人龍漫遊記 〜古龍にうまれかわったら〜   作:newnew

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九話

 

 

「さぁ!今回頭角を現している新チームのカチーナ選手とムアラニ選手コンビの快進撃が止まりません!数的不利もなんのその、並み居る強豪チームを退け、聖火競技場に向けて猛進していきます!」

 

 司会者の熱い実況に耳を傾けながら、応援団のチャシク達は順調に勝ち進むカチーナとムアラニの勇姿を上空から見守っていた。二つのチームが角逐の火を巡って争っていた所に奇襲を仕掛け、またも勝利を積み上げる。

 

「二人とも、順調みたいだね」

『ああ。カチーナが岩元素と乗り物…ぐるぐるこまちゃんだったか。それを使って敵を引き受け足止めしつつ、サーフボードに乗ったムアラニが機動力で敵を一気に仕留める…仲が良い二人ならではの息の合った連携だな』

 

 背中に掴まり真っ青な顔で震えるパイモンをよそに、蛍とチャシクは感心した様子で勝ち進む二人の戦いを分析する。この勢いであれば脱落の心配は無さそうだが、少々残り時間が心配になる頃合いだ。聖火競技場まではまだかなりの距離があるが…

 

『……いや、スピリットウェイを使う気だな。高度を落とすから、二人ともしっかり掴まれよ!』

「オッケー」

「うぇ⁉︎ちょ、ちょっと待ってくれまだ心の準備ぎゃああぁぁぁ……」

 

 

 

「カチーナちゃん、しっかりあたしに掴まっててよ!スピリットウェイがあって本当によかった…知ってるでしょ?「流泉の案」の人間はこれに乗って山も海も越えられるの。これくらい、どうってことないから!」

 

 サーフボードを巧みに操り、空中に架かる燃素の道「スピリットウェイ」の上を突き進むムアラニが、腰に掴まるカチーナに呼びかける。必要な角逐の火は充分に集まり。あとは時間内に競技場まで辿り着くのみとなった。

 

「ありがとう、ムアラニちゃん!」

「いいの、二人だからこそ勝てたんだよ。あたし一人じゃあんなに沢山の人を負かすなんてできなかったもん。もっと自信持って!………あ、見てカチーナちゃん!」

 

 高い山々を超えてスピリットウェイを翔ける二人のすぐ側に、巨大な影が接近する。

 

『おーーい!二人ともいい連携だったな!流石ナタの最強コンビだ!』

「もうすぐ制限時間みたいだから、最後まで頑張ってね!私達、競技場のゴールで待ってるから!」

「じ、じぬ゛ゔゔゔぅぅぅ……」

 

 三者三様の声援を残し、再び空高く舞い上がる古龍の姿を見ていたムアラニとカチーナは、顔を見合わせるとどちらともなく笑い合った。

 

「……アハハッ!こりゃ時間切れで失格になる所は見せられないね。さあカチーナちゃん、スピード上げてくよぉ‼︎」

「ヘヘヘッ…うんっ!私、ムアラニちゃんやキィニチお兄さん、蛍さんやチャシクみたいな、本物の戦士になりたい!絶対勝とうね、ムアラニちゃん!」

 

 山の頂上から一気に降った先に聖火競技場を捉えたムアラニとカチーナは、決意も新たにゴールへと煌めく軌跡を残しながら駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

「……失格だと?バカ言え!見ろ、ここに角逐の火をちゃんと持ってきたじゃねぇか⁉︎」

 

 時間内に角逐の火を持ち帰り、個人戦に進出を決めた選手達が休憩室に向かった数分後。競技場のゴール地点で声を荒らげる二人の男に審査員は冷静に結果を告げる。

 

「いえ、ギリギリ時間切れです。残念ですが午後の個人戦には…」

「ふざけるな!折角順調に勝ち進んでたのに……いや、そうだ。カチーナとムアラニのチームはどうなった。俺達の戦いを横から邪魔しやがったんだ!あいつらがいなけりゃ今頃俺達は!」

「申し訳ありませんが失格は失格です。また次の大会で改めてリベンジしてください」

「……チッ!」

 

 納得いかない表情ながらも渋々観客席へ向かう二人を見送ると、審査員は残りの選手がいない事を確認し、大会本部へと戻っていった。

 

 審査員が走っていく様子を確認すると、個人戦に勝ち進み損ねた二人は足を止め、選手休憩室へと続く通路を一瞥するとその方向へ歩き始めた。その顔に不穏な陰を落としながら。

