人龍漫遊記 〜古龍にうまれかわったら〜   作:newnew

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七話

 

 

 

 

 一つの旅が終わり、新たな旅が始まる。

 

 

 

 広大なる内海に囲まれた水の国を後にした二人の旅人は、灼熱の風と赤い大地からなる新たな目的地「ナタ」へと足を踏み入れた。

 

「見ろ、壁にいろいろ落書きされてるぞ?」

「これは…案内用の矢印だね。道は合ってるみたい」

 

 白い服を身に纏う金髪の少女と、その隣をフワフワと飛び回る珍妙な生命体。今まで旅してきた国では見られなかった異国の風景とまだ見ぬ新たな出会いの予感に、二人は心を高鳴らせながら渓谷の道を進む。

 

 壁を鮮やかに彩る独特の絵と共に描かれた矢印に従い通路を進むと、そこには深い谷底の地形に沿って造られた大きな集落があった。壮観な景色に圧倒されつつ歩みを進めていると、何やら神妙な面持ちで話し合ってる三人の現地人が目に入った。

 

 距離があるため全ては聞き取れなかったが、何らかの大会に参加するチームを組んでいた三人の内二人がやむを得ない事情により抜けてしまったらしく、一人残された少女がしょんぼりと肩を落としていた。

 

「あそこの女の子、置いてけぼりをくらったみたいだな…落ち込んでるみたいだぞ」

「…うん、放っておけないね……ねぇ君、大丈夫?」

 

 声をかけられ、ハッとしたカチーナが不安そうな表情をすぐさま振り払うと、なんでもないと笑顔で二人に返す。

 

「ありがとう、大丈夫。部族じゃ見かけない顔だけど、旅の人?」

「おう!オイラたち、ナタに来たばかりで———」

 

 

 後にナタを救う英雄として歴史に名を刻む旅人「蛍」と、現地人であるカチーナとの、これが最初の出会いとなったのである。

 

 

 

————————————————————————

 

 

 

「……依頼受けた時から分かってはいたけど、しょっぱい収獲だなぁ」

 

 大会に出場する資格でもあるナタの戦士登録は出来なかったが、身元を問わない冒険者協会の登録には何とか成功した。現在チャシクは記念すべき最初のヒルチャール討伐の依頼をつい先ほど完遂したのだが、何とも味気の無い戦いと収獲であった。

 

 市場で売られていた荷物が大量に収納できる高性能カバンをほぼ全財産をはたいて購入し、そこに先ほどの戦いで得た素材を放り込んでゆく。

 

 このカバンを買ったのには理由があった。先の競技場での戦闘の際に無茶な扱いをしたせいでレンタルしていた剣を破壊してしまったチャシクは、謝罪と弁償の為一度サルタリー溶鉱炉前まで戻った。

 

 が、相変わらず責任者は忙しいのか見当たらず、シロネンにも会えずじまいだった。その場にお金を置いていく訳にもいかず、仕方なくチャシクは折れた剣を「必ず弁償します。チャシク」と書いた置き手紙と共に置き、弁償代と今後の生活費の為に本格的に金稼ぎを始めることにしたのだ。

 

 帰火聖夜の巡礼が終わり持ち金が無くなれば、ただの無一文ホームレスになってしまう。このカバンは冒険者として生きていく為の前投資だ。手に入れた素材を一通り質に売り払い、今回の依頼の報酬と合わせれば剣の弁償代はひとまず確保できるだろう。小手調べも済んだので次回はもっと報酬の高い高難度の依頼を受けようとチャシクは思った。

 

「(……こんな事してる場合じゃ無いんだろうけどなぁ……)」

 

 昨夜からチャシクの脳内の隅で常にチラつく「IF世界の可能性」。本来なら謎煙の主に赴き、祭司に依頼して過去を調べてもらうべきなのは本人も分かっている。

 

 

 分かっていても、チャシクは真実を知る事を何となく先延ばしにしてしまっていた。

 

「(故郷の為なら、命を賭けて戦う覚悟はある。だが……)」

 

