涙で前が見えません。
若干投稿ペースが緩やかになる予定ですが、今後も書き続けていく所存でございますので、何卒宜しくお願い致します。
「強大な
「外せぬ
「たとえその者が、敵のみならず味方をも寄せ付けぬほどの望まぬ力を持とうとも」
「誰にも理解されない孤独と弱さを秘めていようとも」
「大切なものを守る為に命を賭けて戦う全ての者は等しく」
「記憶されるべき偉大なる戦士足り得るのである」
「君がその弱さに侵されず、守りたいと願うものの為に大いなる力を存分に振るえるよう」
「私が最初の理解者となろう」
人龍漫遊記 一節より抜粋
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「———懐かしいな。母がよく読んでくれていたのを思い出す」
昨晩の食堂で話しをした後、長らく開いていなかった絵本を棚から引っ張り出し、朝のトレーニング後の空き時間に好きだったシーンを読み返す。幼い頃に自分で幾度も読み返し、やがて産まれた自分の妹にも読み聞かせ「愛するものの為に戦う全ての者は皆立派なナタの戦士なんだ」と母のように教えたものだ。
コンコンコンッ
「マーヴィカ様。各部族長及び大会開催責任者一同、集まりました」
「あぁ、今行く」
ノックと共に掛けられた声に応えたマーヴィカが本を閉じ、自室のドアに向かった。
全てのナタ人が待ちに待った帰火聖夜の巡礼が、まもなく始まろうとしていた。
「約束通りに集合!へへっ、みんな遅刻せずにちゃんと時間通りに来たね」
大会の開幕式を目前に控える中、参加者のムアラニ、カチーナ、キィニチの三人が入場口前の広場にいた。蛍とパイモン、そしてチャシクも遅刻する事なくその場に集まる。
「一番危なかったやつがよく言うよ!オレがいてよかったな!」
「アハハ、まあまあ…ほーら聖龍様、朝の一杯の献上ですよ」
ムアラニに対して声を荒らげるアハウを落ち着かせつつ、チャシクがケネパベリーとミントでできたジュースを渡す。それが入っているコップはオレンジ色の絢爛な装飾が施され、僅かに温もりを放っていた。
「気付けにご一献どうぞ。冷やしすぎは苦手と伺ったので、俺の燃素を施した盃で適温にしておきました」
「おお!少しは気が効くじゃねーかチャシク。苦しゅうないぞ!」
上機嫌で受け取りゴクゴクと飲み干すアハウをよそに、キィニチがチャシクに近づき小声で話しかける。
「有難いんだが、良かったのか?」
「いやー…昨日の夜に買って飲んだジュースを置きっぱなしで寝ちゃったのに今朝気付いたんだよ。ぬるくなっちゃってたから丁度いいかなって」
「…………まぁ、あいつが大人しくなるなら、俺から言うことは無い。本人は美味そうに飲んでるしな」
あっけらかんと答えるチャシクに、キィニチはアハウを見ながら苦笑いした。
「それよりカチーナ、昨日はよく眠れたか?」
「うん!最初はちょっとドキドキしてたけど、ここのベッドすっごく気持ちよくて…横になってたらすぐ寝ちゃった」
「それならよかったぜ!もしかしたらおまえは気づいていないだけで、本当はすっごい心臓の持ち主なのかもな」
「間違いない。なんてったって、巨大な古龍を目の前にして堂々と名乗ってみせたくらいだからな!」
「(……チャシクったら自分の事みたいに自慢げな顔しちゃって、ふふっ)」
カチーナを褒めたパイモンに対し、何故か胸を張るチャシクにムアラニ達が口には出さずに微笑ましそうに彼を見つめていると
「まもなく試合開始です!選手の皆様はご入場ください。繰り返します——選手の皆様はご入場ください——」
「!」
遂に時が来た。
「もうちょっと話したかったけど、時間だね。最初に開幕式があるんだけど…席からもあたしとカチーナちゃんが見えるはずだよ。ってなわけで、応援よろしくね!」
「まかせとけ!おまえたちにも絶対聞こえるように、めいっぱい大きな声で応援してやるぞ!」
