ゾンビ公認:この人間は食べられません   作:めぇ

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第46話:役目

 

中都市の幹線道路沿いに現れたのは、地域最大級の規模を誇る大型ホームセンターの巨大な店舗だった。

 

併設されたガソリンスタンドや広大な資材館、カー用品専門のピットにいたるまで、強固なコンクリートの建物は初夏の陽射しを浴びて静かに佇んでいる。自動ドアを潜り抜けた瞬間、エプロンを身にまとった店員ゾンビたちが、それぞれの担当区域の通路で何一つ乱れることなく現役のまま働いていた。資材担当、工具担当、園芸担当。彼らは日々、訪れるはずのない客のために棚を整え続けていた。職人気質な使用人ゾンビたちは生前のプライドにかけて一歩後ろへと引き、その道のプロたちの仕事を最大限に尊重して静かに主人の背中を見守っていた。

 

「ホームセンターって好きなんだよね」

 

駿がのんびりと呟いたその横で、いつもは周囲の索敵を最優先にしている関口が、珍しく鋭い目を輝かせて前に出た。

 

「……私は好きじゃない。結局長居することになるからな」

 

口ではそう言いながらも、関口は完全に仕事モードへと切り替わっていた。棚に並ぶ工具や頑丈なロープ、ブルーシート、ジャッキ、配線、予備のバッテリー、長寿命のLEDランタン、そして高性能の浄水用品にいたるまで、これからの過酷な旅を確実に支え抜くための実利的な資材を次々と厳選していく。

 

「これは必要だ。これも積む。いや、こちらの規格の方がこれからの移動にも対応できるな」

 

関口がこれほど積極的に物資を選別する姿は珍しかった。駿は隣で「へぇ、これ便利そうだね」と感心しながら、その横のDIYコーナーや園芸館を満喫し始めていた。色鮮やかなハンモックや折り畳み椅子、風に揺れて涼しげな音を鳴らす風鈴、そして小さな植木鉢や種、虫取り網を眺めては「あ、このスコップかわいい」と、純粋に大人の玩具箱を覗き込むようにホームセンターの空間そのものを楽しんでいた。

 

 

 

 

その頃、隣のガソリンスタンドでは、大型バスが完璧なメンテナンスを受けていた。

つなぎを着た整備士ゾンビたちが、無言の連携で大型バスをピットへと誘導していく。給油ノズルを差し込むと同時に、手際よくタイヤの空気圧を測定し、オイル交換を始め、エンジンの駆動系や冷却水、ワイパーにいたるまで、まるでプロのレーシングチームさながらの手際で点検していく。最後に無言でフロントガラスをピシッと拭き上げ、洗車まで完了させたその磨き上げられた車体を前にして、関口の口からも思わず本気の感嘆が漏れた。

 

「……ここまでやるのか。完璧だ」

 

だが、整備士ゾンビたちの本当のもてなしはそこからだった。

ホームセンターの裏手に広がる、中古車展示スペース。その中央へと関口たちを静かに手招きし、

「(現在のお客様たちには、あの巨体よりも、こちらの機動性に優れた車両の方が最適だと思います)」

とでも言うように、一台の白いキャンピングカーの前でスッと一礼してみせた。

 

少し型は古い。けれど、彼らの手によって内装から機関系にいたるまで、完璧なフルカスタムが施された最高の状態だった。

関口が中を覗き込むと、そこには効率的に配置された二段ベッドや簡易キッチン、小さな冷蔵庫、実用的な収納スペース、そして屋根に増設されたソーラーパネルと大容量のサブバッテリーが綺麗に収まっていた。燃費、小回り、隠蔽性、そして整備性のすべてを論理的にクリアしたその車両を前にして、関口は初めて大型バスからこちらへ乗り換えたいと本気で思った。

 

「……旅を続けるなら、こっちだな」

 

あの大型バスは、荒らされた邸宅から多くの物資を回収し、研修センターの使用人たちを連れ出すという最大の役目を全うした。だからこそ、「役目を果たしたからここで休ませる」という、物への敬意を込めて大型バスの卒業がその場で静かに決定された。

 

 

 

別荘へと帰還し、ホームセンターで購入した必要不可欠な資材の積み替え作業が素早く進められていった。

少し小さくなった、けれどもっと身軽で自由になったキャンピングカーがこれからの彼らの新しい「旅の家」になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、ロータリーに集まった一行のなかで、関口は手元の一覧を見つめて不器用に眉を寄せた。

 

「……メイドも来るのか」

 

執事ゾンビが、その問いかけに対して静かに頷いてみせた。

キャンピングカーの新しい旅の布陣は駿、関口、老紳士、執事、整備士、ドッグトレーナー、そしてたった一名のメイドゾンビと四匹の犬たち。

 

家全体の格式を見る執事だけでなく、これからの狭い車内での食事や洗濯、裁縫、ベッドメイクといった「日々の細やかな暮らし」を一手に引き受けるため、彼女の同行は極めて合理的であり、名実ともに唯一無二のメイドとして旅の布陣にしっかりと立っていた。

しかし、関口の疑問はそこではなかった。別荘には大勢のメイドゾンビたちが残っているのに

「なぜ、この一人が選ばれた?」

 

無言だった。執事ゾンビはアルカイックスマイルを浮かべ、老紳士ゾンビは目をそらした。

昨夜別荘の地下において、「選抜」という言葉にならないどれほど凄まじい血で血を洗う使用人たちの大戦争(選抜戦)が繰り広げられていたのかを、関口も、そして駿も知る由はなかった。

 

 

 

 

別荘の正面玄関前、キャンピングカーの新しいエンジンが心地よく静かに鳴り響いた。

 

留守番を命じられた残りの使用人ゾンビたちは、別荘の送迎車としてその役目を終えて休むことになった大型バスの前へと、一糸乱れぬ完璧な規律で整列していた。総料理長も、運転手兄弟も、選ばれなかったメイドたちも、全員が姿勢を正して極上の角度で深く一礼してみせる。

 

その佇まいは、いつも通り完璧で使用人の鏡そのものだった。

しかし。脳内では、全員が内心の悔しさと嫉妬でギリギリと歯噛みしながらギリギリしていた。

(旅メンバー……いいな……)

(私も若旦那様のお世話を、特等席でお伴したかった……)

(なぜあの者が選ばれて、私が選ばれなかったのだ……)

(次こそは、何が何でもあの座を奪い取ってやる……)

 

言葉にならない執念が、整列した使用人たちのなかで凄まじい熱量となって渦巻いていたが、表情には一ミリもその醜態を出そうとはしなかった。プライドが高いプロの使用人だからだ。

 

駿はそんな葛藤など何も知らず、新調された清潔なTシャツの袖を揺らしながら「行ってきます!」といつもの屈託のない笑みを浮かべて窓から大きく手を振った。

 

 

 

キャンピングカーは朝の光を受けながら静かに別荘を後にした。

 

(第46話・完)

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