ゾンビ公認:この人間は食べられません   作:めぇ

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第10話:何もしない四日間

 

シェルターから帰って三日後。

烏丸は縁側で麦茶を飲んでいた。

 

帰って二日間、烏丸は気力が湧かず、だらだらベッドの中で過ごした。

 

 

カラン、と。

コップの中で、氷が小さく鳴る。

 

庭ではメイドゾンビたちが落ち葉を集めている。

運転手ゾンビは車を磨いていた。

 

ハヤテは朝から元気だった。

庭を全力で走っている。

 

「元気だな」

 

ハヤテが振り向く。

なんだか嬉しそうだった。

 

烏丸は麦茶を飲み干した。

 

空を見る。

青かった。

雲がゆっくり流れている。

 

静かだ。

本当に、静かだった。

 

あのシェルターでは常に誰かの声がしていた。

 

怒鳴り声。

無線。

足音。

泣き声。

 

何かが途切れなく続いていた。

 

でもここは違う。

今はただ、穏やかな風の音しかしない。

 

 

「……暇だな」

 

ぽつりと呟く。

 

すると運転手ゾンビが振り向いた。

何か用事かと思ったらしい。

 

「いや、なんでもない」

 

烏丸が微笑むと、運転手ゾンビは深く頭を下げ、再び車を磨き始めた。

 

 

 

 

烏丸は立ち上がる。

 

 

 

「散歩でもするか」

 

その言葉に、ハヤテが勢いよく飛び起きた。

ついてくる気らしい。

 

 

 

 

 

 

一日目

 

近所の公園。

遠くから金属音が聞こえた。

 

 

カン。

 

 

 

カン。

 

乾いた音。

 

なんかいい音だっから、近づく。

ゲートボールだった。

 

高齢者ゾンビたちが集まっている。

 

 

全員が、真剣な顔だった。

 

いや。

生前もたぶんこんな顔だった。

 

…たぶん。

 

 

烏丸はしばらく見ていた。

なんとなくルールも分かる、気がする。

 

「あの、混ぜてもらっていいですか」

 

タイミングをみて声をかけると、数人の老人ゾンビがこちらを見た。

そして一人がカサカサの指で木槌(マレット)をそっと差し出してきた。

 

参加していいらしい。

 

 

「ありがとうございます」

 

試合開始。

 

 

 

十分後。

 

 

「むずかしくない?」

 

負けた。

 

 

 

二十分後。

 

 

また負けた。

 

 

 

一時間後。

 

 

 

 

さらに負けた。

 

 

 

 

「なんでそんな曲がるんだよ!」

 

老人ゾンビは無言だった。

 

だが上手かった。

異常に上手かった。

 

 

昼になる。

 

誰も帰らない。

烏丸も帰らない。

 

 

 

午後になる。

 

ハヤテは木陰で昼寝している。

烏丸の目は、完全に本気だった。

 

 

 

夕方。

 

最後の一打。

 

 

 

――失敗。

 

老人ゾンビが鮮やかに最後の一撃を決める。

 

 

 

 

試合終了。

 

 

「負けた……」

 

ガックリして顔を上げる。

空が赤い。

 

 

 

 

「え?」

 

夕方だった。

 

いつの間にか一日が終わっていた。

 

 

 

「マジか」

 

老人ゾンビたちが、満足そうにノロノロと帰り支度を始める。

 

 

烏丸は少しだけ笑った。

 

「楽しかったな」

 

ハヤテが起きる。

 

帰ろう。

そんな気分だった。

 

 

 

 

 

二日目

 

図書館。

自動ドアは開いたままだった。

 

静かだった。

 

 

自分の足音だけが静かに響く。

 

 

 

 

本棚。

机。

椅子。

何も変わらない。

 

ただ人だけがいない。

 

 

ふと机を見る。

 

開かれたままの参考書。

転がったペン。

メモ帳。

そしてカバンからはみ出したカロリーメイト。

 

 

「……」

 

賞味期限を見る。

まだ大丈夫だった。

 

たぶん。

 

「いただきます」

 

もそもそ食べる。

 

美味しくはない。

でも、嫌いじゃなかった。

 

 

 

窓際の席に座る。

近くの棚にあった児童書を開く。

 

動物が旅をする話だった。

なんとなくそのまま読む。

 

気づけば、続きが気になっていた。

 

さらに読む。

 

別のを読む。

 

 

 

 

気づけば昼だった。

 

 

「児童書って意外と面白いんだな」

 

静かな館内。

 

自分がページをめくる、紙の音だけが聞こえる。

 

 

 

誰にも急かされない。

誰にも呼ばれない。

 

それがなんだか、妙に心地よかった。

 

