ゾンビ公認:この人間は食べられません   作:めぇ

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第15話:観測停止『優先順位』

 

会議室には妙な静けさがあった。

久しぶりの合同会議だったから、というだけではない。

 

軍人が二人。

有志が三人。

そして推薦。

 

顔ぶれは変わっていない。それなのに、誰も以前のような熱心さを持っていなかった。

 

 

机の上には報告書が積まれている。

 

財布の件。

花の件。

猫の件。

将棋やゲートボールの記録。

何か月も積み重ねてきた観測記録だった。

 

 

だが、それだけだった。

紙の山を見ても、もう誰も「答えが出る」とは思っていない。

 

それでも会議は開かれる。

仕事だからだ。責任があるからだ。

そして何より、途中で放り出すには長く関わりすぎていた。

 

 

「対象への接触観測を提案します」

 

モニターの向こうで上位観測班の人間が言ったが、その言葉に誰も驚かなかった。いつか出る話だと思っていた。むしろ、上の判断としては意外と遅かったなという感想まででた。

 

軍人が資料を閉じる。

「理由は」

 

「対象の異常性確認のためです」

 

有志の一人が眉をひそめた。

「異常性って」

 

「統計上説明不能な点が複数あります」

「でも本人は何もしてないですよね」

 

「だからです」

即答だった。

 

その返答を聞いた瞬間、会議室の空気が少しだけ冷える。

誰も何も言わない。

 

しばらくして、推薦が口を開いた。

「反対です」

 

全員がそちらを見る。

推薦は元国家公務員だった。

 

真面目で。

慎重で。

規則を重んじる男だった。

 

だからこそ、こういう場ではむしろ手順に従う側だと思われていた。

 

上位観測班が問い返す。

「理由は」

 

推薦は少し考えた。

 

だが考えた末に出てきた答えは、本人もあまり気に入っていなさそうだった。

 

「嫌な予感がします」

 

沈黙。

 

有志が吹き出した。軍人は額を押さえた。

モニターの向こうでは、上位観測班が本気で困惑している。

 

「それは根拠になりますか」

 

「なりません」

推薦は即答した。

 

「ですが反対です」

真顔だった。

 

会議室は数秒ほど機能を停止した。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

警報が鳴った。

赤色灯が回り始める。

 

 

館内放送が響く。

 

 

 

『第三農業区画にて設備異常!』

『応援を要請します!』

 

 

全員が同時に立ち上がる。

推薦が資料を閉じた。

 

 

「会議中断!」

 

誰も異論を挟まない。上位観測班が何か言おうとしたが、通信はそのまま切られた。

 

 

 

その日の会議は、それで終わった。

 

 

 

 

 

だが次に集まった時も、また終わらなかった。

 

 

配給トラブル。

発電設備の不調。

避難民の受け入れ。

井戸ポンプの故障。

 

問題はいくらでも起きる。

 

人が増えれば増えるほど、新しい問題が生まれる。

気づけば接触計画は何度も延期されていた。

 

 

 

有志が資料をめくりながら苦笑する。

「これ、もう無理じゃないですか」

 

軍人は端末から顔を上げなかった。

 

「優先順位の問題だ」

「つまり?」

「水の方が大事だ。食料、電気も」

 

 

有志は天井を見上げた。

 

「まあ、そうですよね」

 

少しだけ笑いが起きる。

 

 

 

推薦は腕を組んだまま言った。

「当たり前です」

 

「何がです?」

「今はあいつより大事なものがある」

 

 

 

その言葉に、軍人が一瞬だけ顔を上げる。

有志も同じだった。

 

 

 

 

誰も指摘しなかった。

推薦が初めて"対象"ではなく、"あいつ"と言ったことを。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、豪邸では何も変わらない日々が続いていた。

 

 

烏丸は縁側で麦茶を飲み。

ハヤテは昼寝をし。

運転手ゾンビは門を掃除し。

シェフゾンビは畑で採れた野菜を運んでいる。

 

 

 

風が吹いて、鳥が鳴く。

 

 

 

静かだった。

本当に静かだった。

 

 

 

シェルターがどれだけ慌ただしくなろうと、その場所だけは不思議なくらい変わらなかった。

 

 

 

 

 

二か月が過ぎた。

 

三か月が過ぎた。

 

四か月が過ぎた。

 

合同観測班が集まる回数は減っていった。

だが報告書だけは続いていた。

 

 

軍人は変わらず事実を書く。

有志は変わらず余計な一言を書く。

推薦は毎回、少しだけ悩むようになった。

 

 

その日もそうだった。

報告書を前にして、しばらくペンが止まる。

 

本来なら一行で終わる。

 

『変化なし』

 

それだけだ。

 

だが気づけば別の言葉を書いていた。

『危ないことはするな』

 

書いた瞬間、自分で眉をひそめる。

何を書いているんだ、報告書だぞ。

 

 

ペンを握って固まっていると、向かいから有志が覗き込んできた。

 

 

「推薦さん」

「……何だ」

「それ報告じゃないです」

 

 

推薦はしばらく黙ったあと、小さくため息をついた。そして、その一文を丁寧に塗り潰した。

 

代わりに書く。

 

『変化なし』

 

 

 

 

軍人は何も言わなかった。

ただ黙って判を押した。

 

 

 

 

 

 

半年後、ようやくシェルターは落ち着きを取り戻し始めていた。接触計画も再開される。

 

 

軍人が資料をまとめる横で、有志が伸びをする。

推薦は無言で立ち上がった。

 

 

ふと机の下を見る。

黄色いバケツが置いてあった。

貼られたガムテープ。

その上に書かれた平仮名。

 

『すいせん』

 

少しだけ端が剥がれている。

 

誰も処分しなかった。

誰も片付けなかった。

 

ずっとそこにあった。

 

推薦はそれを見て、なぜか少しだけ安心する。

 

「行きます」

軍人が言った。有志が頷く。

 

 

 

半年ぶりの現地確認。

半年ぶりの接触計画。

 

誰も口には出さなかったが、全員どこかで思っていた。

たぶん、あいつは今日も変わらないのだろうと。

 

 

縁側で麦茶を飲み、犬を撫で。

将棋で負けているのだろうと。

 

 

 

 

 

だから誰も知らなかった。

 

 

 

 

その半年の間に、烏丸が縁側で空を見上げながら。

ふと、思いついてしまったことを。

そして、その思いつきを止める者が、あの豪邸には一人もいなかったことを。

 

 

(第15話・完)

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