虫が鳴った。
「(そういや今日蘇ってから何も食べてなかったっけ。宿の予約取ったら食堂でご飯も食べよっと)」
今夜の方針を定め、宿屋の受付に足を向けたその時
「…いや待てよ」
ピタリと動きが止まる
「(…………そういや今の俺完全に無一文じゃん⁉︎宿代どころか、晩飯にすらありつけない……何なら祭司に払う依頼料も無い!一体どうすれば…)」
「あぁ、此処に居たか」
顔を青くして考え事をしていたチャシクに、用事を済ませたらしいキィニチが声をかけた。
「これを渡そうと思って探してたんだ」
「……え?これって(ジャリンッ!)うぉっとっと!」
「昼間にヒルチャールの一団と戦っただろ?さっき冒険者協会で聞いたら、案の定討伐依頼対象だったみたいでな。その依頼の報酬金と行商人からの謝礼金と合わせて、確かに渡したぞ」
「さっき黙ってたのはお前がオレに捧げられる貢物が無いのが分かってたからな。さぁ敬虔なる我が信奉者よ、今こそこの偉大なる聖龍クフル・アハウ様への畏怖と敬意に値する額をその袋から存分にへぶぅっ⁉︎」
「……節操の無い聖龍で困る」
キィニチから手渡された布袋には、ずっしりと嬉しい重さのモラが詰まっていた。無一文である今のチャシクにとっては、正しく天の救いであった。
「……き……救世主……⁉︎」
「大げさだな。お前が倒して、お前が守り抜いたんだから当然の権利だ。それとコレも。今回の件での、俺なりの気持ちだ。別にこっちの腹も痛まないし、これが一番妥当だと判断した」
続けて渡されたのは部屋番号の書かれた鍵と、キィニチの名前が入った紹介カードだった。
「お前、今日は泊まる当てが無いんじゃないか?大会期間中は参加者の友人もここの施設を使えるんだ。勝手だが俺の紹介で登録しといたから、これでチャシクも宿と食堂を無料で使えるはずだ。いくら強くても睡眠や食事を疎かにすれば全力で戦えないのは、
「………お……………おかん……⁉︎」
「誰がおかんだ」
感激のあまり受け取ったものを握りしめたまま、目を潤ませ膝を折るチャシクにジト目で冷静にツッコむキィニチ。
「最悪外で野宿も覚悟してた所だったんです…本当にありがとうございます!夕食には少し早いですけど、よかったらこの後一緒に食べませんか?」
「(急に敬語…)いや、折角だが遠慮しておく。この後懸木の民まで帰らなきゃならなくてな。そうだ、また明日カチーナ達と集まるんだが、その時にでも一緒に「わっかりました!必ず行かせていただきますっ‼︎(ビシィッ!)」
「…よっぽど腹が減ってたんだな」
広場で別れた後、食堂へ向けて駆けていったチャシクを暫く見ていたキィニチは、出口へ向けて歩き出す。
「………いいのかよ?アイツの事、炎神に直接報告しなくても」
「談義室宛てに報告書は提出した。そこにも書いたが、現時点であいつにナタを直ちに脅かす危険性は無い…あくまで
「ほーん………それだけが理由か?おぉん⁇」
「………」
ニヤケ顔のアハウの言葉をキィニチは聞き流し、黙って先を急いだ。
その身を挺して少女を守った、古龍の姿を思い浮かべながら
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沢山の篝火が灯された聖火競技場の建物から離れ、暗くなりつつある外の通路を二人の少女が並んで歩いていた。
「いやぁ、チャシクの事は残念だったねー」
「…うん」
「彼の分まで、精一杯戦わなくちゃね!」
「……うん」
ムアラニが話しかけても、何処かうわの空で答えるカチーナ 。やや俯いて歩く彼女に対して、普段のムアラニなら疑問に思って尋ねたことだろう。しかしそうはせず、ムアラニは何も聞かず笑顔でカチーナを見つめるだけだった。
夜道を歩く二人の手には、辺りをぼんやりと照らす手のひらサイズの
「立派な戦士………一緒に強くなりたい、か…………えへへ♪」
優しい温もりを秘めたその火を見つめながら、カチーナは今日出会った不思議な
「ん゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁ、流石に肉料理ばっか頼み過ぎたか……ウップ」
食事にありつけた喜びのあまり料理の量を見誤って注文してしまったチャシクは、あらかた片付けた料理の皿を見つめていると、ふと周りに視線を移す。
チャシクの様に料理に舌鼓を打つ人達、大会に向け作戦を練るチームらしき戦士達、愛を育む恋人達……
それぞれの時間を楽しむ人々の表情を見ながら、チャシクは今日キャサリンに言われた言葉を思い出していた。
「(100年、か……それ以上遡って調べて、もし何も見つからなかったら………)」
チャシクは目覚めた当初から考えないようにしていた、
ここが自分の生きた世界とは異なる、IFの世界である可能性
祖父達が守り、両親が愛し、自分が生きた痕跡が最初から存在しない世界に一人迷い込んだのだとすれば、あの子が無事生き残ったかを知ることも、会うことも叶わないだろう。
「あの歳で剣の腕も良かったし、度胸もあった。もし生き延びて大人になったら、立派な戦士になってたかもな。へへっ………………」
誰に話しかけるでもなく一人呟いた声が、人々の喧騒の中に埋もれ消えてゆく。チャシクにはそれがどうにも、言いようのない複雑な気持ちにさせた。
「………………………寝るか。あむっ」
そう言うとチャシクは皿に残った最後のスペアリブを口に放り込み
バキッ!ボキボキッ‼︎
骨もろとも平らげると、一人宿の部屋へと向かった。
一つの灯りにぼんやり照らされた部屋で、一人の女性が机にうず高く積まれた書類の整理を行っていた。慣れた様子で一枚一枚に素早く目を通していると
一枚の紙に目をとめた。
そこに書かれていたのは、行商人一行を襲ったヒルチャール達を殲滅し、人々と荷車を守った不可思議な龍についての報告書だった。人語を解し、人の姿に変身し、
「ほぅ、【チャシク・ララミディア】か。随分と久しぶりに聞く名前だな」
その報告書に最後まで目を通した、輝く日輪の瞳を細めた赤髪の女性【
「……まさか、な……………ふふっ」
くすりと笑った。