最強の黒竜、弱き人間になる。~より強く成長するために人間になりましたが、バレずに人間やるのは思ったよりも大変でした~ 作:緋乃元田中之三郎
食とは大変趣深いものであることが分かった。
手間暇はかかるが、それだけではないのだな。
歓談も進み、腹も満たされ満足感を得ている。
「食に深く興味はなかったが、良いものだな」
「そう言っていただけると助かります」
我の前で自ら料理をし始めて、最後の晩餐だと騒ぎ始めた連中がいるのも頷ける。
これらにはそれだけの価値があるものぞ。
「……さて。アケディア殿、場所を移しましょう」
「うむ?」
「武の基本をお教えいたしましょう」
ふむ。
それは是非教えてもらうとしよう。
「願うべきところよ」
「では、道場の方へ」
案内されたのは、広い一部屋。
床は木の板が敷き詰められており、表面はコーディングされておる。
ふむ、絶妙に滑らんようになっておるな。
「ここが鍛錬場か? 強度に不安がありそうだが」
「あなたほどであればそうでしょうが、早々この床を抜けるものなどおりませんよ」
そういうものか。
ならば気をつけねばならぬな。
「さて、軽く教える前に、自己紹介がまだでしたな」
「おお、そうであったな」
「私はクルラギ。この道場の師範です」
「うむ。改めて、我はアケディアである」
道場主殿はクルラギというのか。
今後は名前で呼ぶとしよう。
「では、何を教えてくれるのだ? 基礎と言っておったが」
「ふむ、型稽古でも良いですが……今更多少身に着けるよりも、もっと実践的なものの方が良いでしょう」
にじみ出る所作からして、下手に今の癖を強制しない方が良いかもしれないと言われる。
そういうものか? そういうものなのかもしれぬ。
専門家が言うならそうなのだろう。
「気功というものをご存じで?」
気功、とな?
「いや、存じぬ。それはなんぞ」
初めて聞く単語ぞ。
挑戦者たちの口からきいたこともない。
「武術の基礎。人間の脆弱な肉体を鍛える、内なるエネルギーの使い方です」
言いながら、クルラギ殿が纏う雰囲気が変わる。
先ほども強者の風格は漂わせていた。
しかし、今となってはまるで別人。
一段、強さの格が上がったと評するべきか。
我には届かぬがな。
「感じられるでしょう。これが内気功です」
「うむ」
「これを体得してもらおうと思います」
なるほど。
だが、これは基礎と呼んでよいのか?
なんて我の疑問を見透かしたように、クルラギ殿は笑う。
「武術を学ぶ上で一つの壁とされていますね。これの体得に数年かかるものも少なくありません」
「そんなものをいきなりやれと?」
「私が見る限り、あなたは既にその域にある」
ただ、気功というのは本当に武術を学ぶ上では必須技術らしい。
これを使いこなせるのと使いこなせないのでは、天と地ほどの差があるのだとか。
「人の身でありながら、強大な怪物を相手取るためにはこの気功の習得が必要不可欠です」
「ふむ……」
我ほどになればなくても何とかなろうが、あれば確かに一段上に行けるであろう。
むしろ、我が気功を持てばどれ程の強さになれるだろうか。
――これよ。これが我が求めていた、更なる高みへ至るための道筋。
ゾクゾクしてきたわ。
心躍りおる。
「どのようにすればよい」
「自分の中にあるエネルギー、生命力を体内で循環させるイメージを作り上げるのです。そして、それらを自由自在に操れるようになれば――一人前とされています」
「なるほど。自分の中にあるエネルギーか」
竜の時を思い出せば、ふむ、ブレスを吐くときの感覚が近いか?
あれも体内のエネルギーを呼気に含んで吐き出していたものである。
今の人の身でやれば間違いなく喉が吹き飛ぶであろうな。
で、あるならば。
重要となるのは、呼吸であるな。
「――ふむ、なるほど」
「――驚きました、既に感じる域にいらっしゃるとは。それに、あまりにも……」
これが、気功か。
確かに、体内を巡っている何かを感じられる。
それに、中々優れた量ではないか?
底知れず、我の内から湧き出でてくる。
生命力というのであれば、これは竜のものなのであろうな。
人の器で耐えきれるか心配であるが、そのような兆候はなさそうだ。
「して、次は何をすればよい」
「……少し、考えさせてください」
なにぞ考える必要があるのか?
既に、我を包み込む気功は中々の量となっておる。
クルラギ殿が見せた気の倍の量はあるか。
これでもまだまだ量を出せるという確信もある。
これだけできれば初歩はクリアできたのではないか?
「――アケディア殿。一つ、お伺いしたいことがございます」
「なんであろうか」
クルラギ殿は神妙な面持ちである。
深刻に、思いつめたような。
まるで、見てはいけぬものを見たような顔をしている。
「アケディア殿は、なぜ武を学ぼうと思ったのですか?」
「なぜ武を学ぼうと思ったのか、であるか?」
「はい」
表情を見ればこれが重要な問いかけであることは分かる。
が、なぜ武を学ぼうと思ったのか、か。
答えは一つであるな。
「もちろん、より強くなるため。より高みに上るためである」
「他の目的は?」
「ない。ただひたすらに己を磨き上げ、いずれ頂上と呼ばれていた場所すら通り越す。それ以外の望みなど持ち合わせておらぬ」
我が人間になったのはそのためなのだから。
この答えを聞き、クルラギ殿は考え込む様子を見せる。
なにぞ、問題があったか?
「――失礼ですが。これ以上私が教えることはできません」
「
明らかに、我の先ほどの回答を聞いての変化ぞ。
「あなたの力は、強大すぎる」
「――ほう」
強大すぎる、と来たか。
「武を志す理由。それを持たぬものに、これ以上の教えを渡すわけにはいきません。一介の武人として」
「それは、これ以上教えなければ殺すと言われてもか?」
もちろん、これは方便である。
殺す気などない。
ただし、殺気だけは放っておく。
我は本気で言っているぞと、仮にでも示すために。
「もちろん。道半ばで倒れることこそ無念ですが、暴力に屈することの方が恥ずべき事ですから」
……やはり、この程度で屈する程度の覚悟で言っているわけではなさそうだ。
ならばこそ、我は考えねばならぬのだろう。
何故、武を志すのか。
それは、ただ強くなりたいだけではダメなのだと。
「……あい、わかった。その理由とやらを見つけられれば、続きを教えてくれるのだな?」
「約束いたします」
「ヒントをくれたりはせぬか?」
「これは、一人で見つけられなければ意味の無い問いですので。ご容赦を」
では、仕方があるまい。
せっかくとっかかりを見つけたというのに。
武を志す理由、か。
かつて我に挑んだ者どもにも、あったのであろうか。
黒竜たる我を弑さんとした、理由が。