「ありがとう。わたしも三人の声を探すよ」
「それじゃあ行ってくるね。また後で!」
「おう、またな!」
「みんな、頑張ってね」
「………」
手を振りながら入場口へと向かう三人に、パイモンと蛍が激励の言葉を掛け、チャシクは何も言わず手を振り返して見送る。
三人が見えなくなると、蛍は隣で前を見つめ続けるチャシクの横顔を伺う。期待と不安、信頼と自責が綯い交ぜになった複雑な表情をしているチャシクに、蛍は優しく声を掛ける。
「カチーナなら大丈夫だよ。絶対」
「………………ああ、そうだな。よしっ!それじゃ俺たちも早いとこ観客席に……あれ?」
会場の観客席へ移動しようとした時、休憩スペースの机に置いてある物がチャシクの目に留まった。それは、「第4グループ エントリーNo.22 カチーナ」と書かれた名札だった。
「…それって、参加者が服につけてる名札じゃないか?もしかして、カチーナが付けるの忘れて置いてっちゃったのか!」
「おいおい大丈夫かよ……俺が届けてくるから、蛍とパイモンは場所取り頼む!」
そう言うとチャシクは名札を掴み、選手達が控える入場口まで走り出した。
「う〜ん…おかしいな、朝ごはんを食べる時は確かに持ってたんだけど……もしかして、テーブルに置いてきちゃったのかな……どうしよう…」
「あっいたいた!ちょっと、すみません、通して下さい……おーいカチーナ!」
全部のポケットをひっくり返しても名札が見つからず不安な顔で俯いていた所に、それを持ったチャシクが他の選手達の間を縫ってカチーナのもとまで駆けつけると
彼女の手をとり、名札をしっかりと握らせる
「……かましてこい‼︎」
「………うんっ!頑張るよ、チャシク‼︎」
チャシクからの激励を受け、元気いっぱいにカチーナは応えた。
「まもなく炎神様による開会宣言です。選手の皆様は入場の準備を!」
そこに職員が選手達に声を掛け、同時に会場への扉が開かれた。外から司会の演説と観客の歓声が飛び込んでくる。
「それでは————炎神様!開会のご挨拶を‼︎」
ドッゴオオォォォンンッッ!!!!
その時、競技場の上で突如轟音と共に巨大な爆発が発生し、会場全体を震わせた。
「‼︎なっ何だ今の爆発!敵襲か⁉︎」
「大丈夫だよチャシク。今のは開会式の恒例行事なんだ。ほら、あそこ!」
カチーナは大慌てのチャシクに笑いかけると、競技場の上———
———玉座を指差した。
そこで渦巻いていた炎が四方に勢いよく霧散すると
力強い足音と共に
烈炎を思わせる長く美しい髪をなびかせた
輝く日輪の瞳を持つ
一人の女性が姿を現した。
「まだチャシクは会った事なかったっけ?……あの人こそが、歴代最強と謳われる炎神————」
その顔を見たチャシクは
「———————————え?」
言葉を失った
「マーヴィカ様だよっ!」
その姿は
在りし日に見た小さくも勇敢だった姿そのもので
「………は!そうだ、マーヴィカ様の演説が終わったらわたし達入場しなくちゃいけないんだ。チャシク、名札ありがとうね!そろそろ観客席に「あの子だ」……………へ?」
カチーナがチャシクにお礼を言おうとした時、彼がポツリと短くこぼした。
「チャシク、どうしたの?『あの子』ってどういう……」
「悪い、カチーナ———」
「———先に謝っとくわ」
「……?何を……あっチャシク⁉︎」
それだけを言い残すと、チャシクは勢いよく元来た道を駆け戻って行ってしまった。
競技場全体を見下ろすことのできる玉座の前に立ち、観客席を埋めるナタの民達を一人一人見渡したマーヴィカは、会場に向け声を轟かせる。
「実力、コンディション、運、戦術…強さを決める要素は多い。しかし勝敗に偽りはない。帰火聖夜の巡礼は『最強』を決する試練だが、諸君の成長と進化を知らしめる絶好のステージでもある。今日の勝利は———」
バサアァッッ!!!!
