ゾンビ公認:この人間は食べられません   作:めぇ

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第16話:家捜し『不在』

 

門は開いていた。

最初からそうだったように、何も拒まずに開いている。

 

軍人が先に入った。

 

「入る」

それだけで全員が続く。

 

入ってすぐの玄関の靴は揃っている。

乱れはない。

 

ただ、家全体の空気が沈んでいた。長く閉め切られた室内特有の、動かない重さだけが残っていた。

 

 

リビングも同様の空気で、時間だけが溜まって誰にも掬われていない感じがした。

 

 

「捜索開始」

軍人の声で一斉に動く。

 

研究者たちはすぐに、自分の興味の赴くままに散って行った。目が不気味に輝いていた。

 

引き出しを開ける音が重なる。

棚が引き倒される。

椅子がずれる。

床に置かれていたものが一度全部どかされる。

 

それは確認ではなかった。探査でもなく、“中身を暴く動き”だった。まるで空き巣のような動き。

 

 

有志がそれを見て叫ぶ。

「そこ、もう見ましたよね!?」

 

完全に引いた顔だった。

 

 

「関係ないです」

研究者は有志をチラとも見なかった。探索に夢中だった。荒らしてそのままで、戻す気配はない。

 

次の引き出しを開ける。

 

軍人が低く言う。

「壊すな」

 

研究者は一瞬だけ手を止めるが、すぐに続ける。

「壊さないと見えません」

 

制止など無かったように、口元を釣り上げて楽しそうな研究者たちによって部屋の中はさらに荒れていった。整っていたはずの空間が、意味のない順序で崩されていく。

 

 

それでも何も出てこない。

 

 

 

研究者の勢いに圧倒されたのか、本と本の隙間をゆっくり見ながら、有志が小さく言う。

「本当に、何もないんですかね」

 

近くでクローゼットの扉を開けた軍人は答えない。黙々と作業を続けた。

 

 

推薦は少し遅れてリビングに入った。

その瞬間だけ、足が止まる。

 

窓は閉まって、カーテンも閉じているから光は入っておらず、空気は循環していない。

それなのに不思議な匂いはしない。

ただ“動いていない時間”だけが部屋に溜まっている。綺麗に整頓された空間だった。

 

だが、そんな空間を裂くように、目の前でクッションが裂かれた。詰め物がボロボロ落ちてフローリングを汚していく。

 

すぐ側の研究者は壁の収納を引きはがすように開けていた。中身を確認するというより、そこにある“可能性”ごと引きずり出している。

 

何もかもが同時に崩れていく。

 

 

「2階行きます」

誰かが言った。

 

もう暴走は止まらなかった。

二階の廊下に入った瞬間から、同じことが繰り返される。

 

ドアが開いたと思ったら激しい音と共に、中が荒らされる。開け放されたままのドア。部屋の中の惨状はまさに台風が過ぎ去った様。

 

次へ、次、次、つぎ。

 

研究者は止まらない。

何かを探しているというより、もう既に“何もないことを許さない動き”になっている。

 

その中で、推薦だけが一瞬遅れる。

 

寝室①

部屋のもの全部が一度ひっくり返される。

物が散乱する中、ベッドシーツの隙間から小さな箱が出る。

 

お菓子の箱だった。潰れている。

推薦の手が一瞬止まる。

 

拾うと軽かった。

 

さらに折りたたまれた奥に、薄い紙のようなものが挟まっていることに気づいた。

 

「何かありましたか?!」

 

こちらを振り向かないまま飛んでくる期待した研究者の声に、推薦は箱を持ったまま答える。

 

「これだけです」

 

研究者は一瞥すると、すぐに視線を外した。

そして部屋を一巡するように見やると、次の場所へ移っていった。

 

同行していた部下が端末に打ち込んでいく。

「2階・寝室①、痕跡なし」

 

有志が後ろで言う。

「今の、何の記録ですか」

 

やはり軍人は答えず、枕だったものを持ち上げた。

 