 チャシクが眺める見慣れた筈のナタの景色は、今は何処か遠い異国の景色の様に彼の瞳には映った。

 

「(……この国に俺の居場所ってあるのかな?俺の生きてた痕跡も、生前の俺を知ってる人も、何も無いこの国(ナタ)で……俺は本当に命を賭けて戦えるのか?)」

 

 足を止めてぼんやりと景色を眺めていたチャシクは、頭を乱暴に掻くと頬をパンパンッ‼︎と叩いた。

 

「いいや!ぐだぐだ考え込むなんて俺らしくねぇ!」

 

 そう大声で自分に言い聞かせると

 

 

 

 

 

 

 崖目掛けて全速力で走りだした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー…ダメだ、やっぱり岩の元素力しか使えないや……わたし、とんでもない人と知り合っちゃったみたいだね!」

 

 ナタに訪れた旅人達と聖火競技場を目指していたカチーナは、あらゆる元素力を自在に操って見せた旅人に瞳を輝かせる。

 

 現在カチーナは、旅の中で様々な経験を積んだ実力者である旅人を先生として勉強させてもらっている最中である。

 

「こいつが旅の中で経験してきたことを聞いたら、きっと腰を抜かすぜ!(むんっ)」

「パイモンが自慢げに言う事じゃ無いでしょ…まぁ、それ程でも無いけどねっ(むんっ)」

「へへっ、二人は仲良しだね」

 

 二人は揃って腰に手をあて胸を張って見せると、その様子にカチーナは笑みをこぼした。

 

 

 その時

 

 

 バサァッッ!!!!

 

 

「………ん?…わぁ‼︎な、なんか飛んでくるぞぉ⁉︎」

 

 

 そこへ突如大きな翼をはためかせ、巨大な龍が三人の目の前に舞い降りてきた。地の底から響くような唸り声を上げながら頭をゆっくり下ろすと、縦に裂けた燃えるような双眸が三人を静かに見据える。

 

「ひいいぃぃ⁉︎たったたた食べられるぅ⁉︎」

「っ!」

 

 へなへなと地面に落ち腰を抜かしたパイモンを庇い、剣を抜いた旅人が立ち塞がる。

 

『……勇ましい娘だ。その剣一本で何とする?白き剣士よ』

「御生憎様、私あなたみたいな龍とは剣一本で何度も戦った事あるんだよね。舐めてかかれば後悔するかもよ?」

 

 問いかけに対して蛍が不敵に答えると、それに対して古龍が上機嫌に声を上げて笑った。

 

『クッハッハッハッハ‼︎気に入った!其方の名を聞きたい。名乗って——』

 

 その時、旅人の横を素早く駆け抜ける影があった。

 

「⁉︎ダメッ下がってカチーナ!」

 

 古龍を目掛け一直線に走るカチーナが、愛用の槍を大きく振りかぶり————

 

 

 ペッチーーンッ!!

 

 

 槍の腹で龍の鼻を叩いた。

 

「え、えええぇぇぇ!?!?」

「……………」

 

 パイモンは驚愕に声を上げ、旅人は剣を構えた姿勢のまま固まる。

 

「〜〜〜っ‼︎チャシク!また人をびっくりさせるようなマネしてぇ‼︎」

『………カチーナ、そこは演技して乗ってくれないと。別に危害を加える気なんて微塵もっあっやめて!鼻を石突でグリグリしないでっ⁉︎』

 

「…………兄妹喧嘩⁇」

「違うと思うぞ」

 

 巨大な龍と少女の一連の騒動を見ていた二人は、顔を見合わせて困惑するばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「へぇ〜、それで気が付いたら龍になっちゃってたのか。他の国でもそんな話聞いた事ないぞ?」

「んー…さっきカチーナが言ってた、魔神じゃない普通の人間が神になれるのと何か関係があるのかな?」

 

 その後、チャシクからの謝罪と互いに自己紹介を終えた一行は、四人では少々狭いクビナガライノの頭に乗って移動していた。道中遭遇した心優しく人懐っこいトトが頑なに乗るのを勧めたので、その好意に甘えることにしたのだ。