 

 

 

 休憩室で昼食をとる前に、カチーナは個人戦のメンバー表を確認していた。団体戦を突破したからといってそこで終わりでは無い。午後には自分と同じくその戦いを勝ち抜いた猛者達と一対一で戦うことになるのだ。

 

「…いよいよ個人戦か。前回は三回勝った回数が足りなかった…今回はもっと頑張らなきゃ………ん?」

「お待ちください。ここは選手休憩室です。関係者以外は立ち入り禁止ですよ!」

「選手以外?俺たちも選手だ、中に入れろ!」

 

 外が騒がしい事にカチーナが不審に思っていると、二人組の男が職員を押し退け無理矢理部屋へ入ってきた。カチーナと目が合うと、二人は鼻息荒くズンズンと目の前まで歩み寄って来る。

 

「俺たちを覚えてるか?さっきお前らが奇襲をかけて試合資格を盗み取った相手だ!」

「せっかくまた会えたんだ…ここで一戦交えて、どっちが個人戦出場に相応しいか決めようじゃねえか!」

「カチーナッ!」

 

 その時、何処からともなく彼女を呼ぶ声が響くと同時に、カチーナと二人の間に何者かが割って入った。金髪の下から覗く琥珀色の瞳を細め、二人組の男を蛍が睨み上げる。

 

「……私が相手になろうか?」

「あぁ?何だお前ら「お、いたいた!個人戦進出おめでとうカチーナ!マジさっきの戦いは二人とも絶好調だったな!」

 

 そこに扉から入ってきたチャシクが加わると、男二人を避けてカチーナに惜しみない賞賛を贈る。男の額に血管が一つ浮き上がった。

 

「…おい、邪魔をす「あんたらはさっき団体戦でカチーナ達と戦ってた選手だよな?奇襲を受けたと見るや、即座に連携して対応してた。別チームとは思えないぐらい息が合ってて凄かったぞ!あんたらのチームが事前の戦いで消耗して無かったら、勝っててもおかしくなかったかもな!」

 

 見知らぬ少年にまるですぐ近くで戦いの様子を見ていたかのような口ぶりで賞賛され、二人組の男は困惑した。近くで戦っていた別チームの選手かと思い記憶を辿るが、当然二人には見覚えがない。

 

「ささ、次は個人戦だぞカチーナ!ちゃんと飯食って力をつけとかないとな。グレインチップスも注文しといたぞ。蛍とパイモンも食べようぜ!」

「おい待てこら!無視してんじゃねぇぞテメェ‼︎そいつと俺たちはこれから正々堂々勝負を」

「あのさぁ」

 

 テーブルへ向かおうと背を向けていたチャシクは立ち止まり、面倒くさそうに振り返る。

 

「負けたのは気の毒だと思うけど、ちょっと大人げ無いんじゃないか?結果が納得いかなくて文句つけに行くのが大会本部でも優勝常連のムアラニの所でも無く、優しげなカチーナを選んでるあたりとか」

「…なん…だと…?」

 

 額に浮かぶ血管がまた一つ増える。

 

「ち、チャシク。わたし…」

「大丈夫大丈夫。カチーナはルール通り戦って勝ったんだから、なーんにも気負う事ないんだぞ?ほら、行こーぜ」

 

 そう言うとカチーナの手を取り歩き出す。それを怒りに震えながら見ていた男が、

 

「……はっ!泣き虫な戦士様は守ってくれる仲間がいて頼もしい限りだな?何の努力もしなくても勝ち進めるんだから楽でいいだろうよ!お前を俺たちから守ってくれるその偉そうなガキは、お前の貧相な身(・)体(・)で誑かして味方に引き込みでもしたのか?」

「っ‼︎…お、おまえらなんて事を…!」

 

 

 その瞬間

 

 

 すぐ近くにいたパイモン達だけが、空気が歪(・)む(・)のを目にした。

 

 

「…チャシク?」

「………」

 

 蛍の声には反応せず再び振り返ったチャシクは、先程と同じ笑みを湛えたまま、握っていたカチーナの手を離すと二人の男に向かって歩き出した。それを見て口角を吊り上げた男達も、チャシクに近づいてくる。

 

「なんだ図星だったか?残念だが俺たちは古名持ちの戦士だ。ガキが一人粋がった所で俺たち二人を相手にして無事で済むとでも…」

 

 

 笑顔で細められていた瞼が開き、焔揺らめく古龍の瞳が顕になる。

 