推薦はその場に一瞬だけ残った。

口を開こうとして、潰れた箱を見て、開けずに、シーツの上に置いた。

 

何も言わずに、口を閉じて歩き出す。

誰にも説明しないまま。

 

 

別の部屋でも、研究者の一人が、壁際の飾り棚を乱暴に開けていた。やはり中の小物が床に落ちても拾わない。

 

「ここも違う」

言いながら、次の部屋へ移る。

動きに迷いがないというより、迷う余白ごと最初から持っていない様子だった。

 

廊下では別の研究者が、カーテンレールごと引き下ろしていた。サッシが床に落ちて床を削る。そんな音すら新たな音にかき消された。

 

有志が思わず眉をひそめる。

「そこまでやります?」

 

誰かが笑ったような気配だけ返る。

 

「時間の問題です」

そういいつつ、『壊す』ことが楽しくなっている表情だった。

 

軍人はその横を通る。

 

「対象物優先度を上げろ」

短く言うだけで、視線は止まらない。

 

壊れていく部屋の進行速度を、ただ測っているだけのようだった。

 

 

二階の別室も他と変わらない。

クローゼットの奥から服の山が引きずり出され、床に積まれたまま、踏まれていく。

その中に紛れていたものも、もう誰も気にしない。

見たこと自体が、すぐに次の動作に押し流される。

 

推薦はその一歩後ろで、何も言わずに見ていた。

周りに合わせるように動きは止まらないのに、視線だけが一瞬だけ引っかかる場所があった。

誰かに見られる前にすぐに手近の引き出しを開けた。

それだけだった。

 

「2階、北側終了」

誰かが言うと、別の声がすぐ返る。

「南側いきます」

 

興奮が途切れない。

足音と、物が崩れる音だけが部屋を渡っていく。

 

有志はもう数えるのをやめかけている。

それでも小さく言う。

「……何も、残ってないですね。行き先」

 

せめてものフリでソファの下なんか覗いている。

 

 

軍人はやっぱり答えなかった。

ただ一度だけ、崩れた部屋の形を見ていた。

 

寝室①の外。

研究者の一人がドア枠に手をかけて、一瞬だけ止まる。

中を見ているのではなく、“まだ壊れていない場所”を確認しているような間だった。

そして何か見つけたのか、何も言わずに入って行った。

同時に音が増える。

 

研究者が部屋を出たあとも箱はそのまま残っていた。

誰もそれに気づかないわけではない。

ただ、今ではないだけで、どの視線にも入っていなかった。

推薦はそれを見ていた。見ているが、止めなかった。

 

皆が部屋の外に出てから、ゆっくり拾った。

拾うタイミングだけが、他より少し遅かった。

その遅れのまま、流れに戻るように廊下に出た。

 

もう部屋の境界が曖昧になっている。

開いたままのドアと、壊された家具だけが連続して並んでいた。まるで遺棄された廃虚のように。

 

「終了」

 

軍人の声が響いた。

それだけで全員の動きが止まる。

 

有志が息を吐く。

「ほんとに、何もないですね」

かなりダルそうな声だった。

 

研究者はもう端末を見ていた。先程まで部屋を掘り返していた熱量は、もうそこにはなかった。まるで今この邸宅に来たように、荒らし回った罪悪感の欠片すら見当たらなかった。

彼らは結果を待っているわけではなく、ただ記録にするために、次へ送っているだけだった。

送信が遅いのか、舌打ちしなから端末と睨み合う者もいた。

 

推薦は外へ出て、門の前で一度立ち止まった。

振り返らなかった。

 

「……出てるな」

 

呟きだけが出た。

 

 

軍人が聞く。

「何がですか」

推薦の返事はないまま、全員が帰還した。

 

 

邸宅はそのまま残った。変な表現だが、壊れているのに、何も失われていなかった。

ただ、何かが“全部通過しただけの場所”になっていた。

 

 

そして推薦の手の中の箱だけが、まだ少し重かった。

 

 

(第16話・完)

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