 

「向こうで炎神様に会えれば聞いてみよう。何か知ってるかも!……ありがとうねトト、ここまででいいよ!重くなかったかな?」

『ブモオォォォ』

「………俺が乗せてけば良かったのでは……」

 

 幅の広い道がここまでのためトトに別れを告げ、一行は談笑しながら競技場までの最後の道を歩む。

 

「いやぁ、それにしてもナタに着いて最初に会えたのがカチーナでよかったぜ!いろんな事を教えてくれたし、おいしいキャンディも貰ったし!」

「もぅ、キャンディが理由の大半じゃ無いのパイモン…でも本当にありがとうねカチーナ。ここに来るまで助かったよ」

「ううん、これぐらいどうってこと無いよ!」

「ハハッ、人に親切にするのもいいけど、無理しすぎてないか?明日には帰火聖夜の巡礼に出場しないといけないんだし、他のチームメンバーに心配かけるような事があったら——」

「…………あー……えっとぉ………」

 

 チャシクが大会の話をすると途端にパイモンの目が泳ぎはじめ、蛍も複雑な表情になる。

 

「…………」

「……何かあったんだな?」

 

 二人の様子と何も言わないカチーナの表情を見たチャシクは、何となく事情を察した。

 

「………二人とも、今回は他のチームで出場するんだって……でもいいの!もうこういう事には慣れっこだし、一人でも出場はできるんだから。気にしてないよ!」

「………………………ごめんなカチーナ…俺が一緒に参加さえ出来れば…」

 

 カチーナの背中を優しくさするチャシクを見ながら、蛍はこだまの子で話していた事を思い出す。彼はメンバーが抜けて落ち込んでいたカチーナに対して、一緒に出場したいと名乗り出たそうだ。

 

 大会そのものに出るのが彼の夢だったという理由もあるが、チャシクは他ならぬカチーナと出場したいと言ってくれたと。彼の横顔はカチーナに対する優しさの他に、戦いの重荷を共に背負えない自分自身に対する悔しさも表れていたように蛍には見えた。

 

 

 

 競技場の広場は飾り付けも増え、昨日にも増して活気付いていた。そこで待ち合わせていたキィニチとムアラニも合流し、ここが初めての旅人二人にカチーナ達による大会の説明も交えつつ、全員で会場内を見てまわった。

 

「そこを何とか!お願いしますぅ!せめて前半戦だけでも!」

「そーだそーだ!旅人はこれまでの旅の実績を見れば実力は申し分無いし燃素も使える!チャシクだって強さはキィニチのお墨付きを貰ってるんだから!」

「ですから、実力の問題では無いんです。ナタ人の戦士達が戦う事でしか角逐の焔は生まれません。その戦いに純粋なナタ人である事を証明出来ない人や異国の旅人が加わる事自体に角逐の焔に影響が出る危険が伴う為、出場条件はナタ人のみに限定されているんです!」

「で、でもぉ!」

「…気持ちが分からないとは言いません。でも本当に貴方達がその方の友達だと言うのなら、信じて応援してあげるべきだと私は思いますがね」

 

 蛍を大会に参加させる為、チャシクがムアラニと共に受付に直談判するもあえなく撃沈し、同時に再度出場を懇願したチャシクもそれに続く結果となった。食堂のテーブルを囲んだ椅子に座ったまま、チャシクが唸りながら項垂れる。

 

「ぬぬぅ…ぐうの音も出ない正論だった…」

「だから言っただろ、あのシヴァルさんを説得するなんて無理だって。それに、俺もあの人の言い分に賛成だ。今すべきなのは、みんなで明日の大会に備えて英気を養う事なんじゃないか?」

 

 そう言いながら、キィニチは炎神様の奢りだという目の前に並んだ豪勢な料理に目を落とし、彼の言葉にムアラニも頷く。

 

