ゾンビ公認:この人間は食べられません   作:めぇ

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第12話:観測異常『小さな正しさ』

 

その日、観察チームは少しだけ混乱していた。

 

同じシェルター内。

臨時に編成された合同観測班。

 

軍人2名、有志の一般人3名、そして推薦1名。 いずれも「真ん中より少し上」の階級や立場にいる者たちだった。

 

現場に出るわけではない。 しかし現場の報告を受け、判断し、記録を“正しく残す側”の人間。

 

だからこそ、言葉の揺れだけがやけに目立つ。

 

 

 

 

「今日も“彼”、公園です」

「行動パターンは?」

「不明です。というか……安定しません」

 

軍服の男が端末を閉じる。

「安定しないのに一定ってことか」

 

有志の男が苦笑する。

「意味わかんないですね、それ」

 

推薦が淡々と言う。

「記録上は一定だ」

 

少し間。

 

誰かが言った。

 

 

 

「だから見てるんですよ」

 

 

 

 

 

一日目:財布

 

公園へ向かう途中。

観察班は距離を取りながら後を追う。

 

彼は歩いていた。

ハヤテが少し後ろをついている。

 

 

歩道の端に、財布が落ちている。

黒い革の財布。

 

有志が落としたものだった。

 

彼は立ち止まる。

 

拾う。

 

中を見る。 札、カード、身分証。

 

数秒。

 

そして——

 

「……交番、あるかな」

 

それだけ言った。

 

 

 

有志の一人が小さく呟く。

「あ。それ、俺のだ」

 

沈黙。

 

軍人が言う。

「回収前提の行動ではないな」

 

有志が首を振る。

「普通は回収されると思うでしょ」

 

軍人は短く返す。

「普通は回収しない」

 

 

有志は言い返せない。

 

「バケツは」

推薦が呟いた。

 

 

有志が頭を抱えた。

「またそれですか」

 

軍人もため息をつく。

「財布です」

 

「知っている」

推薦は真顔だった。

 

「危険物だった場合の隔離手段は必要だ」

「だから財布だって」

「前回もそう言った」

 

 

「前回何があったんですか」

軍人が聞く。

 

 

 

推薦は少しだけ黙った。

 

「花火」

 

有志が吹き出した。

「まだ言ってんのか!」

 

「火薬だった」

「子どもの手持ち花火だろ!」

「火薬は火薬だ」

 

軍人が目を逸らした。

 

笑いを堪えている。

 

 

 

 

 

三人がそう言っている間にも

彼はそのまま交番ゾンビの詰所へ向かい、財布を渡す。 軽く会釈。

 

終わり。

 

 

 

 

有志がぽつりと言う。

「いい子なんだけど……うん」

 

軍人が頷く。

「いい子だ」

 

推薦が続ける。

「だから基準が揺れる」

 

 

 

 

二日目:花

 

住宅街の端。

女の子のゾンビが座っている。

 

動かない。 壊れてもいない。

ただ、そこにいる。

 

彼は立ち止まる。

 

少し考えたあと、近くの花壇から花を一輪取る。

 

髪に挿す。

整えるように。

 

 

観察班の空気がわずかに揺れる。

 

有志が言う。

「今の、意味あるんですか?」

 

軍人が即答する。

「行動としての目的は不明」

 

推薦が言う。

「観測上の“余裕”には見える」

 

有志が眉をひそめる。

 

「余裕?」

 

推薦はそれ以上説明しない。

 

 

彼は一度だけ頷き、そのまま歩き去る。

 

 

 

 

三日目:猫

 

河川敷。

 

風が強い。

ハヤテが先に走る。

 

草むらが揺れる。

 

「……猫?」

 

一匹ではない。 数匹。 さらに増える。

猫集会だった。

 

彼は立ち止まる。

 

「……え」

 

一斉に猫が飛びかかる。

 

「ちょ、ちょ、ちょ……!」

 

声が崩れる。

 

 

観察班が動く。

 

「対象接触!」

 

「距離確保!」

軍人が一歩出かけて止まる。

 

推薦が静かに言う。

「様子を見ろ」

 

猫は増え続ける。

ハヤテも突っ込む。

 

混乱。

 

 

 

 

やがて。

 

彼は地面に座っていた。

猫まみれだった。

ハヤテも隣で同じ状態。

 

「……猫、すごいな」

 

それだけ。

 

観察班は固まる。

 

有志が言う。

「今の、助けに行く意味ありました?」

 

軍人が答える。

「現場対応はした」

 

有志は苦笑する。

「それ、何もしてないのと同じじゃないですか」

 

推薦は映像を見たまま言う。

「やはり持たせるべきだな」

 

沈黙。

 

有志が振り向く。

「何をです?」

 

「バケツだ」

 

さらに沈黙。

 

軍人が目を閉じる。

「またですか」

 

「必要だ」

「何に」

 

推薦は猫に埋もれている烏丸を見る。

 

少し考える。

「色々だ」

 

「雑すぎるだろ」

有志が即座に突っ込んだ。

 

推薦は構わず続ける。

「猫が増えた時」

 

「増える前提やめてください」

「増えた」

「増えましたけど」

「だから必要だ。花を摘んだ時も」

「それは手で持てる」

 

軍人が肩を震わせる。

 

推薦は納得していない顔だった。

「では大きめのバケツだな」

 

とうとう軍人が吹き出した。

 

 

その後

 

彼は猫を払いながら立ち上がる。

 

「帰るか」

 

ハヤテが先に歩く。

何もなかったように。

 

 

 

 

観察班はその背中を見送る。

 

しばらく誰も動かない。

 

 

 

 

軍人が端末を見て言う。

「評価不能」

 

有志が続ける。

「それしか言わないですよね」

 

推薦が静かに言う。

「評価できる基準が揺れている」

 

 

 

 

少し間。

 

有志がぽつりと言う。

「でも、危なくはなかったですね」

 

 

誰も否定しない。

 

 

 

 

報告書

 

軍人:

「対象:安定」

 

有志:

「判断不能」

 

推薦:

「継続観測」

 

 

 

 

そして最後に、一行だけ。

 

誰も書いた覚えがない。

 

 

 

「こいつ何やってんの?」

 

 

 

 

外では彼が普通に歩いている。

ハヤテと一緒に。

 

何も知らないまま。

 

 

 

 

(第12話・完)

 

 

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