真夏の陽射しを照り返すアスファルトの上を、キャンピングカーは穏やかな速度で走り続けていた。ふと、寂れて誰もいない道の駅を見た准が寄り道を頼んだ。
時刻は昼だった。
整備士ゾンビが静かにキャンピングカーを敷地に滑らせ、消えかかった白線の内側へ停めてエンジンを切ると、執事ゾンビとメイドゾンビが素早く道の駅に併設されている厨房へ入って行った。
地域の特産品が並んでいたはずの売店や薄暗い観光案内コーナーの内部は静まり返り、木製の床にぬるい風が通り抜けるだけだった。
駿は埃の積まったラックの片隅で時間が止まったままの絵葉書を見つけるなり、そっと顔を和らげた。
「ここ、きれいだね」
何気なく手に取られた一枚の表面には、かつてこの土地が誇っていた美しい新緑の渓谷の景色が印刷されていた。
駿は少しの間だけ沈黙し、売店のカウンターに残されていたボールペンを手に取るとそのまま絵葉書の白い裏面へと滑らかにペン先を走らせ始めた。
『あっちでも元気ですか。
こちらは元気にやってます。
ゆっくりそちらへ行くので、
まったり待っててください。
駿』
死者の世界へ向けたものなのか、あるいは今もどこかで生きている者へ向けたものなのか。
客観的な言葉の輪郭はどこまでも曖昧だった。
誰に届けるでもない。街のポストも、配送のシステムもとっくに機能は停止している。
けれど、駿の指先に一切の迷いはなかった。
──青年は本気の熱を込めて、その言葉の栞を机の上にそっと置いた。
准はその横に黙って立ち尽くし、駿の手元を鋭い視線で見つめていた。
小言を言うでもなく静かな佇まいのまま、同じようにラックから一枚の絵葉書を取り出す。
なんとなく、駿の言葉は家族に向けてだと准は気づいていた。
准は少しだけ考え、太い指先で静かにペンを握り締めた。
『私もぼちぼちやっている。
そのうち息子を紹介する。』
そこまで書いたところで、一度だけ、准のペン先がピタリと止まった。
脳裏を過ったのは、『きょうだい?……う~ん、居たら毎日喧嘩しそう』と笑っていた瞬の、何気ない声だった。
(……そうだ)
准には、二人の息子がいる。
少しだけ目を細めて小さく笑うと、下へと新しく一行、愛を込めて書き足した。
『瞬。
弟だ。
あまりいじめるなよ。
父より』
前半の言葉は、遠い空の向こうの妻へと宛てた近況報告。そして後半の言葉は、向こうへいる息子へと宛てた言葉だった。
ふらっと観光案内コーナーの案内を見ていた駿が、准が離れたのを見計らい戻ってきた。
そして。
『
――――追伸
おとうさんができました。
いじけないでください』
そっと、追加した。駿の耳はほのかに赤い。
駿と准が離れた後、そっと一部始終を見ていた執事ゾンビが何も言わずに売店の奥から画鋲の箱を持って、音もなく歩み寄ってきた。執事は、駿と准が置いた葉書を両手で拾い上げると観光案内板の白い壁の上へ美しく並べて留めた。
駿の葉書。准の葉書。
(家族は隣り合うものです……)
駿も准も知らないうちに、誰もいない道の駅の壁の上で静かに隣り合って並んでいた。
*
一方で、准はカウンターの傍らに置かれていた一冊のノートへと視線を巡らせた。それはかつてここを通り過ぎていった旅行者たちが、お互いの軌跡や情報、感想を共有するために残していった交換日記のようなノートだった。
駿はノートの新しい白紙のページを開くと、本当に何の気負いもなく文字をさらりと書き残した。
『缶詰、厨房の戸棚にあります。
良かったらどうぞ。
駿』
駿たちは何も深いことは考えないまま、真心籠ったメイドゾンビ渾身の料理を頂くと再びキャンピングカーへと戻り、まぶしい夏の夕日に向かって出発していった。
けれど。
彼らの轍が去ったあとのノートの余白には、後日信じられないほどの量の文字が刻まれていくことになった。
駿の文字のすぐ真下に、誰かの震える筆跡で
『いただきました。助かりました』
と、涙混じりのインクが滲む。
さらに別の日に辿り着いた誰かが、
『お返しに、薪を置いていきます』
と、次の者のために文字を重ねていった。
そしてそのカウンターの真上の壁には宛先のない絵葉書が、静かに、静かに増え続けていった。
誰にも届かない。
それでも、誰も捨てようとはしなかった。
(第51話・完)
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