「…そうだね。さぁ、みんな遠慮なくどんどん食べて。どれもここの名物料理なの!」

「わあぁ…!これ本当にいくらでも食べていいのかぁ⁉︎」

「パイモン、どうどう」

 

 目を輝かせながら料理に飛びつこうとするパイモンを、蛍が呆れながら引っ掴む。このやりとりは二人にとっては日常のようだ。

 

「……うし、俺は当日カチーナ達を全力で応援出来るように英気を養うぞ!あむっ‼︎」

「のわぁぁ⁉︎そのお肉オイラが狙ってたのにぃ‼︎」

「グヘヘへ!食卓は早い者勝ちの戦場なんだぞパイモン!……ほら、カチーナも!戦士なら戦いの前にはしっかり食っとかないと」

 

 パイモンと肉を奪り合いつつ、チャシクは取り皿に幾つかの料理を見繕ってカチーナに渡す。

 

「ありがとうチャシク……ちゃんと食べないと元気が出ないって、ママも言ってた。ちゃんとご飯を食べるよ!」

 

 涙を溜めていた目を拭ったカチーナは、元気を取り戻しご飯に手を伸ばした。その様子を見たムアラニが安心したように笑う。

 

「励ましてくれてありがとね。みんなから見たらまだまだ成長の余地ありって感じだからか、なかなか辛抱強く待っててくれないんだよね」

「だって、カチーナの優しさと努力は伝わったぞ!どっちもこいつの長所だろ?」

「……うっ、ううぅ……」

 

 パイモンの言葉に引っ込みかけていた涙がまた溢れ出てしまったカチーナに、キィニチが優しく言葉をかける。

 

「落ち着け。涙がお椀に入ってしまうぞ?」

「グスッ……そ、そうだ!飲み物を用意するね。家からジュースを持ってきたんだ…わたしが絞ったんだよ。コップを取ってくるから待ってて!」

「そんなものまでわざわざ持ち歩いてるのか⁉︎」

「まあ、泣く場所を探しにいったんだろ。暫くはそっとして———」

「あむっむぐむぐむぐ……んぐぅ!?ん゛んっげっほげっほぉ!?!?」

「うわぁチャシク、大丈夫⁉︎慌てて食べ過ぎだよ!」

「……早く戻ってきた方がいいかもな」

 

 その後、歓迎会も兼ねた夕食もつつがなく(?)終わり、明日の大会に向けて早起きする約束を皆で交わしてその場は解散となった。

 

 

 

 

 

 日もすっかり沈んだ頃、競技場の渡り廊下の下にある開けた場所で、大会に向けカチーナがムアラニと蛍に戦闘中の身のこなしや立ち回りのアドバイスを受けていた。

 

「……あ、チャシク!来たんだね!」

「悪い、遅くなった!」

 

 そこに渡り廊下から飛び降りてきたチャシクが合流した。

 

「ちょっと昼間にヒルチャールと戦った時に借りてた両手剣を折っちゃってさ、鍛冶屋の人に謝ってたんだよ」

「どんな使い方したら両手剣が折れたりするの…」

「アハハ、まぁ、ちょっとね……よしっカチーナ、始めるか」

「うん。でも武器を持ってないのに打ち込んでもいいの?」

「へっへっへ…舐めてもらっちゃ困るぜカチーナ?両手剣も片手剣も槍も使う俺ほどにもなれば、練習相手ぐらい素手で務められるぞ!」

「いろんな武器を使えるのか!でもそれなら、槍の使い方をカチーナに直接教えてやったほうがいいんじゃ無いのか?」

「あーー……俺、武器の使い方に癖があるからカチーナの参考にはなれないかも。面目ねぇ……」

 胸を張っていたチャシクだが、パイモンが指摘した途端勢いが無くなり、両手の人差し指同士をつつきながら小声で目を逸らす。

 

 

「フーッ…よし、行くよチャシク!」

「おう。打ち込み台だと思って遠慮なく来いよ」

 

 カチーナが槍を構えて駆け出し、それを正面からチャシクが素手で迎え撃つ。得意のダンスの要素を取り入れたアクロバットな挙動で、カチーナが素早く連撃を見舞う。

 