 

「そりゃ何て古名だ?『た(・)か(・)り(・)』とか?」

「っっ!テメェ!!」

 

 男が激昂し襟首を掴もうと手を伸ばすと、

 

 チャシクはそれを片手で摘んで下方向に捻った。

 

「‼︎………っ⁈……ぅ…!?!?」

「…おい、何やってんだこんなガキ相手に……え?」

 

 たったそれだけで男の肌からはみるみる脂汗が浮き上がり、ろくな抵抗も無いまま片膝をついてしまう。手を摘まれている男も、それを側で見ている男も何が起こっているのか理解出来なかった。変わらず笑みを貼り付けたチャシクは男に問う。

 

「質問してるんだが。何て古名だ?いけずしないで教えてくれよ」

「っ!!…て、テメェこんな事して、今に大会に出場出来なくなイデデデデデ!?!?」

「残念。俺は大会にエントリーした戦士じゃ無い。早く答えないと取れちまうぞ?」

 

 鈍い「メキメキ」という音と共に更に捻りが加わり、男が両膝をつく。

 

「ぐあぁぁぁ!!!……や、やめろっ!悪かったから!金!金ならやる!今持ってる金全部やるから許しいぎぃぁぁぁ!!!!」

「お前らと一緒にしないでくれないか?たかりじゃねーぞ俺は。……離して欲しいなら、金出す代わりに今言ったことぜーんぶ撤回してカチーナに土下座、それと金輪際俺達に近付かない事。俺と違って大人なんだから、それぐらい簡単だろ?」

「っっ………!!!」

 

 うめき声しか出なくなった男にチャシクが顔を寄せ、縦に裂けた瞳孔で顔を覗き込みながら、捻りあげた男の小指に手をかける。

 

「返事」

「わっわわ分かりましたっ‼︎撤回します‼︎もっ申し訳ありませんでしたぁ!!!!」

 

 チャシクが手を離すや否や、すぐさまカチーナに向けて土下座をして謝ると、痛みと恐怖のあまり足をもつれさせながら男達は逃げるように部屋を後にした。

 

 

 

 

 その後休憩室のテーブルでお昼を食べながら、四人は先程の騒動を振り返っていた。

 

「…けっ、何時でも居るもんだなあーゆー輩は。ムシャムシャ」

「ふんっ!あんな酷いこと言うような奴はこれぐらい痛い目を見て当然だぞ!モグモグ」

「カチーナ、さっき言われた事は気にしなくていい……カチーナ?」

 

 蛍がカチーナを慰めようと彼女の方を見ると、自分の腕やお腹を手で押さえながら「う〜ん…」と困り顔で唸っていた。

 

「何してんのカチーナ」

「え?ああうん、わたしってやっぱり筋肉が足りないのかな?さっきの人達わたしの身体を『ひんそう』って言ってたから…」

「……多分そういう意味では無いと思うけどね」

 

 カチーナの純粋な疑問に思わず蛍達は苦笑いする。すると彼女はその表情のままチャシクに対しても質問した。

 

「ねぇチャシク。そういえばあの人達が言ってた『身体でた(・)ぶ(・)ら(・)か(・)す(・)』ってどういう意味なのかな?チャシクは知ってる?」

「「ブッフッッ!?!?」」

「あ、オイラその意味知ってるぞ!」

 

 突如カチーナによって放り込まれた爆弾発言にチャシクと蛍は口に入れた食べ物をあわや吹き出しかけ、パイモンは自慢げに知識を披露しようと元気よく手を挙げる。

 

「本当?パイモンちゃん物知りなんだね!」

「おう!身体で誑かすってのは「ガシィッッ!!」むぐっふぅ!?!?」

「あはははは!ちょっっっっとカチーナちゃんが憶えるにはまだ早いと私は思うなぁ!うん!」

「そんなにひどい意味なの⁉︎ちょっと気になっちゃう…」

「あーあー‼︎ままいーじゃねーかあいつらの言うことなんか‼︎それにホラ!トレーニングとか一緒に頑張れば俺みたいに筋肉は自然と付くから!な⁈」

「えぇ⁉︎わ、わたしチャシクみたいにムキムキになるのは流石にちょっと…」

「ゲボバァッッ!?傷つくぅ!」

「筋肉ムキムキのカチーナ………プフッ」

「何変な妄想してんだ蛍…そろそろパイモン離してやらないとやばいぞ」

「(チーン…)」

 

