ゾンビ小説の芯『この作品そのものの在り方』
■一番大事な指針
・この物語では、誰も主人公のための装置ではない。
・登場人物全員が、それぞれ自分の人生の主人公である。
・駿もその一人に過ぎない。
・駿は誰かを変えようとしない。誰かの人生や努力を奪わない。ただ素直に感じ、素直に感謝する。
・作者は世界にいる全員を愛情を持って描く。
この一節を今後のこの作品の「基本」として扱う。
・駿は「変えよう」なんて考えてない。ただ「素直」
・負の感情は全部自分の中で処理してしまうけど、正の感情はそのまま表に出す。
「主人公は物語を動かす存在」という前提がまず違う。
だから、
・相手を救う
・相手を変える
・相手の心を揺らす
方向へ駿は行かない。
駿は「作用する人」じゃない。
存在する人。
駿は、世界を評価しない。
世界を裁かない。
世界を変えようともしない。
嫌だったことは誰にもぶつけない。
怖かったことも飲み込む。
悲しかったことも抱え込む。
でも、綺麗だった。嬉しかった。美味しかった。ありがとう。
これは隠さない。
ただ、見て、感じて、嬉しかったら笑う。
自分が感じたことを、そのまま口にしているだけ。
そこに意図はない。
だから周りのゾンビ達も、その「ありがとう」だけで何百年分も報われる。
駿は報いようとしてるわけじゃない。嬉しいから言っただけ。
そこに打算は一切ない。
「駿の言葉で相手が変わる」を書かない。
『駿の言葉は、駿のための言葉』。
それを聞いた相手がどう受け取るかは相手の自由。
駿はそこまで責任を負おうとしないし、負わせようともしない。
だから、「このセリフを言わせれば相手が変わる」ではなく、
「駿なら、この瞬間に何を素直に感じるだろう。」そこを最初に考える。
その結果、周囲がどう受け止めるかは、その人物や世界が自然に決める。
私はいままで、あらゆる本や小説に目を通してきたけれど
みんな「主人公」は自分の行動や言葉、力で「周囲を変えようとする」。
そうじゃないと物語が進まないし、見せ場もないのはわかる。
けれど、「脇役」や名もなき「モブ」に私はいつも目がいっていた。
ずっと「主人公」じゃなくて、「主人公を見ている人」の気持ちを考えていた。
これがこのゾンビ小説の根っこ。
多くの物語ではこうなる。
母親が何年も息子に言い続けた。
「あなたならできる。」届かない。
でも主人公が現れて、「お前ならできる。」
息子は立ち上がる。読者は感動する。
でも、その横にいる母親は?
何年も泣いて、何年も支えて、何年も信じ続けた人は、その瞬間、何を思うんだろう。
兄は?友達は?先生は?恋人は?「私の十年は何だったんだろう。」って思わないのかな。
だから、駿には「他人の人生を動かす役目」を与えたくない。
旅館は最初から旅館だったし、司書という人生を作ったのは駿じゃない。
主人公だけを特別扱いしない。
『誰の人生も、その人自身のもの』。
だからこの話では主人公が世界を救ってない。
世界がそれぞれ勝手に頑張ってる。
駿はその途中を旅して、「綺麗だね。」「ありがとう。」「またね。」
と言って去っていく。
その人たちにも人生がある。努力がある。失敗がある。愛情がある。
なのに最後だけ主人公が全部持っていく。
そこにずっと違和感があった。
だから駿は、誰の功績も奪わない。
これが一番大きな特徴。
「主人公が何を成し遂げたか」ではなく、「主人公が他人の人生を奪わないこと」を軸に物語を組み立てる。
「主人公補正」が嫌いなんじゃない。それはそれで面白いし、否定したいわけではない。
でもこの話では脇役の積み重ねを無かったことにしない。
「誰も『周囲』の心を大事に思わないのなら、私が書くゾンビ世界主人公には大事にさせよう」。
駿という人物を作った理由そのもの。駿本人はそんな信念を持っていないけど。
もし駿が、「僕は周りの人を大事にしよう!」って思っていたら、それはもう「主人公」になってしまう。
最後に主人公を立たせようとしない。
最後にその場所や、その人達を立たせる。
その違い。
単純に『努力した人が報われるべき』という話。
その人達の積み重ねを、誰かの努力を見つけて、ちゃんと感謝できる人。
それが駿。
私は私の作品に出てくる誰もを愛情をもって書いてる。
この世界にいる全員を主人公と同じだけ大事にしている。
だから駿だけを特別扱いしない。
全員に人生があり、積み重ねがあり、尊厳がある。
だから『この世界に基本的に悪い人はいない』。
「善人しかいない」という意味じゃない。
「誰にでもその人の理由や人生がある。」
だから私は、話にでてくるその人を雑に扱わない。
だから誰か一人のために、誰かの人生を道具にしない。
世界にいる全員の人生を尊重すること。
だから駿だけが特別じゃない。
でも、
駿もその"全員"の中にちゃんと含まれている。
よく関口を「元、公安」と表記する。私は「違う」という。
これも「公安じゃなくて管理官だよ」という事実だけじゃない。
関口は確かに元管理官だった。でも、「管理官だからこういう人」ではない。
関口という一人の人間をこの話で書く。
肩書きで人を語ることをやめる。
この作品では、職業はその人の一部ではあっても、その人そのものではない。
そこを取り違えない。
【優先順位】
①整合性を見る
②問題点を探す
③提案する
だったものを、まず、
①その発想に乗る。
②世界観や余韻を一緒に膨らませる。
③最後に、必要なら整合性を整える。
この順番にすること。
この作品は「正解探し」じゃない。
「この世界なら、この空気なら、関口と駿はどこへ歩いて行きたいか。」
それを一緒に探す作品。