「やっ!はぁっ!」

「なるほど、悪く無い動きだと思うぞ!反撃できそうな隙も少ないし、太刀筋を悟らせないようダンスの動きと絡めて上手く纏めてる、面白い戦い方だな!ここから筋力も技も研磨されれば…んん、これは相手にしたくねーな!」

「そのっ!割にはっ!全っ然!当たらっ無いんだけどっ⁉︎」

 

 そのカチーナの猛攻を、チャシクは上半身の動きと後ろ歩きだけで息も切らさず躱してゆく。二人の様子を側で見ている蛍達から見ても、チャシクの動きはカチーナに比べて無駄が無かった。それが時間と共に更に洗練されていき、唯一の非戦闘員であるパイモンには、カチーナの槍がチャシクの体を通り抜けているように錯覚するほどだ。

 

「言っただろ!俺を打ち込み台だと思えって!訓練だと思わずに本気で打ち込まなきゃ、俺には当たらないぞカチーナ!」

「んううぅ!…はあぁぁぁ‼︎」

 

 業を煮やしたカチーナが深く一歩踏み込み、渾身の横薙ぎを繰り出す。

 

「!」

 

 避けるのが間に合わないと見たチャシクは、掌底を槍の柄の部分目掛けて打ち込み、衝撃で弾き返す。

 

「…ハハッ!いまのは悪くな——」

 

 

 その反動を受け流したカチーナが勢いを殺さぬまま

 

 

「隙ありっ!!!」

 

 

 ガキイィィィンッ!!!!

 

 

 槍の石突をチャシクの腹を目掛けて勢いよく突いた。

 

「ぐえぇ!?!?」

「入った!」

「カチーナすごいぞっ‼︎」

 

 腹に一撃をもらったチャシクは二、三歩後ずさるが、辛うじて倒れる事なく踏みとどまった。

 

「…!ご、ごめんっ!大丈「ストップ‼︎」…え?」

 

 我に帰ったカチーナが慌てて駆け寄ろうとし、それをチャシクが手で静止する。

 

「…今のを忘れるなよカチーナ。相手はあのアビスなんだ。不意打ち搦め手大いに結構!相手が友達だからって手加減するような覚悟じゃ、大会で勝ち抜く事も敵と戦う事も出来ないぞ」

 

 

「!………うん、分かってるよ。私———」

 

 

 

 手に持つ槍の柄を強く握りしめ

 

 

 

 

「———私っ、本気で夜巡者の戦争に出たいの‼︎」

 

 

 

 

 カチーナの言葉と覚悟の決まった表情に、四人は安堵の笑みを浮かべた。

 

「……おう、その意気だぞ!蛍、交代頼む」

「分かった。えーっと確か無鋒の剣は……あったあった」

 

 練習相手を蛍にバトンタッチしたチャシクが、離れて見ていたムアラニとパイモンの隣まで移動する。

 

「おまえ、龍になってなくてもあんなに強いんだな!」

「やるねぇチャシク!あたしがカチーナちゃんに言おうと思ってた事も言われちゃったよ」

「槍の使い方を直接教えられれば一番良いんだけどな。俺に出来ることはこれぐらいだよ。……ムアラニ、団体戦では頼りにしてるぞ?」

「へへ、もっちろん!………それより、お腹は何ともないの?槍が当たった時すごい音がしたけど」

「何とも無いぞ?ホラ」

 

 そう言うとチャシクは服を捲り、石突が命中した腹の部分を見せる。その部分に傷やアザは見当たらず、軽微な打撲にとどまっていた。

 

「当たる瞬間ギリギリで燃素でガードしたんだよ。モロに入ってたらヤバかったかも」

「へぇ〜、キィニチが言ってた通り器用なんだね……それにしてもすごい腹筋。豊穣の邦の戦士みたい!」

「そういや昼間にも豊穣の邦の人に筋肉を褒められたよ。イアンサって子…じゃ無い、ひとなんだけど、ムアラニ知ってる?」

 