「———っ⁉︎」
会場内に響く炎神の演説は、突如として吹きつけた熱く乾いた熱風と
『ゴガア゛ア゛ア゛ァァァァァァアアア!!!!!!!』
先の爆発音すら霞むほどの大気を揺らす咆哮によって中断された。
その轟音の元を辿りマーヴィカが上を見上げると、
彼女が人生の中で見たどの竜とも比べ物にならない巨体と威圧感を誇る古龍が、こちらに向けて真っ直ぐ飛来した。
上空に浮かべられた熱気球を巨大な翼をたたみ器用に避けると、競技場の中心に勢いよく着地する。ゆっくりと頭をもたげ、業火を湛える瞳を見開き会場全体を見渡す。
あまりに急な出来事に誰もが声をあげる事も忘れ固まる中、マーヴィカが真っ先に混乱から復帰。すかさず競技場へ飛び降りると、古龍に向けて【千烈の日輪】を抜こうとした。
その時、古龍が会場に向け声を轟かせた。
『帰火聖夜の巡礼に集いしナタの戦士諸君、烈炎の国の守護者達よ‼︎遠い昔より結んだ約定に従い、悠久の時を越え我は此処に目覚め姿を晒した。永きに渡る年月、今なお皆の、そして我の愛する故郷を滅ぼさんとするアビス共を地の果てより一掃すべくこの身は在る』
『………楽園の赤翼、【チャシク・ララミディア】の名に於いて、この爪牙、翼、魂を!この
古龍はそこで言葉を切り、こちらを油断無く見つめるマーヴィカと視線を交わす。もたげていた頭をゆっくりと地面に付け、彼女に向かって恭しくお辞儀をし瞳を閉じた。
『…………………其方の、眷属として』
その姿を目にしたマーヴィカをはじめ固唾を飲んで状況を見守る観客達の一部は、皆一様に子ども時代に読んだ
会場からあらゆる音が消失した中
マーヴィカは古龍を真っ直ぐに見据え
ゆっくりと歩み寄り
跪く古龍の目の前で足を止めると
その手を伸ばし、そっと頬に触れた
…ワアアァァァァァッッ!!!!!
その瞬間、観客席からの割れんばかりの大歓声が聖火競技場全体を包んだ。皆が口々に古龍と炎神について語りあう。
「すごいっ‼︎炎神様にあんな大きな龍の眷属がいたなんて‼︎」
「私、あの名前聞いたことある!絵本に出てきた古龍って、もしかして本当にいたの⁉︎」
「まさに本で読んだ『古龍と炎神が邂逅する名シーン』
会場が歓声に包まれる中、神と龍は周りに聞こえぬよう(恐らく聞こえる事はないが)小声で言葉を交わす。
「貴方の事は報告で聞き及んでいたが……また随分と派手な登場だったな」
『原作を忠実に再現した結果だ。事前に断りを入れるべきだったかな?』
「…まあいい。どの道貴方とは一度顔を突き合わせて話したいと思っていたんだ。前半戦の後に時間を空けてある。詳しい話は談義室でその時話したいのだが、構わないか?」
『承知した。我に対する観客達の印象は概ね良好のようだが、やはり疑念を持つ者も多いだろう。ひとまず今はこのように説明して………』
密談が終わり、動き出した両者に気付いた観客達の喧騒が収まる。それを確認したマーヴィカは声を轟かせた。
「サプライズに皆驚いてくれたようだな。紹介しよう、遥かな昔より人間と心を通わせ我等と共にアビスと戦ってくれた、歴代炎神に伝わる古龍【チャシク・ララミディア】。かつての大戦の折重度の傷を負った為長らく休眠状態であったが……遂に我等の元に帰ってきてくれた!」
『此度は奇しくも帰火聖夜の巡礼の開催が我の目覚めと重なったようだ。久しく見なかった戦士達の熱き闘争を我も楽しみにしているぞ!』
「『ここに——」』
「『——帰火聖夜の巡礼の開幕を宣言する!!」』
…ウオオォォォォッッ!!!!!