 そんな賑やかな食事を楽しんでいると、ふと時計を見たチャシクが声を上げた。

 

「お、もうすぐ時間だな。悪い、これ食ったらちょっと外すわ」

「まだ午後の個人戦までだいぶ時間あるぞ?何か用事でもあるのか?」

「ふふっ、まあな……ちょっと、炎神様に御呼ばれしてるのよ」

「……炎神様に⁇」

 

 

 前世の時代のとある記憶を懐古しながら、チャシクは肉が無くなった骨を指先で弄りながら呟いた。

 

 

「……みんなには話したっけな。俺が前世で病床に伏してた時、懸木の民を襲ったアビスから俺が逃がそうとした子ども達の話……あむっ」

 

 

 骨を口に放り込み飲み込む。

 

 

「その時の俺は病気以外にも色々あって心身共に参っててな。戦士の夢も完全に諦めて生きる希望も無くしてた。だが、最後の最後に俺は抜け殻の病人では無く、戦士として戦って一生を終えられた。何一つ悔い無く死ねたと思った……思ったんだがなぁ…」

 

 

 視線を目の前の三人に向けて、チャシクは続けた。

 

 

「俺が死んだ後その子達がどうなったか、それだけがずっと気掛かりだった………カチーナ」

「…………嘘……ま………さか……それっ…て……」

「お、おい。どういうことだ?その子達がどうしたんだよ⁇」

「……?」

 

 

 蛍とパイモンが眉をひそめ、カチーナが大きく目を見開く。

 

 

 

 

「ああ。見(・)つ(・)け(・)た(・)ん(・)だ(・)、やっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 談義室の中心で揺らめく聖火を見つめながら、炎神マーヴィカは物思いに耽っていた。先の帰火聖夜の巡礼の開幕式にその姿を現した、古龍の事について。

 

「(……あれだけの衆目の中でこちらが提案を断ったとなれば、民衆を巻き込む戦いは必至。あの古龍もそれを理解した上で何か条件を突きつけて来ると踏んでいたが…自ら共にアビスと戦う事を宣言するのみとは。一体何が目的なのか…実際に人間と絆を結び、アビスと戦った本物の古龍はどれだけ調べても実在は確認出来なかった。まさか酔狂で絵本の「チャシク・ララミディア」を名乗っているとでも言うのか?……)」

 

 そこで目を閉じ、思考を一旦区切る。

 

「…いいぞ。入ってくれ」

 

 ノックの音を聞くより早く、強(・)烈(・)な(・)燃(・)素(・)を(・)滾(・)ら(・)せ(・)た(・)何者かの接近に気付いたマーヴィカは、約束の時間に訪れたその者を通した。扉から入ってくるその姿を見ようと振り返る。

 

 その時、いつの間にか辺りが普段より暗くなっている事に気付く。どういうわけか部屋の各所にある燃素石の照明から光が失われているのだ。

 

 彼女の後ろで燃える聖火以外一切の灯りが消え去った暗闇の中、同(・)じ(・)色(・)に輝く手のひら大の大きさの火が浮かび上がるのをマーヴィカは見た。

 

 

 あの日、少年から手渡された火が、重なる

 

 

「…………………」

 

 

 浮かび上がったその火は、実際に手の上で揺れていた。その持ち主がマーヴィカの元にゆっくりと歩み寄り

 

 

「…………………ぇ………」

 

 

 彼女の身体越しに聖火の明かりがその姿を照らし出す。

 

 

「…アビスの境門以来だな」

 

 

 あの日、自らの命を犠牲に彼女を救った少年が、重なる

 

 

「……………………ぁ……………」

 

 

 消え入りそうな声が漏れ瞳を揺らすマーヴィカの表情は、目の前で恩人を失い悲しみに暮れていたかつての少女そのものだった。

 

 

 

 

「久しぶり、マーヴィカ(炎神様)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(…………やばい、反応が返ってこないぞ…?)」

 

 静かに聖火が燃える音のみが談義室を満たす中、灯していた火をしまった右手を差し出しマーヴィカに語りかけたチャシクは、相手が黙ったままな事に内心焦り始めていた。相手が自分の事を全く憶えていない可能性に今更ながら思い至ったのだ。わざわざ燃素石の灯りを落として雰囲気まで演出して、意気揚々と会いに来たのにそれでは恥ずかしすぎる。

 

 マーヴィカの表情を窺おうとするも、後ろの聖火による逆光で影になりはっきりとは見えない。だがよく見ると、僅かに肩が震えているのだけは見てとれた。

 