 慌ててイアンサの呼び方を訂正したチャシクが、捲っていた服を戻しながらムアラニに尋ねる。

 

「あの体づくりにストイックなイアンサに褒めてもらうなんてスゴイじゃん‼︎それでそれで?イアンサはなんて言ってた⁈」

 

 

 

 

————————————————————————

 

 

 

「アッハッハッハ!…で、トレーニングクラブに彼を勧誘したという訳か?」

「い、いやぁ…トレーナーとしての血が騒いだと言いますか、余りに彼から筋肉の才能を感じたもので思わず…」

「何筋肉の才能って」

 

 食堂にて、マーヴィカが腹の底から大笑いするという実に珍しい光景がそこにはあった。同じテーブルには、明日の帰火聖夜の巡礼に向けて一日中駆けずり回って働いた労いとして夕食を奢られているシロネンとイアンサの姿もあった。

 

 彼女らが集まったのにはもう一つ理由がある。件の古龍こと「チャシク・ララミディア」についての情報共有の為だ。

 

「最初聞いた時は突拍子もない話だなと思ったけどね。あの両手剣、使っててまず折れるはずない所で折れてたし、あの腕力といい目利きといい普通じゃ無いとは思ってたけど……そんな滅茶苦茶な戦い方してたんなら納得かな」

「あの燃素の鎖と両手剣を組み合わせた武装による暴れっぷり…アタシみたいな腕力があるだけで出来る動きじゃ無い。唯の力だけの怪物とは違う、人の姿でも相当の実力者だ」

「燃素の扱いに加えて、見(・)る(・)能力もハンパないね。鍛冶場に並んでた中からウチが鍛えた一番出来の良い剣を触るまでもなく一目で見抜いた。多分あの子の目には、ウチらが見てるのとは全く違う世界が見えてるんじゃないかな」

 

 先程の笑顔とは打って変わって、マーヴィカは真剣な表情で二人の意見に耳を傾ける。

 

「ふむ、やはり彼の秘めた実力は底知れないな。次に、直に会ってみた彼に対する率直な印象はどう感じた?」

「どうって言われても…見た目通りのどこにでもいる普通の少年ってかんじだったけど。売り物の剣の値段見て驚いたり、折れた剣持って顔真っ青にして謝ったり」

「アタシもシロネンと同意見です。ただ、少し気になる事も話してました。倒したヒルチャール達を眺めながら『病気が治ったばかりだから、色々とやりたい事がある』と。具体的な事を聞いたらはぐらかされちゃいましたけどね」

「………………………」

 

 二人の話を、マーヴィカは目を瞑りただ黙って聞いているだけだった。暫し沈黙が続いた後、不意に彼女は口を開く。

 

「ナタに突如現れ、その強大な燃素の力を躊躇うことなくアビスに振るう苛烈さと、人間を守ろうとする心と親しみを併せ持つ古龍か……やはり、重なるものがあるな」

「ええ、『人龍漫遊記』に出てくる【チャシク・ララミディア】ですね。姿といい、強さといい、行動といい…まるで本から飛び出してきたみたいだ」

「ああ。その龍もそうなんだが……」

「え?」

 

 何処か遠い記憶に想いを馳せるような懐かしげな表情で、マーヴィカは手に持つドリンクの水面を見つめる。

 

「…………二人には話してなかったな」

 

 その視線を、マーヴィカは不思議そうな表情のままの二人に向け、静かに語った。

 

 

 

「今から500年以上も昔、私が10歳の頃だ。懸木の民が襲撃を受け、妹達と共にアビスの境門に攫われた事があってな」

 

 

 手元のグラスを軽く傾ける。

 

 

「幼いながらに死を覚悟した時、私達を救う為に重病の身でありながら単身アビスの境門に飛び込んできた一人の少年がいたんだ。燃素の扱いが実に巧みでな。襲いくる魔物の大群を一手に引き受け私達を逃し、引き換えに彼は命を落とした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チ(・)ャ(・)シ(・)ク(・)という名の少年だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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