 

 

夕方。

 

ふと窓を見る。

オレンジ色だった。

 

「もうこんな時間か」

 

本を棚に戻し、帰ろうとして足を止める。

 

視界の端。

分厚い本に目が留まる。

 

 

 

昔から知っているタイトルだった。

 

いつか読もうと思っていた本。

気になっていたのに、忙しくて結局読まなかった本。

 

手に取る。

 

 

 

重い。

 

「……今なら、読めるか」

 

 

 

抱える。

 

外を見る。

やっぱり、もう夕方だった。

 

 

 

 

「今日は帰るか」

 

本を脇に抱えて図書館を出た。

 

 

 

 

 

三日目

 

商店街。

 

 

将棋をした。

 

 

 

最初は本当に軽い気持ちだった。

 

店先にぽつんとあった机と丸いす。

その机の上に、折りたたみ将棋盤があった。

 

駒が、地面にいくつか落ちていた。

 

 

なんとなくそれが気になった。

 

 

 

拾い集めて顔を上げる。

 

いつの間にか。

向かいの丸いすにおじさんゾンビが座っていた。

 

なんか、すでに盤に駒が置かれていて、ワクワクした顔をしていた。

烏丸も丸いすに座る。

 

「一局だけ、お願いします」

 

負けた。

 

「もう一回」

 

負けた。

 

「いや今のはミスだから」

 

また負けた。

 

 

 

 

「なんでだよ!」

 

おじさんゾンビは無言だった。

 

 

だが強かった。

異常に強かった。

 

 

昼過ぎ。

烏丸は必死に盤面を睨んでいた。

 

どこからか、主婦ゾンビがやってきた。

 

そして、烏丸の横にそっと駄菓子を置いた。

うまい棒(めんたい味)だった。

 

「……これ、慰められてる?」

 

主婦ゾンビが優しく頷く。

 

「いや、まだ負けてないからな」

 

 

 

さらに負けた。

 

 

夕方。

 

さらに負けた。

 

日が沈む。

 

 

「次は勝つ」

 

おじさんゾンビは静かに駒を片付ける。

満足そうな顔をしていた。

主婦ゾンビに手を引かれた、小さなこどもゾンビがじっと烏丸を見つめていた。

 

そして、そっともう一本、うまい棒をくれた。

チーズ味。

 

 

「あ、ありがとう」

 

再戦を誓いながら帰宅した。

 

 

 

 

 

四日目

 

河川敷。

気持ちのいい風が吹いていた。

 

ハヤテと並んで座る。

持ってきたのはあの本とフリスビー。

 

あと雑に作ったサンドイッチ。

 

パン。

ハム。

レタス。

 

以上。

 

 

 

「適当だな」

 

自分で言う。

食べる。

普通だった。

 

ハヤテにも半分渡す。

嬉しそうだった。

 

しばらく本を読む。

風がページを揺らす。

 

少し読んで。

 

 

空を見る。

 

 

 

 

また読む。

 

 

だんだん眠くなる。

 

気分転換に、フリスビーを投げる。

ハヤテが走る。

 

取る。

 

戻る。

 

また投げる。

 

それを何度も繰り返した。

 

 

 

何も起きない。

本当に何も起きない。

 

でも不思議と退屈ではなかった。

 

 

 

時間だけがゆっくり流れていく。

 

 

 

気づけば夕方だった。

 

本を閉じる。

 

川が夕日に染まって輝いていた。

 

 

 

ハヤテがそっと隣に座る。

 

「帰るか」

 

立ち上がる。

本を抱える。

 

ハヤテも立つ。

 

二人でのんびり歩き出した。

 

 

 

 

豪邸の門が見える。

 

運転手ゾンビが待っていた。

メイドゾンビたちもいる。

 

 

いつもの光景。

いつもの我が家。

 

烏丸は少しだけ立ち止まった。

 

そして思う。

 

 

 

 

シェルターでは誰も休めなかった。

 

誰も空を見なかった。

 

誰も一冊の本を読む余裕がなかった。

 

 

でも、自分は違う。

 

この四日間。

何もしなかった。

何も成し遂げなかった。

ただ遊んで。

読んで。

負けて。

笑っていた。

 

 

 

「ああ」

 

自然と声が漏れる。

 

 

 

「俺、ちゃんと休んでたんだな」

 

ハヤテが不思議そうに見上げる。

 

 

 

烏丸は少しだけ笑った。

 

「なんでもない」

 

門が開く。

 

静かな我が家へ帰る。

 

 

明日は将棋に勝てるかもしれない。

 

そんなことを考えながら、烏丸は豪邸の中へ入っていった。

 

 

 

 

(第10話・完)

 

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