大歓声の中、チャシクは入場口にいる戦士達の中にいたカチーナと目が合うと
バチコーンッ⭐︎
渾身のウインクを炸裂させると、翼を羽ばたかせ会場を後にした。
「えっえっ⁉︎今、俺に向けてウインクしなかったか⁈」
「馬鹿!お前は先頭に立ってるだけじゃねーか!俺たち戦士の健闘を祈るって意味だよ!さっき話してただろ‼︎」
「………ち……チャシクぅ………」
騒然とする周りの戦士達をよそに、一人頭を抱えるカチーナであった。
「いやー悪い悪い!名札は確かに渡してきたぞー!」
「………おかえり、チャシク・ララミディア様?」
観客席に戻ってきたチャシクを、呆れ顔の蛍とパイモンが出迎えた。
「またあんな目立つような事して、カチーナに怒られても知らないよ?大会中にいきなり炎神様に話し掛けるのは失礼だってパイモンすら気を遣ってたのに」
「そーだぞっ‼︎お陰で開会式が大騒ぎに…おい、今オイラ馬鹿にされなかったか⁉︎」
「ま、まあまあ!ちゃんと収穫はあったんだぞ?お前ら二人にとっても悪くない話だ」
「「……?」」
したり顔で話すチャシクに、蛍とパイモンは顔を見合わせる。
「炎神様に色々聞きたいことがあるって二人が言ってたからさ。実は、さっき炎神様と話した時に大会後にお前らとの話し合いの約束を取り付けたんだ。ついでに試合会場の上を飛ぶ許可まで貰えたんだよ!」
「本当か⁉︎やったな旅人、これで炎神に話が聞けるぞ!」
「…憶えててくれたんだね、ありがとうチャシク。でも、なんで大会中に会場の上を飛ぶ許可なんか…………もしかして」
「お察しの通り!お前らもカチーナ達の応援、
言うや否や、すぐさまチャシクは跳ねるような足取りで会場の外へ走り出した。その後を慌てて追いかけながら、パイモンと蛍が彼の後ろ姿を見ながら話す。
「……なんか、あいつやけに上機嫌だな?」
「きっとカチーナ達を近くで応援できるから嬉しいんじゃないかな……多分」
遂に開幕した帰火聖夜の巡礼の前半戦。選手達を乗せた沢山の熱気球の内の一つが、人気の少ない広場にゆっくり着地し、二人の選手が飛び降りる。
「ふぅ、今回はここかぁ」
「ふーん…あんまり人がいないみたいだね。これならいきなり混戦になる心配もないかな」
辺りを見まわし状況を確認したムアラニが、遠くに見える聖火台を示す旗のひとつを指差す。
「じゃあ、あっちに向かって行こう。途中で選手に遭ったら全員…………あ!」
「あれ………って………」
その時重々しい翼の羽ばたき音と共に、聖火競技場方面の上空から現れたのは、
「あ、いたいた。フレーッ!フレーッ!ム・ア・ラ・ニ‼︎」
『フレーッ!フレーッ!カ・チ・イ・ナ‼︎』
いつの間に用意したのか、ムアラニとカチーナの名前が入った横断幕を体に引っ提げた古龍姿のチャシクと、黄色と青色の旗を両手に振りながら声援を送る蛍の姿だった。
「……あっははは!見て見てカチーナ、あたし達すごい立派な応援団がついてるみたいだよ!」
「な、何やってるの二人して……ふふっ」
突如現れた派手な応援団とそれを見て大喜びのムアラニにあてられ、不安げだったカチーナの表情に笑顔が戻り、大会の緊張が解れたようだ。
「よしっ!団体戦は賑やかに行かなくっちゃね!さあ、迷わず行こ!」
「うんっ!」
すると二人は元気よく駆け出し、後半の個人戦の出場者を決める団体戦へとその身を投じるのだった。
「お゛、お゛ろ゛じでぐれ゛ぇ゛〜〜!!!!」
古龍の背中に生えた棘に掴まるパイモンの悲鳴は誰の耳にも入る事は無かったそうな。
横断幕は大会前夜に夜なべしてチャシクが作りましたが、当日になって大会側から「デカ過ぎるのでダメ」と却下されたそうです。