「(こ、これは……もしかしなくても怒ってないか…⁉︎)」

 

 それを見たチャシクの脳裏をよぎる第三の可能性。ヒルチャールやキィニチを相手に滅茶苦茶に暴れ回りナタの地形を破壊し、大会の開幕式に乱入し炎神に対して不敬を働いた事。ヒルチャールを討伐した事を差し引いたとて、炎神の怒りは当然だろう。チャシクは再会の喜びに浮かれていた己の思慮の浅さを殴りたくなる程悔いた。

 

「…あーえっと!大変失礼しました炎神様‼︎暴れたのは復活したてでハイになってたんですじゃ無くて‼︎とりあえず勝手に消しちゃった灯りが先ですよね⁈すいません今つけ直しますんで‼︎」

 

 チャシクは汗びっしょりで振り向くと大慌てで燃素石の照明に力を込めようとし

 

 

 

「待ってくれ」

「ヒャッ」

 

 

 

 背後から両肩を掴まれた。

 

 

 一瞬首を獲られるのかと戦慄したチャシクであったが、肩を掴んでいる手も震えている事に気づいた。疑問に思い振り返ろうとすると

 

 

 コツン

 

 

 何かが後頭部に触れる。

 

「(………えっ何?何か硬い物が頭に……剣?…いや鈍器か⁉︎)」

 

 自らの後頭部にあてがわれた正体不明の何かを警戒し両手を上げるも、その正体はすぐに明らかになった。

 

 

「…………………すまない…………今は、顔を見せられない……………灯りは…………待ってほしい………頼む…………少しの間………この、ままで………」

「……………………分かった」

 

 チャシクの耳元から届いた声は、開幕式で見た威厳ある炎神の姿からは想像もつかない、絞り出すようなか細い声だった。

 

 上げていた両手を下ろすと、肩を掴んでいるマーヴィカの手に自分の手を乗せ、震えがおさまるまでの間チャシクは振り返る事なく手を優しく叩き続けた。

 

 

 

 

 

 

「もういいのか?」

「……ありがとう。もう大丈夫だ」

 

 数分後、肩から手を離したマーヴィカは、既に普段の落ち着きを取り戻していた。凛々しく威厳ある表情で彼女は手を差し出し、それにチャシクが応えて固い握手を交わす。アビスの境門で出会った頃とは身長差が逆転しており、マーヴィカの顔を見上げながら揶揄うようにチャシクは笑った。

 

「ん、仕切り直しってわけだな?」

「ハハハッ!まぁ、そういう事になるな!……まだ夢を見ているような気分だ。あの日私達を救ってくれた命の恩人に、こうして再び会うことができるとはな。その御姿も、私が最後に記憶している姿そのものだ」

「この姿で甦った理由は俺にも分かって無いんだけどね。それに引き換え君の方は見違えたな!まさかまさかの炎神様に成ってたとは……本当に、立派になって………成人迎えた一人娘の父親ってのは、こういう気分なのかね」

「フフッ、年寄りの様な事を言うんだな貴方は」

 

 感慨深く呟くチャシクと苦笑いするマーヴィカは、そこで互いに握っていた手を離す。

 

「貴方と共に戦える事、誇りに思おうチャシク。そして幼い私達を自らの命をかけて救ってくれた事、心から感謝している。本当にありがとう。………あぁ、漸く…漸く言えた」

「ハハハ、どー見ても年下の俺に『貴方』呼びは違和感すごいぞ。…てゆーか、俺も『君』とか呼ぶのは普通に失礼か!炎神様相手に」

「そんな事は無いぞ。炎神になっても私をフランクに呼び捨てにする者はそれなりにいるし、私自身呼ばれ方に拘りは無いからな。貴方の方こそ、私の恩人なのだから昔の様に呼び、私にも呼ぶ事を許してほしい。どうしてもと言うなら是正するが………ダメか?」

「おっと、その聞き方は『直す気ゼロ』って意味だな?……なんかむず痒いけど、まぁいいか…」

 

 マーヴィカが胸に手をあて困った様に瞳を潤ませると、チャシクは観念してため息をつく。そんな彼の様子を見て満足そうに腰に手をあてマーヴィカは笑った。

 

「さて、500年振りの再会も済んだ事だ。我々の今後の事について話し合おうじゃないか」

「だな!…500年振り、500年かぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え待って500年⁇」

 

 

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