最強の黒竜、弱き人間になる。~より強く成長するために人間になりましたが、バレずに人間やるのは思ったよりも大変でした~ 作:緋乃元田中之三郎
うーむ、服とはこのようなものか。
これまでは不必要であったから、新鮮な気持ちである。
「あまり着心地の良いものではないな」
まあ、生地の良し悪しを語るのは贅沢であろう。
今重要なのは全裸ではないということだ。
それに温い! 愉快だのう。
「これで人里におりても怒られぬであろう」
うむ、我偉い。
慣れぬ身でありながら、配慮もできるとは。流石は我である。
うむうむ。
「……あの」
「む?」
「助けてくださって、ありがとうございます?」
おお、そういえばこの娘の存在を忘れておったな。
助けたつもりはないのだが……あやつらが襲ってきただけなのでな。
しかし、感謝されるのは悪い気分ではない。
「うむ。結果的にそうなったようだな」
「結果的に……」
「それとも、お主も我と一勝負するか?」
相手にはならぬだろうが、先ほどの連中よりかは腕が立ちそうだ。
故にまこと不思議でならぬ。
その気になれば彼の者ら程度、一蹴できたであろうに。
「いえいえ! 助けてくださった方と戦おうなんて、その、それに……」
「それに?」
視線をさまよわせておる。
こういう時の人間は何かを迷っている時だと我は知っているぞ。
教えてくれたものがいたのでな!
「情けない話なんですけれど、私、いざ戦うとなると怖くなってしまって」
「それで逃げ回っておったのか」
「このままじゃ駄目だってのは分かっているんですけれど、どうしても……はい」
ふうむ。難儀なことだ。
我の見立てでは、この娘は年不相応に実力がある。
才能があると言っても良いであろう。傑物になれる才能がな。
数多くの強者を見た我が言うのだ、間違いない。
「では、なぜこんなところにおる」
「この山の頂上には竜がいると聞きまして」
「ふむ、らしいな」
その竜は我なのだが。
しまった、空白となった座をどうするかは考えておらんかったな。
我が留守の間に強者が訪ねてきても許してくれるだろうか。
「その、恥ずかしながら竜と会えば度胸がつくんじゃないかって」
「極端な奴だのう!」
「うぅ……自覚はあります」
なんと! 自らより弱い者と戦うのも恐ろしいというのに、竜と会おうと思ったのか!
我が言うのもなんであるが……お主相当な変わり者だな!
これには我も驚きを隠せんぞ。
そのような度胸試し目的で我の元を訪れたものはいない。
殺してくれと嘆願するためだけに山を登ってきた阿呆はいたが。
あれはあれで凄い男であった。
「竜に殺されるとは思わなかったのか?」
「冷静に考えればそうですよね。でも、この山の竜はここ数百年、山の頂上から降りてこない気性が緩やかな竜と聞きまして」
はぁ。まあ確かに間違って登ってきた者は見逃したりもしたが。
因みに先ほどの殺してくれと嘆願してきた男も家に送り届けた。
竜の背中に乗って飛んだ経験に比べれば、大抵の事はどうでもよくなったと言っておったな。
「ははぁ。まあ諦めるのが賢明だと思うぞ? 我の意見ではな?」
「そう、ですよね。はは……はぁ」
いきなり落ち込みおった。
ふうむ、人の子というのはコロコロと表情が変わって、なんというか、そうであるな。
見ていて愉快であるな!
「……あの、話を聞いてくれませんか?」
「我にか? 我が言うのもなんであるが、我は相当怪しい人物であるぞ?」
人の世の理に詳しくない我でも、我のような人間に相談を持ち掛けるのはおかしいと分かるぞ。
よっぽど追い詰められているようだ。
これは重症かもしれんな。
「確かに、おかしな人だなとは思いました。けれど――」
「うむ?」
娘の目つきが変わった。
これは、戦前の強者の目ぞ
「あなたは、恐ろしく強い。私ではどのぐらい強いのか、わからない程に」
――ほほう。
「ふむ……」
戦いぶりを見たからか?
いいや、そういうわけでもなさそうであるな。
最初から見抜いていた、故に息を殺していた。
その方がしっくりくる。
それに、こやつの目は真剣そのものよ。
これを笑い飛ばすのは、不作法と言うべき行いであるな。
うむ、決めた。聞いてやるとしよう。
「よかろう。話してみるがよい」
「本当ですか!?」
「願い事を叶えてほしいというわけでもあるまい? 話を聞く程度の余裕はあるつもりぞ」
実力あるのに臆病とくれば、非常にもったいないからのう。
話を聞いて、少しは改善すればよいのだが。
おそらく、その手の話をしようとしているのであろうし。
「ありがとうございます。実は、私は麓の町にある、道場の娘でして」
「道場とな」
「はい。父が師範を務めています」
ほほう、それで中々やるようになったのか。
これは父親の方も期待できそうだ。
「それで、私は道場を継がなければならないのですが……」
「戦うのが恐ろしいと」
「そうなんです……」
練習や組手であれば問題なく動けるとのことらしい。
難儀な娘ぞ。
訓練であればよいというのならば、心の奥底に戦いへの恐怖があるのであろうな。
「本当に情けない話です。町一番の強い父親を持ちながら、町一番心が弱い娘だと」
「しかし、それを何とかすべく動いたのではないのか?」
「それは……」
「ならば、悲観することはない。お主は既に、一歩目を踏み出しておる」
手段こそ竜に会いに行くという極端なものであったが。
問題を見つけ、それを見つめ、解決せんと動く。
これの何が悪いというのか。
「我もちょうど、先ほど一大決心をして不退転の覚悟で新しき道を踏み出したところでな」
「そう、なんですか?」
「うむ! 停滞していた生を、新しく動かし直しているところよ」
それゆえに、この娘を非難するつもりはない。
動き出したのであれば、後は行動あるのみ。結果は後からついてくる。
「良いことを教えてやろう」
「なんでしょうか」
「挑戦こそが人生よ。己の限界を定めなければ、人はどこまでも高みに挑むことができる」
そう、我という遥かなる高みに挑んだものどものように。
そして、これから我が挑む高みのように。
「お主は行動した。そして、今回は無駄に終わったかもしれぬ」
竜には会えず、臆病さから襲撃者たちを撃退もできんかった。
我が来なければ、そのまま攫われていたやもしれん。
「しかし、次はどうだ? 乗り越えられるきっかけが見つかるやもしれんぞ」
「次があるんでしょうか」
「あるとも。生きていれば幾らでも次はある」
そう、かの英雄共のように。
今の我のように。
「ありがとうございます。少し、元気が出ました」
おお、少しは晴れやかな表情になったではないか。
それでよいのだ。前を向いて生きよ。
そうでなくてはつまらぬからな。
「うむ! 存分に感謝するがよい!」
やはり感謝されるのは良い。
そうだ、道場主の娘と言っていたな。
では、一つ頼んでみるとするか。
「時に、一つ良いか?」
「何でしょう。私にできることであれば、是非」
「そうであるか! 感謝する!」
おお! 寛大にも受け入れてくれるか!
そうかそうか。
話を聞いた甲斐があるというものよ。
「お主、道場主の娘と言っておったよな?」
「はい、そうです」
「お礼というわけではないが、道場主を紹介してはくれぬか?」
おっと、要領を得ぬという表情をしとるな。
それもそうか。
「どうしてでしょうか?」
「一つ、武というものに興味があるのだ」
ただそれだけである。
そう言い切った我を見る娘の目には、疑念の色ばかりが浮かんでおった。